東名高速の横浜・町田インターのすぐ近くに、「湯河原温泉・万葉の湯」という看板を掲げた大きな施設がある。以前、私は町田に住んでいたので、時折マイカーからこの看板を見ては、「湯河原温泉の万葉の湯という温泉旅館が、日帰り温泉をここに出店しているのだろう」と想像していた。しかし、自宅からもっと近いところに日帰り温泉があったので、この「湯河原温泉・万葉の湯」にはまったく興味がなかった。
2年前に湯河原に転居して朝のウォーキングをしているとき、ボディーに≪万葉の湯≫と書いたタンクローリーが走っているのを見かけて、「あっ、これはあの町田の日帰り温泉に湯を運んでいるんだ」と思い当たった。
そして、ウォーキング途中にそのタンクローリーの駐車場を見つけた。少なくとも5台はある。ボディーのキャッチコピーをよく読むと、≪みなとみらい、小田原、町田、沼津、はだの≫とあり、そして≪いい湯、いい心、湯送中≫と書いてある(写真)。地元の人に聞いたところでは、≪万葉の湯≫は湯河原温泉の中心地に源泉を所有しているらしい。≪万葉の湯≫がこんなに大きなオペーレーションだとは知らなんだ!
たまたま湯河原の図書館で「高橋弘の温泉革命―東京・町田に万葉の湯が湧く」という本をみつけた。1997年発行のその本によれば、≪万葉の湯≫は写真DPE業を営む「日本ジャンボー」という企業の多角化事業だという。そういわれてみれば、あのタンクローリーの駐車場の近くに「日本ジャンボー」という社名を掲げたビルがある。そして、そのすぐそばに「万葉荘」という温泉旅館もあるし、温泉場の中心地に「万葉公園」という景勝地もある。つまり、このあたりは≪万葉の湯≫の本拠地なのである(ただし、「万葉荘」は≪万葉の湯≫」とは無関係であることが後日判明)。
さて、「なぜ≪万葉≫があちこちに出てくるんだ?」という疑問が湧いてきた。ネットで調べると、あの万葉集に≪あしがり(足柄)のといのかふちにいずる湯の…≫と詠まれている。「かふち」とは川縁だろうか。「とい」は土肥で湯河原町の一地域であり、私の住まいもここにある。
要するに、≪万葉の湯≫は「湯河原温泉の出前」という付加価値をつけた日帰り温泉なのだ。ネットで見るかぎり、レストランやサウナはもちろん個室休憩室など、もろもろの付帯設備が充実している。東京―湯河原間のJR料金は、各駅でも往復3,300円。時間は片道1時間半。費用と時間を節約して、近場で温泉気分を味わえる便利な存在なのである。
そして、≪万葉の湯≫は東京近郊の日帰り温泉にとどまらず、北海道、神戸、九州に広がりをみせている。まさか、そんな遠隔地に湯河原から湯を輸送しているとは思えないから、普通の温泉旅館業に多角化しているということだろう。
前出の「高橋弘の温泉革命」によれば、DPE店を経営していた高橋氏は町田に土地を取得したとき、最初はそこにパチンコ店を開業しようとしたらしい。デジカメに押されて先行きの見通しが暗かったDPE業からの多角化に、温泉業を選んだビジネスセンスに敬意を表する。