中田功のさばきと来たら、まったく官能的なのである。
振り飛車のさばきといえば、まず最初に出てくるのは「さばきのアーティスト」こと久保利明九段だが、将棋界にはまだまだ、腕に覚えのある達人というのはいるもの。
今では山本博志四段に受け継がれている、小倉久史七段の「下町流」三間飛車もいいし、黒沢怜生五段の実戦的指しまわしも魅力的。
そんな猛者ぞろいの中でも、玄人の職人といえば「コーヤン」こと中田功八段にとどめを刺す。
中田八段の得意とする「コーヤン流三間飛車」は、その独自性が過ぎるため、だれもマネできないと言われているが、そのさばきのエッセンスは見ているだけで楽しい。
前回は羽生善治と近藤誠也による、濃厚な詰む詰まないの話を紹介したが(→こちら)、今回はさわやかに軽やかな振り飛車を見てみたい。
2016年の王座戦。中田功七段と伊奈祐介六段の一戦。
三間飛車対居飛車穴熊になった戦いは、伊奈が2筋から仕掛けたところから、中田は「コーヤン流」の定跡通りに端から反撃。
むかえた、この局面。
後手の2段ロケットも強力だが、いきなり飛び出しても、香がいなくなると▲93角成とされるのが怖いところ。
歩切れということもあって、やや攻めが単調に見えるところだが、ここから中田功は、あざやかなさばきを見せる。
遊び駒を活用し、攻めに厚みを加える視野の広い一手とは……。
△43飛と浮くのが、振り飛車党なら、血を売ってでも身につけたい軽快な手。
これが飛車をタテに使う、穴熊や左美濃に有効な構想で、▲89玉の早逃げに、△83飛と転換する気持ちの良さよ。
遊び駒だった飛車が、攻防の急所に設置され、いかにも後手の味がいい。
先手が期待のはずだった▲23歩成が、なんと遠い世界の出来事であることか。
以下、8筋に回った飛車を△86飛と切り飛ばし、バリバリ攻めまくる。
穴熊のお株を奪うかのような、自玉の固さにモノを言わせる猛攻を決め、中田勝ち。
さすが、「飛車は切るもの」と言い切る中田功の将棋。
これは久保利明、藤井猛、鈴木大介ら、並み居るマイスターたちも、口をそろえて語る振り飛車の極意。
なんといっても、先日Abemaで放送された藤井聡太王位・棋聖と野月浩貴八段の順位戦で、解説の都成竜馬六段と井出隼平四段が、
「プロの指した手の中で、【飛車を切る手の率】を計算したら、中田功先生がダントツじゃないですか?」
と話していたほど。
そんなコーヤンによる、大駒の見切りと言えば、やはりこれ。
1997年の第56期C級1組順位戦。畠山鎮五段の一戦。
めずらしく三間ではなく、四間飛車穴熊に組んだ中田は、中央からの大さばきで竜をつくることに成功。
ただし、駒割りは金銀に角桂香の交換と、やや駒損な感じで、またその香がバシッと△51に打ちつけられているのが、
「下段の香に力あり」
で腰が入っている。
並なら竜を逃げるか、▲33竜と切って△同桂(△同金)▲34歩くらいだろうが、「天才」中田功はそれを軽く超える発想を見せてくれるのだ。
▲54歩とつなぐのが、観戦していた米長邦雄九段も、
「ここ3年で一番の好手だ」
と絶賛した一着。
△53香と竜を取られるが、▲同歩成として攻めが切れることはない。
接近戦では、大駒よりも、と金のほうが働くのだ。
とはいえ、ここで竜を捨てるなんて、ふつうは思いもつかないところ。
しかも、わずか3分(!)の考慮で指しているのだから、その気風のよさにはシビれるではないか。
以下、▲43銀とからみついて、▲34歩から▲36金打と上から押しつぶして勝利。
大駒のさばきでかきまわしたあとは、それをサッパリと捨てて、あとは小駒で追い詰める。
これぞ「コーヤン流」の指し回し。
九州男児、カッケーですわ。
(「永世七冠」をかけた「100年に1度の大勝負」編に続く→こちら)
(中田功の三間飛車の名局はもうひとつ→こちら)