振り飛車の左金活用マニュアル 大山康晴vs中原誠 1971年 第12期王位戦

2023年08月04日 | 将棋・名局

 「こういう将棋は、左側の金が遊んでしまいがちなんですよね」

 

 というのは中飛車の将棋を観戦していて、よく聞くセリフである。

 ふつうの振り飛車は玉を美濃に囲った後、▲69▲58に上がって、次に▲47金高美濃に組むのがセオリー。

 ところが、中飛車は飛車を中央の▲58に置くから▲58金左とできず、また▲56にくり出すのが理想形になるところから、6筋7筋が弱く、それをカバーするためにも▲78金とこっちに使うことが多いのだ。

 

 

 このの使い方が、なかなかに悩ましい。

 戦いになったとき遊び駒になりやすく、負けるときは置いてけぼりになったり、下手すると質駒になって、いいときに取られてしまうと最悪なのである。

 

2022年第12期リコー杯女流王座戦五番勝負の第2局。

里見香奈女流王座と加藤桃子女流三段の一戦。

すでに加藤の必勝形で、里見陣の3筋に取り残された金銀が哀しい。

 

 

 なので、振り飛車のうまい人はこの左金の活用がうまいことが多いのだが、その代表といえばやはり大山康晴十五世名人

 1971年の第12期王位戦

 大山康晴王位王将中原誠十段棋聖の一局。

 大山の2勝1敗でむかえた第4局は、後手の中原が三間飛車相手に△85歩を決めず、あえて石田流に組ませる趣向。

 むかえたこの局面。

 

 

 

 後手は棒金からの押さえこみをねらっている。

 形は▲65歩だが、△33歩と銀取りで止められて、うまくさばけない。

 このままだと大駒が圧迫されてしまうが、ここから大山はうまく局面をほぐしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲79金と、こちらに使うのが大山流の金使い。

 ふつうの感覚では金は王様の近くに置いておきたいものだが、あえてこちらに使うのが達人の技で、大山も「うまい手だった」とほくそえんだとか。

 これが決戦の後、△89飛成とダイレクトに成られる手を防いでおり、後手の速い攻めを封じている。

 中原は△76歩と押さえるが、そこで▲65歩が絶好のタイミング。

 

 

 

 

 この手をなくして、振り飛車のさばきはあり得ないというくらいの突き出しだ。

 今度は△33に打つ一歩がないし、△88角成には▲同飛と取って、▲79金の存在が大きく後手からもう一押しがない。

 そこで中原は△65同金と黙って取るが、▲22角成△同玉▲66歩と打って先手好調。

 △同金▲55角だから△55金と寄るが、さらに▲56歩と追及していく。

 

 

 

 

 △同金▲45角金取り▲23銀成を見てシビれる。

 △54金と引いても、もうひとつ▲55歩が気持ちよい突き出しで、△44金▲56角がきれいに決まる。

 

 

 

 

 かといって△同金▲58飛と回られ、あとは好きなようにされてしまう。

 そうはさせじと、中原は△67角と反撃するが、一回▲23銀成とここで捨てるのが好判断で、玉を危険地帯におびき出してから▲55歩を取る。

 後手はを打ったからには△78角成飛車を取りたいが、この角がいなくなると、やはり▲56角王手銀取りが痛打。

 そこで△86飛と走って、この局面。

 

 

 後手は△23玉△41金△74銀がどれも▲56角ラインに入っており、いかにも危ない形。

 そこをかろうじて△67角が、後ろ足でカバーしているのだが、次の一手がそれを寸断する絶妙手だった。

 

 

 

  

 

 

 ▲58飛とここに回るのが、大山門下で、やはり振り飛車の達人でもある中田功八段も絶賛した、すばらしい一着。

 △同角成▲同金で、やはり▲56角が激痛。

 後手はせっかく飛車を活用しても△89飛成とできず、かといって持ち駒の飛車も打ちこむ場所もなく、先手の2枚が「より怖い二枚飛車」を完全に封じこめている。

 中原は△32玉と泣きの辛抱をするが、ここで▲56角と打って、△同角成▲同飛と邪魔なを除去。

 △33銀と血を吐くようなガマンに、口笛でも吹きながら▲54歩と突いて気分はド必勝

 

 

 

 

 あの押さえこまれそうだった飛車が、あざやかにさばけ、逆に後手の飛車は▲79金たった1枚によって、完全にブロックされている。

 その後大山にミスがあって少しもつれたが、中原がそれを生かせず大山が逃げ切る。

 シリーズもフルセットまでもつれこんだが、最後は大山が勝ち、第1期から続いている王位12連覇を決めたのだった。

 


 

 (「受けの大山」の神業的妙技はこちら

 (渡辺明「次の一手」問題と思いこんだほどの絶妙手はこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 入玉形の奥義「5点攻め」 ... | トップ | マイナー趣味に興味を持つの... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。