大人2人が座れるほどの大きな石の上に、ロープが無造作に置いてあった。畑作業を終えた伯父が片付け忘れたのだろうか、とボンヤリ目をやる。
驚いたことに、そのロープはいきなり動き出した。踊るロープのように、スルスルスルと石を伝って地面に下りていく。
どうやら、ロープではなかったらしい。
蛇だ……。
今から何十年前になるのだろう。小学校に上がったばかりの夏休み、新潟の伯父の家で一週間過ごしたときのことである。長岡駅から車で20分ほどかかるその家には、ベッドタウン・さいたま市とはまったく異なる、豊かな自然があふれていた。
「石の上は冷たくて気持ちよかったんだな。青大将も暑いんだ」
伯父は、仰天している私に、さも当然と言わんばかりに話しかけた。私は、動物園でしか蛇を見たことがなかったので、予想外の長さとしなやかな動きに目を奪われた。
「家の中には入ってこないよね?」
心配になって聞いてみると、少々の間ののち、ハッキリしない返事をする。
「うーん、まあ、たまにはな……」
夜はしっかり戸締まりをして寝ようと思ったら、寝室にはムカデが待ち構えていた。白い壁にへばりつく何十本もの足が強烈で、しばらく寝付けなかったほどだ。
新潟の日差しは強い。翌朝は、麦わら帽子をかぶって、畑の回りを探検した。大きなバッタ、カマキリ、喋々などなど、元気な虫がたくさんいる。クマンバチがブンブン唸りながら近づいてきたので、走って逃げた。蜂は怖い。
「ああ、帰ってきたの? ちょうどよかった、10時のおやつにしましょ」
伯母はジュースとアイスを用意し、私と姉、2人の従姉妹を呼んだ。
すごい、新潟って、10時にもおやつがもらえるんだ!!
私は感動した。新潟で生まれればよかったと、激しく後悔したほどだ。
おやつのあとは、また探検だ。シマシマの大きなトンボを見つけ、初めて見るサイズに興奮する。一体、何というトンボなんだろう。

「ああ、あれはオニヤンマ。見たことないの?」
従姉妹は物知りだ。私がただならぬ関心を示しているので、虫取り網を貸してくれた。網さえあれば、こっちのものだ。的がデカいだけに、つかまえやすい。しかし、そのあとが大変だった。
「痛い、痛い、痛~い!」
囚われの身となったオニヤンマが、助かりたい一心で反撃してきたのだ。

するどい歯で指に噛みつかれたものの、私はオニヤンマを放さなかった。
「糸つけて遊ぶと面白いよ。やってみな」
従姉妹はオニヤンマの胴体に糸を巻き、端を私の手に握らせた。放すと、オニヤンマは飛んでいく。しかし、糸がついているので、風にあおられた風船のように、あっちへ行きこっちへ行きを繰り返すだけだ。空中で犬を散歩させている気分になった。
満足したので、糸をたぐりよせてほどき、オニヤンマを解放する。
「好き放題しやがって、クソッ」と、捨て台詞を吐いたかどうかはわからない。
何といっても、一番印象的だったのは、セミの羽化シーンだろう。
3日目の朝、まだ暗いうちに起こされた。
「いいもの見せたげるよ」
従姉妹は自信満々だ。一体何が見られるのか、興味がわいてきた。
懐中電灯の灯りを頼りに進むと、林のような場所に着く。彼女はキョロキョロと辺りを見回し、お目当てのものを探しあてた。
「ほら、ここ、ここ」
そこには、小ぶりの葉にしがみつき、殻から抜け出そうとしているセミの姿があった。殻の色は黄土色っぽいのに、セミは真っ白だ。懐中電灯に照らされて、ますます白く浮かび上がって見える。
白いセミが殻から脱出すると、羽が伸びてセミらしくなる。

私は、初めて見るはずの光景に、既視感をおぼえた。
大船観音に似ている……。

真っ白なセミは、観音様のように神々しく美しい。思わず、両手を合わせたくなる。
しかし、時間の経過とともに、白い体が茶色に変わっていく。乾いてきたのだ。
やがて、観音様はアブラゼミになってしまった……。
ショック!
伯父の家で過ごした一週間は、本当に楽しい時間だった。
東京でも、場所によっては、セミの羽化が見られそうだ。通勤路の国道沿いに、数十メートルに渡って樹木の植え込みがあるのだが、セミの抜け殻が毎年たくさん残っている。
なまじ緑が少ないだけに、わずかの樹木をめざして、セミが上ってくるのだろう。
朝、3時くらいに見に来れば、あっちでもこっちでも、大船観音の神秘的な姿が拝めるかもしれない。
オニヤンマは、ちょっと無理だろうな……。

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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
驚いたことに、そのロープはいきなり動き出した。踊るロープのように、スルスルスルと石を伝って地面に下りていく。
どうやら、ロープではなかったらしい。
蛇だ……。
今から何十年前になるのだろう。小学校に上がったばかりの夏休み、新潟の伯父の家で一週間過ごしたときのことである。長岡駅から車で20分ほどかかるその家には、ベッドタウン・さいたま市とはまったく異なる、豊かな自然があふれていた。
「石の上は冷たくて気持ちよかったんだな。青大将も暑いんだ」
伯父は、仰天している私に、さも当然と言わんばかりに話しかけた。私は、動物園でしか蛇を見たことがなかったので、予想外の長さとしなやかな動きに目を奪われた。
「家の中には入ってこないよね?」
心配になって聞いてみると、少々の間ののち、ハッキリしない返事をする。
「うーん、まあ、たまにはな……」
夜はしっかり戸締まりをして寝ようと思ったら、寝室にはムカデが待ち構えていた。白い壁にへばりつく何十本もの足が強烈で、しばらく寝付けなかったほどだ。
新潟の日差しは強い。翌朝は、麦わら帽子をかぶって、畑の回りを探検した。大きなバッタ、カマキリ、喋々などなど、元気な虫がたくさんいる。クマンバチがブンブン唸りながら近づいてきたので、走って逃げた。蜂は怖い。
「ああ、帰ってきたの? ちょうどよかった、10時のおやつにしましょ」
伯母はジュースとアイスを用意し、私と姉、2人の従姉妹を呼んだ。
すごい、新潟って、10時にもおやつがもらえるんだ!!
私は感動した。新潟で生まれればよかったと、激しく後悔したほどだ。
おやつのあとは、また探検だ。シマシマの大きなトンボを見つけ、初めて見るサイズに興奮する。一体、何というトンボなんだろう。

「ああ、あれはオニヤンマ。見たことないの?」
従姉妹は物知りだ。私がただならぬ関心を示しているので、虫取り網を貸してくれた。網さえあれば、こっちのものだ。的がデカいだけに、つかまえやすい。しかし、そのあとが大変だった。
「痛い、痛い、痛~い!」
囚われの身となったオニヤンマが、助かりたい一心で反撃してきたのだ。

するどい歯で指に噛みつかれたものの、私はオニヤンマを放さなかった。
「糸つけて遊ぶと面白いよ。やってみな」
従姉妹はオニヤンマの胴体に糸を巻き、端を私の手に握らせた。放すと、オニヤンマは飛んでいく。しかし、糸がついているので、風にあおられた風船のように、あっちへ行きこっちへ行きを繰り返すだけだ。空中で犬を散歩させている気分になった。
満足したので、糸をたぐりよせてほどき、オニヤンマを解放する。
「好き放題しやがって、クソッ」と、捨て台詞を吐いたかどうかはわからない。
何といっても、一番印象的だったのは、セミの羽化シーンだろう。
3日目の朝、まだ暗いうちに起こされた。
「いいもの見せたげるよ」
従姉妹は自信満々だ。一体何が見られるのか、興味がわいてきた。
懐中電灯の灯りを頼りに進むと、林のような場所に着く。彼女はキョロキョロと辺りを見回し、お目当てのものを探しあてた。
「ほら、ここ、ここ」
そこには、小ぶりの葉にしがみつき、殻から抜け出そうとしているセミの姿があった。殻の色は黄土色っぽいのに、セミは真っ白だ。懐中電灯に照らされて、ますます白く浮かび上がって見える。
白いセミが殻から脱出すると、羽が伸びてセミらしくなる。

私は、初めて見るはずの光景に、既視感をおぼえた。
大船観音に似ている……。

真っ白なセミは、観音様のように神々しく美しい。思わず、両手を合わせたくなる。
しかし、時間の経過とともに、白い体が茶色に変わっていく。乾いてきたのだ。
やがて、観音様はアブラゼミになってしまった……。
ショック!
伯父の家で過ごした一週間は、本当に楽しい時間だった。
東京でも、場所によっては、セミの羽化が見られそうだ。通勤路の国道沿いに、数十メートルに渡って樹木の植え込みがあるのだが、セミの抜け殻が毎年たくさん残っている。
なまじ緑が少ないだけに、わずかの樹木をめざして、セミが上ってくるのだろう。
朝、3時くらいに見に来れば、あっちでもこっちでも、大船観音の神秘的な姿が拝めるかもしれない。
オニヤンマは、ちょっと無理だろうな……。

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「うつろひ~笹木砂希~」(日記)