【浩介視点】
いつかはなくなる……
その恐怖から逃れられない。
こうして慶と一緒に暮らせているのに。「おはよう」も「おやすみ」も、「いただきます」も「ごちそうさま」も、「ただいま」も「お帰り」も、言えてるのに。
この漠然とした不安感は何だろう。
(…………。暇なのかな)
そんなことも思う。
今、仕事が落ち着いている。
そして、コロナが5類に移行したとはいえ、まだまだ用心して、友人たちとの集まりも控えている。
なにより、今、慶がものすごく忙しくて、一緒にゆっくりのんびりする、ということもないから、一人の時間が多い。
(だからかな……)
だから、余計なことを考えてしまうんだ。そうに違いない。
そうだ。そんな暇があったら、慶をサポートすることを考えよう。
何があるかな……。
あ、きっとお昼休みもろくにないだろうから、お弁当を食べやすいように工夫しようかな。
(うん。ネットで調べてみよう)
そうしよう。
慶のことを思って、慶のために。
そうすればきっと、この不安もなくなるに違いない。
そう、思ったけれど……
その漠然とした不安感はずっとまとわりついたままだった。
(慶には気づかれないようにしないと)
心配をかけてはいけない。
その一心で、細心の注意を払って慶と接していた。
つもりだったのに。
「元気がない気がするのは、気のせいじゃないよな?」
慶にズバリと言われてしまった。
やっぱり慶にはかなわない。
その美しい湖みたいな瞳は、真実のおれを映し出してしまう。
(ああ……きれいだな)
吸い寄せられるように、唇を重ね……
ふっと、初めてキスした時のことを思い出した。
あの時……
そうだ。あの時、小学生の時に一緒にバスケをした男の子が慶だったことを知った。そして、思ったのだ。
この人はおれのすべてだ、と。
「……浩介」
「……っ」
ゾクッとくる色っぽい声。温かい指先が頬を伝ってくる。
キスからはじまる情事がこんなにも欲情的だってこと、すっかり忘れていた。
以前はそれが当然で……、でも、この三年はずっと得られなくて。
たぶん、慶もそう感じている。
いつもの何倍も瞳にも声にも熱がこもっている。
「……慶」
その欲情のまま抱き寄せ、ソファの横にひいた布団の上に押し倒した。コロナ禍になってから、寝室を別にしたため、おれはリビングに布団をひいて寝ているのだ。
あらためて、唇に唇でそっと触れる。
震えるほどの愛しい感触。
(……。このままここでしていいかな)
ベッドに移動した方がいいかな……と思って、一瞬止まる。
必要なものがベッド脇の棚の引き出しに入っているため、普段は、ベッドですることがほとんどなのだ。
(まあ……いっか)
3年ぶりの柔らかい感触に、すぐに引き戻される。
(ダメって言われてももう止まらないけど……)
頬を囲い、慶の完璧な容貌を見つめると、なぜか、ふっと、慶が笑った。
「………なに?」
なんで笑ってるの?
聞くと、慶がまた、少し照れたように笑った。
「……いや」
チュッと合わさる唇。
「おれ……お前のキスした後の顔見るの好きだったってこと、思い出して」
「え」
キスした後の顔?
おれ、どんな顔してるんだ?
ハテナ?と思っていると、慶がえいっとばかりに起き上がり、あっさりと体勢を逆にしてきた。相変わらずの馬鹿力。
「なんかな…」
慶の指先が官能的におれの唇をたどってくる。
「求められてるって感じがして、安心する」
「…………」
安心……ってことは、普段は不安ってこと?
(…………不安)
ドキリとする。
最近のおれを纏っているのも「不安感」だ。慶の感じている不安とは違うけど……、というか、安心、というだけで、不安と思っているのとは違うのだろうけれど……
それでも、ほんの少しであっても、その慶の不安、取り除きたい。
「慶……」
「うん」
「おれはいつでも慶のこと求めてるよ」
「…………そうか」
ふっと、慶が目を細め、顔を寄せてきた。
「おれも、いつでもお前が欲しい」
「……っ」
重なる唇。伝わってくる情熱。
こんなにも、おれは求められている。
「……慶」
「うん」
「ずっと、一緒にいようね?」
繋いだ手にぎゅっと力をこめて言うと、慶はまた、ふっと笑って、
「当たり前だ」
と、キスの続きをしてくれた。
おれの不安を吸い込むように。
***
翌朝……
目覚めると、目の前に慶の完璧な白皙があって、とてつもない幸福感に包まれた。
約3年ぶりの、ベッドの上での一緒の朝。
昨晩、リビングの布団の上でコトに及んだのだけれども……
久しぶりのキスで歯止めが効かなくなったというか……。結果、羽目を外しすぎて、周りも見えなくて、布団をかなり汚してしまって……。さすがにそこで寝るわけにはいかなくなって、ベッドで一緒に寝ることになったのだ。
「まあ……いいだろ」
お互い、体調が少しでも悪いときとか、身近で感染者が出たとき以外は、もう一緒でもいいだろ。と、慶が言ってくれた。
何かのタイミングで、一緒に寝ることを提案したいと思っていたけれど、まさかこんなタイミングで再開できるとは……
「…………おはよ」
そっと額に口づけると、慶が柔らかく微笑んで、
「おはよう」
と、唇にキスをくれた。
(…………幸せすぎる)
幸せすぎる……。
くううっと声のない声が出てしまう。
「なあ………」
つーっと、その温かい指がおれの頬をたどりながら、心配そうにこちらをのぞきこんできた。
「で、結局、お前の元気がない理由はなんなんだ?」
「…………」
理由……
は、不安感、だったけれども……
なんか……今朝はそんなこと吹き飛んで充実してるんだけど……
でも、そんなこと、説明できない……
「えーと………」
分かりやすい説明……分かりやすい説明……
あ。いいこと思いついた。
「えとね……」
「おお」
「バカバカしいって、思われるかもしれないんだけど……」
「おお」
嘘はつきたくない。だから、はじめの話だけする。
「慶と小学3年生の時にはじめて会ってから、今年で40年記念だったの」
「え」
きょとんとした慶。
「ええと……、あ、横浜開港記念日だったっけ。あれ?そういやもうとっくに過ぎてる?」
「うん。3週間ちょっと前。6月2日」
「うわ、ごめん。全然気が付かなかった。……え、もしかして、それで怒ってる……?」
心配そうにこちらをのぞきこんできた慶。可愛すぎる。
「ううん。違うの。おれが勝手に思ってるだけだから全然。気にしないで」
「じゃあ、なんで……」
眉を寄せた慶の額をそっとなぞる。
「えとね…、次の日、せっかくだから、あのバスケットゴールを見に行ったんだけど、なくなっちゃってて」
「あ……そうなんだ」
「それが残念だなあと思って……」
「…………そうか」
そうか。そうか、そうか……と、何度も肯く慶。
「慶……なんか、嬉しそう?」
「あ……いや、もっと深刻なことかと思ってたから……」
……そりゃそうだ。
と、おれも納得してしまったのだけれども、
「あ、いや、ごめん!寂しいよな?だよな!?」
慌てたように手をぎゅーぎゅー握ってくれた慶。やっぱり可愛すぎる。
「いいよ、慶。無理しないで……」
「いや、無理はしてない。してないけど……」
今度は、とんとん、と胸のあたりを叩かれた。
「お前がちゃんと覚えてるから、いいんじゃね?」
「え」
「今でも変わらず、ここにあるわけだろ? それって、なくなってないってことじゃねえか」
「…………」
なくなってない……
「おれも、ほんのりだけど覚えてるし!」
「ほんのり……」
ほんのり、なんだ……
「あ、いや……、うん!」
慶は、誤魔化すように笑うと、バサッと布団をはいで、おれの上にまたがってきた。
「だから、なにもなくなってないから、元気だせってこと!」
すっと、その綺麗な瞳が近づいてくる。
「な?」
「…………慶」
チュッと軽いキスのあと、軽く噛まれる。愛おしくてたまらない、慶のキス。
「うん……元気でた」
慶はいつでもおれに元気をくれる。
40年前もそうだった。
あの出会いが、おれのその後を変えた。
あの日のバスケットゴールは、おれの心の中に存在している。
だから、大丈夫。なくならない……
「……ありがと、慶」
おれは慶がいてくれるから、大丈夫。
完
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お読みくださりありがとうございました!
長くなったー
翌朝前で切ろうかとも思ったのですが、さすがに4回に分ける内容じゃないでしょ……と思って。
長々とダラダラとした文章をここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!!
いやー、キスすることは知ってたんですけど、まさか、これで一緒に寝られるようになるとは、びっくりだよ。
私的には、ベッドで一緒に寝ることを、浩介の誕生日(9月10日)のプレゼントにする?って思ってたんですけどねえ……
ちなみに、朝目覚めてキスされて(幸せすぎる)って2回あるのは、打ちミスではありません。マジで幸せすぎるからです!
ということで、
読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます。
また今度!