王座戦がいよいよ開幕する。
前人未到の「八冠王」を目指す藤井聡太竜王・名人・王位・叡王・棋王・王将・棋聖(すげー)が、最後に残った王座のタイトルを取りに5番勝負へと上がってきた。
挑戦者決定トーナメントでは、村田顕弘六段戦や挑戦者決定戦の豊島将之九段戦など、負けてしまってもおかしくない綱渡りもあったが、終わってしまえばしっかりと結果を出すのだから、さすがとしか言いようがない。
ここまでくれば、もうどうあがいたって世間は「八冠王」を期待するわけで、永瀬拓矢王座も相当やりにいことであろうが、どうなるのだろうか。
というわけで、今回からはそんな王座戦にまつわるエトセトラ。
個人的にもっとも盛り上がった王座戦と言えば、羽生善治王座と中村太地七段が戦った2013年の第61期王座戦五番勝負だけど、将棋史的に重要なのはその前年のシリーズかもしれない。
2012年の第60期王座戦は、渡辺明王座・竜王に羽生善治王位・棋聖が挑んだ。
将棋の世界には、その時代ごとの「覇者」というのが厳然と存在して、戦前なら「常勝将軍」こと木村義雄十四世名人。
長く無敵の存在として君臨し、69歳で死去するまでA級を張り続けた「大巨人」大山康晴十五世名人。
名人15期の「若き太陽」中原誠十六世名人に、21歳で名人になり将棋界に「フィーバー」を起こした谷川浩司九段。
平成の世はもちろん、羽生善治九段。
「タイトル99期」「永世七冠」をはじめ、その偉業は数え上げたらきりがなく、そのあとは藤井聡太七冠がそれを塗り替えられるか挑んでいく。
なんてズラズラっと並べていくと、少し気になるのが渡辺明の存在だ。
渡辺は2000年に「中学生棋士」としてデビューしてこのかた、ずっと「羽生世代」を倒しての「渡辺時代」を期待されていた。
四段になって数年こそ、そこそこの成績だったが、2003年に王座戦の挑戦者になり殻を破ると、2004年に20歳で竜王を獲得。
その後は竜王こそ9連覇するも次のタイトルがなかなか取れず大爆発がなかったが、2008年の「永世竜王シリーズ」では、羽生の永世七冠を3連敗からの4連勝という劇的な内容で阻止して存在をアピール。
これが自信になったか、渡辺は羽生に対して竜王戦の4連勝なども足せば、6連勝をふくむ15勝5敗と、トリプルスコアで勝ち越していた時期もあった。
さらに2年後に羽生が、ふたたび「永世七冠」を目指して挑戦者になったときも返り討ちにし、その勢いに乗って2011年の第59期王座戦では、またも羽生を下して二冠を獲得。
これは3タテというスコアに加えて、羽生の王座連覇を19(!)でストップさせた意味でも、大きなインパクトを残した結果となった。
2011年、第59期王座戦。渡辺の2連勝でむかえた第3局は、横歩取りから熱戦に。
図の▲35金は詰めろではなく、渡辺も自信はなかったらしいが、△78金に▲87竜から受けに回ったのが冷静で、羽生の20連覇を阻止。
となれば、もうこれは「渡辺時代」待ったなしであり、このときは、
「純粋な棋力だけなら、もはや渡辺の方が上」
とまで言われたものだが、ではその後、将棋界はどうなったか。
それこそ今、渡辺自身が藤井聡太から喰らわされたように、羽生からどんどんタイトルをはぎ取り、三冠、四冠とのし上がっていったのかといえば、それがそうはならなかったのが不思議なところ。
数字だけ見れば、渡辺が羽生を完全に「カモ」にしている結果であり、
大山康晴vs升田幸三
中原誠vs大山康晴
羽生善治vs谷川浩司
今では藤井聡太に渡辺明、豊島将之、永瀬拓矢がボコられているよう、一度「格付け」が決まってしまうと、追い抜かれた方がなかなか勝てなくなるという、典型的なパターンに見えた。
ところが、そこでゆずらなかったのが羽生の底力を見せたところ。
一度は抜かれても、その後に差をつけさせないどころか、下手すると抜き返したりして、その強さがすさまじいと感じ入ったものだ。
将棋の世界では、下の世代に奪われたタイトルを取り返すのは、至難と言われていたからだ。
その後、将棋界は平成の間ずっとそうであったよう「羽生世代」に谷川浩司と渡辺、あとは久保利明、深浦康市、三浦弘行、木村一基がからむという安定期が相変わらず続くことになり、
「流れ的には、もうちょっと渡辺が王者っぽくなっても、おかしくないのになあ」
という感じでもあったのだ。
いやもちろん、タイトル獲得31期に棋戦優勝11回。三冠王に名人獲得と文句なしの大棋士ではあるのだが、平成における羽生善治や今の藤井聡太のような、ちょっとシャレになってない「独裁」感までは、まだ行ってないというか。
ともかくも、そんな、あったかもしれない「渡辺時代」にストップをかけたのが羽生の圧倒的な精神力で、失冠の翌年になる2012年、第60期王座戦五番勝負にまたも登場。
このシリーズの結果が、この後「渡辺一強時代」をなかなか作らせなかった、大きな原因となったのである。
(続く)