【浩介視点】
髪を切ってほしい、と慶に頼まれた。
最近の慶は、忙し過ぎて美容院に行く時間も取れないのだ。
でも……
うちの慶さん、芸能人バリの美青年なので、長めの髪型もよくお似合いなのです……。
少々くせっ毛なので、目にかかるくらいの前髪は、ふわりと横に流れている。後ろは首が隠れる長さまで伸びているけれど、少しも違和感はない。
(この髪型もかっこよくていいんだけどなあ……)
若い頃ならまだしも、この年齢でこの髪型が似合うって、やっぱり慶はただ者じゃない。
なんてことを言うと、見た目に関して何か言われることが嫌いな慶の機嫌が悪くなるのは確実なので、切らない方向にいくように、聞いてみる。
「職場で長いとか言われたの?」
「言われてない」
「じゃあ、無理して切ることないんじゃない?」
「いや、さすがにここらへん鬱陶しくて」
襟足を掴んだ慶。汗や湿気で首にくっつくらしい。
「あー……」
「それに前髪もな。目のとこに落ちてくんだよ」
「あー……」
その、髪をかきあげる仕草もカッコイイ……
ぽやっと見惚れていたら、慶が軽く肩をすくめた。
「お前が切るの嫌だったら自分で切るからいいけどな。元々、前髪は自分で切るつもりだったし」
「…………え?」
って、は!?
「自分で? どうやって?」
「どうやって?」
「ハサミあるの?」
「ハサミ? そこにあるだろ」
「…………」
慶の目線の先には、普段、紙などを切る際に使っている工作用のハサミが…………
「……慶、本気で言ってる?」
「何が?」
「…………」
「…………」
キョトンとしている慶……
慶は、こんなに美しいくせに、顔周りに関してはトコトン無頓着だ。工作用のハサミでジャキジャキ切る……。慶ならやりかねない。
「…………ありえない」
「え?」
「あ、ううん!」
慌てて独り言を打ち消す。こんなセリフ聞かれたら、絶対「うるせーめんどくせー」とか言って、今すぐこの場でジャキジャキ切り始めるよこの人!!
「そしたら、慶! 明日切ろう! おれ、髪切る用のハサミ買っとくから!」
「はあ?んなもん別に……」
「どうせやるならちゃんとしたいから!前髪もおれが切るから!ね?」
「それは……」
「いいからいいから!」
渋る慶の前でパンっと手を合わせる。
「それより、慶!アイス!」
最後の手段! 食べ物で誤魔化す!
「こないだ買ったやつ!食べようよ!」
「あ?ああ、そういやまだ食ってなかったな」
「うんうん。持ってくる!」
作戦通り話を誤魔化せた。さっさと台所に避難すると、慶も後ろからついてきた。
「いちごとぶどうとメロンが2個ずつ入ってるんだよなー?」
「半分こずつにする?」
「おー賛成〜〜」
笑った慶が可愛いすぎて、思わず、ウッとつまってしまう。
(慶、可愛いすぎる……………)
こんなに可愛いから、みんなから注目されるんだ。
明日、思い切り変な髪型にして、可愛いさを半減させてしまおうか………
(………いやいやいや)
聞こえてきた悪魔のささやきに、ふるふると頭をふる。
慶に格好良くいてほしいという気持ちと、おれだけのものにするために、格好悪くなってほしいという気持ちが交差するのはいつものことだ。
(でも、そもそも、変な髪型にしたところで、慶の美しさは失われないんだよな……)
ここまでの美形だと、どんな髪型でも似合ってしまうのだ。
そういえば、ミャンマーの理髪店に初めて行ったときに、かなり短く切られたのだけれども、それはそれでめちゃめちゃ可愛かった……。(でも本人は、子供と間違えられて業務に差し支えるから、今後は絶対にここまで短くしない、と宣言してた)
「………どうかしたのか?」
「あ」
固まっているおれに、慶が訝しげにたずねてきた。
(まずいまずい……)
誤魔化すためにも、少しおどけていってみる。
「ミャンマーで初めて髪切った時のこと思い出しちゃって」
「ああ、それな」
案の定、慶が眉を寄せた。
「あそこまで短くしなくていいからな?」
「そう?」
「子供みたいだっただろ」
「でも、似合ってたよ?」
「えー……」
しかめっ面のまま、唸った慶。
そして、アイスの蓋をあけていたけれど、
「まあ……」
と、手を止めた。
「お前が短い方がいいっていうならそれでもいいけど」
「え」
「あれ、もう15年とか前の話だしな。さすがにもう子供っぽくなるってこともないだろ」
「え……」
淡々とした言葉に戸惑う。
おれが短い方がいいならそれでもいいって……?
「…………。慶はしたい髪型とかないの?」
「ない」
肩をすくめた慶。
「あえて言えば、お前がいいと思う髪型がしたい髪型だな」
「…………」
「おれにとって、お前がどう思うかが一番重要だし」
「…………」
なんでこの人は、こういう嬉しい言葉を何の前兆もなくサラッと言ってくれるんだろう……
心の中にジワジワと温かいものが満ちてくる。
黙って二人で並んでアイスを半分ずつ、器に盛っていく。綺麗に盛り付けが終わったところで、慶が小首をかしげた。
「で、短い方がいいのか?」
「あ……ううん」
そっと、慶のふんわりとした髪をすく。
「もちろんどんな慶も大好きだけど……、正直言うと、ちょっと長めの方が好き」
「え、そうなのか?」
じゃあ、そう言えよ、と不満げに言った慶の襟足をつかんでみる。
「でも……ここは切ろう」
「いや、長い方がいいなら……」
「ううん」
そっと首筋を指で辿る。
「うなじにキスするとき邪魔になるから切りたい」
「………っ」
ビクッとした慶。こんなこと今まで何百回としてるのに、未だにこんな初々しい反応してくれることに感動を覚える。
「明日、切るね? そしたらキスさせて?」
「…………別にそんなの」
辿っていた指を掴まれた。
「今でも出来るだろ」
「…………」
「…………」
「…………」
お言葉に甘えて、首筋に顔を寄せようとした。…………けれど。
「あ、アイス!」
スルッとかわされた。
「やべーやべー溶ける溶けるー」
「……………」
この人ホントにムードを知らない……。
まあそんなことずっと前から知ってるけどさ!
「…………。食べ終わったらするからね」
「分かった分かった」
「もう!その言い方!」
言いながらも、確かに溶け始めてるな……と思って文句を言うのをやめる。
「じゃ、いただきます!」
「いただきます!」
二人並んでアイスを食べる。
その美味しさに、無言でうなずきあう。
うなずいた拍子に前髪が目にかかり、ふるっと顔をふるわせた慶。
(……明日、目にかからないところまでは切ってあげようかな)
そんなことを思いながら、髪をよけてあげると、ふんわりとした笑顔を向けられた。
明日が楽しみだ。
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お読みくださりありがとうございました!
前回、次は慶の病院の事務の男の子の話、と予告していたのですが、熟年夫夫のイチャイチャに転びました。やっぱりどうしても浩介×慶が好きな私。
これ、「現在」のお話です。なので実は二人ともマスクしてます……
うっかり「口を尖らせた」と書いて、いや、マスクしてるから見えないじゃん…と直したところもありました。
と、言う感じで。
ランキングクリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
おかげで、細々とですが続けさせていただいています。