前回の(→こちら)続き。
羽生善治と谷川浩司の立場が、入れ替わったのは、おそらく1992年から1993年度であった(第1回は→こちらから)。
谷川三冠と羽生二冠で争われた、竜王戦と棋王戦のダブルタイトル戦。
ここで、ともに羽生が勝ったことにより、タイトルの数のみならず、谷川に苦手意識のようなものが生まれはじめた。
それが「羽生時代」を、後押しすることになるのだ。
ひそかなキーポイントは、竜王戦の後の棋王戦。
ここで谷川が勝っていれば、さほど「羽生時代到来」という空気にもならなかったろうが、2勝1敗とリードしながら、そこから逆転されてしまった。
第4局は終盤の、羽生の勝ち方が見事だった。
大流行した相矢倉の「森下システム」から、激しい駒の取り合いになって、この局面。
角の利きや、△31の金が不安定など先手からワザがかかりそうたが、その通りカッコイイ手がある。
▲35桂と中空に放ったのが好手で、後手は受けにくい。
△同歩なら、もちろん▲34桂が激痛。
谷川は△32金打と入れてねばるが、左辺が壁になった瞬間に▲15歩の端攻めが、見習いたい呼吸。
端を△同歩とは取り切れないから、△47飛と攻め合うも、▲14歩、△12歩と取りこんでから、落ち着いて▲91角成。
後手も△69銀、▲77金に△68成銀とせまって相当に見えるが、そこでじっと▲95歩と伸ばすのが、自玉の安全度を完全に見切った一手。
これで先手陣に、一手スキがかからない。
藤井システムの▲15歩や、最近の角換わりの▲95歩のような、
「最後に突き越した端歩が生きて勝ち」
という構想につながる読み切りだ。
後手は△67銀と打ち、▲87玉、△78銀引不成、▲同金、△同成銀とするが、その瞬間に▲24桂で仕留めた。
▲12桂成の詰めろで、桂2枚の乱舞があざやかすぎる。
竜王戦に続いて、三冠対決はここでもフルセットに突入。
そして、すべてが決まるこの一局、羽生は見事な終盤を披露する。
この局面。先手玉は詰めろだが、後手玉にまだ詰みはない。
当初は羽生も谷川も、▲67金打と読んでいたが、それは△45角でむずかしい。
なにか好手が必要なところで、羽生も悩んだそうだが、ここでいい手を発見できた。
▲88玉と早逃げするのが、攻守のスピードを入れ替える妙着。
まさに「玉の早逃げ八手の得」で、これで後手から有効な攻めがない。
谷川は△79角と打ち、▲98玉に△77竜と取る。
これで先手玉は必至で、一見後手が勝ちのようだが、▲58飛とここで王手で銀を取れる筋がある。
まるで作ったように、すべての駒がさばけて、まさに「勝ち将棋、鬼のごとし」。
以下、△57竜、▲同飛、△同角左成に▲54飛で詰み。
△53に合駒しても、▲51金から自然に追っていけば、どの変化もわりと簡単だ。
こうして頂上決戦を制した羽生は、その後七冠王になり、20年以上も続く「羽生時代」を本格的にスタートさせる。