Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§155「私小説論」 小林秀雄, 1933.

2022-07-17 | Book Reviews
 一般的に私小説というものは、作者自らの不思議な経験や秘密の願望などを題材として描く物語なのかもしれません。

 とはいえ、いまから約90年前に小林秀雄はこう記しています。

「私小説というものは、人間にとって個人というものが、重大な意味を持つに至るまで、文学史上には現れなかった」(p.113)

 数百年に及ぶ封建制度が瓦解し、急速に進んだ西洋化◦近代化のなかで個人、つまり私なる存在に意味や価値を追求する時代になって百有余年ですが、私小説は不特定多数の人々に共感を与える物語であっても、時代の洗礼を受けて読み継がれる題材を選んだ物語は少ないような気がします。

「現実よりも現実の見方、考え方の方が大切な題材を供給する」(p.137)

 私なる存在に意味や価値を追求する物語を描くには、時代の洗礼を受けた言葉によってしか考えることはできないような気がします。

「どの様に巧みに発明された新語も、長い間人間の脂や汗や血や肉が染みこんで生き続けている言葉の魅力には及ばない」(p.137)

初稿 2022/07/28
出典 小林秀雄, 1962.『Xへの手紙・私小説論』
新潮文庫, pp.112-142.
写真 鎌倉文学館
撮影 2022/06/15(神奈川・鎌倉)
余話 小林秀雄の直筆原稿も展示されています


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