三田市議 肥後淳三のウェルビーイング(幸せ)日記

幸せな出来事、その日の思いをブログにしたためます。        皆さんと一緒に幸せを追求しましょう!

認知症と闘う

2016年06月22日 | 研修報告
 ブログをしたためるのは、何日ぶりでしょうか。
 先日参加した、三田市で活動しているぼちぼち野郎主催の認知症セミナーについて書いてみたいと思います。
 開催日は、19日(日)午後2時からでした。
 講師は、仙台市在住の丹野智文氏。
 丹野氏は、39歳(現在42歳)の若さでアルツハイマー型認知症を発症していますが、自動車のセールスマンを現役でこなしながら地方へ赴き講演をされている方です。
 

 ぼちぼち野郎の副代表である北村吉次氏との出会いもあり、京都市での講演後に三田市まで足を運んでくださったようです。
 丹野氏の生き方が素晴らしい。丹野氏が語る一言一言が胸に突き刺ささってきました。
 以下、丹野氏の語ったことを箇条書きで羅列します。
 ・会社で得意先の顧客の顔と名前が一致しないことが頻繁に発生
 ・同僚の名前が出てこなくなった
 ・おかしいと感じ病院へ。結果アルツハイマーと判明(若年性認知症)
 ・精神的に参った時期を乗り越え、病気と共に生きる決心をする
 ・役所に行き相談するも30代後半では、介護保険も使えない。また認知症患者に対する制度そのものが日本では未熟。
 ・認知症は、外見は健常者そのものであるが、そのギャップに悩んだ末、妻や子供と相談して認知症であることをオープンにすることに・・・。
 ・当初オープンにできなかった理由は、他人からどうみられるのだろうかというある種の「おそれ」だった。
 ・オープンにするとこれは考え過ぎだと分かった。
 ・友達の自分の病気を打ち明ける「次に会うときには、皆さんのこと忘れているかも・・・」と。友達は「丹野が忘れて  も僕たちは丹野を忘れていない」と・・・。(泣ける話・ひご)
 ・会社へは、電車通勤。降りる駅名を忘れることも・・・。でもHELPをすると皆さん親切に教えてくれる。
 ・認知症患者には、環境づくりが大切。
 ・認知症になると話ができないと思い込んでいる人が多いが、言葉を出すのが遅いだけであり、話したい人ばかり。
 ・仕事をしていても忘れることが多いので、ノートにこまめに記入することで、仕事をおろそかにしない。
 ・認知症を発症しても一気に進行するのは希である。環境をつくることで、社会人として立派に過ごせる。
 ・認知症の方が、周囲のサポートで当たり前に過ごせる社会にしなければならない。
 (まだまだ、いろんなことを話されていました)
  私たちは、何気なくこれまでの経験や記憶を頼りに仕事をしていますが、丹野さんの場合は、これが全くあてはまりません。今日の出来事、朝の食事、先ほど出会った人の顔を忘れています。
  しかし、丹野さんの工夫がそこには光っています。「丹野ノート」の始まりです。日々のささいな行動をノートに書き記します。自分の日々の行動や記憶(記録)がそこにはあります。
  丹野さんは、日々刻々と生まれ変わる自分に挑戦し続けています。だから、脳がつかれるのではないかと思ってしまいます。発症するまで、トップセールスマンだった丹野さん。
  認知症を発症しても認知症の中のトップを走り、世の中の認識を変えようようとさえしているのではないかと思います。
コメント
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