前回の続き。
2003年の第16期竜王戦で、挑戦者決定三番勝負に進出した、中原誠永世十段。
ここで森内俊之九段に勝てば、本人のみならずファンも熱望した、
「中原誠vs羽生善治」
というタイトル戦が実現するのだ。
ただ、当時の森内はすぐ後に、棋士人生最大ともいえる大爆発を起こすことになるほど絶好調で、まさに今の王将リーグにおける羽生と豊島将之と同じく、公平に見て「年配者不利」な予想は自然な流れだった。
その通り、初戦を森内が順当に取るが、そこは祭を期待するギャラリーからの
「空気を読め」
という無言の圧には悩まされたようで、精神的には大変な戦いだったよう。
その「ホーム」の利もあったのか、第2戦では中原が逆襲を見せる。
得意の相掛かりから、中原らしい軽快な手が各所に見られて、おもしろい将棋になる。
図は森内が、△62飛と転換して、先手の玉頭をねらったところ。
手番をもらった先手は、なにか先攻したいところだが、角の打ちこみもなく、具体的には手が見えない局面だ。
だが、相掛かりのスペシャリストである中原は、目のつけどころがちがうのだ。
▲95歩、△同歩、▲93歩が意表の手作り。
ふつう、相居飛車の端攻めと言えば、▲15歩とこちらを突き捨てるものだが、中原流はこっちから。
たしかに、△同香は▲85桂から手を作れそう。
△同桂も好機に▲94歩と打たれると、桂がタダで取られそうとなれば、この歩は相手にしにくいが、それにしても見えないところだ。
森内は無視して、△66歩、▲同歩、△同飛、▲67歩、△62飛と、歩を補充して手を渡すが、そこで▲25飛が、また軽快なゆさぶり。
次に▲35飛から、飛車を横に使って暴れていこうということで、このあたりは横歩取りなど、空中戦にも強みを発揮する中原の腕の見せどころか。
後手は△33銀と形を整え、▲35飛に△65歩と横をシャットアウトする。
中原はかまわず▲65同桂と取るが、△44銀で飛車がせまい。
飛車を逃げるようだと、▲65の桂がいつかタダで取られることが確定しており、先手が苦しいが、中原はここでワザを披露するのだ。
▲53桂不成と捨てるのが、ハッとする勝負手。
△同銀でタダだが、ヨコのラインが開いたことで、▲85飛と大きくさばいていく。
駒損の攻めなので手順としてはやや強引だが、これで飛車の働きに差があるため、先手が指せるという読みだ。
流れは中原にあるが、森内も△63角と先手でしのいで、▲83飛成に△64桂と反撃。
先手は竜こそ作ったが、▲81竜のような暴れまわる手がないと、一気の攻略はむずかしい。
こういうとき、あせりは禁物で、ここで中原は渋い指しまわしを見せるのだ。
▲22歩、△同金、▲77銀が落ち着いた対応。
ここは一発▲22歩とタタくのが、筋中の筋という手。
△同金と壁形を強要させてから、▲77銀と一転、自陣に手を戻すのが絶妙の呼吸。
この2手は、アマ高段クラス以上なら、おそらく一目であろうが、まさに緩急自在で「強い人の指す手」という感じ。
この局面、△64の桂で銀を取られると丸々銀損になるのだが、それで先手もやれるという大局観がすばらしい。
リズム的にも美しく、中原の充実度がうかがえるというところだ。
最終盤のこの図をみれば、▲22歩のタタキが、いかに効果的かわかろうというものだろう。
大強敵の森内を、得意の軽妙なさばきから押しこんでタイに戻し、見ている方は、
「これは来たんちゃう?」
期待はますます高まったが、残念ながら中原の進撃もここまでだった。
第3局では、得意の落ち着いた指しまわしを見せ、森内が横歩取りの激しい戦いを制する。
結局、中原は期待された羽生とのタイトル戦を、一度も実現することはできなかった。
大声援を受け、図らずも敵に「アウェー」の戦いを強いたこの竜王戦は、ある意味では最大のチャンスだったかもしれないが、終わってみれば森内の精神力の強さが光った形となった。
その後、森内は4連勝で羽生から竜王を奪うと、王将戦、名人戦でも、やはり羽生から奪取。
一気に三冠王を達成するのだから、森内にとっても大きな勝利となったわけで、皆が必死な中「空気を読め」とかホント「余計なお世話」なんだなあとか、思ったものであった。
■おまけ
(中原誠、渾身の名人防衛劇はこちら)
(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)