「妥協するなら、下ではなくて横にしたほうがいい」
こないだ、
「スペックは悪くないのに、なぜか彼氏彼女がいない人」
について、なんでそうなっているのか推測し、語ってみたが(→こちら)、そこでの結論がそれだった。
よく、なかなかパートナーのできない人に、
「高望みはダメだって。もっと妥協しなきゃ」
という「下を見ろ」的なアドバイスをする人がいる。
相手の「レベルを落とす」という発想は、たしかに、ひとつの方法ではある。
ただそれは、そもそも失礼だし、仮にそうやったところで、じゃあモテるようになるかといえば、まあ、そう簡単でもあるまい。
そこで、妥協するなら横に、すなわち、
「自分の好みではなかったから、あまり目が行かなかった人」
ここに視野を広げてみれば、実はそこにこそ「約束の地」は、あるやもしれないではないか。
いや、色んな人の話を聞くと、好みでないばっかりに
「自分を好いてくれる人」
を我々は見逃しがちなのだ。そこを掘り下げる価値は、あるのではないか。
と、今回の結論はここで落ち着くのだが、これには読者諸兄も、
「まあ、言いたいことは、わからんくもないけど、それはそれで、結構むずかしくないかなあ」
そう思われるかもしれず、これが実際、たしかに、すぐできれば世話はないのである。
そもそも私自身、その「横へのスライド」ができずにモテない場面もあるのだから、なにをかいわんや。
これは友人知人によく言われることだが、私は基本、底抜けなので、
「世話好きな女性」
の母性本能をくすぐる傾向があるらしい。
それだけ聞くと、なにくれとサポートしてくれる女性がいるというのは、大変ありがたそうだが、人生でなにより「干渉」というものを嫌う私は、どうもそういう女性を無意識に避ける傾向がある。
ゆえに、ときおり現れる「ホームランボール」を逃すことがあり、「なにやってるねん!」と怒られる。
私にとってそんなチャンスなど、まさに「100年に1度」というレアケースであり、たしかに「もったいない」と思わなくもないけど、そういわれたところで「世話好き」な女の人は苦手なんだよなあ。
もっと言えば、私自身がその「世話好き」な女性に、モテたという記憶がない。
友人からは「世話好きに気にされる」と言われながら、こちらはまったく、その事実を知らない。
これはもう、友たちが壮大なウソをついているか、よっぽど私が逃げ回っているかであるが、どちらにしても結構な問題であろう。
この件に関しては、私の妹なども、
「兄ちゃんはええよなあ。お金なくなっても、いざとなったらヒモかジゴロにでも、なればええもん」
などと言い、こんなスケコマシでもない私が、そんなことできるかいなと笑ったものだが、どうも同じことを意味していたらしい。
なるほど、要するにジローラモさんとかじゃなくて、織田作之助とか小池重明タイプのジゴロなわけね。
でもまあ、やはり私は何を言われたところで、「世話好き」な女子からは逃走し続けるわけだ。
「世話」と「干渉」って、ワンセットだものなあ。
嗚呼、これじゃあ友人サカイ君(→彼についてはこちら)と同じじゃないか。アウェーの戦いでは、力を発揮できないぞ。
「横に妥協」論でいえば、そういう女性こそ視野に入れるべきなのだが、それがなかなか……。
(続く→こちら)