5月某日、連泊した伊香保の某温泉旅館の初日の御品書きは次のようであった。
食前酒
座付 浅利しぐれ煮
前菜 季節の小鉢5点盛り
造り 盛り合わせ
鍋物 豚肉と野菜の蒸し焼き
煮物 里芋まんじゅう、梅花人参、しめじ、焼き葱
焼き物 甘鯛若狭焼き
酢の物 北寄貝、つぶ貝、もろきゅうり、芋がら
留椀 オリジナル黄金汁
香の物
筍ご飯
デザート
焼き物とご飯、デザートを除いた全品が並ぶテーブルは豪華絢爛である。旅館としても一括配膳は人手を省けるメリットがある。
予約した時に二日目は違う料理にするように頼んでおいたから、翌日の鍋物は牛肉のすき焼きだった。鍋物以外も初日と二日目は多少内容が違っていたが、全体としては提供スタイルが同じだから、ややウンザリ感があった。
同じ旅館での連泊でなく違う旅館に移っても、料理提供のスタイルは大同小異である。しかし、日本人は長期(例えば1週間)の旅行はせず、せいぜい2泊3日だから、このスタイルで満足する。
「このスタイル」とは、チマチマとした試食デモのような量の料理が沢山出てくる少量多品目の、客に料理の選択権がない方式のこと。これを「日本方式」とする。
一方、「欧米方式」はアペタイザー、サラダ、メインディッシュ、デザートという構成で、各アイテムにかなりボリュームがあり、そしてそれぞれにチョイスがある。個人主張が強い欧米人にとって、日本のノーチョイス・スタイルは悪夢である。一日だけなら「日本方式」でいいかもしれぬが、彼らは数日間日本に滞在するから、違う旅館であっても2日目、3日目には「日本方式」にウンザリするはずだ。
10数年前、ロサンゼルスの一等地に豆腐懐石の有名チェーン「梅の花」が、豆腐をメインとする「日本方式」で出店したが、1年で撤退した。豆腐をメインにしたことも一因だったかもしれぬが、リトルトーキョーにあるホテル・ニューオータニでも懐石料理はアメリカ人に人気がないから、「梅の花」の失敗は「日本方式」に主因があったと思う。
話を日本の温泉旅館に戻す。欧米人の客を呼び込むには、「欧米方式」を採用すべきである。なにもフランス料理などの欧米料理を提供せよというのではない。メインディッシュはスキヤキとか、天ぷら、伊勢海老の姿焼きなどの和風料理でいいから、量をタップリにして、そのどれにするかの選択権を与える。前菜も量を増やして、数種から一品目を選ばせる。酢の物とか煮物はなくてもいいが、前菜のチョイスの一つにするのも一案だ。そして、旅館のホームページに料理の写真を入れて、どんな料理なのかしっかり情報を与えた上で、宿泊の予約を受けるときに料理の注文もとる。
「おもてなし」の要諦は、日本独特のサービスを押し付けることではなく、相手のニーズにあったサービスを提供することである。
補足: コメント欄にあるジャンキー氏の発言で、私の説明が不十分だったことに気づいた。ジャンキー氏は、私が温泉旅館のメニューを全部「欧米方式」にすることを主張していると受け止めたようだが、そうではない。私は「日本方式」を基本としながら、「欧米方式」も選択できるようにすることを提案している。説明不十分だったことを気付かせてくれたジャンキー氏に感謝する。