はてしない物語 佐々木勇気vs藤井聡太 2016年 岡崎将棋まつり その3

2024年10月06日 | 将棋・名局

 前回の続き。

 2016年岡崎将棋まつりで、佐々木勇気五段と、まだ奨励会員藤井聡太三段が熱戦をくり広げる。

 双方が秘術のかぎりをつくす終盤戦は、席上対局とは思えぬ熱量とレベルの高さだ。

 

 

 

 佐々木勇気が「詰めろ逃れの詰めろ」で局面を引き寄せれば、藤井聡太もタダ捨てする絶妙手でお返し。

 最後は藤井勝ちになったようにも見えたが、まだむずかしい。

 そこで藤井は▲85桂とせまる。
 
 後手から△85桂を消しながら、▲43角成からの詰めろの攻防手。

 というか、ことここへ来ては両者とも攻防の一手を常にくり出さないと、あっという間に負ける流れになっている。
 
 ▲85桂は次に▲43角成とし、△71玉に、▲44馬王手飛車をかける。

 △53歩▲82銀△同玉▲55馬飛車をはずして王手して、これで詰む

 


 またも佐々木が試される番。

 絶体絶命のピンチで、将棋では王手をかけて合駒を強要し、相手の持駒をけずるのを「合駒請求」と呼ぶが、ここはそれを超えた「必殺技請求」ともいえる場面。

 「妙手以外は負け」という高すぎるハードルを突きつけられているが、それを飛び越えるのが佐々木勇気という男だ。

 

 

 ここで、△59飛成という手があった。
 
 ▲55馬と取る手を消しながら、△99竜▲98合駒△86金

 

 

 

 ▲同歩△78と
 
 ▲同玉△76金▲同角成△同と▲同玉△75金まで、△27飛車がすばらしく働いて詰み
 
 本日2度目の「詰めろ逃れの詰めろ」。

 なんちゅう勝負強さやと、あきれる思いだが、本人からすれば、なんのこれしきか。

 

 「オレをだれやと思てるねん、佐々木勇気やぞ」と。

 

 それにしても、さっきから、ただただ、まばゆいばかりのやり取りである。
 
 『対局日誌』など将棋本の名著を数多く送り出している河口俊彦八段によると、
 
 


 「手順しか書いてない観戦記は三流」



 
 
 らしいのだが、それでいえば、私のやっていることは妄想手順とソフトの示す詰み筋を並べているだけにすぎない。
 
 だが、河口老師は同時に、
 
 


 「棋士は指した将棋がすべてである」

 「棋譜を見れば、その棋士の考えや、迷い、決断、憤怒や気のゆるみなど、すべてが表現されている」

 「それを勝手に想像しながら楽しむのが、将棋の醍醐味なのだ」



 
 
 その点から見ると、この将棋は棋譜からは、たしかに佐々木勇気と藤井聡太の息吹が感じられる。
 
 双方、負けてなるものかという闘志
 
 また、終盤では「自分こそが読み勝ってるぞ」と言わんばかりに、両者が手練手管のかぎりをつくす。
 
 
 「おまえはそう読むだろう、ならオレはその裏を行ってやる」
 
 「と、あなたはそう思うのですね。ならボクは、その裏を取ります」
 
 「それは想定内。ならオレは、その裏の裏を取る」
 
 「おっと、読み筋通りだ。ボクはその裏の裏の裏をもう一度……」

 
 
 果てしなく背後の取り合いが続く。
 
 私のつたない解説など邪魔と思っている方も、この棋譜の終盤だけでも並べみてほしい。

 手の深い意味はわからなくとも、2人の持つ才気のほとばしりと、負けてたまるかという意地が、その手から伝わるはずだから。
  
 激しくも美しいドッグファイトだったが、先に弾が尽きたのは藤井の方だったよう。
 
 ▲43角成と王手して、△71玉

 後手玉に詰みはなく、先手陣は受けても一手一手で、これ以上に手数は伸びない。
 
 ▲53角と再度王手しながら、またも攻防に利かし、△81玉▲73桂成と、ここで下駄を預ける。

 

 


 
 
 「さあ、詰ましてみろ!」
 

 ということで、とうとう、この熱局もクライマックスだ。
 
 詰むや詰まざるや。佐々木は△99竜から仕上げに入る。
 
 ▲86玉△76金▲同馬△同と▲同玉
 

 

 

 

 ここで手拍子に△96竜と取ると、▲65玉から詰まず、入玉されて下手すると冷や汗どころか大逆転
 
 将棋の終盤戦はおそろしいというか、「詰ましてみろ」と居直ったと見せかけて、最後にこんなを仕掛けている藤井聡太のしたたかさには、恐れすら感じるところ。
 
 ふだんの言動は優等生の見本のような彼だが、盤上ではとんでもない性格の悪さなのだ。

 かつて、棋聖王位のタイトル経験もあるA級棋士森雞二九段は対局中に控室にやってきて、

 

 


 「間違えろ! 悪手を指せ! なんでもいいから、早く1分将棋になるんだ!」


 

 

 対戦相手が映るモニターに、さけびまくっていたというが(昭和の将棋やなあ)、なんのことはない。

 この一見おとなしい「天才少年」も、声に出さないだけで、指し手で同じことをしているのだ。

 ここは△75金が正確で、▲同角成△同歩▲85玉に、そこで△96竜が順番。

 

 


 

 

 ▲同玉△84桂▲86玉△76金▲85玉△96角▲84玉△93銀まで。
 
 
 
 
 

 これはこれで、結構むずかしい詰みにも見えるが、「佐々木勇気やぞ」だから、間違えないのだ。
 
 投了図を見ればわかるが、ほとんどすべての駒が大車輪の働きをして、この位置にいる。
 
 もう、私のつたない感想など、もういいでしょう。
 
 2人の若者に、拍手、ただ拍手すばらしい一局でした。
 
 
 


(佐々木勇気の加古川清流戦、優勝の将棋はこちら

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コメント
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