これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

答案返却

2008年08月26日 08時58分57秒 | エッセイ
 中1のとき、私のクラスでは、校長先生が社会の授業を担当していた。
 この校長、名前を小林フクタロウという。フクタロウが出張のたびに社会は自習となり、いても準備をする時間がなかったのか、いつも行き当たりばったりの授業をして顰蹙を買っていた。
 当然、1学期の中間テストは出来が悪く、平均点が学年で最下位だった。
 校長が受け持っている唯一のクラスが、最低の結果となったので、沽券にかかわると思ったのだろう。答案を抱えて、フクタロウはいつになく不機嫌だった。
「何で、もっと勉強しないんだ! こんな点で満足してどうする?!」
 テストを返す前に、まず大声で説教をされた。「いい授業をしていないんだから、自分のことを棚に上げないでよ」と誰もが不満を感じた瞬間だった。
「じゃあ、テストを取りに来なさい。赤崎!」
 フクタロウが答案を配りはじめると、急に教室が騒がしくなった。理由はすぐにわかった。
「笹木!」
 私の番が来て、フクタロウから答案を受け取った。得点は64点……。たしかに、ひどい点だ。だが、気になったのは点数だけではなかった。
 おや、何で答案が濡れているのだろう?
 点数の近くに、グラスから落ちた水滴のような、丸いシミができていた。
「清水!」
 フクタロウを見ると、指先をベローンと舐めて答案を配っているではないか。このシミは、フクタロウの唾だったのだ。

 どんだけ、唾出してんだよ!!!!

 みんな、そう思ったに違いない。他にも指を舐める先生はいたが、シミができるほど大量の唾液を分泌してはいない。
 生徒の動揺を無視して、フクタロウは答案を配り続ける。
「高橋!」
 高橋は、答案を受け取るやいなや、「ああああ~ッ」と叫び声を上げた。

「やだーっ、泡がついてるっっっ!!」

 高橋のときだけ唾液に空気が含まれたのか、ベッタリと濡れたシミの上にニキビ大の小さな水泡が浮かんでいた。もはや、全員が我慢の限界を迎えていた。
「は~はっはっは!!」
 怒るフクタロウをよそに、生徒は体をよじって笑い転げた。高橋の周りには人だかりができ、貴重な泡が消える前にひと目見ようとする者で埋め尽くされた。
 フクタロウは怒鳴るのをやめ、てんで勝手に立ち歩く生徒を呆然と見つめていた。

 その日から、私たちは校長に親しみをおぼえ、フクタロウは一転して人気者になった。
 何が幸いするかはわからないものだ。



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コメント (2)
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