こないだのアべマトーナメントは、実におもしろかった。
渡辺明名人・棋王が、近藤誠也七段と、渡辺和史五段を率いる
「チームマンモス」
それと予選を勝ち上がってきた、折田翔吾四段、黒田尭之五段、冨田誠也四段の
「エントリーチーム」
との一戦だ。
私は関西人なので、一応は「エントリーチーム」を応援していたのだが、正直、苦しいよなーとは思っていた。
ただでさえ強い渡辺明にくわえて、そこに「Aクラス」「エース」と太鼓判を押された近藤誠也。
さらにはC1昇級、20連勝で「連勝賞」獲得の渡辺和史が相手となれば、苦戦は免れないのかと思えば、あにはからんや。
結果はおよばなかったものの、3人とも、強敵相手にねばり強さを発揮し、将棋はどれも熱戦ばかり。
特に、第2局で渡辺明相手に、単騎の王様でマシンガンの弾をかわしまくる、サーカスのような身のこなしから、あわやという局面まで持って行った冨田の戦いぶりには燃えた。
いやあ、うまいのはトークだけじゃないと、大いに株を上げたもので、あの辛口な渡辺や、「実は生意気」と本人も認める近藤誠也がそろって、
「独特のねばり強さがある」
「負かしにくい」
「強いじゃん、エントリーチーム」
と舌を巻くほど。
黒田の快進撃や、本来ならポイントゲッターなはずの近藤誠也の不調も手伝って、
「これ、来たんとちゃう?」
期待も高まったが、最後は渡辺明に貫録を見せられた形で引き離された。
いやー惜しかったなー。
でも、この健闘には拍手、拍手。
次もキツイ相手だけど、意外なことに、まだあったまってない印象の藤井聡太五冠に、やはり前回までの鬼神のごとき強さが、やや鳴りを潜めている森内俊之九段とあっては、充分にチャンスはあるのでは?
こりゃ、熱戦の期待大ですわ。
こういう将棋を見せられると、今さらながら、
「最後まで、あきらめたらダメなんだな」
という気にさせられるが、これが実際に指している方からすると、勝ち目がなさそうな局面でもガッツでがんばるというのは、なかなかしんどいもの。
ましてや、自分の負けを自らが「読み切って」しまった場合、そのまま投げてしまう気持ちもわかる。
ところが、中にはそれが「え?」ということもあって、今回はそう言う「投げたらアカン」な将棋を。
1990年の竜王戦。
神谷広志六段と、佐藤康光五段の一戦。
3組の昇級者決定戦。いわゆる「裏街道」の決勝戦で、勝った方が2組に昇るという大きな一番は、相矢倉から激しいたたき合いになり、むかえたこの局面。
後手が△83香と反撃したところだが、次の手が、ぜひおぼえておきたい実戦の手筋である。
▲71銀が、後手の攻め駒を責める手。
飛車に弱い形をしている後手は、△92飛と逃げるしかないが、これで8筋の攻めは大幅に緩和されている。
△92飛、▲62銀打の追撃に神谷も△86香と取って、▲同歩、△87歩、▲同玉、△85歩の猛攻。
これもなかかなの脅威だが、8筋の大砲が撤去されたことで、ここで手抜いて▲53銀成と攻めるターンが来るのが、メチャクチャに大きい。
以下、佐藤のパンチが入った形で、この図。
最後、神谷は△86銀と王手して、▲88玉と逃げたところで投了。
後手玉は▲43金打と、▲35銀からの両方の詰みをいっぺんには受からないため、指す手がないのだ。
……と思われたが、なんとここで、いい手があった。
△43桂と打つのが、▲43金打と▲35銀を同時に防ぐ絶妙の受けで、まだ熱戦は続いていたのだ!
神谷と言えば、美学派にありがちな「投げっぷりがいい」棋士で知られるが、ここはそれが裏目に出てしまった。
ましてや、神谷はここでまだ15分、時間を残していた。あきらめず、盤上に喰いつくべきだったのだ。
佐藤の方は、すでに1分将棋だったのだから、なにが起こっていたか、わからないではないか。
もっともこういう、「あきらめさせる」力もまた、強い人の特徴なのである。
これが神谷も、相手が佐藤康光でなかったら、持てる15分をフルに使って、必死に手をひねり出そうとしただろう。
そこを
「佐藤君が読み切ってるんだったら……」
相手を信用してしまったことが罠だったのだ。
フィッシャールールの将棋に、ちょっとビックリな大逆転がまま見られるのは、少ない時間とともに、
「仲間がいるから、投げるに投げられない」
ということが、このような「美学的」淡白を、ゆるしてくれないせいでもあるのだ。
まさに、かつての名投手が言ったような「投げたらアカン」な一戦だった。
(神谷の早投げ現代編に続く)
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▲87歩ですか。冷静ですね。
後手玉が寄らなくても、先手玉が安全になれば、陣形差で勝てるということですね。
秒読みでも、きっと佐藤康光五段なら間違えないでしょうから、時間はかかっても波乱はなかったかもしれませんね。
でも仰る通り、1分将棋 VS 15分、の状況だったならば諦めずに食らいつくべきでしたねぇ(これは悔しい・・・)。