「絶対王者」の分岐点 羽生善治vs谷川浩司 1992年 第5期竜王戦 その2

2020年01月20日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 1992年、第5期竜王戦は、谷川浩司竜王棋聖王将が、羽生善治王座棋王を、2勝1敗とリードして第4局をむかえた(第1回は→こちらから)。

 全体的に、谷川が押し気味の前半戦だったが、この将棋も中盤で優勢になる。

 

 



 ここで△45桂と跳ぶのが好手で、そうやれば順当に後手が、押し切っていた可能性が高かった。

 ところが谷川は、なぜかこれが見えなかった。

 代わりに選んだのが、この後長く後悔を生むことになる手で、△57と、と捨てたのが疑問手。

 ▲同金△75歩と、薄くなった角頭を攻めていく。

 きびしいようだが、▲同歩△28飛▲76銀と埋められると、これが好形で、先手玉が引き締まってしまった。

 

 


 これには控室でも、


 「谷川が変調ではないか」


 首をかしげたらしいが、たしかにこれは優位を自らフイにする、おかしな手順。

 その後、谷川が羽生にやられるパターンに、こういう不可解な流れというのが頻出する。

 急がずとも、落ち着いて指せば勝てるところを、あせって踏みこんで、おかしくしてしまう。

 ならばと丁寧に辛く指せば、それが緩手になり、逆襲をゆるしてしまう。

 そういう、なんともちぐはぐな戦いで、自滅のような、くずれ方をしてしまう。
 
 谷川の強さを知ってる者は皆、もちろん羽生が化け物であることは承知ながら、それでも「光速の寄せ」がそれに劣るとも、どうしても思えないところがある。

 なにか実力以外のところで、差がついてしまっている気がして、ならないのだ。

 こういったことは谷川も自覚的で、この「△57と」をはじめとする乱れを、


 


 「見えないなにかに、おびえていたとしか思えない」


 


 そういった表現で語っておられたが、その「なにか」が羽生の本当の恐ろしさか。

 この将棋も、まだむずかしそうだったが、後手に飛車を捨てる自爆のような手が出て、ついに形勢逆転。

 体が入れ替わったあとは、羽生が冷静に事を進め、終盤は▲24桂と打つカッコイイ決め手が出る。


 

 

 △同歩▲23歩とたたいて、▲35桂の筋があるから寄り。

 この天王山ともいえる第4局を、らしくない手で落とした谷川は第5局も敗れて、先に王手をかけられてしまう。

 カド番の第6局では、


 「これぞ谷川浩司の終盤!」


 という、すごい踏みこみを見せて快勝しフルセットまで持ちこむが(→こちらの2局目参照)、最終局では難解な戦いを羽生が制して、ついに竜王を奪われてしまった。


 


 第7局の終盤戦。

 攻防の角に谷川は△59飛▲88玉を利かしてから、△54桂と受ける。

 角道を遮断しながら、△66桂を見せて良さそうに見えたが、これが敗着で、△43角と合わせれば後手が優勢だった。

 以下、羽生は角を▲67に転換し、▲23銀からラッシュして勝ちを決めた。


 

 


 これで羽生と谷川のタイトル数が入れ替わった。

 三冠と二冠が、二冠三冠に。

 さらに同時進行だった棋王戦でも、これまたフルセットの末、羽生が谷川の挑戦をしりぞけて防衛に成功。

 これを谷川が制していれば、タイトルが振り替わっただけで、棋界勢力図はそうは変わらなかったろう。

 そこを防衛戦と挑戦の両方で「往復ビンタ」を食らったのは、イメージ的にも痛かった。

 これ以降、谷川は羽生を明らかに苦手とし、タイトル戦でシリーズ7連敗

 ついには七冠制覇を目の前で、ゆるしてしまうという屈辱も味わうことになり、そこから長い長い「羽生時代」が続いていくことになるのだ。  

  

 (続く→こちら

 

 


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