木村一基がタイトルホルダーになる日 vs羽生善治 2009年 第80期棋聖戦

2019年07月06日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 力強すぎる受け将棋で、通算勝率7割超えのスゴ技を見せつけていた、若かりしころの木村一基

 となれば、当然次に期待がかかるのはタイトル獲得。

 2005年度は竜王戦2008年度は王座戦に登場するが、それぞれ渡辺明竜王羽生善治王座のストレートで敗れる。

 ただ、負けはしたものの、内容自体はそれほど悪い印象はなく、随所に王者たちを苦しめた場面もあり、スコアほどの圧敗感はなかったように思う。

 そんな木村の大きなチャンスが、2009年だった。

 まず棋聖戦では挑戦者決定戦で、初参加で勝ち上がってきた稲葉陽四段を下して挑戦権獲得。

 返す刀で続く王位戦でも、初のタイトル戦を目指して2年連続挑決にあがってきた橋本崇載七段をしりぞけて、これまた挑戦者に。

 ほぼ同時進行で行われたWタイトル戦で、一気に二冠獲得のチャンス。

 この時期の木村は仕上がっていたのか、羽生善治棋聖相手に2勝1敗深浦康市王位相手に至っては一気の開幕3連勝で、どちらもカド番に追いこむこととなる。

 つまりこのときの木村は、6番連続でタイトル獲得の一番を戦うことに。

 しかも2勝すれば二冠。

 勝率7割の男が、ざっくりの超単純計算でいけば3割で棋聖王位

 メチャクチャに割のいい話で、まあ1ゲーム差の棋聖はまだしも、王位は4連敗さえしなければいいので、これはもう「木村王位」誕生は、ほぼ決まりと見られたのであった。

 もちろん、本人は勝ち切るまで安心できないだろうが、われわれ野次馬が呑気なことを言っていたのは、このときの木村が、かなりいい将棋を指していたせいもある。

 当時話題になったのが、2勝1敗とリードを奪うことになる、棋聖戦第3局の指しまわし。

 相矢倉から、先手の木村が玉頭の歩の突き捨てを放置する、らしい手から押さえこみにかかる。

 

 

 この▲93桂なんかも、筋悪に見えて木村得意の「攻め駒を責める」手。

 △91飛▲83銀成と、飛車を押さえながら上部を厚くし、香にもプレッシャーをかけ、

 「オラオラ、ボーっとしとったら全駒(すべての駒を取って完封勝ちすること)にしてまうどオラオラ!」

 と鼻息も荒い。

 全体的に先手の駒がイバッているというか、あの羽生善治相手にここまでオラつけるというのがスゴイ。

 クライマックスがこの場面。

 

 後手も必死の手作りでができ、なんとか上部脱出は防げたように見える。

 だがここで、先手に決め手がある。

 それも、木村一基にしか指せないであろう、力強くも個性的すぎる一着だ。

 

 

 

 ▲87飛と、こんなところに打つのが、木村のすごみを見せた一手。

 こういうところでを打つのは、俗に「ヘルメットをかぶる」なんていうけど(どうでもいいけど「銀のヘルメット」っていったら『インデペンデンス・デイ』が思い浮かんでしまうなあ)、飛車のヘルメットなんて聞いたこともない。

 けど、これで後手に手がまったくないのだから、恐れ入る。

 △同馬▲同玉で、盤上に後手の駒がまったくなくなり、今度こそ入玉ロードが防げない。

 △59馬と逃げるが、▲97玉△83歩▲85成銀として先手玉は安泰。

 そこから、△84桂▲89飛△58歩▲87玉△14歩(!)。

 

 

 

 この△14歩というのが、これまたすごい手。

 後手は香を1枚補充したところで、なにが好転するわけでもない。

 先手はどこかで、▲68歩と打って馬を無効化すれば、100回やって100連勝できる不敗の態勢。

 いやそれどころか、ここで1手パス、いやさ2手くらい先手がパスしても、後手に勝つ手はないかもしれない。

 タイトル戦で羽生相手に、こんな勝ち方ができるのもすさまじいが、「姿焼き」状態で投げるに投げられないとはいえ、この歩を突いた羽生もまたすごい。

 なにがすごいか論理的な説明はまったくできないが、意味はなくとも、なにやら感慨深い、このシリーズのハイライトともいえる局面だ。

 こんな勝ちっぷりを見せられたら、そりゃもう「木村王位棋聖」は決まりと前祝いしてもおかしくないのが、わかっていただけると思うが、ここから夏のシリーズは、まさかの展開を見せることとなるのだ。

 

 (続く→こちら

  


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