これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

困った味覚

2008年08月03日 22時53分00秒 | エッセイ
 佳美さんは、私がお手本にしたいと思う女性の一人だ。
 誰でも自分にないものを持っている人には憧れるし、少しでもそのレベルまで近づきたいと願うものだろう。
 佳美さんのステキなところは、まず運動神経がよいところだ。スポーツなら何でもできるらしいが、特にテニスがうまい。俊足を生かし、コートの中を縦横無尽に走り回るだけでもほれぼれするのに、男性を負かすパワーでスマッシュを決めたりすれば、痺れるくらいにカッコいい。
 英語がペラペラなのも素晴らしい。外国人を相手に、ときには笑顔でフレンドリーに、ときには厳しい表情を浮かべて、早口でまくし立てることもある。
 私はそんな様子を遠くから眺めて、「何て頼もしい方……」とうっとり呟くくらいしかできない。
 年に三回は海外旅行に出かけるセレブぶりも、コーヒーや紅茶ではなくハーブティをたしなむ優雅さも、違う人種のような印象を受ける。すべてが垢抜けているのだろう。趣味のよいバッグからは、読みかけのベストセラーのハードカバーが顔を出していた。
 港区で一人暮らしをしている佳美さんは、ときどきカレーを作る。
「肉は入れるけど、野菜の代わりに果物を入れて、フルーツカレーにするのよ」
 それは、私にとって衝撃的だった。リンゴと蜂蜜が入っているカレーならよく知っているが、フルーツだらけのカレーは食べたことがない。憧れの佳美さんのレシピならば、一度は作ってみなくては。が、しかし……。
「そんなカレー、食べたくない。いらない」
 夫に拒絶された。彼は佳美さんと違うのだ。ぜひ挑戦してみたかったのだが、聞き分けのない夫を説得するのは面倒だった。
 一方、カレーが大好きな十一歳の娘のミキは、興味津津で食べてみたいと言う。私一人の分なら作る気がしなかったが、ミキと二人分なら話は別だ。夫が留守のときを見計らって、早速、佳美さんに教わった通りに作ってみた。カレーのスパイシーな香りに、パイナップル、リンゴ、プルーン、バナナなどの甘ったるい匂いが混ざる。なんとも不思議な料理だ。
「いっただきまーす」
 わくわくしながらスプーンを口に運び、ミキは念願のフルーツカレーを味わっていた。が、期待していた味ではなかったようだ。
「……普通のカレーのほうが美味しいね」
 たしかに、パイナップルの酸味やバナナの甘味は、信頼を裏切られたような気分になる。なにより、ご飯に合わない。不味くはないが、ぜいたくに慣れたミキは容赦しない。
「もう、しばらくは作らなくていいよ」
 バッサリと斬って捨てられた。調理時間のロスを思うと悲しかったが、私も同感だった。
 神は佳美さんに多くのものを与えた結果、味覚にまで手が回らなかったのかもしれない。



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コメント (2)
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