創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

窓越しの恋(4/10)

2008年12月31日 18時41分08秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 三十八歳の誕生日は日曜日だった。十年前に約束した日がもうきてしまった。
「どこに行きたい?」
 夫に聞かれた。行きたい場所、特にない。行ってはいけない場所ならある。十年前に約束をした噴水。今もあるだろうか。
「別にないよ」
「そういうと思ったから、もう予約したよ」
 差し出されたチラシを見て、固まってしまった。例の噴水のある駅が最寄り駅となっているレストランだったのだ。
「こ、ここ?」
「前にこの駅の近くに住んでたことあるって言ってたよな? 懐かしいだろ? ここのレストラン、プレイルームがあるから、子供達も遊べるし、いいかと思って。ワインもおいしいっていうし、車じゃなくて電車で行こうな。二十分くらいで着くだろ」
「う……」
 色々な思いが渦巻いて、めまいがしてきた。
「アヤカ、ユイ、今日はお出かけするぞ」
 子供達の歓声が遠くに聞こえる。
「……いるはずない」
 いるはずない。あれから十年だ。彼は高校を卒業してから、アメリカに留学したと噂で聞いた。たくさんの出会いがあっただろう。私の過ごした十年とは桁違いの経験をしただろう。きっと忘れている。ひと夏一緒に過ごしただけの、十歳年上の女の誕生日なんて。
 出かけるためにメイクをはじめる。鏡に映る疲れた顔。いくら誤魔化そうとファンデーションを塗りたくっても誤魔化せない歳。
「……会いたくない」
 心から思った。彼の中の私は、十年前のままでいい。十年前のままがいい。

 久しぶりに降り立った駅は、十年前とはまるで違っていた。駅舎の建て直しがあったようだ。駅横のアイスクリーム屋もたい焼き屋に変わっていた。アヤカが「食べたい!」と指をさし、夫を困らせている。
 十年前、あのアイスクリーム屋で三段重ねのアイスクリームを買い、そして……。
「……ないじゃん」
 噴水のあった場所は、バスターミナルになっていた。
「何がないんだ?」
「ここ、噴水があったのよ。結構大きな……」
 ふ、とおかしくなってきた。やはり十年は長い。無くなるもの、変わっていくものばかりだ。私も変わりすぎるほど変わった。
「ユイ、ベビーカーに乗せるか?」
 夫にベビーカーを渡され、抱っこしていたユイを座らせる。そして、先を歩いていった夫とアヤカの姿を探そうと、顔を上げたときだった。
「サエコさん?」
「!」
 ぎゅうっと頭を何かに掴まれた感じがした。振り返ってはいけない、と頭の中で誰かが言う。でも、振り返ってしまった。心がその甘美な声の響きを求めてしまったから。
 目の前に、彼がいた。記憶の中の彼より、背は少し高く、髪は少し短くなっている。白のサマーセーター。濃い色のジーンズ。もう少年ではない。でも、確かに、彼だった。瞳の色だけは少しも変わっていない。
「……シュウ、くん」
 かろうじて、声はでた。でも口の中が乾いてそれ以上なにも言えない。駅前の喧騒も消え去り、長い長い沈黙だけが残った。
「えーと……」
 でもきっと、そう思ったのは気のせいで、たいして沈黙は流れなかったのだと思う。シュウは十年前と同じ無邪気な瞳で、ベビーカーの中のユイをのぞきこんだ。
「息子さん?」
「娘!ピンク着てるのになんで息子なの!」
 瞬時に言い返して、顔を見合わせた。ぷっと吹き出すシュウ。
「変わってないね。サエコさん」
 サエコさん。サエコさん……。甘い響き。めまいがする。どれくらいこの声が好きだっただろう。どれくらいこの唇を愛しただろう。どれくらい……。
「ママ~? どうしたの~?」
 はっと我に返った。アヤカが走ってくる。夫がその後ろからゆっくりと歩いてくる。
「旦那さん?」
「……うん」
 気まずさを心の中に押し込めて、走ってきたアヤカを受け止める。
「こんにちは!」
 幼稚園に入ってから、アヤカはすっかり挨拶が上手になった。
「こんにちは!」
 シュウがつられたように元気に挨拶を返してくれる。アヤカが嬉しそうに笑う。
「ママのお友達?」
「違うよ。お友達じゃないよ」
 シュウがアヤカの前にしゃがみこんだ。目線を同じにしてくれている。
「お友達じゃないなら、なに?」
「なんだと思う?」
 シュウは笑いながら立ち上がり、そばにきた夫に向かって軽く会釈をした。
「サエコさんには昔、ファミレスのバイトでお世話になりまして……」
「ああ、そうなんですか。どうも」
 余所向けの笑いを浮かべた夫は妙に大人に見えた。二十八歳のシュウは大人になってはいたけれど、四十歳を過ぎた夫と比べれば、まだまだ子供のようだった。
「今日ママの誕生日なんだよ! だからレストランでお食事するの!」
 アヤカが飛び跳ねながら夫の手を掴むと、
「早く行こ! お兄ちゃんバイバイね!」
 苦笑する夫を引っ張って、先に進もうとしはじめた。夫が「じゃあ」とシュウに頭を下げて歩いていく。
「サエコさん」
 ふっとシュウが笑った。
「幸せそうだね」
「………」
 切ない。この感情は『切ない』という言葉が当てはまる。
「ママ~早く~」
 アヤカの声。シュウに軽く頭を下げて、夫とアヤカの元に歩き始める。ユイを乗せたベビーカーを押しながら、出来るだけ颯爽と歩く。シュウの視線を背中に感じている間は、少しでも綺麗に歩きたかった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

窓越しの恋(3/10)

2008年12月30日 07時21分23秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 そう。私は幸せなのだ。
 三十二歳の時に今の夫と知り合い、半年後に結婚した。夫は、私が思い描いている『平凡で幸せな家庭』を一緒に築いていけると確信できた、初めての人だった。信じた通り、私は平凡な専業主婦になれた。一円でも安いモノを探してスーパーのハシゴをし、月に一度、ママ友と贅沢ランチをする普通の主婦。
 仕事の忙しい夫は、毎日子供達が眠ってから帰ってくる。でも、休日はよく子供達と遊んでくれ、子供達もとても父親に懐いている。夫の最大の良いところは子煩悩なところだと思う。
 では、悪いところは?
「言えないよね~」
 言うと、ユイがアハハと笑う。ユイの笑顔は夫にそっくりだ。子供達はびっくりするほど夫に似ている。不思議なものだ。面倒なだけのセックスの後に、こんなに素敵な贈り物が産まれてくるなんて。
 だからこそ、今するセックスが余計に無駄に思えるのかもしれない。三人目は作らない予定なのだ。だからセックスをしても意味がない。もう贈り物はいらないのだから。
 でも、困ったことに夫は性欲がとても強い。二日に一度は相手をさせられる。内心ゲッソリしてしまう。この性欲の強さと、少々短気なところさえなければ、本当に文句のない夫なのに……。
 そんな時、ふと、彼とのセックスを思い出すことがある。しなやかな体躯。仰け反る顎。腿につたう唇の柔らかさ。甘美な接合。吸い付くようにゆっくりと動く腰。快楽の頂点で悲鳴を上げる。私達、溶け合っている……。
 そこまで思い出して、激しい自己嫌悪に陥る。こんなことを思い出すなんて、私達のために遅くまで働いて、疲れて帰ってくる夫に申し訳ない。夫のセックスが他の男性と比べてとりわけ悪いわけではないのだ。ちゃんと感じる時だってある。彼とのセックスが特別すぎただけなのだ。彼との経験さえなければ、夫とのセックスも、もう少し割り切ることができるのかもしれない。
 私が少し我慢すればいい。そうすればこのまま幸せな生活が続くのだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

窓越しの恋(2/10)

2008年12月29日 08時53分33秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
「ナナちゃんママ、オメデタなんだって」
 アヤカを幼稚園に送りに行った帰り道、同じクラスのコウ君ママが教えてくれた。
「え、下の子、まだ6ヶ月だよね?」
「うん。偉いよね~。出産早々に旦那の夜の相手してあげてるってことでしょ。アヤカちゃんママのとこは三人目は? やることやってる?」
「んー、やってるっていうより……」
「ちょっとあんた達、朝っぱらから下ネタ?」
 ミオちゃんママが笑いながら話しに入ってきたので、出かけた言葉を止められた。
 今、うっかり本音をいうところだった。「やってるっていうより、やらされてるよ」

 小さい頃から、人と肌が触れあうのが嫌いだった。女の子同士で手を繋いでいる同級生達を、不思議に思ってみていたものだ。
 高校生になって、普通に恋をして男の子と付き合うようになったけれど、やはりベタベタするのは好きではなかった。話をしたり、一緒に映画を観たり、時間を共有するだけで十分なのに、どうして触れようとしてくるのだろう。まわしてきた腕をはねのけたことが原因で、初めての彼とは三ヶ月で破局した。
 その後もその感覚は変わらなかった。一応、結婚するまでに何人かの男性と付き合った。恋はするのだ。一緒にいたいとも思う。セックスも、感じることもある。
 でも、自分からしたいと思ったことは一度も無かった。一人の男の子をのぞいては。
「ユイ、公園に行こうか」
 駅近くの公園からは、以前に働いていたファミリーレストランのチェーン店が見える。窓越しのキス。自分から触れたいと思った唯一の男の子。
 彼の腕はとても白くて細かった。彼とは溶け合うように一つになれた。
「サエコさん」
 彼の声はいつでも甘く響く。嫌いだった自分の名前が好きになった。
「オレ、今日で十八歳になったんだよ。だからセックスしよ!」
 彼がアルバイトに来はじめて、ちょうど一週間目の日。「夕飯食べに行こう」というのと同じ軽さで、彼が言った。仕事が終わって、店を出たときだった。まだ四時だったので、夏の空は高く青かった。
「なんで?」
 呆れて振り返ると、彼はにっこりと言った。
「だって、サエコさん、『十八歳未満に手を出したら淫行条例に引っかかる』って言ってたでしょ。オレ今日から十八。もう大丈夫だよ」
「それは……」
 君がしつこく食事や映画に誘ってくるから、その断りのために言ってたのよ。どうしてそこからセックスにまで話が飛ぶのよ?
「だって、したいんだもん」
 あっさりと言った彼の唇が、あまりにも無防備で……。それだけで十分だった。もう降参だ。
「じゃ、うちくる?」
 言うと、彼は「ワン!」と言った。犬みたい。振っている尾が見えるようだ。
 夏の間だけの短い恋だったのに、ずいぶん長い時間を一緒に過ごしたような気がする。
 八月の終わりの、私の二十八歳の誕生日も、一日中一緒に過ごした。
「二十八かあ。重いなあ……」
 駅前の噴水を囲む石に並んで座って、三段重ねのアイスクリームを食べながらつぶやくと、彼は首をかしげた。
「二十八って重いの? オレもあと十年したら二十八になるんだけど」
「重いよ。十年後には分かるよ」
 そう。そして、君が二十八になるときには、私は三十八になる。
「十年後もこの噴水あるかな」
「あるんじゃないの?十年前にもあったし」
「じゃあ、約束」
 おもむろに彼は立ち上がって言った。
「十年後、重いと思うか重くないと思うか、この場所で答えるよ」
「…………」
 ふいに胸をつかれた。この恋が終わることを感じた。十八歳の少年にとってのこれからの十年と、二十八歳の私にとってのこれからの十年は、あまりにも違いすぎる。もう、潮時だ。夏休みはもうすぐ終わる。九月から彼は高校生に戻る。大学付属の高校なので、来春から大学生になることも決定している。
「ね、うちくる?」
「ワン!」
 無性に彼を抱きたくなった。彼を少しでも多く体に刻みたかった。彼の快楽と苦痛の間で揺れる表情を、瞼の裏に焼き付けたかった。
つーっと彼の指に耳をなぞられ、快感のあまり仰け反ってしまう。
「感度良好」
 くくく、と笑いながら彼が言う。
「バカ」
 軽くこづきながら、幸せを感じる。もうすぐ終わる、満ち足りた時間。幸せな時……。
「……ユイ、もしかしてウンチしてる?」
 ベビーカーの中でユイが赤い顔をして踏ん張っている。聞くと、口を真一文字に結んだまま、こくりと肯いた。その真剣な顔が面白くてついつい笑い出してしまう。
 私、今も十分幸せだ。


----------------------------------


引き続きお読みくださりありがとうございます。
(初めてお立ち寄りくださった方、はじめまして、です。
これからよろしくお願いいたします)

以前書いたものはすべて非公開にしていたのですが、
一つだけというのも寂しいので
直近の一作品だけ公開にしました。。。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

窓越しの恋(1/10)

2008年12月28日 11時30分25秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 部屋の片づけをしていたら、一冊の本が目に止まった。十年前に購入した本。昔の恋人を忘れられずに生きている男女の物語。五十万部以上売れて、映画化もされた。
 初めの一行を読んだだけで、十年前に引き戻された。映画にはその時付き合っていた男の子と一緒にいった。十八歳の男の子。当時私は二十八歳だった。歳の差十歳。今、彼は当時の私と同じ歳になっているはずだ。
 そして私はもうすぐ三十八になる。

『窓越しのキスしよ!』
 彼の顔を思い浮かべると、必ず一緒に出てくる、癖のある子供っぽい文字。
 当時、私はファミリーレストランで正社員として働いていた。彼は夏の間だけのアルバイトだった。
 開店前、外の窓ふきをしていた彼が、窓辺のテーブルのセットをしにきた私に、紙を広げてみせたのだ。
(家でわざわざ書いてきたのかな?)
 真面目に書いている姿を想像して、思わず笑ってしまうと、彼は「ウー」の口に人差し指をあててみせた。
「ばーか」
 ピンっと窓をはじいてやると、今度は本当にガラスに口をつけてきた。かわいらしい、幼い唇。
 私は周りを見渡して、誰もいないことを確認してから、そっとガラスに口づけた。
 今でも鮮明に思い出す、窓越しの彼の唇。無邪気な瞳。甘えた声。細い腕。
 そのころの記憶で体の隅々まで埋め尽くされる……寸前に。
「あ、泣いてる」
 慌てて和室で寝ているユイのところに戻る。一歳になったばかりのユイは、一晩に最低でも三回は起きて、この世の終わりとばかりに泣き叫ぶ。
「大丈夫よ。ママいるよ」
 抱っこしてリビングに移動する。一緒に寝ているアヤカを起こさないためだ。
 同時にバタンッと勢いよく寝室のドアが閉まる音が聞こえた。イライラした音。夫が起こされた不愉快をドアに当てたようだ。
(夜泣きなんだからしょうがないのに)
 夫の心ない行動が腹立たしい。明日も仕事だし、寝不足になるのを気にして不機嫌になるのだろうけれど……。
「だったら、さっさと寝ればいいのに」
 思わず口に出してしまう。
 意味のないセックスをする時間を睡眠時間に変えればいいのに。そうしたら私も、こんな時間に部屋の片づけをすることもなくなるのに。本の一冊も読めるかもしれないのに。思い出に浸る時間もできるかもしれないのに。



---------------------

7ヶ月半もの間、まったく更新していなかったのにもかかわらず、
アクセスしてくださっていた方々、本当にありがとうございます。
ご期待にそえるかどうか自信はありませんが、
これから10日ほど更新させていただきます。

初めて見に来てくださった方、初めまして、です。
これからどうぞよろしくお願いいたします。


突然、深夜に思いつき・・・
夫が出張で二晩いなかった隙に、一気に書いてしまいました。はい。

これから10日間、よろしくお願いいたします。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする