シム・ジャチャン氏講演会『韓国における芸術家の現在』。早稲田大学6号館3階レクチャールーム。四十名の教室だが、びっしり満員。既に日本語訳も付けられたパワーポイント映写で図表も示しつつ、実にわかりやすい。……まず、キムデジュン大統領時代に文化予算が1パーセントを越えたこと、ノムヒョンへの高い評価、イミョンバク期の逆風など、政権ごとの文化政策の変遷を語る。……「庶民の文化享受権」という言葉は、前政権時に強く出てきたという。ただ、一般の人たちがなぜ舞台芸術を見ないかというと、過去は、機会がない、値段が高いという理由が主だったが、今は「見たいプログラムがない」という答が上回っているという話が印象的だった。舞台芸術に触れる機会そのものを増やさなければ解決されない問題だろう。というのは、日本も同様の課題。……さて、メインの「芸術人福祉法」について。2011年11月制定、2012年11月から施行されたという。できたてのほやほやだ。シム先生が副理事長の「福祉財団」の方は先にできていた。たんに表現活動に助成する、ということではなく、創作活動環境の劣悪さをどうするか、ということが主眼。七割近くのアーティストの、アーティストとしての本業収入が、日本円にして十万円以下である現状。芸術家の生活苦、勤労者としての評価の獲得が重要であり、しかし保護を受けることが「芸術の自由」との関連においてはどうか、など、さまざまな議論があったという。結局、「創作準備期間」までをも支援することになり、アーティストが芸術活動を行える環境を整えることが「福祉」であるという方針を打ち出した。パクグネ政府は「文化の隆盛」を謳い、芸術家の創作と表現の自由を保証するという。韓国の文化状況はめまぐるしく好転している。……後半は「事後助成」について語ってもらう。「事後助成」の仕組みは、優れた成果をあげている表現者に「事前助成」の倍くらいの手厚さで行い、しかも自己申告だけでなく推薦されるケースもあるという。もちろん助成対象は該当作品の「再演」に対してである。優れた成果をあげ続けていれば、周りが放っておかないということだ。「事前助成」のみで、地域振興、教育、国際交流というトピック中心はともあれ、若手対象に偏りつつある日本の文化助成の現状とは、違う。持続的な活動を行ってきた者に対して冷淡ではなく、その価値を認めているのだ。「福祉」という言葉がアーティストの活動に結びつく視点は、極めて現実的なもので、日本でも広く知られるべきだろう。他にも詳しく記したいが、きりがない。シム先生講座の全体の詳細は、いずれ日本でも読めるようにするので、しばらくお待ちいただきたい。今回は福祉財団の人たちも同行していたが、彼らは日本のこともよく調べていて、「芸団協」の仕組みもわかっていたし、日本に於ける「芸能人年金・保険」の破綻の過去から学んで、長い時間を掛けてファンドを積み上げてからの運用を考えているという。……終えて、早稲田大学内を見学。写真は、早稲田演劇博物館・大学路展での、シム先生と、今回もタフな通訳をこなした木村典子さん。今回の企画は、私たち日韓演劇交流センターと、早稲田大学演劇博物館の合同によるものである。……その後、懇親会。シム先生はソウルで私に「バクダン酒」を教えた張本人でもある。「私の本業は演出家なのだが、どうやらみんなに忘れられている」とぼやくシム先生であった。……夏八木勲さん亡くなる。何度か出演のお話をさせていただいたが、いつもタイミングが悪かった。一度はご一緒したかったのだが……。ご冥福をお祈りする。俳優座養成所の「花の15期」には、夏八木さんの他に、原田芳雄さん、地井武男さん、太地喜和子さん、そして、斎藤憐さんがいる。皆さん向こうでわいわいやっているのだろうか。
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