綾さんと美咲の3人で暮らしはじめて2ヶ月が過ぎた。
自分でも驚くほど、毎日が楽しくて仕方がない。心が自由だ。
教師生活もそれなりに長いので子供のかわいさは存分に堪能してきたつもりだったけれども、生活を共にする子供……しかも愛する人の子供のかわいさは別物だった。
もともと美咲のことは、綾さんの娘ということで贔屓目に見ていたところはあったけれど、今やもう「目に入れても痛くない」域を超えている。かわいくてしょうがないし、心配でしょうがない。この子の成長を綾さんと一緒に見守っていけるという幸せに感謝したい。
と、いうことで。
「バレたら困るから絶対に見にきちゃダメだからね!」
と、念を押されていたダンス大会……
どうしても我慢できなかったため、変装してコッソリ見に行くことにした。
午前中、演劇部の練習で学校に行っていたため、まずそこで茶髪のカツラを調達。ちょっとチャラい感じの髪型。それから、友人の桜井浩介から男物のトレンチコートとサングラスを借りた。
浩介は年明けから、恋人の慶君と一緒に私のマンションに住んでいる。2人は長いこと海外で暮らしていたけれど、諸々の事情が重なり、帰国することになったのだ。
学校に提出する書類に、美咲と同じ住所を書くわけにはいかないため、私の住所はマンションのままになっている。
誰も住まない部屋は荒れるというからどうしようかなあ……と思っていたところ、タイミングよく浩介達が帰ってくるというので、2人に貸すことにしたのだ。浩介だったら気心もしれているので、私宛の郵便の受け取りもお願いしやすい。それに何より、神経質な二人のことなので綺麗に使ってくれることは確実で安心。
今日は二人とも休みで何の予定もないというので、半ば無理やり二人にも付き合ってもらうことにした。男友達と一緒ならカモフラージュにもなるし、慶君はあいかわらず芸能人ばりの美青年なので、男装した私の浮き具合も軽減されるはず……。
会場の市民ホールに着いたのは、美咲の所属するチームの発表の寸前だった。ギリギリセーフ!
美咲のかわいさは、身内の欲目を除いても群を抜いていた。その証拠に、浩介に「どの子?」と聞かれ、「一番かわいい子」と答えたところ、浩介と慶君は迷いなく二人そろって、12人いるメンバーの中から美咲を指差した。素晴らしい。演劇部に本入部してくれなかったことが本当に悔やまれる……。
最近、美咲は笑顔が柔らかくなったと思う。心が安定してきたのだろう。
夏の初めにトイレで水をぶっかけた件も、先日鈴子にきちんと謝ったそうだ。今さらなんだけど、とちょっと気まずそうに報告してくれた。でも、運動会の衣装の件は、何か裏があるらしく、話してくれない。鈴子も気にしていないというのでこちらから掘り返すつもりはないが、そのうち話してくれることを待つことにする。
美咲と鈴子は学校では接点を持とうとしないけれども、放課後は時々二人で会ったりしているようだ。おそらく、菜々美とさくらとはクラスが別れたら疎遠になるだろうけれど、鈴子とは生涯の友人になる予感がする。
「…………あ」
思わず、眉間にしわが寄ってしまう。
美咲達のステージが大成功のうちに終わり、ようやく落ち着いて綾さんを見つけようと会場を見渡したところ、私達がいる席よりも何段か前の方の席に、綾さん発見! やった!と、思ったのも束の間、元旦那が横に座っていることに気がついた。……ムカつく。
「ちょっと行ってくる」
ボソッと言って立ち上がると、「ケンカしないでよ」と浩介に釘をさされた。ケンカふっかけそうな顔をしているらしい。そりゃ冷静でいられる自信はない。
そーっと近づき、綾さんの後ろの席にコソッと座り、膝に肘をついてパンフレットを読んでいるふりで身を前にかがめて、聞き耳を思いっきりたててみる。二人はこちらに気づく様子もなく何か話している……。
「そうね……名古屋のおじさんからは、去年、健人の入学祝いに10万いただいてるから……」
「げ。10万ももらってたか?」
「そうよ。そういうの全部、ノートに書いてあるから。お祝い返しの内容も全部」
「あーそう……じゃあやっぱり出産祝い送らないとだめかあ。……めんどくせえなあ」
「そんな、せっかくの初孫なんだから……」
…………。
なんか………悔しい……。
生活を共にしてきた家族の会話だ。私の知らない19年の綾さんの話。
どーんと落ち込んでいたところ、ようやく話は終わったようで、綾さんの元旦那が、それじゃあ、と立ちかけた。でも思い出したようにまた座った。
「あの、オレ、正式に籍いれたから」
「あら、おめでとうございます」
綾さんの明るい声。なぜか元旦那はガッカリしたように、
「お前さ……あ、いや、お前なんて言っちゃいけないな」
と、ふううっと大きくため息をついた。
「あのさ……綾」
「はい」
なんだよ。と、こっちがキリキリしてしまう。
「お前……オレとの結婚生活……つらいだけだったか?」
「何言ってるの」
綾さんがクスクス笑っている。ううう……。
「そんなことあるわけないじゃない。あなたと結婚したおかげで、健人と美咲に出会えて、私、とっても幸せだったわよ」
「………やっぱり子供たちのことだけだよな」
「え」
「お前さ……オレのこと、どう思ってた?」
綾さん元旦那の真剣な声。
「オレのこと……少しでも好きだったか?」
「当たり前じゃない。そうじゃなかったら結婚なんてしなかったわ」
う……。ぐさぐさと刺さってくるのを何とか耐えながら聞き耳をたて続ける。
綾さん元旦那がなおも問いかける。
「どこが? どこが好きだった?」
綾さん、間髪入れず、驚きの回答。
「顔」
「え?」
私まで「え?」と聞きかえしそうになってしまった。顔?
「なんだって?」
「顔、よ。顔」
「え? そうなのか? え? 顔?」
「そうよ?」
「顔?」
「ええ」
「……………」
綾さん元旦那。肩を震わせ笑いはじめた。
「そっか、そっかあ……。顔、か。そいつはいい」
「なんで笑ってるの? 何かおかしい?」
「いやいやいや………」
綾さん元旦那、嬉しそうだ。
「じゃあ、少なくともオレは、その点ではお前の期待を裏切ってないわけだな」
「自慢の夫だったわよ? みんなに、綾の旦那さんカッコいいねって言われて」
「そうか……それは良かった」
例えばここで、綾さんが「優しさ」とか「誠実さ」とか答えていたら、元旦那は「変わってしまってごめん」と謝るつもりだったのかもしれない。ところが「顔」と言われたら……、なんとも言いようがない。綾さん、そのことを踏まえて「顔」と答えたのだろうか……。いや、本気の答えな気もする……。
「なんか、母さんまで綾たちになついちゃったみたいだな」
「そうそう。季美子さん、そのうち本当にうちに住むんじゃないかしら」
「そうなったら悪いな。よろしく頼むな」
綾さん元旦那が深々と頭を下げている。
「綾のおかげで、子供たちも良い子に育ってくれて……本当に感謝している」
「私は別に何も。子供たちが良い子なのは血統よ」
「血統?」
綾さんはニッコリという。
「健人の、目的に向かって真っすぐ突き進む強さはあなたに似たのだし、美咲の、明るい社交的な性格は確実にあなた譲り。でも二人とも根本的なところが真面目なのは私の血筋ね」
「………そっか」
綾さん元旦那……愛おしそうに綾さんを見ている。……胃が痛くなってきた。
「ありがとう、綾」
元旦那が綾さんに手を差し出している。
「今後、話は母さんか子供たちを通すようにするよ。二人で話すのはこれで最後にする」
「ええ。そうね」
「幸せに」
「あなたも」
綾さんがふわりとほほ笑み、手を握りかえした。………今、グーでパンチしたい。その手、離させたい。けど、我慢我慢……。
綾さん元旦那が席を離れた。ステージではあまり上手じゃない子たちが一生懸命踊っている。その様子を綾さんはぼんやりとみている。
「…………」
綾さんの隣に席を移る。いきなり隣に座られ、びっくりしたように綾さんがこちらを振り返り、「え」と目を瞠った。
「あか……」
「……………」
綾さんの右手を両手で包み込み、ギューギューギューと握りしめる。
「………なにしてるの?」
「上書き」
にぎにぎにぎにぎ。
「握手してたから、上書き」
「……見てたの?」
「見てたどころか、後ろで聞いてた。ごめん」
「そう……」
綾さんはされるがままでいる。目線はステージに向けたままだ。
「綾さんって、面食いだったんだね。知らなかった」
「そう?」
「…………私の顔も、好き?」
「当たり前じゃないの」
ぎゅっと握り返された手。柔らかい。温かい。
「だって、元々私、あかねの氷の姫の姿に一目ぼれしたのよ?」
「………え?」
一目ぼれ?
「うん。氷の姫の衣装を試着してもらった時にね、すごい感動したの。私のデザインした衣装、あなたが着たら別のものみたいに光輝いて……。あの時がまさに一目ぼれの瞬間だったわ」
「え、そんなこと綾さん今まで……」
「言ったことないわね」
「だって、私がしつこく迫ったからしょうがなく付き合いはじめたんじゃ……」
うふふ、と、綾さんが笑った。
「21年目の真実ってやつね」
「うそ……そんな……」
そんな嬉しいこと、どうして今までいってくれなかったの!!
「そうね。どうしてかしらね」
「どうしてかしらねって……」
「それより」
綾さんが表情をあらためた。
「なんなのその格好。どこの芸能人かホストかと思ったわよ」
「あー……」
まあいいや。一目ぼれの件は今度ベッドの中でゆっくり追求しよう。
「すごいでしょ? これならバレないでしょ?」
「バレてはいないけど、目立つわよ…。そのかつらとサングラスとコート、買ったの?」
「ううん。かつらは演劇部が一昨年使ったやつ。サングラスとコートは浩介から借りた」
「浩介君?」
ちょうどステージが終わり、休み時間に入るアナウンスがかかった。後ろを振り返り、浩介たちに手を振ると二人がこちらに歩いてきた。
「こんにちは」
「お久しぶりです」
二人が頭を下げると、綾さんは口に手を当てた。
「浩介君にはこないだ会ったけど、慶君は20年以上ぶり……よね。あいかわらず天使健在なのね」
そう。慶君はバイト先で「天使」とあだ名されていた。若干老けたものの、今も天使っぽいイケメンぶりだ。浩介はあいかわらずの平均値男だけど。
「でしょー。天使の横にいれば、私も目立たないかなあと思って」
「相乗効果で余計目立つと思うんですけどね」
浩介が言うと、綾さんもうんうんと肯いた。
そう言われてみると、まわりの人がチラチラとこちらを見ているような……
「ママッ」
そこへ、たかたかたかっと美咲が走ってきた。白いフリルのスカートにGジャン。抜群に似合っている。
「美咲」
両手を広げ、美咲を受け止めようとしたところ、美咲は私の前で急ブレーキをかけた。そしてマジマジと私を見上げ……
「あか……っ」
叫びそうになり、ハッと口を押えた。
「ああ、そういうこと……。あかねママだったのね」
小さくぽそぽそと美咲が言う。
「みんながね、芸能事務所の人が来てるって言ってる」
「芸能……事務所?」
「すごいイケメン2人とマネージャーみたいな人がきてるって、裏で噂になってるの」
イケメン2人=私と慶君。マネージャー=浩介。だな。
「おれ、マネージャーかあ……」
浩介と慶君、顔を見合わせ苦笑い。
「それで、今、ママと話してるから、美咲がスカウトされてるんじゃないかって」
「なるほどね……」
みんな想像力豊かだ。
「残念ながら違うわよ。この2人は、ほら、前に話した、今マンション貸してる……」
「あ、海外から帰ってきたっていう、学校の先生とお医者さん?」
美咲は二人にピョコンと頭を下げた。
「こんにちは。佐藤美咲です。いつもあかねママがお世話になっています」
「わーシッカリしてるね」
浩介がニッコリとする。
「桜井浩介です。いつもお世話してます」
「何がお世話よっ。今は部屋貸してるんだから私の方が世話してるでしょっ」
「それはそれ。今日だって突然やってきて、人のクローゼット勝手に漁りはじめて……」
ぐっと詰まる。確かに反論できない…。
「あ、この変装グッツは、先生が貸してくれたのね」
美咲がポンと手を打つ。
「これなら確かにあかねママだってバレないよね。すごいね。あかねママ大変身だね」
「でしょ?! これならもう見に来てもいいでしょ?!」
「うん。いいよー」
美咲はホッとしたようにうなずいた。
「あー良かった。これでもう勉強しないですむや」
「……え?」
私の変装と美咲の勉強になんの関係が……
「え、美咲、そのために外部受けるって言ってたの?」
綾さんの驚いたような声。話が読めない。
「何? どういうこと?」
「美咲、最近妙に勉強してたでしょ? あかねにはまだ言わないでって言われてたんだけど、外部の高校、受験するって言ってて……」
「どうして……」
美咲はケロリとして言った。
「だって中等部と高等部は校舎も繋がってるし、美咲が来年中学卒業したって、あかねママとの関係バレるわけにはいかないでしょ? だから外部の高校にいけば、あかねママもステージ見に来られるようになるかなって思って。ここのダンス教室も中学までだから、高校からは別のところに移るしさ」
「え………」
私のためにそんな……
「美咲だって、本当はあかねママに見にきてほしかったんだよ?」
「美咲……」
えへ。と美咲が笑う。
「でも、今日来てもらえてよかった。美咲、上手だったでしょ?」
「うん。うん。すっごく上手だった!かわいかった!」
思いがつのって、ぎゅううっと抱きしめる。美咲がふがふがともがく。
「ママ、苦しいって」
「うん……」
涙が出そうになる。
小学校の時、一度も演劇クラブの舞台を観に来てくれなかった母。本当は、見に来てほしかった。
中学になって観に来てくれるようになったけれど、賞を取ろうが何しようが、終わってからダメだしばかりされた。見ていた時間が無駄だったと毎回言われた。本当は、褒めてほしかった。
美咲。私、私がしてほしかったことを、あなたにしてあげたい。私が言ってほしかったこと、あなたに言いたい。
「美咲……ありがと。あなたは自慢の娘だわ」
「うんうん。分かった分かった」
私の重い思いなんて露知らず、美咲は私の言葉を軽く受け流すと、
「これから審査発表だから、見ていってね。うち、絶対賞取ってるから!」
元気に腕から抜け出て、駆けだしていった。
空っぽになった腕に、そっと温かい手の感触。いつも支えてくれる優しい手……。
「綾さん……」
「まあ、内部であがるにしても、勉強は続けてほしいわよね」
肩をすくめる綾さんはやっぱりお母さんだ。
審査の結果、美咲達のグループは金賞をもらった。美咲がこちらに向かって大きく手をふっている。
隣に座っていた浩介が小さく、私にだけ聞こえるようにいった。
「……幸せだね。あかね」
「………うん」
小さくうなずく。うん。私、幸せだ……。
***
3月14日。そう。約束の20年後の当日。
美咲が変な気を使って、おばあちゃんと一緒にレディースプランでお泊りに行ってしまったため、綾さんと二人きりで過ごすことになった。
何があるわけでもないのに、変な緊張感が漂う中で食事をし、食後、緊張をほぐそうと、健人さんが持ってきてくれた先日の美咲のダンス大会のビデオをみながらリビングでワインを飲んでいたら、まわりが早く、気がついたら寝ていた。アホだ……。
カチャカチャと食器を洗う音で目を覚ました。もう夜はとっくに明けている。綾さんがかけてくれたであろう毛布にくるまれ、ソファーで眠りこけていた私……。
綾さんの気配を感じながら、もう一度目をつむる。
ああ、20年前の朝も、こんな感じだった……。
洗い物が終わったらしい綾さん。気配が近づいてきた。
「………あかね」
小さな声。頭をなでられる。ゆっくりゆっくりと。
「あかね……」
綾さんの柔らかい髪が頬にかかる。優しいキス……。
ああ、あの時と同じだ……
あの時、このあとに綾さんが言ったんだ……『あかね……
「あかね……大好きよ」
「!」
バチッと目を開けてしまった。今、言った!大好きよ。大好きよっていった!
「やっぱり起きてた」
綾さんがおかしそうに笑っている。
「今、今、今、綾さん、大好きよっていったよね? ねえ、20年前……」
「そうよ。あの時も大好きよって言ったの」
綾さんが軽く、もう一度キスしてくれる。
「やっとちゃんと言えた」
「わー嬉しい! 愛してるも嬉しいけど大好きも嬉しいね!」
綾さんをソファーの上に引っ張りあげて、思いっきり抱きしめる。
「やっぱり『大好き』だったんだ? 大好きって今まで言ってくれたことなかったよね?」
「うん。なんとなくね……今日まで言うの待ってみたの。20年のケジメね」
「うん……」
綾さんの腰を抱いて、その柔らかい髪に顔をうずめる。
「ねえ、綾さん……」
「なに?」
「私も……本当は昨日、聞こうと思ってたことがあるの。酔っぱらって寝ちゃって聞きそびれちゃった」
「うん」
綾さんが優しく微笑みかけてくれる。その瞳を覗き込む。
「ねえ、綾さん……」
20年前、20年後確かめにいく、と言った言葉。
「綾さん、今、幸せ?」
「………」
綾さんは、大きく瞬きをしてから、ゆっくりうなずいた。
「幸せよ。あなたと一緒にいられるんだもの。幸せ過ぎるくらいよ」
「綾さん……」
その大好きな手を包み込む。
「このまま時が止まればいいって感じ?」
「……ううん」
綾さんが静かに首を横に振る。
「止まったら困るわ。だってこれから楽しいことたくさんあるんだもの。ね?」
「………うん」
ぎゅっと抱きしめる。
綾さん。私の綾さん。私の光。
その白い頬を囲み、唇を寄せようとした……ところで。
「ただいまー! ごめーん、早く帰ってきすぎたー?!」
「おいしいパンを買ってきたのよー」
美咲と美咲の祖母・季美子さんの元気な声が上から聞こえてきた。綾さんと顔を見合わせ、吹き出してしまう。
「おかえりなさーい」
「あっれ、何、ここで寝たの? 毛布がある」
「うん。酔っぱらってそのまま寝ちゃった」
「なによーロマンティックじゃないなーせっかく出かけてあげたのにー」
美咲が階段を元気におりながら、ぶうぶう言っている。季美子さんは、とにかくそのおいしいパンとやらを早く見せたいらしい。
「綾さん綾さん、ほら、これ、前に一緒にテレビでみたあそこのパン屋さんよ」
「朝早く並ばないと買えないっていってたあそこの?」
「そうそう。みいちゃんと並んだのよー。早く食べましょっ」
「わあ。楽しみ」
綾さんがてきぱきと朝食の用意をはじめてくれる。
朝の光。白いお皿。おいしそうなパンの匂い。香しい珈琲の香り。
「いただきまーす」
食卓を囲む家族の笑顔。
「あ、これ、2種類あるのね。みんなで半分こずつにしましょうか」
「うんうん。切って切ってー」
おいしい物を分け合える幸せ。
「はい、あかねの分」
「……ありがと」
愛する人がそばにいてくれる幸せ。微笑んでくれる幸せ。
20年前には想像もできなかった20年後の幸せな世界。
次の20年後も、きっと、幸せは続いている。光彩の中で。
<完>
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以上。終了です。長くなっちゃった。
ああ、寂しい。終わっちゃった。
あかねが実母につけられた心の傷は、綾さんと美咲が癒していってくれることでしょう。
ちなみに、20年前の別れの話はこれ→
風のゆくえには~光彩4-1
そして、このまま時が止まってしまえばいい、と言っていた話はこれの終わりの方→
風のゆくえには~光彩4-4
でした。時が止まってしまえばいい、という思いって切ないよね。
明日も明後日もくるのが楽しみっていう日常が二人のもとにもやってきました。
さて。浩介の方は……どうしますかね。
書くのはまだ早いかな。なので、しばらくお休みします。
たぶんまた我慢できなくなって落ちもなにもないR18話を書くかもですが。
あかねと綾さんに関しては、もう自分の中では完全に完結したので、続きをかくことはないと思います。(浩介の話のときに、あかねは登場しますが)
書くとしたら、日本で同性婚が認められるようになったとき、ですね。
上記の朝は、今年(2015年)の3月15日でした。彼女たちもリアルタイムで歳をとっていくので、おばあちゃんになってしまう前に書けたらいいなあ。
渋谷区では同性パートナーシップ条例が成立しましたが、あいにく二人は渋谷区住民ではないので関係ありません。
シェアハウスは東京にほど近い側の横浜市にあります。
美咲は父親の戸籍に入っているので、佐藤のままです。なので、三人とも名字が違うという……。
上記話の中で、入学祝いやら出産祝いの話が出てきますが……
結婚ってそうなんだよね。恋愛や同棲とは違うのがそこ。親戚付き合いとか絡んでくるの。
惚れたはれただけではやっていけない現実がそこにはあります。
きっと綾さんはしばらく佐藤家のそういうことの面倒みさせられると思う……。
季美子さんは近々本当に引っ越してきます。
その方が家賃負担してもらえるから、ラッキーといえばラッキー。
季美子さん、家事をやりたくない人なので、その分多く食費を払うことになりました。
あかねと綾の部屋は隣同士。季美子さんの部屋とは玄関トイレ洗面台を挟んでいるため結構離れており、美咲の部屋は一階です。
なので、あかねはたいてい休日前の夜はこっそりと綾の部屋に入り浸っています。
そんな感じで、二人は今、幸せに暮らしているし、これから先もずっと幸せに暮らしていると思います。
お幸せに!