前回(→こちら)の続き。
「どうして、羽生さんはあんなに強いんですか?」
との根源的な問いに、ひとつの解答を出したのは森下卓九段である。
先崎学九段の筆によると、森下九段は皆でバーベキューを楽しんでいるとき突然、河原にある石をチョップでたたき割るという奇行……もとい、はなれわざを披露。
おどろきで、お口あんぐりな先チャンを尻目に、絶好調の森下先生。今度は電話帳を手に取ると、
「先崎さん、今度はこの電話帳をまっぷたつにします」
はあ? まだやるんかいな、と内心つっこんだ先崎九段だったが、森下先生の少年のようなキラキラした目を見ては、なにも言えるはずなどない。
キャンプファイヤーの焚きつけ用に持ってきた電話帳を、「エイ! エイ!」と手でねじる森下先生。
電話帳はぶ厚くて、なかなか破れなかったが、顔を紅潮させてトライすること十数回。見事、まっぷたつに引きちぎれたのであった。
ドーダと得意顔な森下先生に、それって何回も引っ張って、ちょっとずつやぶったんちゃうんかいなと、あきれ顔で指摘する先崎九段であったが、森下先生はにっこり笑って、
「いえ、気合いです」
ここまでくると止まらない森下超特急。続けて、
「今度は石切りをやりましょう」
水面に石を横手で投げて、パシャパシャとはねさせるあれである。
「いきますよ、それ!」
あざやかなサイドスローで石を放る森下先生。石は水面を軽やかに3度はねた。
「あれ、おかしいな」
首をひねる森下先生。
ワンモアトライ。ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ。また3回はねる。またしても首をひねる森下先生。
「いつもはもっと飛ぶんですよ」
次々に石を投げる。十数回目で、やっと4回だか5回だかはねた。
「ほら、先崎さん見てください。あんなにはねましたよ!」
これにはもう「すごいなあ」というしかない先崎九段。それを受けて森下九段も、
「なんでも羽生さんは7回はねるそうですよ」
そして感心したように、こう言い放ったのだ。
「道理で羽生さんは強いわけだ」
ここを読んだときの、私の感動と衝撃を想像してみてほしい。
これまで、世に様々な「羽生の強さ」を解明しようという試みがあった。
「既成の概念にしばられない柔軟さ」をあげる人もいれば、「精神力の強さ」「若手の研究についていく好奇心と努力」が重視されることもあるが、まさかそこに、
「石切りが、七回飛ぶから強い」
という意見が、参戦してくるとは思いもしなかった。しかも、同じプロ仲間から。
まさに「その発想はなかった」である。
私はこれを読みながら、感動で震えると同時に、必死で爆笑をこらえるという(読んでいたのが電車の中だったのだ)稀有な体験をすることとなった。
羽生善治はなぜ強いのか。30年近く深い謎だったことが、これで氷解したもの。
「道理で羽生さんは強いはずだ」。
この森下九段による説得力にくらべれば、凡百の羽生論など、せんない絵空事にすぎない。
「サッカクイケナイヨクミルヨロシ」
「兄たちは頭が悪いから東大に行った」
などなど、将棋界には「名言」と呼ばれるものは数あるが、そこにぜひ、この森下先生の一言を加えていただきたいものである。
(森下と羽生の因縁の対決は→こちら)