「お母さん、さっき、おじいちゃんがバイキングで牛乳こぼしてたよ。隣にいた人にかかったみたい」
朝食が終わり、ホテルから外出しようとしたとき、娘が神妙な顔で話しかけてきた。
父は、今年で75歳になった。そろそろ、日常生活にも支障が出てくる頃かもしれない。
「そっか。じゃあ、明日はお母さんが面倒みるよ」
「そうした方がいいと思う」
出かける準備ができたら、両親や妹一家と落ち合い、鳥羽水族館に出かける。
ここは、「飼育種類数 日本一」が売りの、大きな水族館だ。動物園と違って涼しいし、日焼けする心配もない。子どもから大人、お年寄りまで楽しめる施設である。
「順路はないんだって。最初はトイレに行っておこうか」
「そうだね」
用を足し手を洗っていると、個室の中から、何と父が出てきた。
「お父さん、ここは女子トイレだよ」
「えっ、女子?」
どうやら、母や私のあとについて、何の疑いもなく入ってしまったらしい。
「なんだ、気がつかなかったな」
「…………」
「…………」
娘も私も、あとの言葉が見当たらなかった。
他に、人がいなかったからよかったが、これは要注意である。
「わあ、キレイだねぇ」

大きな水槽には、これまた大きなウミガメが気持ちよさそうに泳いでいる。

ヒトデは、大の字になって寝そべり、リラックスムードだ。

「あれ、おじいちゃんは?」
娘が、父の不在に気づいた。写真撮影に熱心な義弟や、じっくり楽しむ甥、姪を待てずに、さっさと行ってしまったらしい。
「一人で勝手に進んじゃダメって言っといた」
妹が父を見つけ、単独行動しないように叱ったらしい。以降は、後を振り返りながら、時間調整をして待つようになった。
機嫌の悪そうなサメ。

パイプの中で密着し、落ち着いた表情のマアナゴ。

人を見つけると動きを止め、とびっきりの愛くるしい笑顔を振りまくスナメリ。

か~わい~い!!
一匹テイクアウトしたいイセエビ。

砂の上の魚を踏みつけ、悠々と移動するタカアシガニ。

パーティーに出かけられるくらい、オシャレなミノカサゴ。

水中に5分以上潜っていられるカピバラ。

だらけるカメ。

ピーマンみたいな、何とかカエル。

コンタクトレンズに似ている、ミズクラゲ。

これは目に入れたら大変だ……!
「いろんな動物がいるねぇ」
「あ、あれ。変な生き物コーナーだって。行ってみようよ」
妹は、子どもたち以上に楽しんでいるらしい。
足が56本のタコ。

他にも変な生き物はいたが、場所が狭い。息苦しくて出口に向かったら、父が疲れた顔で立っていた。
「見たの?」
「うん」
「面白かった?」
「そうだな」
「みんな、まだ動きそうにないよ。出て待ってようか」
「うん」
出口の近くには椅子とテーブル、反対側には自動販売機もあった。
「何か飲もうか」
「そうだな」
私は缶コーヒーにした。父も小銭入れを出し、自分で硬貨を投入してボタンを押していた。
どうやら、買い物はできるらしい。
「うめえな」
父は、ほっとした顔で飲み始めた。
椅子に座っていたら、10分ほどして残りのメンバーがぞろぞろ出てきた。
「あっ、何か飲んでる。ずるーい!」
楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
2泊3日の鳥羽旅行が終わり、名古屋で帰りの新幹線を待っていた。到着時刻の1分前に、父がフラフラと自動販売機の前に歩いて行く。「昨日は一人で買えたから大丈夫だろう」と、私はほとんど注意を払っていなかった。
「お父さん、まだ帰ってこないよ」
母がうんざりした顔でつぶやいた。
自販機を見ると、父がまだ硬貨を入れている。ホームでは、新幹線が減速しながら進入してきたところだ。
私はあわてて、父のもとに走っていった。
「どうしたの?」
「いや、金を入れると下から出てきちゃうんだよ」
投入した硬貨にキズでもついていたのか、はたまた自販機の故障か。父が入れた100円玉は認識されず、返却口から戻っていた。父にはこれが理解できず、3回も4回も、入れなおしては返却されるということを繰り返していたようだ。
何か買ってやりたいが、後の人も焦った顔で待っている。もはや時間切れだ。
「でも、もう電車が来ちゃったからね。行こう」
「……そうだな」
父はおとなしく従い、新幹線に向かって歩き始めた。
両親と旅行をするのは、実に5年ぶりである。わずか5年で、父は急激に老いてしまった。
あと何回、父や母と旅行できるのかな……。
新幹線で、昼食のおにぎりを取り出す。まずは、焼きたらこからだ。
ひと口齧ると、白いご飯の中に赤い具が見える。
なぜか、味が感じられなかった。
◎鳥羽グルメの記事はこちらから。
◎ミキモト真珠島への記事はこちらから。

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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
朝食が終わり、ホテルから外出しようとしたとき、娘が神妙な顔で話しかけてきた。
父は、今年で75歳になった。そろそろ、日常生活にも支障が出てくる頃かもしれない。
「そっか。じゃあ、明日はお母さんが面倒みるよ」
「そうした方がいいと思う」
出かける準備ができたら、両親や妹一家と落ち合い、鳥羽水族館に出かける。
ここは、「飼育種類数 日本一」が売りの、大きな水族館だ。動物園と違って涼しいし、日焼けする心配もない。子どもから大人、お年寄りまで楽しめる施設である。
「順路はないんだって。最初はトイレに行っておこうか」
「そうだね」
用を足し手を洗っていると、個室の中から、何と父が出てきた。
「お父さん、ここは女子トイレだよ」
「えっ、女子?」
どうやら、母や私のあとについて、何の疑いもなく入ってしまったらしい。
「なんだ、気がつかなかったな」
「…………」
「…………」
娘も私も、あとの言葉が見当たらなかった。
他に、人がいなかったからよかったが、これは要注意である。
「わあ、キレイだねぇ」

大きな水槽には、これまた大きなウミガメが気持ちよさそうに泳いでいる。

ヒトデは、大の字になって寝そべり、リラックスムードだ。

「あれ、おじいちゃんは?」
娘が、父の不在に気づいた。写真撮影に熱心な義弟や、じっくり楽しむ甥、姪を待てずに、さっさと行ってしまったらしい。
「一人で勝手に進んじゃダメって言っといた」
妹が父を見つけ、単独行動しないように叱ったらしい。以降は、後を振り返りながら、時間調整をして待つようになった。
機嫌の悪そうなサメ。

パイプの中で密着し、落ち着いた表情のマアナゴ。

人を見つけると動きを止め、とびっきりの愛くるしい笑顔を振りまくスナメリ。

か~わい~い!!
一匹テイクアウトしたいイセエビ。

砂の上の魚を踏みつけ、悠々と移動するタカアシガニ。

パーティーに出かけられるくらい、オシャレなミノカサゴ。

水中に5分以上潜っていられるカピバラ。

だらけるカメ。

ピーマンみたいな、何とかカエル。

コンタクトレンズに似ている、ミズクラゲ。

これは目に入れたら大変だ……!
「いろんな動物がいるねぇ」
「あ、あれ。変な生き物コーナーだって。行ってみようよ」
妹は、子どもたち以上に楽しんでいるらしい。
足が56本のタコ。

他にも変な生き物はいたが、場所が狭い。息苦しくて出口に向かったら、父が疲れた顔で立っていた。
「見たの?」
「うん」
「面白かった?」
「そうだな」
「みんな、まだ動きそうにないよ。出て待ってようか」
「うん」
出口の近くには椅子とテーブル、反対側には自動販売機もあった。
「何か飲もうか」
「そうだな」
私は缶コーヒーにした。父も小銭入れを出し、自分で硬貨を投入してボタンを押していた。
どうやら、買い物はできるらしい。
「うめえな」
父は、ほっとした顔で飲み始めた。
椅子に座っていたら、10分ほどして残りのメンバーがぞろぞろ出てきた。
「あっ、何か飲んでる。ずるーい!」
楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
2泊3日の鳥羽旅行が終わり、名古屋で帰りの新幹線を待っていた。到着時刻の1分前に、父がフラフラと自動販売機の前に歩いて行く。「昨日は一人で買えたから大丈夫だろう」と、私はほとんど注意を払っていなかった。
「お父さん、まだ帰ってこないよ」
母がうんざりした顔でつぶやいた。
自販機を見ると、父がまだ硬貨を入れている。ホームでは、新幹線が減速しながら進入してきたところだ。
私はあわてて、父のもとに走っていった。
「どうしたの?」
「いや、金を入れると下から出てきちゃうんだよ」
投入した硬貨にキズでもついていたのか、はたまた自販機の故障か。父が入れた100円玉は認識されず、返却口から戻っていた。父にはこれが理解できず、3回も4回も、入れなおしては返却されるということを繰り返していたようだ。
何か買ってやりたいが、後の人も焦った顔で待っている。もはや時間切れだ。
「でも、もう電車が来ちゃったからね。行こう」
「……そうだな」
父はおとなしく従い、新幹線に向かって歩き始めた。
両親と旅行をするのは、実に5年ぶりである。わずか5年で、父は急激に老いてしまった。
あと何回、父や母と旅行できるのかな……。
新幹線で、昼食のおにぎりを取り出す。まずは、焼きたらこからだ。
ひと口齧ると、白いご飯の中に赤い具が見える。
なぜか、味が感じられなかった。
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