熱戦「藤井システム」対「緻密流」 佐藤康光vs藤井猛 2002年 第50期王座戦 挑戦者決定戦

2023年07月21日 | 将棋・名局

 前回の渡辺明との竜王戦に続いて、今回も佐藤康光の剛腕特集。

 

 「助からないと思っても助かっている」

 

 というのは、大山康晴十五世名人が、好んで扇子などに揮毫した言葉である。

 「受けの達人」と呼ばれた大山名人らしいが、これが攻め方からすれば、

 

 「寄ったと思っても、まだまだねばられている」

 

 ということになり、こういうときは勝てるという期待があるぶん、よけいに「届いてないか……」とガックリくるものだ。

 

 2002年の第50期王座戦

 羽生善治王座(竜王・棋王)への挑戦権は、佐藤康光棋聖藤井猛九段との間で争われた。

 先手になった藤井が「藤井システム」を登板させると、佐藤もそれを正面から迎え撃つ。

 端から戦いがはじまり、「ガジガジ流」の特攻を居飛車側もギリギリの眉間で受けるという、きわどい戦いに。

 むかえたこの局面。

 先手が、▲14香と打ったところ。

 

 

 

 後手の金銀4枚が手つかずなのに、早くも詰めろがかかっている。

 この手を見て

 「あれ? これって受けあるの?」

 と思った方も多いのではないか。

 そう、後手玉は逃げる場所がないというか、▲12と、や▲23と、というシンプルな詰み筋が受けにくい。

 こうなると、後手陣の金銀が逃走経路や、飛車横利きをさえぎる無用の長物。

 これが「システム」の破壊力でアマ級位者クラスの将棋なら、あと数手で投了となっても、おかしくないのではあるまいか。

 どっこい、強い人の将棋は、そんな簡単には終わらないのである。

 

 

 

 

 

 

 △22金と寄って、まだ先手の攻めは決まっていない。

 これが唯一無二のしのぎで、こうなると飛車やカナ駒の援軍がない先手側が、むしろ頼りなく見えてくるから不思議なものだ。

 以下、▲23と△12歩▲13歩△同歩▲同香成△同金▲同と△12歩

 

 

 

 ギリギリすぎるという受けで、とても生きた心地はしないが、攻め手からすると、あと一伸びがないようにも見える。

 足が止まったらおしまいの藤井は、▲23桂と「ハンマー猛」の打撃力を駆使するが、△21玉▲31桂成△同玉▲23と△15角

 

 

 

 この角出が、なかなかの手で、飛車横利きを開通させながら、△37角成をねらう好感触。

 一方の先手側は、切っ先をかわされているというか、

 

 「4枚の攻めは切れないが、3枚の攻めは切れる」

 

 との格言を地で行く形に見え、この後、後手玉を左辺に逃がすと、まったく手段がなくなってしまう。

 なら先手が負けかといえば手はあるもので、ここで振り飛車の手筋がある。

 

 

 

 

 

 

 ▲64歩と突き捨てるのが、きわどく攻めを継続する軽手。

 相居飛車なら▲24歩▲35歩▲15歩などを、いいタイミングで突くのが相手を迷わせるように、振り飛車もどこで、このを発動させるかが腕の見せ所。

 △同銀▲44歩が激痛だから△同歩と取るしかないが、▲62歩がまた手筋の軽妙手。

 

 

 

 

 これも△同飛しかないが、▲63銀とたたきこんで、左右挟撃の形ができた。

 取れば頭金で詰みだから、△82飛だが、▲62歩とガッチリ錠をおろして、左辺を封鎖する。

 

 

 さあ、ここである。

 先手はそのまま、教科書に載せたくなるような筋の良い攻めで、なんとか切れ筋をしのぐことができた。

 いやそれどころか、と金で、左右を押さえられた後手玉に逃げ場がなくなっている。

 次に、▲32金の頭金を防ぐのが困難なうえに、△37角成と飛びこんでも先手玉に詰みはない。

 では、後手玉に、しのぎはあるのか。

 私など自分で指すと「受け将棋」(というか策なく駒組しているうちに先行されるだけなんだけどね)なので、初めて並べたときは、

 

 「こんなん△41角でピッタリでしょ!」

 

 

 

 

 なんて「オレつえー」な気分に一瞬なったものだが、これには▲52銀不成と飛びこんでくる手があって、△同角頭金で詰み。

 銀不成に△23角と金を払うのは。▲43銀成と金を取られる。

 ならばと▲52銀不成に△42玉とムリクリ頭金を受けても▲41銀成を取られて、まだまだ攻めが続くのだ。

 いやホントに、受けは大変というか、

 

 「助からないと思っても助かっている……と思いきや、なんなりと手はあるもので、結局はゴチャゴチャ喰いつかれているうちに寄せられてしまう」

 

 いざ実戦となるとこれが現実で、こんなもん、もうやってられるかという話だ。

 では後手が負けなのかといえば、実はこれまたそうではないから、話はややこしい。

 絶体絶命にしか見えないが、信じられないことに、ここでは後手が受け切りなのだ。

 

 

 

 

 △41玉と寄るのが、ふたたび唯一無二の好手。

 以下、▲32金には△51玉。

 

 

 ▲52金には△31玉とかわして、それ以上の攻めがない。

 

 

 

 なんだか、サーカスの玉乗りみたいな身のこなしだが、これで文字通り紙一重で受かっているという佐藤棋聖の読みが、すばらしい。

 以下、▲61歩成△21香と打って、とうとう先手の攻めは切れ筋に。

 

 

 

 

 本当に、あと一押しに見えるだけに、藤井にとっては無念だったろう。

 ▲32金△同飛▲51と△31玉▲32金△同玉以下、後手勝ちで王座への挑戦権を獲得。

 タイトロープ上で、つま先立ちをするような、本当にギリのギリで特攻をいなし、これぞまさに大山流の

 

 「助からないと思っても助かっている」

 

 見事なものだが、いくら読み筋だとはいえ毎回こんな将棋ばかりだと、なんだか寿命が縮まりそうだなあ。

 


 (2002年、王座戦5番勝負の第1局の模様はこちら

 (羽生善治を粉砕した佐藤の踏みこみはこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 


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