2日連続で、すごい将棋を観てしまった。
ここんとこ当ページは将棋成分が多めであるが、あつかう棋譜は前回の「中原誠と谷川浩司の名人戦」(→こちら)のような、過去の名局にかたよっている。
それはまあ、最近の将棋はほとんどネット中継されてるし、それこそYouTubeなんかでの解説やソフトを使った解析も充実しているため、わざわざ私がレポートしなくてもいいかなと。
なにより、個人的には今の将棋は若い人や、われわれ古参ファンと違ったユニークな視点で将棋を楽しんでいる、新規のファンのみなさんに語っていただいて、それを聞いたり読んだりしたい。
というわけで、今見られる将棋を語ることは少ないんだけど、今回はあまりの熱戦に興奮冷めやらぬ将棋が、2連チャンで続いたので、ちょっと取り上げてみたい。
まず一局目が、王座戦挑戦者決定トーナメント。
藤井聡太七段と、佐々木大地五段との一戦。
この2人といえば、佐々木大地が必勝の将棋を、大トン死で落とすという衝撃の結末があった。
2017年の叡王戦予選。▲64銀と打ったのが敗着で、ここは▲73飛成から長手順の詰みがあった。
秒読みで踏みこむのはリスクが高いなら、銀打ちの代わりに▲64金とすれば、実戦の△58馬、▲同玉、△36角に▲47銀で詰まず、佐々木が勝ちだった。
この再戦は決勝トーナメントという大舞台にくわえて、勝てば羽生善治九段と対戦できるという「ボーナス」もついてくる。
くやしい負け方をした佐々木大地にとっては、絶好の復讐戦であり、気合も入りまくっていることであろう。
そんな期待通り、将棋のほうは熱戦になった。
私が中継をつけたのが、この局面。
華麗な桂跳ねで、藤井が快調に攻めているように見える。
▲同歩は△46桂でシビれる。
△14角と眉間をスナイプされる筋もあって、一目先手が受けにくそうだが、佐々木の次の手が、ねばり強い一着だった。
▲47金とここに打つのが、師匠ゆずりのしぶとい手。
『将棋世界』の順位戦レポートで泉正樹八段が
「佐々木大地の玉は、死んだと思ったところからよみがえる」
といったようなことを書かれていたが、まさにそんな形。
藤井七段も△26桂と自然な攻めだが、▲36銀とブロックして容易には負けない。
この局面で、解説の深浦康市九段(佐々木五段の師匠)と藤森哲也五段のやり取りが、なかなか楽しい。
藤森「ほら、▲36銀と打って、まだまだやれますよ」
深浦「(肩を落としながら)ホントに? てっちゃん、そんな気をつかわなくていいんだよ」
藤森「いや先生、本当ですって!」
以下、藤井も△38桂成、▲同金、△36飛と切りとばして、▲同金に△69銀と迫る。
するどい攻めだが、▲同玉、△57桂成に▲32飛と反撃して、たしかに簡単ではなさそう。
少し進んで、この局面。
この▲92銀が、深浦いわく「男らしい手」。
私の第一感は、▲66馬と攻防に活用する手。
深浦も「佐々木ならこっち」と同じ予想していたが(もっとも佐々木五段なら「手厚く」で私なら「フルえて」の違いはあるが)、ここは一気の踏みこみ。
正直、善悪はまったくわからないけど、佐々木五段の気合が感じられる手で、熱いではないか。
ここまでは、佐々木の苦しいながらの勝負手が見せ所だったが、ここからはお待たせ「藤井聡太ショー」の時間。
たとえば、この場面。
先手が▲61桂成と成り捨てたところ。
△同銀か△同金かに2択で、どちらを選ぶのかと見ていると、
△94銀(!)と、捨駒のお返しがスゴイ手。
先手の▲61桂成というのもギリギリの手だが、それに対して中空に銀を捨てる犠打。
単に△61同金は▲42竜と取られて、8筋に歩も利くし、危ないと見たのか。
意味としては、▲92飛、△83玉に▲94飛成と成り返る、詰み筋を消したわけ。
というのはわかるけど、一歩間違うと、駒をタダで渡した利敵行為にもなりかねず、実際あぶない手だったようだが、秒読みでこれを選べる決断力がスゴイ。
ただ、深浦いわく
「こういう手を指されても落ち着いていられるのが、佐々木のいいところ」
じっと▲34竜と引きつけて、△95銀に▲85飛と上部を押さえる。
大駒3枚を攻防に利かして、負けにくい形を作る佐々木だが、藤井はさらなる鬼手を用意していた。
△83銀と上がるのが、これまたスゴイ手。
▲95飛と取った形で、▲91銀、△72玉に▲92飛成とする寄せを防ぎながらの移動合で、いかにも詰将棋の得意な藤井らしい。
藤井将棋の魅力は、あの中田宏樹八段戦での「△62銀」のように、トリッキーな手を、きわどく通してくるところにもある。
2019年の第32期竜王戦4組予選。中田宏樹八段と藤井聡太七段の一戦。
▲54步に△62銀と引いたのが、絶体絶命の場面で飛び出した最後の勝負手。
ここで▲24金とすれば難解ながらも先手勝ちだったが、中田は▲同竜と取ってしまい、△68竜、▲同玉、△67香からトン死で大逆転。
そして、この日のハイライトがこの場面。
ここでは▲72竜と切って、以下比較的簡単な詰みだったが(ただし深浦九段も藤森五段も気づいてなかった)、佐々木五段は▲54桂から入る。
ここは詰みは逃しても、冷静に▲86馬と逃げておくくらいで、勝ちは維持できてたようだが、先手は果敢に竜を捨てて寄せに出る。
玉が上部に逃げ出して、にわかにアヤシイ形に。
これには深浦も、
「これ佐々木、やっちゃんたんじゃないの?」
なんて大慌て。
ただ、最短こそ逃したものの、佐々木の指し手は落ち着いていて、最後は残していたようだ。
最終盤、△97角と打ったのが「最後のお願い」という王手。
一見「形作り」のように見せて、これがおそろしい罠なのである。
▲同香に△99飛。
▲89に下手な合駒すると△87桂と打って、▲88玉は△97飛成。
▲87同金は△78銀と打たれてトン死してしまうのだ!
佐々木五段にとっては、あの叡王戦の悪夢がよみがえったか。
もっとも、この場面はマス目もせまく、手が限定されて読みやすい形ではある。
▲89桂と合駒するのが最善で、これだと△87桂、▲88玉、△97飛成に▲同桂で不詰。
ここで藤井が投了。
佐々木のねばり強さ、藤井のひらめきと精密な読み。
両者の持ち味が存分に出た、とてもおもしろい将棋で大満足の一夜でした。
(豊島将之vs渡辺明の棋聖戦に続く→こちら)