「ゴロゴロ寝ながら、初段になりたい!」
という、ダメ人……費用対効果を重視する、経済観念にすぐれた将棋ファンのため、同じような「グズグズ初段」だった私が、その棋歴を思い出し、アドバイスを送っている。
そのラインアップは、
ガチすぎ道場編→こちら
高校詰将棋青春篇→こちら
ネット将棋でブレイク編→こちら
棋譜並べの方法編→こちら
まずは「3級」を目指そう編→こちら
といったところで、定跡本も読まず、詰将棋も解かず、
「そんないいかげんなやり方で二段に、それもあと1勝で三段の二段になれたな」
あきれる読者諸兄も、おられるかもしれない。
たしかに
「ダラダラ棋譜並べして、あとはテキトーに実戦を指しただけ」
と聞けば単なるナマケモノのようだが、実はこの
「テキトーに指す」
というのが、私にとってひとつ、勝つコツのようなものであった。
もちろん、ふつうにダラけたり、無気力に指すのは論外だが、「いい意味で」テキトーというのは大事。
これまで再三書いてきたが、私の将棋というのは前半に大量リードをゆるしても、そこから勝負手と根性で追い上げるという、典型的な「逆転勝ち」タイプ。
このスタイルで大事なのは、
「不利な局面でヘラヘラしていられる」
それには「テキトー」は不真面目どころか、すこぶる大きな武器になるのだ。
そこで今回はナマケモノの見る、アマチュア級位者から、初段レベルの逆転術を紹介したい。
キーワードは「手を読まずに勝つ」。
それではどうぞ。
■逆転のコツその1
「とりあえず、イヤミつけとけ」
将棋で不利になると、ふつうの手を指していては勝てるものでなく、相手に悪手を指してもらうのが必須になる。
とはいえアマチュアでも、3級くらいから上になると、基本的な手筋や詰みの形はマスターしているもの。
なので、わかりやすく「筋に入る」形になると、なかなかミスなど期待できないものだ。
では、どうするのかと問うならば、これはもう筋の見えにくい、ゴチャゴチャした形に持って行って、プレッシャーをかけるのが一番。
ここに発動された「オイレンシュピーゲル作戦」により、まずは何も考えずに、端歩など突き捨ててみる。
▲95歩、△同歩、▲93歩とか(矢倉なら▲15歩から▲13歩)、とにかく嫌味をつける。
2016年、マイナビ女子オープン第1局。
加藤桃子女王と室谷由紀女流二段との一戦。
先手優勢の局面から、端歩を突くのが定番の嫌がらせ。
その後も室谷必勝の局面が続くが、加藤の根性もすさまじく、最後は逆転してしまった。
美濃囲い相手なら、▲62歩と金の頭に一発タタく。
1997年の第56期C級1組順位戦。先崎学六段と、鈴木大介五段の将棋。
6連勝同士の大一番は、先崎が優位に進め、図の▲62歩が手筋一閃。
どう応じても美濃囲いが乱れて味が悪い。
鈴木大介は△71金とかわすが、▲69飛が狙いすました一撃で、△76金に▲65飛と切り飛ばし、△同角に▲45飛と飛車が大海にさばけて先手優勢。
▲74歩とコビンをいじくる。▲86桂と設置して、▲74桂打の「つなぎ桂」をねらう。
逆に振り飛車は、とにかく▲26香と設置して、舟囲いの△23の地点をねらう。
矢倉なら▲24歩と突き捨てるとか、▲41銀とかけるとか。
1977年の王位戦。加藤一二三棋王と、米長邦雄八段の一戦。
形勢不利な局面で、米長の放った▲24歩が「一本、筋」という突き捨て。
△同歩は▲25歩のツギ歩があるから、加藤は△同銀。
こうして中央がうすくなったところで、▲45歩とするのが、リズムのいいゆさぶり。
▲23歩と一発タタくとか、▲22歩、△同金(銀)で壁にする。
穴熊ならやはり▲14歩、△同歩、▲13歩、△同香、▲25桂とか。▲32歩と金の頭にタタくとか、いきなり▲13桂成のダイブとか。
なんかとにかく、相手の玉形を乱しておく。これが効きます。
2018年の叡王戦。石井健太郎五段と石田直裕五段の一戦。
穴熊相手にはとにもかくにも、まずは端から手をつける。
ここにイヤミがあるだけで、穴熊側もなかなかなストレスだし、この局面だと△44にいる角のニラミも頼もしい。
え? ▲95歩、△同歩、▲93歩に△同香とか素直に応じられて、次の攻めがないって?
いえいえ、それでいいんです。
こういうのはズバリ「ハッタリ」。
さらに言えばその場のノリ、雰囲気である。
これといったねらいがなくとも、やられた方はイヤなもの。
みなさんだって、逆の立場だと、つぶされることはないとわかっても、結構悩むでしょ?
矢倉で△86歩と突かれたときに、▲同歩か▲同銀かは、居飛車の永遠のテーマ。
1953年第12期名人戦第5局。大山康晴名人と升田幸三八段の一戦。
中盤の難所で、△86歩、▲同歩、△87歩が居飛車党なら必修の手筋。
▲同金は金が上ずるうえに、将来の△95桂を警戒しながら戦わなければならないが、放っておくのもイヤミで、玉も狭すぎる。
升田は▲同金と払うが、そこで△56歩と戦端を開いて先手のムリ攻めを誘い、大山がそれをしのいで勝ちに。
これが、相手にプレッシャーをかける。
なんてことない嫌がらせが、結構バカにならないし、持ち時間をけずれるのも実戦的にでかい。
ミスを誘うに、一番いいのは精神的な疲弊と秒に追われる状況なのだから、それを呼びこむ「最善手」は
「ねらいはハッキリしないけど、なんとなくイヤな手」
島朗九段はかつて、こんなことを言った。
「優勢になると、蚊に刺されても痛く感じる」
あの剛直で「男らしい」棋風である郷田真隆九段ですら、
「勝ちになると、一回王手されるのも嫌」
数々の修羅場をくぐり抜けた、トップ棋士でもそうなのだ。
ならもう、どうせ不利なんだから、ジワジワせまりましょう。王手も、するだけならタダだ。
相手が読んでなさそうな方角から弾を飛ばすと、より効果的である。
それで泥仕合に持ちこめば、もうこっちのもん。
どんな負けてても、どうせ秒読みの激戦で「正しい手」を指し続けることなんて、ウチらクラスでは(プロでも?)できないのだと、うそぶいていればいいのだ。
こうやって、実は効いてるかどうか微妙な端攻めや、タレ歩でゴキゲンをうかがって、相手が28秒(58秒)くらいまでギリギリ考えてるのを見ながら、
「おー迷ってる、迷ってる。こら優勢と見てフルえてますなあ。大悪手や大ポカ、お待ちしてます」
必敗の局面にもかかわらず、スマホやパソコンの画面に、そんな余裕ぶっこき丸な態度を取れれば、すでに逆転への黄色いレンガの道は見えてきているのだ。
(ねばりの極意編に続く→こちら)