こちら後編になっております。
よろしければ、秘密のショコラ(前編)から先にお読みくださいませ。
***
できたてのフォンダンショコラをその場で一つずついただいた。トロリと溶け出てくる濃厚チョコは、想像以上の美味しさで、生徒6人みんなで歓声をあげてしまった。
(いい人達だな……)
中村さんをはじめ、同年代か少し下くらいの彼女達は、皆とても感じの良い人達だった。
後から知ったのだけれども、慶は一週間前、料理教室のポスターを見ていたところを、中村さんから直接声をかけられたそうだ。今年は手作りで、と思ってレシピを検索していたけれど、どれもピンとこなくて困っていた矢先のことだったらしい。
「そこで行くって返事したんだけど、やっぱり迷惑がかかるかも、と思って断りのメール入れて……。でも」
中村さんから、そんなことは絶対にないから、是非来てください、と言われ(ここら辺のやり取りをメールでコソコソしていたようだ)、今日に至ったらしい。
中村さんの方から、事前に今日くる人達には、慶についての説明(男の恋人がいる、ということ)もしておいてくれ、皆、それでも構わない、と言ってくれたそうで……
「また是非いらしてくださいね」
中村さんも、他の4人の女性達も、最後まで屈託のない笑顔で接してくれた。認められている、という感じがして嬉しい。なんだかくすぐったい。
おれ達のことを訝しげに見る同じマンションの住人や近所の人達ももちろんいるけれども……、こうして少しずつ、理解してくれる人が増えていってくれればいいな、と思う。
***
冷たくすると生チョコ風になるというので、持ち帰った4つのうち、2つは冷蔵庫に入れて夜食べることにした。
1つは、昼食の後に、中村さんに言われた通り、電子レンジで少し温めてトロリ感を復活させてから食べてみたのだけれども……
「あー、やっぱり、できたての方が美味しかったな」
「うん。やっぱりねえ」
ソファーでコーヒーを飲みながら二人でうなずきあう。
「そう考えると、お前来てくれて良かった。美味しいの食べさせられたし」
「慶……」
「本当は秘密で作るはずだったんだけどな。って、あ、お前もそのつもりだったか」
「…………」
慶はおれがポスターを見て勝手に来たと勘違いしている。このまま勘違いさせたままで………
(………良くないよな)
ふうっと大きく息をつく。こんな変な嘘、絶対良くない……。
おれの溜め息にすぐに気が付いてくれて、慶が「ん?」と小首を傾げた。
「なんだ? どうした?」
「謝らないといけないことが……」
怒られるかな……呆れられちゃうかな……
でも、やっぱりルール違反だ。ちゃんと謝らないと……
「あの……」
「なんだよ?」
「あの……」
「だから、なんだ?」
眉を寄せた慶。
「本命チョコ受け取ってきた、とか言うなら、この場でそのチョコ叩き割るぞ?」
「え?!」
あ、ああ、そうか。今日おれ学校行ったんだった。
「違う違う。もらうわけないでしょ」
「じゃあ、なんだよ?」
「あの……」
慶の真顔を見ているのが辛くて、頭を下げることで目を逸らす。
「あの……携帯を」
「携帯?」
「慶の携帯……勝手に見ちゃったの。昨日の夜、慶がお風呂に入ってる時……」
「うん。で?」
「でって……」
顔を上げると、真顔で肯き返している慶がいて……。戸惑いながらも懺悔を続ける。
「それでね、中村さんからの、『11時にお待ちしています』ってメール読んで……」
「あ、それでお前来たのか?」
「うん……」
うなずくと、慶は「なーんだ」と笑った。
「バレてたのかーそうならそうと言えよー」
「え……」
いや、そういう問題じゃなくて……
何を言ったものかと悩んだ挙句、再び頭を下げてみる。
「ごめんなさい」
「あ、いや、別に」
慶はパタパタ手をふると、
「結果的にできたて食べさせられたから逆にラッキーだったし」
「…………」
何か、話がかみ合っていない……
「あの……慶、怒ってないの?」
「何を?」
「携帯、勝手にみたこと」
「あ? 別に?」
慶は首をひねると、
「今さらお前に見られて恥ずかしいとかないぞ?おれ」
「は、恥ずかしいって……」
そういう問題?!
「あの……普通、みんな、勝手に携帯いじられたら怒ると思うんだけど……」
「そりゃおれだって、全然関係ないやつに勝手に触られたら怒るけど、お前だからなあ……」
「…………」
「おれもほら、今日も勝手にお前のエプロン持ち出したし……なんつーか、お前の物はおれの物、おれの物はお前の物、みたいな?」
「………」
し、知らなかった……。慶ってそこまでおれのこと「一緒」って思ってくれてるんだ。
それなのに、勝手に嫉妬して、勝手にメールみたりして……
「でもなんでお前、おれ宛のメールなんか読んだんだ?」
怒ってる風ではなく、単純に不思議そうに慶が言う。
「なんか確認したいことでもあったのか?」
「確認……っていうか……」
小さく小さくなってしまう。
「あの……最近、慶、コソコソ携帯いじってたから……気になっちゃって」
「え、おれコソコソしてた?」
「うん………」
正直にうなずくと、慶は「あーごめんなー」と言いながら頬をかいた。
「去年、初めてお前にチョコやった時、お前すげー喜んでくれたじゃん?」
「うん……」
「だから今回も、ビックリさせてやろーとか思っちゃって……」
「…………」
………充分、ビックリしたよ……
「そっか。気になるくらいコソコソしてたか。バレバレだな」
「うん……」
思わず愚痴っぽくなってしまう。
「浮気?とか思っちゃったよ?」
「浮気ぃ? あるわけねえだろ」
「だって………」
あの不安を思い出して、うるっときてしまうと、慶が慌てたように抱き寄せてくれた。
「ああ、ごめんごめん。もしかして、今朝も様子おかしかったのって」
「だって、慶、嘘ついてたし」
「いや、嘘はついてねえぞ。隠してただけで」
「…………」
確かに………。
「まあ、でももう秘密は無しだ。おれ、サプライズするの向いてねえな」
「……あ」
明るく言われてハッとした。
そっか、そうだよ、サプライズだったんだ。慶がおれのために考えてくれたサプライズ……。なのにこんな言い方、おれ、失礼過ぎるっっ。
慌てて、慶の温かい手を両手でぎゅーっと握る。
「ごめん、ごめんね、慶。ビックリしたけど、でも、でも、すっごく美味しかったし、楽しかったし、嬉しかったし」
「そうか?」
「うん。ありがとね、慶。ホントにホントにホントに嬉しいよ?」
必死にいい募ると、慶は苦笑して、再び抱き寄せてくれた。
「慶………大好き」
きゅと肩口に額を擦り付ける。優しい手が頭を撫でてくれる。
優しい。慶はいつも優しい。昔からだ。やっぱり、お兄ちゃん気質だな、と思う。
「あーでも、良かった」
慶のホッしたような声が耳元でする。
「お前、いきなり真面目な顔して謝るなんていうから、告白でもされたのかと思って焦ったぞ?」
「…………」
そして慶は、昔から、いつでもこんなおれのことだけを、好きでいてくれる……
「そんなことあるわけないじゃん。おれのことなんか好きって言ってくれるの慶だけだよ」
「なーに言ってんだよ」
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき回される。
「40過ぎたら、痩せてて禿げてなくて背が高ければそれだけでモテるって溝部が言ってたぞ?」
「何それ」
プッと吹き出してしまう。
溝部というのは、おれ達の高校の同級生で、今も昔もお調子者な奴なのだ。
「そういえば、溝部、どうしたかな……」
「あー、今日、バレンタインだもんな……」
今日は、溝部の人生を左右する大切な日になると言っていたけど……
「あいつ、うまくいかなかったら、うち来そうじゃね?」
「だね……」
顔を見合わせ笑ってしまう。去年、溝部は前日からうちに泊まりにきて、バレンタイン当日も夜までうちに居座ったのだ。今年はそんなことにならないといいんだけど……
「人生を左右する、かあ……」
ふ、と今日の11時まで不安に思っていたことを思い出した。
「ね……慶」
「あ?」
残りのコーヒーを飲みながらこちらを見上げた慶の、湖みたいな瞳をのぞきこむ。
不安だから聞きたい。「一緒」と思ってくれていると分かったからこそ、聞きたい。
「慶は……これからの人生、どうしたい?」
「へ?」
何をいきなり……という慶に、畳み掛ける。
「前に子供いらないって言ってたけど……こないだ陽太君と過ごしたあと、子供可愛いとか言ってたじゃん?」
「あー……」
「やっぱり子供欲しくなったり……」
「なってねーよ」
慶は少し笑って、首をふった。
「他人の子供は何も責任ねえから、単純に可愛いけどさ。自分の子供ってなったらそうはいかねえだろ。おれ、自信ねえよ」
「…………」
一年以上前のことになるけれども……
『子供は絶対に欲しくない』
『これからも子供は持たないってことで………いいかな』
震えながらそう言ったおれを、慶は抱き寄せて言ってくれたのだ。
『お前にはおれがいるからな』
『ずっと一緒にいるからな?』
と……。
あれから慶と心療内科医の戸田先生のおかげで両親と和解はしたものの、おれの中の親子関係に対する恐怖心は消えることがない。おそらく一生付きまとうものなんだろう。でも慶はそうではない……
「浩介?」
沈んだ心をすくい取ってくれるような、優しい声に顔をあげる。
「おれはさ」
慶はカップをテーブルに戻すと、コンっとおれの胸に拳をあてた。
「これからの人生、お前がそばにいてくれれば、それでいい」
「…………」
「おれが欲しいものは、今も昔もこれからもずっと、それだけだ」
「……慶」
嘘のない、透き通った瞳がこちらを見返している……。
……知ってる。知ってた。
慶はいつでも真っ直ぐにおれだけを見てくれてる。当然、みたいに、おれだけ。
「慶……」
泣きそうになりながら慶を見つめていたら、慶は照れたのか「あーあっ」と口調を変えて叫んで立ち上がった。
「今日糖分取りすぎだな。食べた分、消費しないと。スポーツクラブ泳ぎに行こうぜ?」
「うん……あ」
うなずきかけて思い出した。
「ごめん。おれパス……」
「なんで?」
「具合悪いってことで早退してきたのに、出歩くわけには……」
「あ、そうなんだ」
ふーん、と慶はうなずくと、
「じゃあ、うちで運動するか」
「わっ」
とんっとおれの肩を押して、ソファーに押し倒してきた。
「こんな昼間っから?」
「そう。こんな昼間っから」
ちゅっと音をたてて軽いキスをくれる。
「夜は溝部が来るかもしんねえからな」
「えー」
クスクス笑ってしまう。
「あ、じゃあ、冷蔵庫のフォンダンショコラ、奥の方に隠しておかないと!」
「だな。最近あいつ、平気で人のうちの冷蔵庫漁るからな」
「そうだよー。せっかく慶がおれのために作ったチョコなんだから、他の人には絶対食べさせたくない!」
再び下りてくる唇。
「来年もまた作るか。今度は内緒じゃなくて」
「うん。来年は初めから一緒に作ろ?」
「おお」
秘密はもう懲り懲りだよ、という言葉は何とか心の中に押し込めて。
「慶、美味しいチョコ、ありがとうね」
「ん」
愛しい唇にキスをした。
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お読みくださりありがとうございました!
って!自分でもビックリするくらい、こんな公共の場に出すのが申し訳ない、まったり話!
最後までお読みくださり本当にありがとうございましたっっ
今、なぜこの短編を書こうと思ったのかといいますと、次からはやはり、溝部君の話を書きたいな、と思ったからなのです(陽太って誰?の答えはそちらで……)。
なのでその前に、現在のラブラブ安定浩介×慶を思い出してみよう!みたいな……
ちなみに昨年のバレンタインはこんな感じでした。『~26回目のバレンタイン1/3・2/3・3/3』
今後とも「風のゆくえには」シリーズよろしくお願いいたします!
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!!
次回3月1日にとりあえず一報いれさせていただきます。どうぞお願いいたします!
追記:溝部君、この夜やっぱりやってきます → 「~バレンタインの夜に」
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