前回(→こちら)の続き。
ダラダラ棋譜並べとネット将棋だけで、定跡もおぼえず、詰将棋も解かず二段になれた私。
その武器は
「いい意味テキトーに指しての逆転勝ち」
というか、「逃げ切り」がヘタなので「逆転でしか勝てない」という、かたよったスタイルなのだが、ここまで不利になったら、
「とりあえず、敵陣にイヤミつけとけ」
「とりあえず、玉を固めとけ」
「とりあえず、成駒作って寄せていけ」
これをやるべしという、3つの実戦的挽回術を紹介した。
そんなアバウトなもんでいけるんかいなと、いぶかしむ人もいるかもしれないが、実際私はこのやり方で二段に、それも「あと1勝で三段」(←それはもういいよ!)という二段になれたのだから、それなりの効果はあるはず。
なにより、この3つをやっておくと決めておけば、いざ苦しくなったときに頭を悩まさなくてもよく、
「読まないで指せる」
これが大きい。
集中力は、最後の最後にとっておく。
また、これでいざ逆転となると
「敵陣が乱れている」
「自玉は固い」
「成駒がたくさんで相手玉を俗手で寄せられる」
となるわけで、かなり「勝ちやすい」のだ。
そこで今回は、こう言った具体的な要素を押さえたうえで、勝つために大事な心構えを確認しておきたい。
心構え その1
「不利な局面でいちいち考えない」
将棋において、先取点を取られると勝ちにくいのは、そのリードされたこともさることながら、
「苦しい局面を、じっと考えなければいけない」
このストレスによる疲弊があるから。
駒損で王様も薄く、大駒も働いてない、みたいな評価値マイナス1000くらいの局面を、じっと見つめてみよう。
いい手は見えないし、読んでも読んでも光明は見えないしで、グッタリするどころか、下手すると投げてしまう人もいる。
こういうときはマジになってもしゃあないので、いい意味で「いい加減」に指す。
「負けた、負けたと言いながら」
なんて人もいるように、「どうせ不利なんだから」と開き直って勢いよく指す。
1991年、第58期棋聖戦5番勝負の第4局。
屋敷伸之棋聖と、南芳一王将の一戦。
南が2-1で王手をかけ、この一局も中盤で必勝形になるが、そこから屋敷が居直ったような「16手連続ノータイム指し」を披露。
それに幻惑されたのか、ここで南が▲33銀と打ったのが大悪手で(冷静に▲46銀が正解)、△48歩、▲同飛、△37歩成で一気に差が縮まり、そのまま屋敷が大逆転勝利。
負けてるときはヘラヘラしろ。
ネット将棋なら、相手が見えないから、一回あくびでもするか、鼻歌を歌うのもいい。
とにかく、肩の力を抜く。
こういうとき、深く考えなくても手を選べる、前回までの「イヤミ、玉カタ、成駒」の「三原則」が役に立つのだ。
2008年の「永世竜王シリーズ」で、いきなり3連敗をくらった渡辺明竜王のように、
「どうにでもしてくれ」
とやれば、意外に相手が「勝てるぞ」と固くなり、乱れてくれたりするのだ(「永世七冠」をかけた「100年に1度の大勝負」は→こちら)。
必敗のところを、「三原則」を使ってねばりまくり、相手がもてあまし、あせり出してくればしめたもの。
口笛でも吹きながら、あとは「GO」のサイン(相手が決定的に「やらかす」瞬間)を待つ。
逆転勝ちするコツは、勢いを疑わないこと、いい意味でテキトーに指すこと。
そしてなにより「詰まされるまで投げない」根性と図々しさである。
「テキトー」と「根性」は矛盾するようだが、やってみると不思議なほど、使い分けることができます。
「最初はテキトーで、【負けた負けた】と言いながら、無欲で喰いつく」
↓
「だんだん差が詰まってくるうちに、テンションが上がってきて、勝負手をひねり出す気力もわいてくる」
↓
「逆転模様の終盤は元気百倍で、自然と集中力もMAXに!」
という流れが理想。合言葉は、
「角損くらいなら互角」。
どうせ負けなんだから、失うものなどないのだ。
米長邦雄永世棋聖や鈴木大介九段など、
「序中盤は少しくらい不利な方が力が出る」
とおっしゃっていたが、その気持ちで戦うべし。
心構え その2
「逆転した後は、しっかりと時間を使え」
これは当たり前のことだが、勝負で高まっているときには、つい軽視しがちだ。
根性が報われて、負け戦を「どっせい!」とばかりにひっくり返したとき、そこで一回すわり直すのが大事。
ここまでは居直りと時間攻めなどもふくめて、パシパシとばかりにノータイム指しに近いことをしてきたかもしれないが、いったん逆転となったら、そこでギアを入れ替えるべし。
これが簡単なようで案外できないことも多く、むしろ逆った瞬間に、
「やったラッキー」
「これで勝てる」
浮足立って、時間があるのについ手拍子で指してしまったり、浮かれた頭で、地に足のついてないまま局面を進めてしまったりする。
これでは逆効果どころか、今まで自分がやってきたことを、そのまま自分に返していることになる。
ひっくり返すために、あれこれ手を尽くして相手にゆさぶりをかけているのに、勝ちが見えたとたん、自分の心がコントロールを失っては本末転倒。
不思議なことに、将棋というのは相手が悪手を指したとたんに、
「しめた!」
とばかりに、すぐ指してしまいたくなる。
時間はあるし、待ったもできないのに、なぜ、そんなことになってしまうのか。
謎ではあるが、これは本当に困った「あるある」なのである。
将棋というのは
「最後に悪手を指した方が負けるゲーム」
となれば、相手が悪手を指したところからは、
「いかにこちらが、悪い手を指さないか」
にシフトしなければならない。
こういうとき、時間をしっかり使うというのが、一番大きな味方なのである。
2002年、第60期A級順位戦。藤井猛九段と、森内俊之八段の一戦。
勝てば名人挑戦という森内は、すべて決まったこの局面で、手を止める。
1分を費やして、ゆっくりとお茶を飲み、△29金と指して勝った。
とにかく、有利になったら一回、手を止める。
こうなると盤面のみならず、メンタル面でもアドバンテージを握れるわけで、あとは落ち着いて料理すればよい。
コツは、まずお茶を飲む。
ウェットティッシュで顔と首の後ろをぬぐう。時間があるなら、トイレに立つ。
ほほを軽くたたく、ちょっと立って体操でもする、頭にアイスノンを乗せる。
手拍子で指さないように、マウスやスマホから、いったん手を放して後ろに回し、お約束だが目を閉じて、ゆっくりと深呼吸する。
全部は無理としても、そのひとつを「ルーティン」にするといい。
かつて、大名人だった中原誠十六世名人は相手が悪手を指した瞬間、すかさずトイレに立つという習慣があった。
やはり気を静め、手拍子で指してしまわないようにすることと同時に、相手に反省をうながす効果も、あったという。
悪手というのは、不思議なことに、指した瞬間「あ!」となることが多い。
中原に去られ、残された対戦相手は、自らのミスと盤の前で一人対峙しなければならない。
実につらい時間である。
これにより、着手したとたん、中原が席を立つのは、
「お前は今、とりかえしのつかない失敗をしたんだぞ」
という「死の宣告」の役割を果たすこととなり、多くのトップ棋士たちが心をへし折られてきた。
今でいえば、羽生善治九段が勝ちを読み切ったとき見せる、手の震えと似たようなところがあったわけだが、ともかくも、
「チャンスで、すぐに指さない」
というのは、いろんな意味で有効である証。
逆転するまでは「勢い」が大事だが、勝ちになったら一転「平常心」こそがモノを言う。
そうしてから、
「こうなったら、逃がさんでえ」
不敵に笑って、再度盤面に没頭すれば、なにも考えないより、相当に再逆転しにくくなるはず。
これは絶対、間違いない。お試しあれ。
(詰将棋との向き合い方編に続く→こちら)