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BL小説・風のゆくえには~80歳になっても・後編

2020年06月09日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【慶視点】

 昔、先輩医師に言われたことがある。

 幼少期の辛い思い出を、消すことはできない。

 でも……

『白い記憶でいっぱいにすれば、黒い記憶は薄くなっていく』
『君が白でいっぱいにしてあげればいいんじゃない?』

 だからおれは、白く白く白く……浩介の記憶を、光で埋め尽くしたい。


***

 1月の第2日曜日、浩介と二人で、浩介の父親の友人『滝さん』を車で迎えにいった。

 滝さんは、86歳とは思えない、生命力に溢れたオーラの持ち主だった。浩介は滝さんと会うのは大学生の時以来だけれども「その時と全然変わってない」らしい。

 今まで滝さんと会うときは、必ず両親や滝さんのご家族と一緒だったため、こうして一対一で向き合うのは初めてで、緊張するから慶と一緒で助かった、と言っている。

 今回の滝さん来訪に際して、おれも浩介の実家に行っていいのか迷った。でも、浩介のお父さんが「渋谷君も」と言ってくれたそうで、お邪魔することになったのだ。

 ただし、あくまで浩介の『親友』としての紹介になる、とは、浩介の母親にキツく釘を刺された。
 浩介の母親はおれのことを受け入れてくれてはいるけれど、周りには知られたくない、と思っている。

 そのことについて、浩介がサバサバとした口調で言っていた。

「あの人ね、周りの人には、『息子は海外赴任が原因で別れた彼女のことが忘れられないから結婚しない』って言ってるらしいよ」

 その『彼女』というのは、浩介の友人のあかねさんのことだ。20代の頃、恋人のフリをしてもらっていたことがあるのだ。もちろんご両親にはいまだに「フリ」だったことは言っていない。

「今も後生大事にあかねの写真持ち歩いててさ、『息子さん結婚しないの?』の質問には、『この子を超える美人じゃないと』って言って写真見せるんだって」

 そうするとみんな「それは難しい」となる、らしい。そりゃそうだ。あかねさんを超える美人なんて、おれも今まで会ったことがない。

「滝さんにも同じこと言ってるみたいで……」
「そっか。じゃあ話合わせないとな」
「ごめんね」
「気にすんな」

 なんて話をしていたけれど、滝さんの口からは、あかねさんについてなんの言及もなかった。それどころか、

「去年会った時に桜井と言ってたんだよ」

 3人きりの車の中で、滝さんにケロリと言われた。

「僕が結婚してなかったら、僕たちも今の君たちみたいに、一緒に暮らしてたかもしれないな〜ってさ」
「!?」
 
 一瞬、『一緒に暮らす』って、『そういう』意味かと思って息が止まってしまった。でももちろん『そういう』意味ではないと気がついて我に返った。
 浩介も同じだったようで、「ええ!?」と叫んでから、慌てて口を押さえている。(おれが運転していて良かった……)

「わ、わー、滝さんと浩介のお父さんって、本当に仲良しなんですねー?!」

 浩介の叫びを誤魔化すためにも、大袈裟に大声で言うと、滝さんは「まあね」と朗らかに笑った。

「でも、桜井のやつ、はじめは僕のことも邪魔にしてたんだよ」

 あいつ、人付き合い苦手だからね。

 そういいながら滝さんは、浩介のことを振り返った。

「浩介は友達できるようになって良かったよなー」
「え」

 キョトンとした浩介に、滝さんがニコニコと続ける。

「渋谷君のおかげだったんだろうって桜井は言ってたけど」
「え」
「え」

 おれのおかげ? そんなことはない気がするけど……

 という、おれの疑問の「え」と、浩介の「え」は違う「え」だった。

「父が僕の話をしたんですか?」
「よくしてるよ?」

 滝さんは、当たり前だろ?という感じに肩をすくめた。

「友達が出来たって話は……何十年前だ? 浩介が高校生の時だよな。桜井が嬉しそうに話してたから良く覚えてるよ」
「え……」

 浩介、固まってしまった。

 浩介が前に言っていたことがある。「父は無関心、母は過干渉」と。でも、お父さん、浩介の話を嬉しそうに、してたんじゃん……

「桜井、浩介は自分に似て友達が出来ないんだって、ずっと心配してたからなあ」
「え……」
「でも、顔は母親似だから良かったって」
「…………」
「桜井だって別に顔が悪いわけじゃないんだけどな。むしろハンサムっていえる部類だし。ただ、いつも仏頂面してるから勘違いされやすいんだよな」
「…………」

 浩介、固まったままだ。
 代わりにおれが話を繋いでみる。

「滝さんと浩介のお父さんって、大学時代のお友達なんですよね?」
「そうそう。たまたま同じ講義を取ってて……」

 遠い目をした滝さんの瞳に優しい色が灯っている。

「『頭は良いけど、取っつきにくくて嫌な奴』って、噂は聞いてたけれど、話しかけてみたら、本当に取っつきにくい奴でね」
「………」

 なんとなく想像できる。お父さんの仏頂面……

「でも、嫌な奴ではなかったよ。講義で分からなかったところを親切に教えてくれたりして」

 ニッコリとした滝さん。

 それから、滝さんがお父さんの下宿先に入り浸るようになるのに時間はかからなかったそうだ。お父さんははじめは疎ましげにしていたけれど、そのうち「観念した」といって、就職後の一人暮らしのアパート住まいの時には「面倒くさいから」と、合鍵までくれたそうだ。

「僕達、ずっと一緒にいたから、恋人なんじゃないかって、周りにからかわれたりしてね」

 君達もそうだったんじゃない? と振られ、「あはは」と笑って誤魔化す。本当に「恋人」だとは、言えない……

「あれから何十年経ったんだ?」
「…………」
「でも別に何も変わってないな……」

 滝さんは独り言のように付け足して、窓の外に目をやった。

「ここらへんは変わったね」
「そう……ですね」

 新しい道路が出来た。新しい店が出来た。おれ達が住んでいた頃からもずいぶんと変わった。
 でも、おれは……おれ達は、あの頃と同じように……いや、あの頃よりもたくさん、一緒にいる。
 でも、浩介とご両親の関係は、変わっていける……

 そんなことを思って、ミラー越しに浩介を見ると、泣きそうな瞳と目が合った。


 それぞれの思いを乗せて、静かなまま車は進んでいたのだけれども、

「あー、佐和子さんの料理、楽しみだなー」

 もうじき浩介の実家に着く、ということろで、雰囲気を変えるためか滝さんがはしゃいだように言った。

「佐和子さん、ホント料理上手だもんな。桜井が結婚したがった意味も分かるよ」
「え?」

 浩介がキョトン、とした。

「父はお見合いで断りきれなくて……みたいな話を親戚から聞きましたけど……」

 戸惑ったような浩介のセリフに、滝さんはまた朗らかに笑った。

「違う違う。あいつ、佐和子さんの料理に惚れ込んで、この料理を毎日食べたいって言ってプロポーズしたんだよ」
「え」
「佐和子さんの長所は料理が上手いところだって未だに自慢してるからね。僕に家に遊びに来いっていうのも、手料理を食べさせたいからだからね」
「………」

 長所、料理が上手い。って、おれが浩介の長所を上げろと言われたときに書いたセリフだな……

 浩介、また固まっている。

「あ、桜井だ」

 道路の先、浩介の実家の前に浩介のお父さんが立っているのを見つけて、滝さんが笑いだした。

「あいかわらずせっかちだなあ」
「せっかちは昔からですか?」

 聞くと、滝さんはコクコクうなずいた。

「もー、せっかちせっかち。本当にせっかち。すぐ怒るし。大変だよな? 浩介」
「え、あ……」
「あいつ、あれだよ、庭の自慢したくてあそこで待ってるんだよ絶対。佐和子さんと一緒に花壇……、おー、桜井ー」

 ニコニコしながら、滝さんが窓を開けて手を振ると、お父さんは庭の方を指さして、大きな声で言い返した。

「庭の案内を先にしようと思って!」
「だと思った!」

 滝さんは、あはは、と笑うと、おれと浩介を振り返った。

「ホント、80過ぎても変わらないよな」

 優しい……瞳。

「じゃ、迎えにきてくれてありがとう」
「いえ、あ、荷物、持っていきますので、先に……」
「そうさせてもらうよ。せっかち桜井が待ちわびてるからさ」

 86とは思えない身軽さで、滝さんはさっと車から降りると、お父さんのところへ歩み寄った。

 手を広げて待っているお父さん。滝さんと同じ、優しい優しい瞳……

「疲れてないか?」
「ちょっとな。迎えにきてもらえて助かったよ」
「そうか」

 並んで歩く、親友二人の後ろ姿は、何だか胸を打つものがある……


 さて、車庫入れ……と思ったら、すでに車庫の扉が開いていて、少し笑ってしまった。せっかち桜井、か……

「お前の父さん、気が利くなあ。もう扉開けてくれてる」
「…………慶」
「あ?」

 車庫入れのピーピーいう音の中、後部座席の浩介が、なんだか複雑な表情でこちらを見ている。

「どうした?」
「うん……」
「…………」
「…………」

 大きく息をついてから、浩介は絞り出すように、言った。

「全然、知らなかった。父がおれのこと…………」
「うん」
「それに、父と母が……」
「うん」

 手を伸ばし、そっと浩介の頬に触れる。愛しい愛しい感触……

「慶……」
「うん」
「おれ……」
「うん」
「…………慶」
「…………うん」

『白い記憶でいっぱいにすれば、黒い記憶は薄くなっていく』

 お前の記憶を白でいっぱいにしたい。その願いは、少しずつ、少しずつ、叶えられていく。

「……行こうか。『せっかち桜井』が待ってるぞ?」
「……うん」
「それに『長所・料理が上手い』のお母さんも待ってる」
「…………それね」

 浩介はクスリと笑った。

「おれ、母親似、なんだね?」
「そうだな」

 料理上手なところ、そっくりだ。

「慶も、80歳になっても自慢してね?」
「おお。するする」

 どんな未来が待ち受けているかなんて誰にも分らないけれども……
 白い光で埋め尽くされた中に、二人で一緒にいることだけは確かだ。

「行こう」
「うん」

 車を出ると、お父さんと滝さんの笑い声が聞こえてきた。
 おれ達もあんな風に笑い合っているだろう。80歳を過ぎても。


----

お読みくださりありがとうございました!

この半年、80歳オーバーの元気な方々とお話しする機会が増えた関係で、滝さんの話を書く勇気をもらいまして、ついに書くことができました。少しずつ、新たな関係を築いていく浩介とご両親。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!おかげでここまで辿りつくことができました。感謝してもしたりません。

不安な日々が続いておりますが、皆様、どうぞくれぐれもご自愛ください。
お読みくださり本当にありがとうございました。


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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら


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BL小説・風のゆくえには~80歳になっても・前編

2020年06月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
2020年お正月のお話です。

---


【浩介視点】

 父と和解(慶との関係を認める発言をしてくれたのを『和解』と思うことにしている)したのは、2015年11月3日。今から4年ほど前のことだ。
 それ以来、数ヶ月に一度は実家に顔を出すようにしている。でも、いまだにやっぱり、父に対する苦手意識は抜けない。根付いてしまった恐怖心の完全なる払拭はやはり無理なのだろう。
 父も父で、おれと話すときは何となくムッとしているし、無言になってしまうことが多い。

でも、慶と一緒の時の父は、全然違う。父ってこんなに喋る人なんだ、と驚くほど饒舌になる。慶が年上の人への対応が上手なせいもあるんだろうけど……

(慶みたいな息子だったら良かったのにね?)

 楽しそうな父を見ていると、そんな卑屈なことを思わないでもない。けれども、父の機嫌がいいのはひたすらに有り難い。
 だからついつい、実家に行くと、父の相手を慶に押し付けて、母の手伝いをしていたりする。

 そのことについて、慶には「おればっかり話してていいのか?お父さんもお前と話したがってるのに」なんてとんでもない大勘違いなことを言われたけれど、

「慶の実家だって、お婿さんである近藤さんと沢村さんはお父さんと飲んでるでしょ? それと一緒だよ。慶はお婿さんなんだから、父の相手してて」

と、慶のお姉さんと妹さんの旦那さんを引き合いに出していったら、「そういやそうだな。そんなもんか……」なんて一応納得してくれたみたいなのでホッとした。

 今さら父の相手なんて、緊張するだけだから、なるべく避けたい。

 一方、母とはほとんど普通に接することができるようになってきた。時々、何かの拍子にフラッシュバックがおきそうになることもあるので、まだまだ油断は禁物ではあるものの、慶が一緒に来てくれた日は、安心感が増して、無理をしなくても笑えることもある。すごい進歩だ。

 正直に言うと、いまだに積極的には「両親に会いたい」とは思えない。それでも会いにいくのは……

 理由の一つは「慶が喜ぶから」だ。慶は、おれが両親と交流を持つことを望んでいる。もちろん、それを強要するようなことは一切しないし、本人は内心を隠しているつもりみたいだけれども、慶は単純なので、喜んでいることがバレバレなのだ。

 あとは、「恩返し」だ。何だかんだ言っても、大学まで出してくれたことには感謝している。その教育資金を返す、と申し出たら、母に「時々会いに来ることが恩返し」と言われたのだ。
 将来のことを考えると、余計な出費はしたくないのが本音なので、それで済むなら安いものだ。……と、思うおれは、やっぱり親の財に頼った甘ったれた人間なのだろう。でも、母がそれがいいというのならいい、と、開き直っている。

 …………。

 …………。

 なんて、理由を上げてみるけれど……

 理由の一つに「期待」があることにも、ちゃんと気がついてはいる。

 それは……
 両親と「新たな関係」を築くこと。
 そうしたらおれは、昔のことを思い出しても大丈夫になるのではないか、という期待……

 昔の記憶を塗りかえることは出来ないけれど、少しずつ、違う記憶を追加していって、少しずつ、歩み寄っていって、そうして、昔の自分を受け入れる……

(それが出来たら、ラクになるだろうか……)

 そんなことを思いながら、毎回、実家を訪れている。


***

「来週、車出しをお願いしたいのよ」

 台所でお節を出す用意を一緒にしている最中、母が「お願いがあるの」と切り出してきた。
 慶と父は、リビングで新聞をみながら何だか盛り上がっている……

「車出し?」
「滝さんがね、うちに来るっておっしゃってて」
「え、イギリスからいらっしゃるんですか?」

 滝さん。
 おれの知る限り、父の唯一の友人で、大学時代からの付き合いだと聞いている。
 奥さんがお金持ちのイギリス人で、おれは子供の頃から中学生まで、その奥さんに英語の家庭教師をしてもらっていた。
 当時、滝さん夫妻は、スイスに別荘を持っていて、おれも何度か滞在させてもらったことがある。そこで滝さんの娘さんがスキーを教えてくれた。おれより15歳年上のその娘さんは、イギリスの大学に進学してそのままイギリスで就職していた。

 おれが高校進学した頃に、滝さんと奥さんもイギリスに移住した。おれがまだ実家にいた頃に、来日した滝さんには何度かお会いしたけれど、社会人になってからは一度もないので、最後にお会いしたのは20年以上前のことになる。

「法事があって日本にいらっしゃるんですって。その帰りに寄るって」
「ああそういうこと……」
「お父さん、『これであいつに会うのも最後だな』なんておっしゃってて」
「それは……」

 そうかもしれない。
 滝さんも父と同じ歳だから、86歳だ。長旅は大変だろう……

 と、思いきや、

「とか言って」

 母は軽く肩をすくめて、言葉を継いだ。

「去年、お父さん、イギリスに行ったときも同じこと言ってたのよね。きっと来年も同じこと言いながらまた会うんでしょうね、あの二人」
「確かに」

 母の口ぶりに思わず笑ってしまう。
 滝さんも父もあいかわらず元気なようだ。そしてあいかわらず仲も良いんだな……

 と、リビングから、父と慶の笑い声が聞こえてきた。

(声上げて笑ってる……)

 不思議な気持ちでリビングの方を振り返っていたら、

「お父さん、渋谷君といると楽しそうよね」

 手際良く、お椀にお雑煮の具を入れながら、母が思わぬ言葉を続けた。

「渋谷君、滝さんと似てるものね」

 ………。

「え?」

 滝さんは、父と同じくらい背が高い。でも、貫禄のある父に比べて、ヒョロっとして身軽な感じ。大きな目がキョロキョロ動くひょうきんな印象の人だ。小柄で天使のような美貌の慶とは全く似ていない。
 それに性格も、明るいところは似てるけど、求められない限りは控え目に徹する慶と違って、にぎやかで目立ちたがりな感じの人だった。おれ達の周りだと、同級生の溝部とか、父の弁護士事務所を継いでくれた庄司さんとかと同じタイプだと思う。

「渋谷君と滝さん? 似てます?」

 思わず眉を寄せながら母に言うと、母は「似てるわ」と頷きながらも、

「あー、似てるっていうのは違うかしら。似てるっていうか……」
「………」
「滝さんと一緒にいるときのお父さんと、渋谷君と一緒にいるときのお父さんが似てるのよ」
「え」

 それも違う気がする。滝さんがいるといつも滝さんばかり話していて、父は頷いているだけで、こんな風に話すなんて……、と、おれが言うと、母は「あら、違うわよ」と、少し楽しそうに手を振った。

「確かにみんながいる時はそうだけど、滝さんと二人の時はお父さんもよく話すし、いつもああやって楽しそうに……」

 言っているそばから、また、リビングから笑い声。

「うん。あんな感じよ?」
「へえ……」

 知らなかった……

「お母さん、お父さんのことよく知ってるんですね…」

 思わず言うと、母はふふふと笑った。

「そりゃあ夫婦歴50年ですもの。お父さんのことはだいたいのことは知ってるわよ」

 得意そうな母。なんだか……不思議な感じ。

 昔は、父と母の関係を「夫に隷属している妻」と認識していた。父は絶対君主で、母もおれも、逆らうことは出来なかった。
 でも5年前に帰国して、再会してから、その印象が少し変わったのは、本人達が変わったからなのか、おれが大人になって、人間関係の奥まで見られるようになったからなのか……

「さ、もうご飯出来るって声かけてきてくれる?」
「はい」

 言われるまま、リビングに顔を出す。
 おれの姿に気がついて、話をやめてこちらを振り仰いだ父と慶。

 昔よりも小さく感じる父。昔よりも大人びた慶。

 おれ自身が昔と大きく違うのは……

「お話中すみません。そろそろご飯出来ます」

 ぎこちないながらも、父に向かって微笑みかけられるようになったこと。そして……

「分かった」

 あいかわらず仏頂面だけど、父の瞳が昔よりも柔らかいこと。「出来損ない」っておれを蔑んだ光は、みあたらない。

 そして。

「おー」

 キラキラ笑顔で手を上げた慶。
 慶が、いてくれる。おれにとって牢獄でしかなかったこの家に、慶がいてくれる。慶がいるだけで、空気が清涼になる。世界が、明るくなる。


後編に続く。


-----

お読みくださりありがとうございました!

本日6月2日は、二人が小学校3年生の時に「初めて出会って、バスケを一緒にした」記念日!……何十年前だー(^_^;)

こんな不定期更新の真面目な話にお付き合いくださり、本当にありがとうございます。

前々から書きたいと思っていた浩介父の話になります。

息子・浩介が男友達である慶とキスをしていたと聞いたときに、浩介父は、なぜ、「一過性のものだから放っておけ」と言った(『〜将来』)のか。なぜ、「お前のその感情は、錯覚だ」とか、慶と「友人関係を続けるのはかまわない」と言った(『〜自由への道』)のか。
浩介高校時代の話で、「父の友達の別荘のスキー場」だの「父の友達のイギリス人の奥さんに英語を習っていた」だの出てくるのを読んで、浩介父って友達いなそうなのに、友達いるんだ?という疑問を持たれた方(←なんてそんな有り難い方がいてくださったら、という希望的観測)へのアンサーで、そこら辺の裏設定の話を、文章化しようかな、と思いまして。 誰得だよ。いいの。私が読みたいからいいの……といういつもの自問自答をしつつ……

次回、滝さん登場。いつか滝さんに話して欲しいと思っていましたが、ついにその時がきました。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当に本当にありがとうございます!おかげさまで書きたい話、書く勇気をいただきました。ありがとうございます!
よろしければ次回後編もよろしくお願いいたします。
来週更新できればいいなあ……という感じです。

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