前回の続き。
渡辺明が、最強羽生善治相手にタイトル戦で3連勝し、
「ついに世代交代」
との印象を強くした2010年初頭の将棋界。
どっこい、一度はコテンパンにのされたはずの羽生は、しぶとく渡辺の前に立ちふさがり、2012年度の第60期王座戦では挑戦者に名乗りを上げる。
初戦は渡辺が制したものの、第2局では苦戦の将棋を羽生がひっくり返し、これで1勝1敗のタイスコアに。
続く第3局は、第1局に続いて、後手の渡辺が急戦矢倉の形に組むが、今度は羽生がうまく対応。
馬を作って、手厚く指していた羽生が、▲95金と打ったところ。
攻め合いで行くか、場合によっては▲73馬、△81飛、▲63馬の千日手もなくはないというところで、この催促。
下手に攻めるより、相手に無理攻めを強要し、あます方が早いと見た指し方だ。
飛車の逃げる場所がない後手は△87歩、▲同金、△86飛と飛びこんでいくが、羽生は冷静に受け止め、上部開拓を果たして勝利。
これで2勝1敗と王座奪還に王手をかけての第4局が、これまた波乱を呼ぶ幕開けとなった。
先手渡辺の▲76歩に、羽生は2手目△32飛(!)。
今泉健司五段が考案し、升田幸三賞も獲得した「2手目△32飛戦法」。
第2局の角交換四間飛車もおどろいたが、こっちはその3倍ビックリ。
ただでさえ不慣れな戦法を(2008年の第49期王位戦七番勝負の第2局で深浦康市王位を相手に指して敗れているくらい)、この大一番に持ってくるあたり、まったくとんでもない度胸である。
以下、▲26歩に△42銀(!)、▲25歩、△34歩。
そこで、▲24歩と仕掛ける手も有力だが、それは相手の研究範囲と、渡辺はスルーして天守閣美濃にかまえる。
ちなみに、▲24歩だと、△同歩、▲同飛、△88角成、▲同銀、△33角の大乱戦が一例。
これはこれで見たかったが、こういうとき渡辺は自重することが多く、もしかしたら羽生は、そこまで織りこみ済みだったのかもしれない。
いきなりの決戦はさけられたが、渡辺必殺の居飛車穴熊を封じたという意味では、飛車を振った甲斐もあるというもの。
そこからは、対抗形らしいねじり合いが見られて、実に楽しい将棋に。
次の手が、腕力勝負の熱戦を予想させる手厚い一着。
△64金打で厚みなら負けませんよ、と。
第2局に続いての玉頭戦で、こういうのは引いたら負けだからと、双方6筋と7筋に戦力を集中していく。
△72飛と回って、後手は全軍躍動だが、先手も飛車角が急所の筋に通って、いつでも反撃が効く形。
ならばと羽生は△33桂から△45桂と、こちら側からも使っていき、双方すべての駒を使った熱戦だ。
負けじと渡辺も▲64角と切って、△同金に▲54飛、△同金、▲同角成。
後手はそこで△67歩成と成り捨てて▲同歩に△57桂不成と、激しい攻め合いに突入。
そこからのやりとりも、とんでもなく熱いのだが、書いているとキリがないので一気に最終盤まで。
先手玉は詰まず、△89金と打てば千日手にできそうだが、その瞬間に▲83飛から後手玉は詰まされてしまう。
後手の受けもむずかしく、最悪寄せ損なっても千日手で、先手からすれば「率のいい」局面に見えたが、次の手が伝説的な一手になるのだった。
△66銀と、中空にタダ捨てするのが、だれも思いつかないすごい手。
これが、次に△88角成からの詰みを見せながら、同時に後手玉が△74に逃げたときの▲66桂を消す、
「詰めろのがれの詰めろ」
この土壇場で、とんでもない手が飛んできた。
読んでなかった渡辺は10分ほどあった残り時間から7分を割いて、懸命に打開策を探すも発見できず、▲66同歩と取るしかなかった。
この瞬間、やはり▲66桂が消えて、後手玉の一手スキがほどけたため、羽生は勇躍△89金。
▲78飛と打つしかないが、△88金、▲同飛、△89金、▲78金打、△88金、▲同金、△89金、以下千日手。
負けそうだった将棋を、とっさのひらめきでドローに持ちこんだ、羽生の迫力のすさまじさよ。
ちなみに△66銀は正確には好手ではなく、ここでは△71金(これもすごい手だ)と捨てるのが最善手。
▲同銀不成と詰めろを解除してから、△89金が正確な手順で、こっちならより確実に千日手に持ちこめた。
△66銀には、伊藤真吾四段指摘の▲78銀上で先手が残していたようだが(イトシンやるぅ!)渡辺自身は△89金、▲同銀、△77銀不成で負けと読んでいたそうで、
「気がついたら千日手になっていた」
どっちにしても超難解だが、ここは相手の読んでない手で自分のレールに誘いこんだ、羽生の実戦的勝負術にシビれるべきところだろう。
しかしまあ、△66銀みたいな手、ホンマによう思いつきますわ。すげえッス。
(続く)