前回(→こちら)の続き。
ファンの熱い期待を背負って、竜王戦で勝ち上がっていく、若き日の羽生善治五段。
初挑戦まで、あと一歩の準決勝で対するのは、大山康晴十五世名人。
名人18期をはじめ、タイトル獲得80期(!)を誇る将棋界の大レジェンドであり、羽生があらわれるまでは、文句なしの「史上最強」棋士であった。
今でいえば、第11回朝日杯準決勝、羽生善治vs藤井聡太戦のようなものだが、この2人には
「なぜか大山(に限らず旧世代の棋士や評論家)は、羽生をあまり評価していなかった」
という事情もあって、おそらくそれはあまりに「羽生世代」の将棋や思想が昭和の価値観とちがいすぎたから。
今で言う「AI否定論者」の見せるアレルギー反応と、新しい時代からの「侵略」を恐れる心理のようなものだったのかもしれないが、その意味でも両者負けられない勝負。
まさに実力だけでなく、プライドもかけた「新旧最強者対決」だったのだ。
この大一番、大山おなじみの振り飛車に、羽生が棒銀で対抗。
中盤のねじり合いから、双方飛車が成りこんで難解な終盤に突入。
端を詰めた羽生が、今度は玉頭から襲いかかるものの、受けに定評のある大山の腰は重く、なかなか決め手をあたえない。
むかえた、この局面。
▲75にいた桂で△83の歩を取り、後手が△同銀と応じたところ。
自然な▲同香成は△同角が竜当たりで攻め切れない。
▲75金と厚くせまる手が見えるが、解説によると、ここに駒を使っては戦力不足になってしまうとのこと。
攻め手が見えず、いかにも「受けの大山」のペースのようだが、ここで羽生が見せたのが、後手の守備網を問答無用で突破する、力強い1手だった。
▲66銀と出るのが、若き日の羽生が見せた、すばらしい進撃。
守備の駒を、グイと前線に押し出すこの手によって、後手はどうにも身動きがつかないのだ。
△53銀と引くが、続けて▲75銀とさらにくり出すのが、強烈すぎるショルダータックル。
この上部からの圧で、後手玉はシビれている。
大名人の肋骨を折らんばかりに壁に押しつけ、モハメド・アリなら
「オレの名前を言ってみろ!」
そう叫びそうな場面ではないか。
以下、△72銀の必死の防戦に、▲74銀と取って△同歩、▲83香成、△同銀に、▲84銀の頭突きが、とどめの一撃。
△同角は▲71角。
△同銀は▲72金から、それぞれ詰み。
本譜△72銀打の受けにも、▲73金と打ちこんで詰んでいる。
攻めあぐねて見えたところから、▲66銀から▲75銀の流れは見事で、まさに勝利への階段をあがるかのよう。
ここで勝って、問答無用で自分を認めさせた羽生は、挑戦者決定戦でも、森下卓五段相手に2連勝し、ついにタイトル戦に初登場。
七番勝負でも、先輩である島朗竜王とフルセットの激戦を制して、見事初タイトルを獲得。
「100」への偉大なる第一歩を踏み出すこととなるのだ。
(佐藤康光「三冠王」への挑戦編に続く→こちら)