前回の続き。
2016年の岡崎将棋まつりで、佐々木勇気五段と、まだ奨励会員の藤井聡太三段が熱戦を戦う。
席上対局とはいえ、将棋界の将来を担う2人とあっては、お祭り気分ではいられないだろう。
図は▲35銀と、藤井が詰めろをかけてきたところに、佐々木勇気が△96歩、▲同銀、△76角成と「詰めろ逃れの詰めろ」で切り返したところ。
最終盤でこんな「必殺技」が決まれば、ふつうは後手の勝ちとしたものだが、もちろん藤井三段はそんなことで、あきらめるタマではない。
この美技が、あくまで「つかみ」というあつかいなのだから、この将棋はシビれる。
まずは▲34銀打と王手し、△22玉に▲23金は△76の馬が△32の地点を守っていて詰まないから、▲23歩成とする。
△同金は▲同銀成、△同玉に、▲24歩や▲41角であぶなすぎるから、取らずに△31玉と落ちる。
▲32と、△同馬で、馬を引き上げさせたが、これで先手玉の一手スキが解除されているかは、正直よくわからない。
そこで、▲43歩。
馬筋を止めて、自陣の脅威を緩和しつつの攻めだが、これが詰めろになっているかは、これまたきわどいところ。
なってなければ、ここで後手が一手スキをかければ勝ち。
難解だが、後手は仮にここで一手パスしても、▲42歩成には△同馬が王手になる。
これが、逆王手の切り返しみたいな形になるため、どうも詰まないようだ。
ただ、先手玉にどう詰めろをかけるのかは、これまた激ムズ。
しかも詰将棋の名手相手に(藤井は将棋よりも先に詰将棋で「天才少年あらわる」と紹介された)、ここで自陣を放置するのは、それもそれで怖すぎる。
そこで、佐々木はとりあえず、△27飛とおろす。
この手自体は詰めろではなさそうだが、攻防に利かして、きびしそう。
手番は先手なので、チャンスが来たようだが、やはり急がされていることには変わりない。
ここで詰めろ級の手がないと△95香くらいで負けそう。
といっても▲42歩成は、相変わらず△同馬が逆王手でシビれる。
△27飛車の守備力もあって、いよいよ手がないかと思いきや、ここで必殺手が飛んでくるのだから、才能のあるヤツというのは、たまったものではない。
私はこの将棋を昔見て、2手だけおぼえていた。
ひとつは佐々木の△76角成。
で、もうひとつが藤井の次の手。
こういう将棋にはコツがあるのだ。
つまり、アレをしながら、盤上にあるコレとかソレとかを、全部ナニしてしまえばいいのである。
▲22金が、今度は先手から絶妙手のお返し。
△同馬なら、馬の王手がなくなるから、▲42歩成から先手勝ち。
▲22金に△同飛成なら先手陣が安全になるうえに、そこで▲23歩とタタく手がある。
△同馬には▲42歩成。
△同竜も▲同銀成、△同馬に▲42歩成で、やはり勝ち。
なので△22同玉しかないが、やはり▲23歩の張り手で、後手玉はにわかに危ない。
この歩は、竜でも馬でも取れない。
△31玉しかないが▲22金から、強引にバラしていく。
△同馬、▲同歩成、△41玉に▲32角の攻防手。
完全に攻守所を変えた感じだ。
そう、こういう終盤戦でねらいたいのは、王手をして手番をキープしたまま、相手の要駒(この場合は後手の馬)を取ってしまい、攻めながら自陣を安全にしていくこと。
馬が消えたうえに、今度は先手が角の後ろ足で自陣を守っており、さっきとはだいぶ景色が変わった感じだ。
ただ、佐々木としても、かろうじて後手玉に詰みがないのは助かった。
△52玉、▲42歩成に、△61玉で、まだ激戦続行。
さて、局面はどうなっているのか。
先手玉は角の利きや、後手にナナメ駒がないなどもあって、△86金、▲同歩、△78となどの筋で追っても詰みはない。
なら、ここで後手玉に詰めろがかかれば勝ちだが、下手なせまり方では、△85桂、▲同銀、△同飛で、飛車を8筋に利かす手が、また「詰めろ逃れの詰めろ」になるかもしれない。
そこで藤井は▲85桂と、「敵の打ちたいところに打て」で置いておく。
△85桂を消しながら、▲43角成からの詰めろ。
△53金とか、ただ詰めろを受けるだけの手は、▲73銀から一手一手。
今度こそ、今度こそ決まったようだが、佐々木勇気はあきらめない。
たとえ席上対局とはいえ、「未来の名人」候補としてキラキラしている後輩に、「どうぞお通り」などゆるせるはずもないのだ。
(続く)