「《スカタン》って将棋用語としても使いますけど、意外と解説とかで言う機会ないんですよね」
以前、将棋のネット中継での解説で、ある若手棋士がそんなことを言っていた。
「スカタン」とは、『デジタル大辞泉』によると、
1・予想や期待を裏切られること。当てはずれ。「すかたんを食わされる」
2・見当違いなこと、間の抜けたことをする人をののしっていう語。
とんま。まぬけ。すこたん。「このすかたんめ」「すかたん野郎」
そんな「スカタン」は将棋でも使うことがあって、まさに
「いい手と思って指したら、とんだ尻抜けで、大事な駒などがまったく働かなかったり、戦場から取り残されたりする状態」
昭和の用語かと思ってたら、若手棋士の口から突然出てきたので、知ってるんやーと、たいそう印象的であった。
「スカタン」で思い出すのは、こんな将棋も。
1988年、第1期竜王戦の決勝トーナメント。
準決勝3番勝負の第3局。決勝七番勝負をかけた高橋道雄十段と米長邦雄九段の一戦。
なぜ「七番勝負」ではなく「決勝七番勝負」なのかといえば、この期の竜王戦は第1期なのでまだ「竜王」がいないから。
とはいえ、竜王戦はもともと「十段戦」が発展的解消して生まれた棋戦。
本来なら決勝トーナメントを勝ち上がった挑戦者と「十段」のタイトルを持っていた高橋道雄十段が七番勝負をやればいいはず。
だが、なぜかそうならなかった。
代わりに高橋は決勝トーナメントの準決勝からという「特別シード」があたえられたが、なーんか変だよなーというか。
これがもしそこれそ「米長十段」「中原十段」「谷川十段」だったら、このシステムにしたのかなーとか邪推もしたくなるわけで、高橋は正直、釈然としなかったのではなかろうか。
だって、今の竜王戦がリニューアルして「超竜王戦」ができたとして、藤井聡太竜王を準決勝からやれとか、言わないと思うもんなー。
そんなことも思い出すが、勝負の方は1勝1敗でむかえた第3局。
相矢倉から激しい攻め合いになり、むかえたこの局面。
△59飛成と成りこんで、米長が▲69歩と受け、高橋もそこで△51歩と手を戻したところ。
一見、後手が攻めこんでいるようだが、▲63のと金も大きく、また△48の金が重い駒なのも気になるところ。
後手としては△51歩のところで△58金とかせまりたいが、その瞬間に▲52銀が痛打になる。
△31玉でも△42玉でも、そこで▲58飛と取る手が▲41金までの詰めろ飛車取りでピッタリ。
もちろん、実際そんなことにはならないが、激しい攻め合いのさなかなので、つい勢いで行ってしまいそうになるところを、黙って底歩(でいいのかな?)を打っておく。渋い。
となれば、先手の手も当然こうなるところ。
いかにも味の良い手で、相手が手を戻したところで、それに合わせるよう自らも落ち着いて自陣を整備。
「勝負の呼吸」とはこういう応酬を言うのであろう。
局面だけ見れば当然の一着だが、いざ実戦となると、なかなかこういう手は、わかっていても指せないものなのだ。
初心者の方も、こういう手を見て「いいな」と感じられるようになれば、初段はもうすぐです。
このあたりのねじり合いは、見ていても上達の宝庫で、たとえばこの局面。
後手の猛攻に、先手が▲78銀と入れたところだが、次の手がまた好感覚。
△14歩とここを突くのが、またぜひとも指におぼえさせておきたい手。
強い人というのは、遊んでいる駒をいつも、スキあらば活用してやろうとねらっており、この局面で一番サボっているのは言うまでもなく△22に隠遁している角である。
これを△13角とぶつける形になれば、角を使えるし、なにかのとき玉が△22に逃げこめる。
端も突いてフトコロも広くなって、これまた、すこぶるつきに良い感触なのだ。
そこから両雄とも激しく攻め合って、この局面。
先手は底歩が固く、また攻めても▲43桂成や、場合によっては▲12金や▲32竜から、一気に詰ましてしまうねらいもある。
後手も竜と角が急所に利いているが、△58の銀と△48の金がダブって重く、やや先手持ちかなあと思うところだが、ここでいい手があった。
△66桂と打ったのが、米長の軽視していた妙手。
▲同金と取ると、△78角成と切って、▲同玉に△69竜と頼みの底歩を払われ、先手陣はあっという間に寄り形。
角と桂という飛び道具の威力をまざまざと見せつけられた形で、米長は桂を取らずに単に▲56歩と必死の防戦も、やはり△78桂成、▲同玉に△69竜とせまられて先手が苦しい。
高橋が七番勝負に大きく近づいたが、ここでまさかという手を選んでしまう。
▲77玉に△78銀と打ったのが、まさかの大悪手。
次に、どっちからでも△67銀成とすれば詰みだが、これが簡単に受かってしまうのだから高橋も飛び上がったろう。
先手は▲66からの上部脱出もあり、これ以上怖いところがない。
以下、△51歩に▲32竜と切って、一気に米長が寄せ切ってしまった。
まさかの大錯覚だが、ちなみに△78銀では平凡に△67銀成と取って、▲同銀に△42金打と竜に当てながら補強するのが実戦的な手。
こうして「負けない将棋」にしておけば、彼我の玉形の差で後手が優勢だったが、後手の攻めもうすく見えるため指しにくかったか。
前期の「十段」で、初代竜王にもっとも近い位置にいたはずの高橋だが、七番勝負からハブられる「不条理」を押し破れず、おしいところで大魚を逃してしまうこととなった。
(森下卓がタイトル戦で見せた大スカタンはこちら)
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