前回の続き。
2016年の第47期新人王戦で決勝に勝ち上がってきたのは、石田直裕四段と増田康宏四段だった。
三番勝負の第1局は、角換わり腰掛け銀の熱戦から増田が辛勝。
初優勝に王手をかけたが、第2局も初戦と同じく石田も簡単には勝たせない。
石田の四間飛車に増田が銀冠で対抗するも、中盤の斥候で誤算があり振り飛車が優勢に。
終盤戦で一度は明快な決め手を逃した石田だったが、まだ形勢はハッキリ勝ち。
このまま最終戦にもつれこむかというところだったが、そこで事件は起きた。
図は△28飛の王手に▲58歩と受けたところ。
先手玉はまだ詰まないが、後手玉も▲26の馬がいなくなると相当に詰みにくい形。
ならここで、シンプルに△26飛成と馬を取ってしまえばいいのではと、まずは思うわけだが、実際それで正解だった。
自陣の憂いを消しながら先手玉は必至で、さしもの増田も投げるしかなかったのだ。
だが、石田は念には念を入れて、もう一工夫することにした。
△57銀と王手して、▲同玉、△47香成、▲同玉、△26飛成。
銀と香を捨てて、先手玉を危険地帯におびき寄せてから馬を取る。
単に△26飛成よりも、こっちのほうが受けにくくなっているという判断だ。
たしかにそう見えるが、これは駒を渡すので怖い選択だった。
そしてその通り、この局面で後手玉には詰みが生じている。
実戦詰将棋。腕自慢の方は、ぜひチャレンジしてみてください。
▲72馬、△同銀、▲83香。
馬を切るのはこれしかないが、ここで▲83香と打てるのが香捨ての罪。
△同玉なら、▲75桂、△同歩、▲74金と、無理くり穴ぼこを開けてせまる。
△同玉、▲75歩から、駒台にあふれる物量で押して行けば詰み。
とはいえ△83同銀とこっちで取ってしまえば、自然な▲71銀に△同玉なら詰むが、そこで△93玉とかわすのが手筋。
いわゆる「銀冠の小部屋」というやつで、典型的な「王手なし」の形になり、これはハッキリ詰まない。
石田もこの筋に期待したのかもしれず、解説の渡辺正和五段も「詰まない気はします」と言っており、プロレベルのカンでは後手が勝ちに見えるのだろう。
▲71銀はわかりやすくダメなので、増田は▲81金から入る。
△同玉に▲93桂。
△同香は▲61飛と打って、▲91金から詰む。
なので△92玉しかないが、さらに▲82金と追撃。
このあたり控室では、
「ここは、△93玉じゃないと詰みますよ」
「でも、これは取っちゃうよね。トン死しそうですよ」
千田翔太五段と鈴木大介八段が、そんな検討していた。
なので石田が△同玉と取ったのには騒然となったそうだが、ここは増田が深く読んでいて、実は△93玉でもアウト。
▲85桂打、△同歩、▲83金、△同玉、▲81飛の筋でつかまっている。
桂馬を捨てて▲84の地点を開けておくのがアイデアだ。
ちなみに増田は▲93桂と打って、詰みを確信したそうだ。
石田は観念したか、△82同玉と取る。
以下、▲81飛、△72玉、▲61銀、△63玉に▲52銀不成と、すぐに捨ててしまうのがカッコイイ決め手。
△同玉、▲41飛成、△63玉、▲53金まで石田が投了。
あざやかな詰みによって、増田が新人王戦初優勝を飾ったのだった。
後から見れば、堅く勝つために選んだ△57銀と△47香成が利敵行為で、
「本譜はいろいろある中で、いちばん悪いくみ合わせを選んでしまいました」
石田は反省したが、1分将棋でこの詰みを仕上げた増田の強さも光り、
という評価を生んだことも大きかった。
この周囲から「強いと思われる」ことが勝負の世界ではメチャクチャ大事で、目立つ舞台でそのことを見せつけたという意味では増田はここで完全にスター街道に乗った。
はずだった。
このときはタイトル戦に出るまで、こんなに時間がかかるとは思わなかったが、それは本人が一番思っていることだろう。
そのモヤモヤを吹き払うためにも、五番勝負では勢いのある将棋と、いい結果を観たいものである。
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