カジノは男のロマンである。
そこで前回(→こちら)は、オーストラリアにおけるカジノの失敗談を語ったが、海外のカジノといえば、ラスベガスと並んで有名なのはモナコのそれであろう。
不肖この私も、モナコに行ったことがある(一泊だけだけど)。
ならばもちろんのことカジノで一勝負!
……といきたいところではあるが、こちらとしてはメルボルンでの失態があるので、やや腰が引けるところではある。
ヨレヨレのシャツにジャージというバックパッカースタイルでモナコのカジノもなかろう。
と、いったんはスルーしようとしたのであるが、たまたま現地のユースホステルで仲良くなったハルコちゃんという女の子が
「モナコといったらカジノですよ!」
一人盛り上がり、ぜひ行ってみたいので、ついてこいとおっしゃるのだ。
いや、だから私はメルボルンで大恥をかいて……と辞退したいのは山々だったが、考えてみれば、
「カジノで女の子とデート」
というシチュエーションには非常に惹かれるものがある。
さらには、そこでルーレットなどなどやってみて、ビギナーズラックで大勝ちした日には、もしかしたら、なにかめくるめくふしだらなモナコの夜が待っているやもしれぬ。
気がつけばエスコート兼ボディーガードとして、ハルコちゃんについていくことになっていた。さすがは私、節操の無さにかけては北半球一の男である。
とはいえ、オーストラリアと同じ失敗をくり返すわけには、こちらもいかない。なんといっても、今回は女性連れなのだ。ここでミスをしたら、恥も2倍返しである。
ジャケットを持ってきていたのを幸い、それを着ていくことにした。ガイドブックに「ヨーロッパの夜は冷えることがあるので、上着を用意しておきましょう」とあるのに従ったのが勝因だ。
一方、ハルコちゃんもバックパッカーとはいえ一応は女の子。手持ちの衣装をやりくりして、さりげなくオシャレな服装を決るところはさすがの女子力である。
首に100均で買ったというスカーフなど巻いたりして、ちょっとしたお嬢様のようだ。
完璧とはいかないが、そこそこには形を整えた我々は、このカジノ強奪計画を「ドストエフスキー作戦」と命名。
大金めがけて、二人でモナコ・モンテカルロのカジノに出動することとなる。
ハルコちゃんとおしゃべりしながら、道々考える。
モナコのカジノ。これはなんともシャレオツな響きである。
しかも女子連れ。日本に帰って友たちに自慢したら、みんなうらやましがるやろうなあ。
ましてや、この後ポーカーやルーレットで勝ちまくって、勢いでハルコちゃんともどうにかなっちゃったりしたら、あいつら悔し泣きして憤死するかもしれないなあ、イッヒッヒ。
などと、邪悪な笑みを浮かべながら門をくぐると、蝶ネクタイをビシッと決めた黒服アンチャンが、フランス語で「ご入場ですか」と聞いてきた。
今度はメルボルンとちがい、ジャケット着用である。堂々の凱旋だ。
「そうである」と威厳を持って答えると、なんとカジノの店員は苦笑いを浮かべながらこう言い放った。
「あなたがたは入場できません」。
まさかのエントリー拒否!
これには、ふだん温厚な私も声を荒らげた。
おいキミ、それはどういうことかね。これをしっかりと見たまえ。こっちはちゃんと正装し、ジャケットも着てるんだぞ。おかしいところはないはずだ。
それに、こちらのマダムにも失礼じゃないか。キミはプロとしてのジェントルさが、欠けているんじゃないのかね。
そんなことだからヨーロッパの経済は停滞するのだぞ、てゆうかコラ、なんか文句あるんかい、このぼけなす!
などと、セレブともっとも離れた下町育ちらしく落ち着いて伝えると、黒服アンチャンは落ち着き払って、
「お客さまの足元をご覧ください」
視点を下げる。その目の先をゆっくりと追っていくと、そこですべてがわかった。
そう、私とハルコちゃんがはいていたのはサンダルだったのである。
カジノにサンダル!
なんとまあ、私とハルコちゃんはカジノにはジャケットとか、ドレスアップとかそういったものが必要というのは知っていたが、それをなんとかしようと汲々しているうちに、足元のことを完全に失念していたのである。
カジノにサンダル。
それも我々のはいていたサンダルは、後ろを止めるヒモがあるお洒落サンダルでもなく、歩くたびに、かかとがペタペタ音を立てる、いわゆる「ペタペタサンダル」であった。
ハルコちゃんにいたっては「海の家」で売ってそうな安いビーチサンダルときたもんだ。
上はドレスアップ、下はビーチサンダル。
ファッションには「あえて王道をはずす」というのがポイントとしてあるらしいが、カジノの正装にビーサンはダメだろう。
意表のスクイズにあせって暴投をかます投手のよう、豪快にはずしすぎである。
モナコのカジノといえば、沢木耕太郎さんの『深夜特急』で、ちゃんとジャケットを着用して出かけたのに、そのあまりのボロさに、
「我が国では、それをジャケットとは呼ばないのです」
慇懃無礼に追い出されたエピソードがあり、私も読んで爆笑したものだが、ビーサンでカジノとは、それ以上の失態であろう。
どこのトンマがそんな格好でギャンブラーを気取るのか。万全を期したはずの「ド号作戦」はこれにて頓挫。
こっちは阿呆だから仕方ないにしろ、一応は女子のハルコちゃんには猛省をうながしたいものであった。
どっちでもええから気づけよ、ホンマ。