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BL小説・風のゆくえには~グレーテ22-2

2018年06月29日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


「チヒロ……かわいいね」

 耳元でささやかれた声に、体中の力が抜けてしまった。真木さんの優しい声。チヒロって。かわいいって。もう溶けてしまいそう……

「シャワー浴びようか?」
「あ」

 うっとりとしていたけれど、続いた優しい声にハッとした。
 そうだ。真木さんはいつも、部屋に外の空気を持ち込みたくないっていって、僕が来るとすぐにシャワーを浴びるように言ってたんだった。

「すぐ浴びてきます」
「急がなくて大丈夫だよ。っていうか………一緒に入ろうか」
「え」

 真木さんの瞳にドキンとなる。そんなこと今まで一度もしたことない。ああ、でも………

「でも真木さん、僕、準備をしないと……」
「準備? ああ……」

 真木さんはスルリと僕の腰から腿のあたりに手を下ろしてきて、首をかしげた。

「いつもちゃんとしてるんだ?」
「はい」

 コクリとうなずく。

「いつもはコータがしてくれるんですけど自分でしたこともあるのでコータみたいに上手にはできないかもしれないけど頑張ってみ……、ぁんっ」

 いきなり、お尻を鷲掴みにされて、声が出てしまった。

「や………、なに、真木さ………っ」
「あのね、チヒロ君」

 いやらしく触りながら、真木さんが言う。

「こういう時に他の男の話をするのはNGだよ」
「え………」

 真木さん、なんか怒ってる?

「他の男って、コータは友達……」
「友達は普通、セックスの準備なんかしないし、セックスもしないから」
「…………っ」

 服の上から、大きくなりかけていたものをぎゅっと握られて仰け反ってしまう。

「君のその貞操観念の低さ、矯正しないとね。まあ俺も人のこと言えないけど、俺は自覚あるから。君は無自覚でそれだから困る」
「困るって……あ、んんっ」

 いつの間にベルトを外され、チャックを下げられていた。押し込められていたものが解放されて、のびのびとそそりたつ。

「あ…真木さ……っ」
「触ってほしい?」

 違う生き物みたいにのびあがったそれを、人指し指だけでツーッと撫でられて、ブルブルっと震えがきてしまう。

「あ……、触ってほし……」
「………。ふーん。そんなことも言うんだ?」
「……え、あ」

 両脇の下に手を差し入れられて、軽々と持ち上げられ、真木さんの膝の上から下ろされてしまった。そして座ったままの真木さんに真面目な顔で問われた。

「今日はすごく積極的だね? どうして?」
「どうしてって………、んんっ」

 真木さんが人指し指でぐちゅぐちゅと汁の出てくるところを弄ってくるから、腰が砕けてきて立っているのがやっとだ。でも、真木さんは怖いくらいの真顔で聞いてくる。

「実はチヒロ君って、他の男にはいつもこうなの?」
「? こうって……」
「こうやって、自分から誘ってるの?」
「! ちが……っ」
 
 慌てて首を振る。
 そんなこと一度もない。……って言いたいけど、さっき、他の男の話はNGだって言われたから、言えない。言えることは………

「僕、真木さんと、恋人でいたいから……だから……っ」
「……………」

 何とか絞りだした言葉に、真木さんはピタッと指を止めた。

「……………ふーん」

 しばらくの沈黙の後、真木さんはなぜか満足そうに微笑むと、おもむろに立ち上がり、

「その答え、気に入った」
「え」

「じゃ、恋人らしいこと、しよっか?」
「え、わ……っ」

 僕が驚くのも気にせず、僕のことを軽々と横抱きにして、シャワー室に向かっていった。
 


**



 中途半端に脱がされていた洋服を全てあっという間に剥がされて、気がついたら何も身に付けずにシャワー室の中の全身が写る鏡の前に立たされていた。真木さんはまだバスローブを羽織ったままだから、なんか、変な感じだ。

「……綺麗な色してる」
「え………?」

 後ろに立って、包み込むみたいに腰のあたりから手を出した真木さんが、僕のものをユルユルとしごいてくれながら言った。性急じゃない優しい手が、ふわふわと気持ちいい。

「チヒロ君って、普段、自分で抜いてる?」

 抜いてるって……、ええと……

「自分では、してみせてって言われた時しかしなくて、それも僕は上手にできないからいつも途中からコータが………、あ」

 コータの名前を言ってしまって、慌てて口を閉じる。コータの話はしちゃいけないんだった。

 でも、真木さんは先ほどと違って気分を害した様子もなく、「ふーん……」と肯きながら、納得したように言った。

「だからこんなに綺麗なのかな」
「…………」

 綺麗? 鏡にうつる自分のものを見てみても、自分ではよくわからない。

「君は性欲が薄いんだろうね」
「薄い?」
「そう。その若さで、自分でしないって、珍しいと思うよ?」
「そう……ですか?」

 そうなのかな? 僕は友達がコータしかいないから他の人のことは分からないけど……、今まで、自分からしたいって思ったことはない。でも……

「でも、そんな君が今日はこんなにやる気なのはどうして?」
「………ぁっ」

 ぎゅっと強めに握られ、ビクッと震えてしまう。

 真木さん、だって、だって、それは……

「だって、だから、真木さん……」
「俺としたいから、だよね?」
「………んっ」

 亀頭の部分をクルリと撫でられて、足がカクンとなった。でも、真木さんの左腕がしっかり腰を抱いてくれている。

 真木さんは何だか楽しそうにクスクス笑いながら、やっぱりユルユルと触ってくれていたけれど、

「どうしようかなあ……」
「え」

 急に手を止めて、ボソッとつぶやいた。振り返ると、真木さんは頬に軽くキスをくれて、

「何だか………もったいない気がしてね」
「もったいない?」
「そう」

 すっと真木さんの目が細められた。

「チヒロ君………自分でしてみて?」
「え」

 自分で?

「でも………」

 それ、僕、できないってさっき言ったのに………

「見ててあげる」
「………………」

「俺の前でだったら出来るよね?」
「………………」

 真木さんの命令に慣れた声。

「それが出来たら次のステップに進もうか」
「……………」

 すっと一歩、真木さんが後ろに下がった。途端にひやっと寒くなった気がする。

「………………はい」

 鏡越しの目に促されて、自分で持ってみる。
 鏡にうつった僕のもの………。さっきまで、真木さんの手の中で固く、気持ち良さそうにヨダレを浮かべていたのに、今は、へにょんと力を無くしている。………やっぱり無理だ。

 でも頑張って手を揺らして固くしようとしてみた。でも、どうしても少しも固くなってくれなくて………

(これが出来たら次に進むって……)

 逆を言えば、出来なかったら次に進まないってことだ……

(僕、恋人延長取り消されちゃう……)

 そう思ったら怖くて悲しくて涙が出てきてしまった。

 でも、頑張らないと。頑張って自分で出来ないと。それなのに、全然固くならない。小さいままだ。どうしよう。どうしよう………

 頭が真っ白のまま、何分くらいたっただろう。

「………チヒロ君」
「!」

 ふいに、耳元で優しい声がして、真木さんの手が後ろから伸びてきた。ぎゅっと抱きしめてくれる温かい腕……

「ごめん。泣かせるつもりはなかったんだけど………」

 安心できる温もり………

「一緒にしてみようか?」
「………一緒に?」
「うん」

 重ねられた手が、僕の手を操るようにして、ゆっくりと上下をはじめる。

「チヒロ君、鏡見て?」
「……………」

 少しだけ大きくなってる……

「気持ちよくなっていくところ、覚えて?  強さは? このくらいがいい?」
「ん……っ」

 ちょっと強めに握られて、ドクンと自分の手の中のものが力を持ったのが分かった。そのまましごかれて、確実な固さを作っていく。

「指でここ………ほら、ヌルヌルしてるの、分かる?」
「………ぁん」

 先を刺激され、ビクッとなり、指先からも快感が走って思わず声が出てしまう。

「可愛いね」
「……っ」

 チュッと後ろから耳にキスされて、ゾワゾワッとなる。

「真木さん……」
「ん?」

 チュッチュッとわざと音を立てながらうなじにキスをくれる真木さんが鏡越しに見える。

 真木さん………真木さん。

「真木さん。真木さん………」
「なに?」

 ちょっと笑った真木さんと鏡越しに目が合う。途端にドキンとなる。

 真木さん………。今、すごくすごく思う。

「真木さん」
「うん」

「真木さん……」
「なに?」

「真木さん」

 ずっとずっと真木さんに包まれていたい。だって。だって………

「好きです」
「え」

 ビックリした真木さんの方を振り返り、鏡越しじゃなく、直接、伝える。

「僕、真木さんのことが、大好きです」
「……………」

 真木さんは、綺麗な瞳をパチパチとさせてから………

「………チヒロ」

 そういって、ぎゅうっと抱き締めてくれた。



 結局この日は、真木さんが僕のことを抜いただけで、それ以上のことはしなかった。

「なんかもったいないから」

と、真木さんは再び言っていた。

「続きは今度ね」

 そう言っていたのに………


 真木さん。どうして?


 

---


お読みくださりありがとうございました!
本当は前回、ここまで書く予定だったのでした。皆様も体調管理にはくれぐれもお気をつけください。
次回、火曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます。おかげさまで書き終わることができました!!よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ22-1

2018年06月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


『恋人、延長する?』

 気がついたら、言ってしまっていた。

 今思えば、この2週間ほどチヒロと会うのを避けていたのは、このセリフを言ってしまうと自分で分かっていたからかもしれない。

 でも、だからこそ、これ以上の関係に進むべきではないと思う。………それなのに。

『前に真木さんが僕を太らせてから食べるっていってたから最近頑張ってご飯食べて……』

 チヒロの言葉に軽い目眩をおぼえた。

 俺に食べられるために頑張ってる、だって?

(チヒロはこういうことには淡泊だと思ってたのに)

 今までこちらから仕掛けても気がつきもしなかったじゃないか。………ああ、でも……

(変わったのかな……、と)

 エレベーターの中で、太股に感じたチヒロの猛りを思い出して、自らも熱くなりそうになり、慌てて思考を止める。

「………困ったなあ」

 思わず声に出して言ってしまう。
 チヒロのことになると、俺はいつも困ってばかりだ。



***



 深夜にやってきたチヒロは、部屋に入るなり、

「真木さん……」
と、目をウルウルとさせて抱きついてきた。そのまま、ぐいぐい押してきて、気が付いたらソファーに座らさせられていた。こんな積極的なチヒロ初めてだ。

「チヒロ君?どうし……」
「さっきの続きがしたいです」
「………」

 ああ、さっきのキスの続きか……。でも、だから、それは……

「チヒロ君、それは……」
「真木さん」
「……っ」

 すいっとチヒロの唇が、唇の端に下りてきた。遠慮がちに、軽く触れるだけ。それが余計にそそられる。

「真木さん……」
「…………」

 ジッと見下ろしてくるチヒロの瞳。透明で……でも、奥の方にほんの少し熱がある。俺を欲しがっている熱……

(あー……困ったな)

 いや……、困っている場合じゃないか。こんな瞳をした子を放っておくなんてできるわけがない。

「チヒロ君……する?」
「……っ」

 腰を掴んで、俺の下半身の上に座らせ、密着しながら少し揺すってやると、正直に「んっ」と声を漏らしたチヒロ。そのあまりの可愛さに、くらくらしてきてしまう。

「チヒロ………」
「………っ」

 なんだ。こんな色っぽい顔もできるんじゃないか。今までのあの素っ気なさはなんだったんだ。

「……かわいいね」

 抱き寄せて耳にキスをすると、チヒロは大きく息を吐きながら、くったりと俺にもたれかかってきた。





---


お読みくださりありがとうございました!
って、短!
すみません。風邪を引いてしまい、咳が止まらず絶賛腹筋強化中でして……。とりあえず書けたところまで💦
皆様もどうぞお気をつけてください。

次回、真木さんのSっ気が出てきそうな予感……。
金曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
朦朧とする中、どれだけ励まされたことか分かりません。ありがとうございました!今後ともよろしければどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ21

2018年06月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 真木さんと1階のエレベータホールで別れてから、再び職場の会員制バーに戻ると、環様が僕に向かって手招きしているのが目に入った。慌てて、でも静かに、サッと隣にいく。と、耳元で小さく囁かれた。

「ヒロ君、色気だだ漏れだよー? 何かあったのかなー?」
「え」

 何かって……
 ニコニコしている環様。でも、こういうことは言っちゃダメなので言わない。環様のおかげで真木さんと約束できたけど……

 と、言うのは。
 さっき、環様と一緒に食事をしていた真木さんが、急にお店を出て行ってしまって、

(真木さん、帰っちゃった……)

 仕事中なのに、真木さんのことをずっと目で追ってしまっていたら、いつの間に、環様が僕の隣にいて、

「ヒロ君、これ、さっきの私のツレに渡してきてくれる?」

と、封筒を差し出してきたのだ。

(ツレ……真木さんのことだっ)

 即座に近くにいたフロアマネージャーに目をやると、軽く肯いてくれたので、「かしこまりました」と、受け取って、サッサッサッと店から出て……、それから猛ダッシュした。

(真木さん……真木さんっ)

 曲がってすぐのエレベーター。閉まりかけてるドアの中、真木さんの姿が見えた。

(真木さんっ)

 手を伸ばして、ドアの間に手を挟んで、力任せに横に押すと、ドアが開いてくれた。途端に、ふわっと、胸が締め付けられる匂いがしてきた。真木さんの匂い……

(真木さん……っ)

 衝動的に思いっきり抱きつく。と、真木さんがビックリしたみたいに「なんで」って言いかけた。言いかけたけど、その続きは、ギュウッて抱きしめてくれることに変わった。

「チヒロ君」
「はい」

 見上げると、ふわっとオデコにキスされた。それと同時にドアが閉まった。

「会いたかったよ」

 優しい優しい声。大好きな真木さんの声。

「はい。僕も会いたかったです」
「そう………」

 エレベーターがおりていく感覚と一緒に、唇がおりてくる。

(真木さん……)

 会いたかった。ギュウッてされたかった。こうしてキスして欲しかった……、と、……え?

(何?)

 戸惑って離れそうになったところを、頭の後ろをおさえられて逃げられなくなった。

(?!)

 いつもと全然違う。いつものキスは、軽く触れるとか、啄むとか、そういう優しい優しいものだったのに。

「……んっ」

 強引にこじ開けられて、舌を絡められて、唇を吸われて……

「…………っ」

 こういうキス、他の人とはしたことあるけど、その時はこんな風にならなかった。

 体が熱い。中心が疼いて我慢できなくて、真木さんの太腿にくっつけると、真木さんが腰を抱いてくれて、ますます強く押し付けるようにしてくれて。このままじゃ僕……

 と、思ったら。

「着いたよ」
「え?」

 すっと体を離されて、よろめいてしまった。と、チンッと間が抜けた音がしてドアが開いた。

「あ……」

 エレベーターの中だって忘れてた………

 ドアの前に立っていたカップルと入れ替わりに、真木さんに支えてもらいながらエレベーターから出る。ちゃんと歩けない。腰が砕けるってこういうこと言うんだって初めて知った。

「……真木さん」

 奥の柱の陰に隠れるように立って、あらためて真木さんの名前を呼ぶ。真木さんが頭を撫でてくれる。真木さんが目の前にいる。真木さんの名前を呼べる。それが何より嬉しい……
 
「チヒロ君、それは?」
「あ、そうでした」

 環様から預かった封筒。真木さんに言われるまで手に持っていたことも忘れていた。

「環様に真木さんに渡すよう言われました」
「環さんが?なんだろう?」

 受け取った真木さんが封筒を開けたけれど……中身は空っぽだった。真木さんも眉を寄せている。

「入れ忘れでしょうか? 僕、環様に聞いて……」
「いや、いいよ」

 行きかけたけれど、腕を掴まれ止められた。

「もしかして……チヒロ君、俺のこと何か話した?」
「話してません」

 ぶんぶんと首を振る。

「職場ではプライベートなことは一切話してはいけないと言われています」
「そう……。だからさっきも俺のこと知らないっていったんだ?」
「はい」

 コクリと肯く。本当は真木さん真木さんって何回も話しかけたくなったけれど、ずっと我慢してた。
 真木さんは「そっか」とふっと笑うと、

「それじゃ、しょうがないけど……」
「?」

 言葉を止めた真木さんを見上げる。と、真木さんは、また、ふっと笑った。

「知らないふりをされて、とても悲しかったよ?」
「………」

 きゅっと胸のあたりが締めつけられる。真木さん……

「僕も……知らないふりするの、とてもつらかったです」
「そう」

 真木さんが優しく頬を撫でてくれる。

「真木さん……」
「ん?」

 真木さんの瞳……今までと変わらない。けど………今日はもう4月。恋人の約束は昨日までだ……

「もう4月なので、会えないと思ってました」
「………あー……」

 真木さんは長く「あー」と言ったあと、

「それ………、どうしよっか」
「え?」

 苦笑い、みたいな顔になった真木さん。苦笑いのまま言葉を継いだ。

「恋人、延長する?」
「え?!」

 いいんですか!?

 思わず叫んだら、真木さんは「大きい声、珍しいね」と頭を撫でてくれて、優しく言ってくれた。

「君がいいなら、延長しようかな?」
「はい!もちろんいいというか僕はずっと真木さんと恋人で…………、あ」

 言いかけて思い出した。

 僕は恋人だったのに真木さんとエッチをしたことがない。それは、3月末までの試用期間だからなのかと思っていたけど、先日真木さんに、試用期間ではないと言われた。だったらなんでしなかったのかって考えて………一つの結論にいたったのだ。

 それは、僕が痩せてるからだ、と。

 前に言われたことがある。真木さんはお菓子の家の魔女で、僕を太らせてから食べようと思ってるって。その食べるっていうのはきっとエッチするってことで。だから、さっきのキスの続きをしてもらうには……

「チヒロ君?」
「あの……」

 きょとんとした真木さんの手を掴んで、僕の腰のあたりにあててもらう。

「僕、こないだ体重計に乗ったら少しだけ太ってました」
「………え」
「前に真木さんが僕を太らせてから食べるっていってたから最近頑張ってご飯食べて……わわわ」

 脇腹をくすぐられて身をよじってしまう。

「真木さん、くすぐったいっ」
「うーん………」

 真木さんは人をくすぐっておきながら、ものすごい真面目な顔をして、ポツリといった。

「そこらへんの話も、ちゃんとしよう」
「え……」

 ちゃんと、する?

「今日、いつものホテルにいるから、仕事終わったらおいで?」
「はい。あ、でも」
「何時になってもいいよ? 待ってる」
「………」

 待ってる。待ってるって……。なんて甘い響きだろう。

「行きます。終わったらすぐに行きます」
「うん。待ってるよ」

 そしてチュッと軽いキスをしてくれた。


 真木さん。真木さん。僕の恋人。
 ずっとずっと延長してもらえるにはどうしたらいいのかな………




---


お読みくださりありがとうございました!
環様が封筒を持たせてくれた理由はまた後日………

次回、火曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ20

2018年06月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 今日は4月1日。エイプリルフールだ。

 3月末まで恋人、と言ったのに、結局、残りの3月は一度も会わなかった。

『今度は今度。じゃあね』

 そんな風に電話を切ってしまって以来、チヒロからも連絡はない。

(俺が「今度」と言ったから、その「今度」を待っているのかもしれないけど)

 それでも、この2週間あまり連絡を寄こさないのは、どういうつもり……、と思いかけてため息をついた。

(前にも同じようなことがあったな……)

 あの子の思考は分かりにくいようで分かりやすい。ただ単に、俺が「今度」と言ったから連絡できないのだろう。「3月末まで」を「試用期間」だと思っていたというのは予想外だったが……

(ああ……大人げなかったな)

 俺はおそらく、チヒロに自分を重ねている。だから、俺と同様に家族に縛られているチヒロに、自由を与えてやりたい、と思ってしまったのだろう。押しつけもいいところだ。チヒロは現状に不満を抱いていないようだったのに……


「どうするかな……」

 手元の携帯を眺める。
 チヒロの勤め先となった会員制のバーは、紹介者が必要な上に審査に通らないと入会できないハイクラスなバーだった。
 何人か心当たりに聞いてみたら、ここを行きつけにしている女性を紹介してもらえて、今日、俺の都合が良ければ連れていってもらえるという話になっているのだけれども……

(……気が進まない)

 出るのはため息ばかりだ。チヒロにどう話せばいいのだろう……

(…………慶に会いたいな)

 なぜか無性に慶に会いたくなった。俺の理想の塊のような慶。
 今はもう、慶を口説こうという気持ちはすっかり萎えてしまったけれど、彼の天使のような白皙や情熱に溢れた瞳をみたら、この鬱屈としたものが晴れてくれるような気がする。


 と、思ったのに。


「渋谷先生だったら、人に当直押しつけて帰っちゃいましたよ?」

 慶の勤める病院を訪ねたところ、慶の同僚・吉村亮子に不機嫌顔で言われた。
 慶が「押しつけて」? 珍しいな……

「帰ろうとしてたところ、強引に。なんかすごい慌ててたから『何かあったの?』って聞いたら」

 吉村は肩をすくめて、呆れたように言葉を継いだ。

「『今、あいつに会わなかったらおれは一生後悔する』って、ものすっごい真剣な顔で言われて」
「…………」
「しゃぶしゃぶ食べ放題を条件に代わってあげたんです」
「………そう」

 浩介と何かあったのか……
 バレンタインの日に話した時も、何か悩んでいるようだったけれど……

 あの時の落ち込んだ慶を思い出して、ふーん……と肯いていたら、

「あーああ」

 吉村がデスクにガバッと突っ伏した。

「これで彼女と別れたりしないかなー」
「………」

 本音丸出しの言葉に、ふっと笑ってしまう。笑ったことに気が付いた吉村に「何ですか?」と口を尖らせて言われて、ますます笑ってしまう。

「もー、なんですかー?」
「いや……」

 軽く首をふる。

「あの二人は、別れないと思うよ」
「えー。なんでですかー」

 不満顔の吉村に断言してやる。

「渋谷先生が絶対に手放さないから」
「…………えー」

 渋谷慶は天使のような外見に似合わず、とても男らしい。男らしく一心に浩介を愛している。簡単に手放すようなことはしないだろう。

(『おれは一生後悔する』か……)

 俺も今日のこのタイミングを逃したら、ずっと後悔してしまいそうな気がする。きっと、チヒロは俺の『今度』を待ち続けている。きちんと話さなければ、俺はチヒロに一生疑問を持たせ続けてしまう。

(会いに………行くか)

 この場にいない慶に背中を押され決意する。俺はケジメをつけなくてはならない。


***


 付き合いのある製薬会社の営業マンに紹介してもらったのは、古谷環、と言う名の美容クリニックの医師だった。大きな目が印象的な美人。背も高く、スタイルも良い。42歳、というけれど、42にはとても見えない。俺と並んでも引けを取らないオーラと美貌はなかなかのものだ。

「古谷先生、この度はありがとうござ……」
「ああ、先生はやめてね。下の名前で呼んで」

 彼女の勤めるクリニックに迎えにいくと、会うなりサバサバとした口調で言われた。

「君、真木先生のとこの下の弟君でしょ? お兄さんにはちょっと借りがあってね」
「え」

 しまった、と思った。なるべく家族に繋がらなそうな人脈に声をかけたのに、繋がっていたのか。

「あのバーに知り合いが勤めてるって?」
「あ、いえ、勤めているわけではなくて」

 慌てて訂正をする。兄と繋がっているのなら、余計にチヒロのことを知られるわけにはいかない。

「オーナーが、知り合いの母親なんです」
「母親? 工藤さんのこと?」
「………」

 そういえば、母親の苗字どころか、チヒロの苗字も知らないな。俺……

「双子の息子と娘がいるのよね」
「はい。その娘さんの方と知り合いで」
「ふーん」

 ツカツカツカと高いヒールをものともせず歩きはじめる環。

「息子君はウェイターやってるのよ。ヒロ君っていって、すごく可愛いの」
「ヒロ君……」

 チヒロ……そう呼ばれてるのか……

「最近の私のお気に入り」
「そう………ですか」

 お気に入り……。まだ二週間ほどしかたっていないのに、常連に「お気に入り」認定されるとは。

(チヒロ……)

 モヤモヤが広がっていく……



 そうしてタクシーで連れていかれたのが、赤坂にあるバーだった。
 受付での無駄のない会話のやり取りのあとに、すぐに通された。その対応の良さからも良質なサービスの店だとうかがえる。

「ここからの夜景は絶品よ」
「ああ……確かに。いいですね」

 環のセリフにお世辞なく肯く。ほぼ全面ガラス張り。最上階とあって眺めがいい。店内が薄暗いので、余計に新宿の夜景の光が映えている。

(チヒロが好きそうな風景だな……)

 即座にそう思った。ホテルの窓から夜景をジッとみていたチヒロの横顔が思い浮かぶ。

 促されるまま、一番奥のソファー席に座った。質感の良いソファー。店内の客もみな、上質な感じがする。声高に話す客もおらず、静かなピアノの音が心地よく響いている。

(こんな店で、あのチヒロがやっていけてるんだろうか……)

 なるべく目立たないように、あたりを見渡す。視界に入る限り、チヒロの姿は……

「………いらっしゃいませ」
「!」

 すっと、音もなく、環の横にやってきたウェイターが、チヒロ当人で、あやうく声を上げそうになってしまった。そんな俺に気が付くこともなく、環がニッコリとチヒロに笑いかけている。

「ああ、良かった。ヒロ君いたのね」
「環様、いつもありがとうございます」

 穏やかに微笑んでいるチヒロ……

(……別人だな)

 黒いスーツに、カチッとした髪型のせいか、いつものポワンとした感じとは程遠い仕上がりになっている。

「ヒロ君、この人、真木君。お姉さんの知り合いだって。知ってた?」
「………」

 チヒロは少し目を伏せて、軽く首を振った。そして、

「………お飲み物は何になさいますか?」

 静かに、静かに、そう問いかけてきた。




 それからのことはあまり覚えていない。

 チヒロに他人のように接されたのがショックなのか、チヒロが別人のようなことがショックなのか、何もできないと思っていたチヒロが、極々普通に働いていることがショックなのか……

「私はね、乳房再建手術の実績を伸ばして……」
「………」

 少しアルコールが入って饒舌になった環の声が遠くから聞こえる。チヒロは慣れた風に、時々やってきては、食事を出したり、飲み物の追加を持ってきたりしていて……

 本当にこれがあのチヒロなのか?
 俺の知っているチヒロはいつもポヤ~っとしていて頼りなさげで………

(………耐えられない)
 これ以上、視界にチヒロが入ることは無理だ、と思った。

「………………申し訳ありません」
 話が一段落ついたところで、わざと携帯を取り出し、メールの着信があったようなふりをする。

「急用が入ってしまいまして……」
「あらそう? じゃ、私はまだいるから」

 バイバイと環は手を振って、「今日は私の奢りね」と、ウインクをしてきた。

「次は奢ってね。真木君」
「……………はい」

 挨拶もそこそこに立ち上がる。環の視線を背中に感じたけれど、構っている余裕はなかった。振り返りもせず、エレベーターホールに向かう。

(………なんなんだ)

 自分の気持ちの種類の判別ができない。悲しいのか虚しいのか苦しいのか………


 チンッという間の抜けた音の後にエレベーターの扉が開いた。

(これに乗ったら、どこに行くんだ?………なんてな)

 意味のない自問自答に、苦笑してしまう。

(予定通り、行くだけだ)

 チヒロのいない世界に。

 初めからそのつもりだった。会うのは3月末までだと。今日から4月だ。予定通りだ。

(これでいい)

 俺がとやかく言う必要もなく、チヒロはしっかりと働いていた。その確認もできた。もう、思い残すことはない。何の問題もない。

(なのに………なんだこの痛みは)

 一階のボタンを押した手を離せず、固まってしまう。

(………チヒロ)

 チヒロに会いたい。
 あんな黒スーツのチヒロではなくて、いつもみたいにポヤッとした可愛らしい、俺の………俺のチヒロに………

「………チヒロ」

 つぶやいた声を消すように、エレベーターのドアが閉まり………

 と、思った時だった。

「!?」

 いきなりガンッと音がして、ドアが開いた。開いたというか、閉まりかけたところを無理矢理こじ開けられたというか……

「な……っ」

 開きかけのドアから飛び込んできたのは……

「チヒロ………、!」

 勢いよく抱きつかれ、勢い余ってエレベーターの壁に背中がぶつかった。

「………なんで」

 いいかけて、飲み込んだ。なんで、なんてどうでもいい。今、この腕の中にチヒロがいる。それが全てだ。

「………チヒロ君」
「はい」

 見上げてきたチヒロの額にそっと唇を落としたのと同時にドアが閉まった。

「………会いたかったよ」
「はい。僕も会いたかったです」
「そう………」

 それから、会えなかった2週間分のキスをした。

 

---


お読みくださりありがとうございました!

実はチヒロ君、真木さんにアロマオイルのマッサージしてるときとか、結構テキパキしてたんですけど……真木さん知らなかったらしい。

新キャラ・古谷環(ふるやたまき)さん。ようやく出てきました。

ちょっと立て込んでいるため、次回は一回お休みして、来週金曜日に更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~グレーテ19

2018年06月12日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【チヒロ視点】


 僕の、アユミちゃんを大切に思う気持ちは、姉に対するものとしては行き過ぎている、と言われることがある。でも、真木さんは、

「チヒロ君の気持ち、何となく分かるよ」

と、言ってくれた。ふかふかのお布団の中で、腕枕をしてくれながら、頭を撫でてくれながら、優しく優しく言ってくれた。

「俺も、家族に対する依存度は普通の人より高いからね。転校ばかりで、家族が唯一って環境で育ったせいかなって自己分析はしてるんだけど」
「唯一………」
「チヒロ君も同じ感じなんじゃない?」
「………はい」

 コックリと肯く。同じ、だと思う。

 僕はお仕事で学校を休みがちで、友達もできなくて。だからアユミちゃんが唯一の友達だった。賢くて優しいアユミちゃんは、小さい頃からいつも、僕に勉強を教えてくれた。学校でイジワルしてくる子から守ってくれた。それなのに、僕はアユミちゃんの大好きなママを独り占めしていた。だから僕は、アユミちゃんの言うことは何でも聞かなくてはならない。

 だから。

「チーちゃん、ママのお仕事手伝ってあげなよ」

 アユミちゃんにそう言われたら、僕は肯くしかないんだ。

 
***


 10年ぶりくらいに会ったママは、変わったような気もするし、全然変わっていないような気もした。

「チヒロ! 会いたかった!」

 ぎゅうっと抱きついてこられて、匂いは変わったな、と思った。あと、背が低くなって(僕が高くなったのか)、ほんの少し太ったような気もする。

「萩原さんから聞いたわよ? 今月いっぱいで契約切れるんですってね? 久しぶりに連絡くれたから何かと思ったら、すごく謝られてね」
「…………」

 萩原さん……事務所の社長さんのことだ。そういえばそんな苗字だった。

「でもね、ちょうど今、うちの店でスタッフ探しててね。チヒロなら可愛いし素直な良い子だから、花岡さんも絶対に気に入ると思うの」

「花岡さん?」
「そう。ママのお店の共同経営者よ」

「お店?」
「会員制バーでね、お客様はみんなお金持ちの素敵な方ばかりなの。チヒロ可愛いから、すぐに人気が出るわ。今日の夜、面接してもらいましょうね」
「……………」

 10年ぶりだなんて思えないくらい、あの頃と同じように、僕の予定が勝手に決められていく。

 でも、お仕事は、せっかく真木さんが考えてくれてるから断らないと。

「あの……僕、お仕事は……」
「いいじゃないの」

 いいかけたところを、アユミちゃんに遮られた。

「チーちゃん、ママのお仕事手伝ってあげなよ。私も来月からはパパの歯科医院で働くし、ちょうどいいじゃない」
「でも」
「そうよねー?」

 ママは鼻で笑う、みたいに笑って、アユミちゃんを見た。

「アユミ、本当に歯医者さんになるなんてね。相変わらず頭良いだけがウリなのね?」
「………頭良いだけじゃないし」

 アユミちゃんはムッと口を尖らすと、

「これでも、キャバクラではそれなりに人気あったんだからね。辞めるときにはナンバー3だったし」
「へー。あんたがナンバー3って、ギャバ嬢3人しかいなかったの?」
「そんなわけないでしょっ」

 こういう二人のやり取りを見るのも10年ぶり。だけど全然懐かしくない。つい昨日もこうしてたみたい………

「ホント、あんた変わってないわね。頭良いからって偉そうで生意気でホント可愛くない。顔だけはちょっと良くなったけど、その性格じゃ男も寄ってこないでしょ」
「何よっそっちこそ相変わらずケバ過ぎだよ。いくつだと思ってんの?」

 アユミちゃん、目がキツネみたいになってる。
 不思議なんだけど……アユミちゃんはこんな風にママと喧嘩するのに、本当はママのことが大好きだ。大好きなのに、どうしてこんな言い方するんだろう……

(………でも。とにかく、良かった)

 ママは10年前に、僕がママに似てなくなったせいで、出ていってしまったので、ずっと、アユミちゃんに申し訳なく思ってきた。でも、これでアユミちゃんも喜んでくれる。

「さあ、チヒロ。行くわよ?」
「……………。はい」

 ママの声にうなずく。本当は気が進まないけど……ここで行かないって言ったら、ママはまた出ていってしまうかもしれない。それはアユミちゃんが悲しむから。だから。



***



 うちに帰ってきたのは、深夜2時を過ぎていた。

 ママのお店は、そんなに大きくはないけれど、夜景の綺麗なお洒落なお店だった。共同経営者の花岡さんというオジサンもお洒落な髭のお洒落な人で、物腰の柔らかい親切な人だった。

「とりあえず、研修期間ってことで2週間働いてみて、本採用にするかどうかはそれから決めよう」

 そう提案してくれたけど、他の従業員の人達は、男性も女性もみんなテキパキとしていて、僕なんかがいたら邪魔にしかならない気がする……と不安に思ってみていたら、

「心配しなくても、初めからあんなこと求めてないから大丈夫だよ」

と、笑われた。話しによると、初めのうちは、僕はただ、ニコニコと立っていればいい、らしい。………ホントかな。



 自分の部屋に入ってからようやく携帯の電源を入れたら、真木さんからのメールが受信された。

『終わったら、何時になってもいいから電話して』

 ………。

 もう2時過ぎてるけど、真木さん寝てないかな……。


 心配になりながらも電話をしたところ、1回コールですぐに出てくれた真木さん。

「チヒロ君? 面接どうだった?」

 優しい声に、ほうっと体の力が抜ける。知らず知らず、面接で緊張していたみたいだ。

「とりあえず研修期間ってことで2週間働くことになりました」
「そう。仕事内容は?」
「ええと……」

 今日聞いてきたこと、見てきたことを何とか説明する。真木さんはいくつか質問を挟みながら熱心に聞いてくれて、最後には、「頑張ってね」と結んでくれた。結んでくれたのに、何だかモヤモヤするのはなんでだろう……

「真木さん……」
「何?」
「なんだか……モヤモヤします」

 正直に言うと、真木さんは、ふっと息をついた。その息遣いを直接感じられないことがもどかしい。

 真木さんは3分くらい黙ってから、ようやく言葉を発した。

「それはもしかしたら……」
「はい」

「また、お菓子の家に閉じ込められることになったからかもしれないね」
「え」

 お菓子の家?

「チヒロ君、せっかくモデルの仕事を辞めて、自分の好きな仕事ができると思ったのに」
「…………」

 好きな仕事……。ああ、そうだ。せっかく真木さんは、僕がしたいと思える仕事を考えてくれていたのに、それを無駄にしてしまった。
 でも……でも、こうしないと、アユミちゃんが……。だから、だから……

「あの……僕、お仕事は何でもよくて」
「え?」

 キョトンとした感じの声に繰り返す。

「僕、お仕事は何でもよくて、アロマテラピーもマッサージもお仕事にしなくても真木さんにできればそれでいいので僕は真木さんと一緒にいられればそれで」
「チヒロ君」

 言葉を遮られた。

「それはもう、無理だよ」
「………え?」

 スッと真木さんの温もりが引いた気がした。電話なのに、そんなことを感じた。

「無理って……」
「チヒロ君」

 真木さん、冷たい声……

「俺、言ったよね? 恋人でいるのは3月末までだって。覚えてない?」
「それは覚えてます」

 覚えてる。期間限定。そう、言われた。
 
「試用期間ってことですよね? 無理ってことは、僕、本採用してもらえないってことですか?」
「……………」

 真木さん、黙ってしまった……。
 本採用してもらえると思ってたのに。コータも大丈夫って言ってたのに。上手くいってるって思ってたのは勘違いだったのかな……。



 先月、「恋人になる?」って真木さんが言ってくれた次の日、コータに「あれからどうなった?」と聞かれたので、

「3月末まで期間限定で恋人になる?って言われたんだけど、期間限定ってどういう意味だと思う?」

と、コータに聞いてみたら、コータは「それはさ!」と手を打って、

「試用期間ってことじゃないの? これでオッケーなら本採用っていう」
「そっか……だからエッチもしないのかな?」
「え?! まだしてないの?!」

 なんだそれーとコータは驚きながらも、

「でも大丈夫だよ!絶対、本採用になるよ!」

と、断言してくれた。僕も、それ以来ずっと真木さんと仲良くしてたし、真木さんも「会いたかった」って言ってくれたりしたし、本採用してもらえるものだとばかり思ってたんだけど……


「あー……、チヒロ君」
「はい」

 電話の向こうの真木さん、戸惑った声をしている。
 真木さんは、また「あー……」と言ってから、ポツリと言った。

「試用期間じゃないよ」
「え」

 違うの?

「じゃあ、どうして……」
「それは……」

 真木さんは再びの少しの沈黙のあと、言葉を継いだ。

「………電話だと話しにくいから、今度そっちに行った時に話すよ」
「今度って」

 それはいつですか?

 聞くと、真木さんは大きくため息をついて、

「今度は今度。じゃあね」
「え……っ」

 プツッと電話を切られてしまった。こんな切られ方したの初めてな気がする。

「真木さん……」

 怒った? 怒ったのかな……


 切られた携帯を握りしめる。


『いつでも、電話していいよ?』

 以前そう言ってくれたけど……

 もう、電話することはできなかった。




---

お読みくださりありがとうございました!
鈍感チヒロでもさすがに気がついた不機嫌全開真木さんの図。

次回金曜日更新予定です。お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。

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