入玉形の寄せ方はむずかしい。
「中段玉寄せにくし」
「玉は下段に落とせ」
という格言があるように、上部脱出をもくろむ敵玉というのは、捕まえるのに苦労するもの。
われわれのような素人だと、駒落ち指導対局で寄せをぐずっているうちにヌルヌル逃げられてくやしい思いをすることが多いだろうが、今回はそんなに憎き中段玉の仕留め方を紹介したい。
入玉ハンター役は、前回中原誠永世十段にまんまと入られてしまったあの男に務めてもらおう。
2001年の棋聖戦。
佐藤康光九段と行方尚史六段の一戦。
角換わり腰掛け銀から先手の行方が先行し、佐藤は受けながら手に乗って上部脱出を目指す。
むかえたこの局面。
二枚飛車の追及をのらくらとかわして、後手は安全地帯に逃げこんでいる。
△37のと金がメチャクチャに強力な駒なうえに、△47にももう一枚できそうで、とても寄せられるようには見えない。
実際、佐藤康光もここでは入玉確定と見て、「この玉は寄らない」と安心していた。たしかに、攻めのとっかかりすらなく、トライを阻止できるようには思えない。
だが、行方の卓越した終盤力は、そのムチャぶりを見事にクリアしてしまうのである。
まず▲38歩と打つのが、寄せのテクニック第一弾。
この局面でイバっているのは△37のと金だが、それを前に引きずりだして守備力を弱めようという手筋だ。
と金など成駒は、「53のと金に負けなし」というように、できるだけ後ろにいる方が働くものなのだ。
ただ、先手も歩切れになるし、本譜の△同と、と取られても継続手が見えないが(歩があれば▲39歩とさらに追及できる)、行方はそこであわてず▲21竜と桂馬を補充。
△47歩成でますます後手の大行進が止まらなさそうだが、そこで▲39桂がこれまた手筋の一手。
△58と、なら▲47金や▲27金で押し返して先手が勝つ。
後手は△同と、と取るが、これでと金の守備力がガタ落ちし、さらには▲28に駒を打ってブロックする形も見えてきた。
行方はさらに▲48銀と、もう一枚のと金にアタックをかける。
すごい形だが、先手は敵陣に2枚の竜がスタンバっているから、とにかく入られるのを阻止さえできれば、どれだけ犠牲を払っても勝てるのだ。
逆に言えば、佐藤康光はここまでくれば死に物狂いでトライするよりなく、△48と、は▲同金、△58と、は▲37金で寄せられるから△46銀打と頑強に対抗。
行方は一転、▲33竜と落ち着いて、ふたたび桂を補充。
△58と、に▲28桂と王手し、△27玉に▲39銀と取って上部を押さえる。
△38歩と圧をかけたところで、▲24竜と取って行方の構想が見えてきた。
△同銀は▲17金で詰みだから、△37玉とよろけてこの局面。
次に△39歩成とボロっと取られては、今度こそ入玉確定だから、この瞬間に仕留めないと先手負け。
なので、ここでいい手を披露しないといけないのだが、そこが入玉形のおそろしさで、駒がゴチャゴチャして、効きがわかりにくいため手が見えにくい。
プロですら「目がチカチカする」とボヤきそうな場面だが、行方尚史はすべて読み切っていたのである。
▲26竜と捨てるのが、さすがの切れ味。
△47玉と逃げるのは▲35竜引と取って、△同銀は▲37金。
△同金も▲36銀からピッタリ詰み。
△同玉しかないが、そこで▲38銀と歩を取って、これで後手は完全に押し戻された形。
後手も△27金とへばりつくが、▲25金、△同玉、▲27銀という「送りの手筋」のような形で寄り。
まさに作ったような妙手で、さすが詰将棋の名手である行方尚史。
あんな場所から追い落とされた佐藤康光も、これには呆然としたのではないだろうか。
(豊島将之による入玉阻止の名手順はこちら)
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