「スカタン」という将棋用語がある。
「いい手と思って指したら、とんだ尻抜けで、大事な駒などがまったく働かなかったり、戦場から取り残されたりする状態」
くらいの意味で、今では死語かなあと思っていたら、たまに若手棋士の口からポイと飛び出したりして、今でも通じる言葉のようだったりする。
前回は中川大輔八段が新人王戦決勝という大舞台で、とんでもない「スカタン」をかました将棋を紹介したが、この場合のように一段目に金を打つのは相当にリスクが高い。
利きが少ないため、この局面のように▲27銀と逃げられて空ぶってしまうことが多いのだが、ときにはその先入観の先に好手が眠っていることもあり、今回はそういう将棋を。
1997年の第10期竜王戦七番勝負。
谷川浩司竜王に真田圭一六段が挑戦したシリーズの第1局。
挑戦者決定戦で棋聖のタイトルを持つ屋敷伸之を破るなど、破竹の勢いで大舞台へと躍り出た24歳の真田。
当時ではまだ珍しく、髪を染めていたことから
「茶髪の挑戦者」
と話題にを集め、大人たちが色めきだっていたのが、当時でもメチャ恥ずかしかった記憶がある。
たしかに当時は髪を染める文化とか、そんなにメジャーじゃかったけど、そんな騒ぐほどのことでもないような……。
まあ、将棋界は保守的で、当時はモロにオジサンの文化だからそうなったんだろうけど、それにしたってねえ。
今でいえば、伊藤匠七段がタトゥーとか入れて、タイトル戦に登場するくらいのインパクトだったのかもしれないが。だったら見たいかも。
さて、将棋の方は王者谷川に新鋭がどれだけ食らいつけるかだが、初戦から真田はいい将棋を見せる。
谷川の陽動振り飛車に真田は矢倉で対抗する変則的な形に。
後手に銀がうわずっており、なにかスキがありそうだが、ここで見せた真田の手が、だれも予想できないものだった。
▲41金と打つのが、異筋の好打。
いかにも打ちにくい金で、うまく対応されると「スカタン」一直線だが、△62角には▲24飛と走って、△54の銀と▲21飛成をねらう十字飛車が決まる。
谷川は△33角とこちらにかわすが、▲35角とさばいて、これが▲53角成をねらってきびしい。
後手は△56歩と突いて、▲34歩に△55角と軽快に転換するも、やはり▲24飛が好調で、先手はとにかくこれが指したかった。
△22歩に▲53角成と敵陣に侵入。
△63銀引の後退に、▲43馬と飛車をいじめて、△31歩と打たせる。
ここまでは若き挑戦者が気持ちよく指しており、次に▲42金とすれば、「スカタン」になりそうな駒が飛車と交換になって大成功。
△同飛、▲同馬、△57金の反撃が気になるが、攻め合うなら▲54歩。
受けるなら▲58歩が手筋で、どちらも先手が指せていた。
本譜は金を引かず単に▲54歩としたが、すかさず△52銀打とされて、▲32馬と馬で飛車を取るのは、やや不本意な展開。
以下、谷川はもらった角を△69に打って反撃。
するどい踏みこみと、手厚い指し回しの緩急で若武者の勢いを封じ、見事開幕局を飾る。
(中村真梨花による一段金の好手はこちら)
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