これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

白い落とし物

2017年01月26日 20時56分28秒 | エッセイ
 職場が駅から離れた場所にあるため、バスを利用することが多い。通勤通学のピーク時は、3分に1本くらいの間隔なのに、東京の人間は待つことが嫌いだ。バスが遠くに見えた途端、何とか乗ろうとして走る。急いでいなくても走る。車内にすべり込むと、宝くじの6等が当たったくらいの喜びがある。ささやかではあるが「得した~」と思うのだ。
 その日は帰りが遅かった。時計を見ると、20時半になるところではないか。ちょうどバスのシルエットが見えてきたところだし、ダッシュ、ダッシュ。腕を振り、腿を上げて、地面を蹴ると全身運動になる。デスクワークでなまった体がほぐれ、冷たい北風も心地よく感じられる。
 私の方が先に停留所に着いた。開いた前扉からステップを上がると、料金箱の前で運転手に制止される。
「お客さん、大丈夫ですか」
 へ? 何が大丈夫なんだろう。運転手はさらに続けて言った。
「さっき、交差点で何か落とされませんでしたか。白いものが足元に落ちたように見えたんです」
「えー、白いもの?」
 バッグをのぞくとタオルがない。さては、走ったからか。
「じゃあ、戻ってみます」
「そうですか。お気をつけて」
 私は回れ右をしてステップを下りた。せっかく間に合ったのに残念だ。扉の閉まるを背中から聞き、空しくなったが仕方ない。タオルはなくても惜しくないが、ゴミを散らかしてはいけない。
 ところが、交差点に着くと、タオルどころか葉っぱさえも落ちていない。「どういうことだよ」と首を傾げた。さては運転手の見間違えか。そうこうしているうちに、次のバスが私の横を通り過ぎていった。
「ああっ!」
 停留所までは50m。運悪く、乗降客がいなかったらしく、バスは無言のまま走り去り見えなくなった。
「くうう~!」
 1台どころか2台に乗り損ね、私は呆然とした。待つのは嫌いなのに何たることか。
 頭の中に浮かんだことわざが、ニコニコ動画のコメントのように流れてくる。「急いてはことを仕損じる」「急がば回れ」「慌てる乞食は貰いが少ない」……。まったく、急ぐとろくなことがない。せかせかせずに、もっとゆとりを持って行動しよう。次の次のバスを待てばいいだけのこと、と自分に言い聞かせた。
 翌日。
 出勤すると、いすのひじ掛けに白いタオルが置きっぱなしになっていた。バッグのなかった理由は、落としたからではなく、入れ忘れたからだ。
「バッカだなぁ」と苦笑しつつも、タオルに再会できたことが、ちょっぴりうれしかったりして……。


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コメント (10)
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