久保利明と元祖「さばきのアーティスト」 大野源一vs加藤一二三 1961年 九段戦

2020年10月08日 | 将棋・名局

 『大野源一名局集』をぜひ出版してほしい。

 振り飛車というのは、いつの世もアマチュアに人気の高い戦法。

 中でも、先日の王座戦第4局で、驚異的な逆転劇を見せた「さばきのアーティスト」こと、久保利明九段にあこがれている人は多いと思われる。

 では、そんな久保があこがれた棋士には、どんな人がいるのかと問うならば、これはもう大野源一九段にとどめを刺す。

 なんといっても久保が5歳(!)の、まだまともに文章も読めないころながら、棋譜だけ追って「これや!」と目をつけたのだから、その影響ははかり知れないのだった(大野のさばきの傑作は→こちらから)。

 そこで前回は羽生善治九段の「七冠王フィーバー」について語ったが(→こちら)、今回は久保の根性リスペクトとということで、「元祖」さばきのアーティスト大野源一の将棋を観ていただきたい。

 

 まずは1961年の九段戦(今の竜王戦)。

 大野源一八段と、加藤一二三八段の一戦。

 大野の角道を止めるノーマルな中飛車に、加藤は▲46金型急戦で対抗。

 むかえた中盤の局面。

 

 

 

 3筋と4筋でゴチャゴチャ競り合った末に、加藤が▲11角成と馬を作ることに成功。

 駒得も作った先手がまずまずの戦果にも見えるが、ここから升田幸三が「日本一」と絶賛し、5歳の久保少年を開眼させた「大野のさばき」がきらめくのである。

 ポイントは「あの筋の」が、突いてないことで……。

 

 

 

 

 

 △64角と出るのが、ねらいすましたカウンターショット。

 美濃囲いの堅陣に飛車角が軽い形で、実際の形勢はわからないが、一目「振りペー」(振り飛車ペース)である。

 以下、▲37歩△36歩と合わせ、▲55歩の受けに△33桂と跳ねるのが、

 

 「振り飛車は左桂が命」

 

 という筋中の筋。

 

 

 この桂跳ねは振り飛車党が100人いれば1億人が指すというくらいの絶対手

 次に△37歩成から、△45桂の「天使の跳躍」を喰らってはいけないので、▲36歩と取るも、そこで△55角天王山に出て後手優勢。

 

 

 

 を取られているが、そこで作った馬を△33桂跳ねで封じこめて、その裏をついて△55角と中央を制圧するなど、これ以上ない振り飛車さばけ形。

 こういう形を見ると、菅井竜也八段をはじめとする振り飛車党の棋士が、

 


 「奨励会時代、香落ちの上手が得意で、多くの白星を稼げた」


 

 そう語る理由もわかる。

 上の図はを取らせても、飛車角桂が目一杯さばけて気持ちいいのに、「香落ち」だと、さらに先手はをもらうこともできないのだから!

 これは『将棋世界』2015年10月号に掲載された、「さばきの極意」という久保と中田功八段の対談で紹介されていたものだが、もう並べながらカッコよさにシビれまくり。

 久保によると大野振り飛車の特徴は、

 


1.金銀3枚の美濃囲いがしっかりしている

2.△33の角を△64に転回して居飛車の飛車を狙う作戦が多い

3.大駒のさばきがうまい


 


 まんま久保の振り飛車にもあてはまるというか、そもそもこの3項目自体が「さばきのエッセンスなのだけど、わかってても、なかなかできるものではないのだろう。

 前年度「20歳名人挑戦」という大記録を作った、若手バリバリのころの加藤一二三を、ここまで翻弄できるのだからすごいもの。

 これだけの振り飛車を、埋もれさせるのは惜しすぎる。

 ぜひ、どこかで「大野源一名局集」を編んでほしいもの。発売日に買います。

 

 (大野のさばき編はまだまだ続く→こちら

 


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