新型インフルエンザ感染防止のため、私の勤務校では、去る12月25日の終業式を放送でおこなった。
校長の話から始まって、冬休みの過ごし方や表彰、その他連絡事項という順番に進み、ほんの20分程度の予定である。私も連絡事項があり、しゃべることになったので、「校長先生の話が始まったら放送室に来てください」と指示された。
実のところ、私の学校では、放送室の稼働率が極端に低い。校内放送は内線電話からできるし、昼休みに音楽を流すという活動もない。入試のさい、ヒアリングテストで使うくらいだろうか。だから、機器の取り扱いに詳しい教員がいなかった。
「生徒のみなさん、今日で2学期が終わります」
定刻になり、スピーカーからは校長の話が流れ出した。私はそろそろ、寒い廊下を通って放送室へ行かねばならない。
放送室に入るのは初めてだ。開けっ放しのドアから中をのぞくと、エレベーター並みの小さな部屋だとわかった。
そのとき、若手の教員がバタバタと駆けつけ、ドアの外の副校長に話しかけた。
「副校長、外に全部聞こえてます!」
「えっ、聞こえてる?」
校内放送がグランドに流れると、近隣住民の迷惑となる。校外に騒音をまき散らさないでほしいと、苦情の電話がたびたびかかってくるのだ。校舎内のみに放送するはずだったのだが、どうしたのだろう。
放送室は2階にある。副校長は、走って階段を下り、放送の確認をするため校舎外に飛び出した。
校長の話がまとめに入ったあたりで、2番目に話す戸塚先生がやってきた。
「ああよかった、間に合った。いや~、来る途中で、廊下にいた生徒が貧血起こして倒れちゃってさぁ。放っておけないし、でも俺も行かなきゃならないから、ホントに焦ったよ」
彼は私にタイミングの悪さを嘆きつつ、校長と入れ違いに放送室に入っていった。
そこへ、副校長と若手教員が戻ってきた。
「本当だ、聞こえるね。早く直さないと!!」
2人とも、いつになく取り乱した表情で、放送室に続いていった。
「年末年始、みなさんに守ってもらいたいことがあります」
冬休みの注意を呼びかける戸塚先生のすぐ脇に、放送機器のボタンが並んでいる。副校長と若手教員は、この中のどれを押せば近隣への音漏れがなくなるのか、狭い室内で考えていた。
「これかな?」
副校長は、それらしいボタンを押してみた。すると、出力の設定が変わったようで、スピーカーからの戸塚先生の声が少し小さくなった。
「飲酒や喫煙の誘惑に負けず、高校生らしい生活をしてほしいと……」
再び副校長は1階に下りて校外に出る。すぐさま、「まだ聞こえる」とつぶやきながら、放送室に戻ってきた。戸塚先生は、横目でチラと副校長を見るが、話を中断するわけにもいかず、用意してきた内容を続けた。
「また、髪を染めたら、なかなか元に戻りません。軽い気持ちで染めると、あとで必ず……」
その隣では、また副校長たちが「これか?」「いや、こっちかも」と相談しながら、別のボタンを押していた。今度は、放送の声が大きくなった。
「始業式で、また頭髪検査をしますから、ひっかかることのないように……」
試行錯誤しながらボタンを押すたびに、放送の音量やトーンが変わっていく。教室で放送を聞いている生徒たちは、さぞかし奇妙に感じたことだろう。悪戦苦闘の末、放送機器の設定を変更できたのは、戸塚先生の話が終わった直後だった。
「聞こえません、大丈夫ですっ!」
「ああ、よかった!」
安堵する副校長と若手教員とは対照的に、むっつりとした表情で放送室を出る戸塚先生を、私は見てしまった……。彼はその日、実にタイミングが悪かったのだ。
考えようによっては、非常にインパクトのある話になったのではないか。
生活指導上の注意など、生徒にとっては馬耳東風、聞き流すに限るだろう。
しかし、音量が大きくなったり小さくなったりして、いつもと違う雰囲気を感じ取れば、「なんだなんだ」とつい耳を傾けてしまったかもしれない。
そうだ、そういうことにしておこう。
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
校長の話から始まって、冬休みの過ごし方や表彰、その他連絡事項という順番に進み、ほんの20分程度の予定である。私も連絡事項があり、しゃべることになったので、「校長先生の話が始まったら放送室に来てください」と指示された。
実のところ、私の学校では、放送室の稼働率が極端に低い。校内放送は内線電話からできるし、昼休みに音楽を流すという活動もない。入試のさい、ヒアリングテストで使うくらいだろうか。だから、機器の取り扱いに詳しい教員がいなかった。
「生徒のみなさん、今日で2学期が終わります」
定刻になり、スピーカーからは校長の話が流れ出した。私はそろそろ、寒い廊下を通って放送室へ行かねばならない。
放送室に入るのは初めてだ。開けっ放しのドアから中をのぞくと、エレベーター並みの小さな部屋だとわかった。
そのとき、若手の教員がバタバタと駆けつけ、ドアの外の副校長に話しかけた。
「副校長、外に全部聞こえてます!」
「えっ、聞こえてる?」
校内放送がグランドに流れると、近隣住民の迷惑となる。校外に騒音をまき散らさないでほしいと、苦情の電話がたびたびかかってくるのだ。校舎内のみに放送するはずだったのだが、どうしたのだろう。
放送室は2階にある。副校長は、走って階段を下り、放送の確認をするため校舎外に飛び出した。
校長の話がまとめに入ったあたりで、2番目に話す戸塚先生がやってきた。
「ああよかった、間に合った。いや~、来る途中で、廊下にいた生徒が貧血起こして倒れちゃってさぁ。放っておけないし、でも俺も行かなきゃならないから、ホントに焦ったよ」
彼は私にタイミングの悪さを嘆きつつ、校長と入れ違いに放送室に入っていった。
そこへ、副校長と若手教員が戻ってきた。
「本当だ、聞こえるね。早く直さないと!!」
2人とも、いつになく取り乱した表情で、放送室に続いていった。
「年末年始、みなさんに守ってもらいたいことがあります」
冬休みの注意を呼びかける戸塚先生のすぐ脇に、放送機器のボタンが並んでいる。副校長と若手教員は、この中のどれを押せば近隣への音漏れがなくなるのか、狭い室内で考えていた。
「これかな?」
副校長は、それらしいボタンを押してみた。すると、出力の設定が変わったようで、スピーカーからの戸塚先生の声が少し小さくなった。
「飲酒や喫煙の誘惑に負けず、高校生らしい生活をしてほしいと……」
再び副校長は1階に下りて校外に出る。すぐさま、「まだ聞こえる」とつぶやきながら、放送室に戻ってきた。戸塚先生は、横目でチラと副校長を見るが、話を中断するわけにもいかず、用意してきた内容を続けた。
「また、髪を染めたら、なかなか元に戻りません。軽い気持ちで染めると、あとで必ず……」
その隣では、また副校長たちが「これか?」「いや、こっちかも」と相談しながら、別のボタンを押していた。今度は、放送の声が大きくなった。
「始業式で、また頭髪検査をしますから、ひっかかることのないように……」
試行錯誤しながらボタンを押すたびに、放送の音量やトーンが変わっていく。教室で放送を聞いている生徒たちは、さぞかし奇妙に感じたことだろう。悪戦苦闘の末、放送機器の設定を変更できたのは、戸塚先生の話が終わった直後だった。
「聞こえません、大丈夫ですっ!」
「ああ、よかった!」
安堵する副校長と若手教員とは対照的に、むっつりとした表情で放送室を出る戸塚先生を、私は見てしまった……。彼はその日、実にタイミングが悪かったのだ。
考えようによっては、非常にインパクトのある話になったのではないか。
生活指導上の注意など、生徒にとっては馬耳東風、聞き流すに限るだろう。
しかし、音量が大きくなったり小さくなったりして、いつもと違う雰囲気を感じ取れば、「なんだなんだ」とつい耳を傾けてしまったかもしれない。
そうだ、そういうことにしておこう。
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