「こういう将棋は、左側の金が遊んでしまいがちなんですよね」
というのは中飛車の将棋を観戦していて、よく聞くセリフである。
ふつうの振り飛車は玉を美濃に囲った後、▲69の金を▲58に上がって、次に▲47金と高美濃に組むのがセオリー。
ところが、中飛車は飛車を中央の▲58に置くから▲58金左とできず、また銀を▲56にくり出すのが理想形になるところから、6筋7筋が弱く、それをカバーするためにも▲78金とこっちに使うことが多いのだ。
この金の使い方が、なかなかに悩ましい。
戦いになったとき遊び駒になりやすく、負けるときは置いてけぼりになったり、下手すると質駒になって、いいときに取られてしまうと最悪なのである。
2022年第12期リコー杯女流王座戦五番勝負の第2局。
里見香奈女流王座と加藤桃子女流三段の一戦。
すでに加藤の必勝形で、里見陣の3筋に取り残された金銀が哀しい。
なので、振り飛車のうまい人はこの左金の活用がうまいことが多いのだが、その代表といえばやはり大山康晴十五世名人。
1971年の第12期王位戦。
大山康晴王位・王将と中原誠十段・棋聖の一局。
大山の2勝1敗でむかえた第4局は、後手の中原が三間飛車相手に△85歩を決めず、あえて石田流に組ませる趣向。
むかえたこの局面。
後手は棒金からの押さえこみをねらっている。
形は▲65歩だが、△33歩と銀取りで止められて、うまくさばけない。
このままだと大駒が圧迫されてしまうが、ここから大山はうまく局面をほぐしていく。
▲79金と、こちらに使うのが大山流の金使い。
ふつうの感覚では金は王様の近くに置いておきたいものだが、あえてこちらに使うのが達人の技で、大山も「うまい手だった」とほくそえんだとか。
これが決戦の後、△89飛成とダイレクトに成られる手を防いでおり、後手の速い攻めを封じている。
中原は△76歩と押さえるが、そこで▲65歩が絶好のタイミング。
この手をなくして、振り飛車のさばきはあり得ないというくらいの突き出しだ。
今度は△33に打つ一歩がないし、△88角成には▲同飛と取って、▲79金の存在が大きく後手からもう一押しがない。
そこで中原は△65同金と黙って取るが、▲22角成、△同玉に▲66歩と打って先手好調。
△同金は▲55角だから△55金と寄るが、さらに▲56歩と追及していく。
△同金は▲45角が金取りと▲23銀成を見てシビれる。
△54金と引いても、もうひとつ▲55歩が気持ちよい突き出しで、△44金は▲56角がきれいに決まる。
かといって△同金は▲58飛と回られ、あとは好きなようにされてしまう。
そうはさせじと、中原は△67角と反撃するが、一回▲23銀成とここで捨てるのが好判断で、玉を危険地帯におびき出してから▲55歩と金を取る。
後手は角を打ったからには△78角成と飛車を取りたいが、この角がいなくなると、やはり▲56角の王手銀取りが痛打。
そこで△86飛と走って、この局面。
後手は△23玉、△41金、△74銀がどれも▲56角のラインに入っており、いかにも危ない形。
そこをかろうじて△67角が、後ろ足でカバーしているのだが、次の一手がそれを寸断する絶妙手だった。
▲58飛とここに回るのが、大山門下で、やはり振り飛車の達人でもある中田功八段も絶賛した、すばらしい一着。
△同角成は▲同金で、やはり▲56角が激痛。
後手はせっかく飛車を活用しても△89飛成とできず、かといって持ち駒の飛車も打ちこむ場所もなく、先手の2枚の金が「鬼より怖い二枚飛車」を完全に封じこめている。
中原は△32玉と泣きの辛抱をするが、ここで▲56角と打って、△同角成、▲同飛と邪魔な角を除去。
△33銀と血を吐くようなガマンに、口笛でも吹きながら▲54歩と突いて気分はド必勝。
あの押さえこまれそうだった飛車が、あざやかにさばけ、逆に後手の飛車は▲79金たった1枚によって、完全にブロックされている。
その後大山にミスがあって少しもつれたが、中原がそれを生かせず大山が逃げ切る。
シリーズもフルセットまでもつれこんだが、最後は大山が勝ち、第1期から続いている王位12連覇を決めたのだった。
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