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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-1.2

2017年09月29日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

**


 高校二年生の初日……

「これ、君の?」

 机の横からスッと出されたオレの栞。白い手。その先を見上げて………

「………!」

 あまりにも驚き過ぎると、人は息をすることすら忘れるんだ、ということを、身をもって知った。

 凛とした目元、白い肌、1つに結われた長い髪、透明感のある雰囲気……オレが思い描いていた理想の女の子を体現したような……

「違うの?」
「あ…………、いや……」
「落ちてたよ?」

 にっこりとしてくれたその瞳があまりにも綺麗で……オレはこの一瞬で恋に落ちた。


 中学時代も高校1年の時も、彼女がいたことはあった。でもそのいずれも、それなりに好意を持っていた子から告白されて付き合って……という感じだったので、こんな風に、心全部持って行かれるような恋愛感情を抱いたのは初めてのことだった。
 川本沙織は、控えめだけれども芯のあるしっかりした女の子で、バトン部の副部長として頑張っていて、何より笑顔が可愛くて……、きっかけは一目惚れだったけれど、知れば知るほど、その内面にも惹かれていった。

 それから約2年間片想いをして、卒業旅行で行ったスキー場で告白して、付き合うようになって……

 高2の出会いから14年。今も変わらず、沙織のことが好きだ。好き………だけれども。

「少し距離を置きたい」

 そう言われて「分かった」とアッサリ肯いてしまった。
 沙織が望んでいたのは、その言葉ではない。それは分かっていたのに……


 この14年の間で、こうして距離を置くのは二度目のことだ。

 ……いや、一度目は「距離を置く」ではなく「別れた」。あれもちょうど『全員25歳になった記念同窓会』の直後のことだった。
 あの頃、『ミレニアム婚』ブームにのって、周りの友人が何人も結婚したからか、沙織も結婚を強く意識するようになっていた。親の意向もあったようだ。でも、オレは一浪したせいもあり、まだ就職して3年目。短大卒で、働きはじめて6年目の沙織とは、結婚に対して温度差があった。

(いや、それだけじゃなくて……)

 就職してから3年目。自分の中の「これでいいのか」という思いは日に日に強くなっていくばかりだった。名の知れた会社であることと給料がいいことだけを理由に選んだ会社だったので、誇りを持って仕事をしている友人達が眩しく見えた。
 仕事はそつなくこなしてはいたけれど、漠然とした不安は募るばかりで……「会社を辞めたい」と言ったオレに、沙織が別れを切り出したのも、至極当然のことだったと思う。無職の男と結婚はのぞめない。


 オレは沙織と別れてすぐに仕事をやめ、一人旅に出た。色々な国を旅しながら何か掴めるかと思ったけれど、そんなものはどこにもなくて……。

 そんな時に思い出すのが、修学旅行の松陰神社の境内でのことだった。

「オレ達にはどんな将来が待ち受けてるんだろうなー?」

 そう叫んだ時に一緒にいた桜井は、親の跡を継いで弁護士にならないといけない、と言っていたのに、自らの夢を優先して学校の先生になった。あの時は何もないと言っていた渋谷は、医者になるという夢を見つけて叶えている。二人のことが羨ましかった。

 何かしなくては、何かなさなくては、という気持ちのまま、帰国後、大学時代の友人が立ち上げたシステム開発会社を手伝うことにした。でも、その会社もすぐに立ち行かなくなり、1年ほどで潰れてしまった。

 結局、今は、その時のツテで紹介してもらった、とある学校法人の事務室で働いている。

 沙織とは、その後、高校の文化祭で再会した。
 オレと別れてから2年半の間に、沙織には恋人がいた時期もあったらしい。結婚までは行きつかなかったそうだけど……

「章人君は? 彼女は?」

 変わらない黒目がちの瞳に見つめられ、ゆっくりと首を振った。

「オレには沙織しかいないから」
「…………そっか」

 沙織はふっと笑って……

「章人君、変わってないね」

 そう言って、また笑った。変わらない笑顔……。思わず引き寄せて抱きしめたら、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。愛しくて愛しくて二度と手放したくないと思った。


 それからオレ達は、オレの一人暮らししていたアパートで、同棲生活をはじめた。

「章人君と一緒にいると安心する」

 沙織はよくそう言って、隣に並んで座っているオレの肩に頭を預けてくれた。二度と得られないと思っていた笑顔がここにある。沙織と一緒に過ごせることが、ただ幸せで、幸せすぎて、ただぼんやりと、漠然と、こんな日が毎日続けばいい、と思っていた。仕事の忙しさを言い訳に、深く考えることを放棄していたともいえる。深く考えることが怖かったのかもしれない。

 でも、そんな日々も終わりを告げる。親や職場や友人からの圧力が、このままでいることを許さなかった。

 アクションを起こすならば、今年の3月の、沙織の30歳の誕生日がチャンスだった。そのことにはオレも気が付いていたのに、気が付かないふりをした。

(手放したくない。……けれども)

 自分が何をなせるのかもわからないのに、人一人の人生を負う自信がない……


「少し距離を置きたい」

 5年前とは違って「別れたい」ではなく「距離を置きたい」と言ってくれた沙織の優しさを思うと胸が痛い。本当はここで覚悟を決めるべきだったのに……



***


 全員30歳になった記念同窓会は、盛り上がったままお開きとなった。当然、二次会にもかなりの人数が流れることになったのだけれども……

「渋谷ー?」
「おーい。二次会行くんだろー?」

 渋谷慶がテーブルに突っ伏したまま、ピクリとも動かないため、山崎と溝部につつかれている。渋谷はあまり酒が強くない。そういえば10年前の同窓会の時も、最後の方で、トイレで吐いていてしばらく戻ってこられなかったことがあった。あの時は桜井が介抱していたけれど、その桜井も今日はいない……

 あの時、「絶対変わらない」って言ってた桜井と渋谷……。やっぱり変わったじゃねえかよ……。


「……オレ残るから、先に二次会行ってくれるか?」
「え、でも」

 戸惑った山崎に名簿を押しつける。

「悪い。オレもちょっと休みたくて」

 正直、気持ちが落ち込んでいて、カラオケではしゃげる自信がない。

「溝部、仕切り頼んでいいか?」
「いいけど……」

 溝部が眉間にシワを寄せながらも肯いてくれた。

「大丈夫か?」
「おお。長谷川で9時から予約してある。一応22人って言ってあるけど、30人まではオッケーの部屋だから、多少増えても大丈夫だって」
「わかった」

 文句も言わずに引き受けてくれる存在が有り難い。二人に手を振って、渋谷の隣に座り直す。

「…………」

 テーブルに片頬をぺったりとつけたまま熟睡している寝顔を見て、(ホント綺麗な顔してるよな……)と、感心してしまう。
 男のわりに長い睫毛。スッと通った鼻梁。何より肌が白く透き通るようで……

 頬杖をつきながら、無遠慮にジッと見ていたら、視線に刺激されたのか、渋谷がうっすらと目を開けた。

 そして、

「こう……っ」
「え」

 いきなり焦ったように頭をあげ、オレの腕をガッと力強く掴んだ。と思ったら……

「なんだ……委員長か」
「…………」

 あからさまにガッカリしたように言って、また、テーブルに突っ伏してしまった。

 こう、って言ったな……。桜井の下の名前は「こうすけ」か……

「……桜井だと思ったのか?」

 聞かなくても分かっているけれども一応聞くと、渋谷は拗ねたようにポツリと言った。

「浩介と委員長、ちょっと似てるんだよな……。背格好もだけど、雰囲気とか……」
「………。そうだな。同じタイプだと思う」
「だよな……」

 渋谷、酒のせいか、眠気のせいか、朦朧とした感じだ。

「桜井……いつ帰ってくるんだ?」
「………さあな」

 渋谷は半分くらい目をあけてはいるけれど、視線は定まっていない。

「あいつはさあ……自分の可能性を試したいって……」
「…………」
「だから、おれは待ってるんだよ……」
「…………」

 可能性を試したい……?
 待ってる?

 なんだ、それ……

「待ってるって……いつまで?」
「…………」

 聞いたけれど、渋谷の目は閉じられてしまった。また寝たのか……?

「なあ、渋……」
「………ずっと」

 ポツリとした声……

「……ずっと、ずっと待ってる」
「…………」

 何を言って………

「……っ」

 途端に、ゾッと背筋に寒気が走った。

 渋谷の孤独の影……なんて深くて、なんて寂しくて……

(桜井……っ)

 何やってんだよ、桜井。可能性を試すってなんだよそれ。
 そんなことのために、なんで渋谷のこと一人にしてんだよ。こんなさみしそうな顔させて……っ

「渋谷はそれでいいのか?」

 思わず聞くと、渋谷は再び少しだけ目を開けた。

「……いいんだよ」

 ゆっくりと動く長い睫毛……

「応援してる……」
「………」
「おれはおれで頑張って……それで……」
「………」
「でも………」

 消え入るような声……

「おれは……一緒にいられるだけでよかったのに……」
「……っ」

 スッとまた眠りに引きこまれてしまった渋谷。


 何かに押されたように胸が痛い……

(………沙織)

「少し距離を置きたい」

 そう言ったときの、沙織を思い出す。ちょうど今の渋谷みたいな……

 オレは……自分のことばかりで、沙織が今、何を思って何を感じているのか、本当に理解しようとしたことがあっただろうか……

 自分の可能性を試したい、なんて理由で、渋谷を置いていった桜井。
 自分が何をなせるのかわからない、なんて理由で、一緒にいる将来に進めないオレ。

(ほんと、似てるよな……)

 桜井、オレ達やっぱり似てるよ……


「浩介……」
「!」

 ギクッとした。渋谷の寝言……寝言なのに、そんな寂しそうに……

 もしかして、今、沙織もこんな風に、孤独の中にいるのだろうか……


***

 それから少ししてから、山崎と皆川が迎えに来てくれた。
 山崎に熱いおしぼりで目元を覆われ、びっくりしたように目を覚ました渋谷。やはりさっきは寝ぼけていたようで、カラオケまでの移動中に、コソッと、

「おれ、なんか変なこと言ってなかった?」

と、不安げにオレに聞いてきた。覚えていないらしい。ので、オレもしらばっくれてやる。

「別に何も?」
「あ、そう……」

 良かった。夢か。とボソッと言った渋谷。


 桜井……渋谷……。お前ら、本当にそれでいいのか……?

 聞きたいけれど、余計なお世話だろう。

 だいたい、オレ。自分だってどうなんだ。
 本当にこれでいいのか?

(いいわけがない)

 意味の分からない、自分勝手な理由で、大切な人を一人にして……それで良いわけがない。

『おれは……一緒にいられるだけでよかったのに……』

 さっきの渋谷の言葉が胸に刺さる。

 オレだってそうだ。沙織と一緒にいたい。それだけなのに。高校2年生の教室で出会ったときからずっと、沙織だけなのに……


「お!委員長!ちょうど良かった!」

 カラオケの部屋を開けた途端、溝部にマイクで叫ばれた。

「10時で帰る奴が何人かいるから、今、中締めしようとしてたんだよ!」
「あ……、おお」

 みんな頬を蒸気させ、興奮したようになっている。溝部がうまいこと盛り上げてくれたんだろう。

「はい!委員長から一言!」
「え」

と、マイクを渡されそうになったところで、オレに続いて入ってきた渋谷の姿に女子から黄色い声が上がった。

「渋谷くーん!こっちこっち!ここ空いてる!」
「飲み物何にする~~?」
「溝部、邪魔!」
「んだよ!渋谷渋谷うるせーんだよお前ら!委員長の話聞け!」

 溝部があいかわらずの調子で女子に文句を言っているのが面白い。………と。

(……!!)

 その文句を言われている女子の間に……

「沙織……」

 沙織の姿があった。1ヶ月ぶりに見る彼女……凛とした目元も透明感のある雰囲気も、高校の頃から全然変わらない。

「……っ」

 オレの視線に気がついて少し笑って手を振った沙織。その笑顔が何よりも大切で……

『章人君と一緒にいると安心する』

 そういって寄り添ってくれた彼女とずっと一緒にいたくて……

「ほら、委員長」

 ざわめきの中、溝部にマイクを渡される。

「何か一言」

 一言……?

 一言……一言……一言……

 それなら、一言だけ、言わせてほしい。

「委員……」
「川本沙織さん!」

 溝部にマイクを押し返し、肉声で思いきり叫ぶと、途端に部屋の中がシンとなった。

「え………」

 思わず、と言った感じに立ち上がった沙織に向かって、ただ、一言。一言だけ……

「オレと」

 精一杯の誠意をこめて……

「オレと、結婚してください」

 自信なんて何もないし、オレに何ができるのかも分からないままだけど。だけど、一つだけ、どうしても叶えたいことがあることに気がついた。

「オレと、一生一緒にいてください」

 ただ、それだけ。それだけ叶えさせてほしい。


 静まりかえった部屋の中で、沙織は、小さく……でもはっきりとした声で、

「はい」

と、うなずいてくれた。
 

***


 みんなにさんざん冷やかされ、飲まされた帰り道。

「待たせてごめん」 
 繋いだ手にぎゅっと力をこめて言うと、沙織は少し笑って、

「うん。待ってた」
 そう言って、オレの肩に額をこんっとぶつけてくれた。

 この幸せを守ることが、自分のなすべきこと。それでいい。それだけでいいんだ。


『オレ達にはどんな将来が待ち受けてるんだろうなー?』

 高校の時に叫んだオレに答えられるとしたら……

「普通の将来がくるだけだ」

と、言ってやろう。

 何も特別なことはない、普通の将来がやってくる。
 愛する人と一緒にいられる、幸せな将来が。


(桜井……)
 お前も早く、渋谷のところに帰ってきてやれよ。

 遠い異国の地にいる同級生に、この思いが届けばいい。




---------------------------

お読みくださりありがとうございました!

ちなみに
全員20歳になった記念同窓会→「同窓会にて
全員25歳になった記念同窓会→「同窓会…でもその前に
全員40歳になった記念同窓会→「カミングアウト・同窓会編
です。

いつか書きたいと思っていた、長谷川委員長(本名・長谷川章人。あきと、です)と川本沙織さんの話でした。
今から12年前の話なので、今と結婚観も少し違った時代でした。

めっちゃスピンオフ回っっ。そして、「将来の夢が仕事になってる奴なんて、ほんの一握りなんだよ!自分探しの旅!?君いくつだよ!?」と、総ツッコミの回でしたー。
ちなみに松陰神社で叫んだ回は「将来5-2」でした。

でも、現在、長谷川委員長、ちゃんと良いパパ・良い旦那してます♪
たずさえて3」(←2015年の話)とかでちょこっとそんな話もしています。

次回、火曜日は3年目その2です。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!
書き続ける勇気をいただいておりますっ。今後とも何卒よろしくお願いいたします。

---


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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・三年目-1.1

2017年09月26日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

2005年春


【長谷川委員長視点】


「おれ達にはどんな将来が待ち受けてるんだろうなー?」

 そう、空に向かって叫んだのは、高校二年生の3月。修学旅行先の松陰神社の境内でだった。雨が冷たかったことを覚えている。

 あの時、もうすぐ18歳だったオレは、先日31歳になった。
 何もできていない、進むべき道すら決められていない、そう思ったあの時と、今もあまり変わらない。やっぱりまだ、模索し続けている。


**


 全員20歳になった記念同窓会からはじまり、今回は3回目の同窓会。

 名付けて『全員30歳になった記念同窓会』は、座敷のある居酒屋にした。子連れ希望が何人かいたからだ。


「えー、桜井いねーのかよー」

 3月に30歳になったばかりの溝部が、あいかわらずの大きな声で叫んでいる。高校2年の終わりに「10年後には結婚して子供3人くらいいる予定」と言っていた溝部だけれども、いまだに独身で、彼女募集中らしい。勤め先は誰もが知っている大手メーカーだし、性格も明るく社交的だし、結婚相手の条件としてはかなり良いと思うのに、クラスの女子達が誰一人として溝部を相手にしていないのが不思議だ。

 逆に、言い寄られまくっているのが、あいかわらずの完璧美形の渋谷慶で……

「渋谷君って外来の診察もしてるの?」
「どこ住んでるの?」
「休みの日何してるの?」

 質問攻めにあいながらも、慣れた調子でその一つ一つに答えている。

「渋谷……ちょっと雰囲気変わったなあ……」

 その様子を見ながら独り言のようにつぶやいたのは山崎。高校時代から真面目で地味な奴だった。今は区役所に勤めていて、職場に彼女がいるらしい。

「やっぱり、桜井が一緒じゃないから元気がない……とか?」
「…………かもな」

 桜井は、2年前からケニアで働いているそうだ。「ちょこちょこ連絡取ってんのか?」と、先ほど渋谷に聞いたら、

「いや。去年の夏に会ったのが最後」

 そう言って、渋谷は少し笑った。でも……本人は笑ったつもりだったかもしれないけど、目は全然笑っていなかった。

「さみしい。つらい」

 そう、言っているように見えた。


(あー……やっぱり……)

 その目を見て、この10年以上、うっすらと感じていたことを確信してしまった。

(やっぱりこの二人、本当に付き合ってたんだろうなあ……)



 桜井浩介とは、オレは高校2年の二学期頃から少しずつ話すようになった。本の趣味が似ていることに気がついたからだ。

 桜井は、おとなしくて控え目。人付き合いも少し苦手にしている印象があったけれど、夏休み明けくらいから、だいぶ積極的になってきて、文化祭では実行委員として活躍してくれた。
 成績は常にトップクラス。でも、少しもそれを自慢することなく、教え方も上手なので、みんなよく桜井に勉強を教えてもらったり、ノートを見せてもらったりしていた。

 桜井と渋谷は1年の時から仲が良かったらしく、2年生でもずっと一緒にいて、その後も、一緒にいるところをよく見かけた。

 渋谷慶は、とにかく目立つ男だった。本人には目立とうという気はないのだろうけれども、その整った容姿と、妙にキラキラしたオーラのせいで、どうしても目を引くのだ。
 その上、抜群の運動神経の持ち主で、体育の授業や、球技大会、体育祭での活躍ぶりは、女子だけでなく、男子も惚れ惚れするくらいだった。

 性格はわりと単純で分かりやすく、裏表なくサバサバしている。人懐こいので、誰とでも仲良くなれる。明るく、いつでも前向き。
 5年前の『全員25歳になった記念同窓会』でも、その印象に変わりはなかったのだけれども……

(やっぱり、変わったよな……)

 今回は、妙に落ち着いているというか……影があるというか……

(桜井と別れた……とか?)

 桜井と「去年の夏に会ったのが最後」ということは、そこで別れたということか? それでこんなに変わったのか?

(まあそうじゃなくても、もう31なんだから、落ち着いてもいいんだろうけど)

 逆にまったく落ち着いてない溝部の方が変なのかもしれない。
 あいかわらず、中心になってワアワア騒いでいる溝部の姿が目に入り、妙にホッとしてしてしまう。

(………オレは、変わったかな)

 ふ、と、バインダーにはさんだ名簿に目を落とす。

(……沙織)

 欠席の『欠』の字の書かれた、川本沙織の欄をそっと撫でる。

(……オレたちは、変わったかな……)



**


 
---------------------------

お読みくださりありがとうございました!
全然終わってないんですけど、もう無理、と判断して、不本意ですがキリのよいところまであげることにしましたっ。

長谷川委員長、実は中二病……

ちなみに
全員20歳になった記念同窓会→「同窓会にて
全員25歳になった記念同窓会→「同窓会…でもその前に
全員40歳になった記念同窓会→「カミングアウト・同窓会編

だったりします。

次回、金曜日に続きを……
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!どれだけ嬉しいことか!!
真面目な話が続きますが、今後とも何卒よろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・二年目-3

2017年09月22日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて


【浩介視点】


 朝起きたら、慶がいなくなっていた。荷物もない……

「………慶?」

 ………夢? 慶がいたっていう夢を見たのか? おれ。

 そう一瞬思ったけれど、リアルに残っている慶のぬくもりにそうではない、と思い直す。
 話した内容も覚えているし、シーナたちに紹介したっていう記憶もある。

 夢、じゃない。じゃあ、慶と慶の荷物はどこにいったんだ?

「………母屋かな?」

 釈然としないまま、母屋に顔を出したところ、

『あああ! 良かった! 浩介! 今、呼びに行くところだったのよ!』

 いきなり、シーナに叫ばれた。いつもはそんな大声をだしたりしないシーナの様子にビックリしてしまう。

『どうし……』
『学校の門が壊されてるって報告があって、今見に行ったら、子供たちがルイスが犯人だって決めつけてて』
『えええ?!』

 なんだそれはっ

『すぐ行きます!』

 ……と、行きかけたけれども、振り返り、部屋を見渡す。やっぱり、慶、いない……

「あのー……」
『何?』

 立ち止まったおれに、キョトンとしたシーナ。と、そこへ、

『慶なら帰ったわよ』
「?!」

 淡々とした調子の声に振り返ると、アマラが腕組みをして立っていた。

「え?!」

 帰った?? え? え? えええ?!

 驚き過ぎて叫び声も出ない。

 来たばかりなのに。しばらくいるっていってたのに。なんでおれに何も言わないで……

『とりあえず、学校行って』
「…………」

 なんで? なんで慶………

 頭の中が「?」でいっぱいになったけれど、とにかくトラブル解決が先だ。思考に蓋をして、シーナに急かされるまま、猛ダッシュで学校に駆け込んだ。

『ストップストップ! 何やってんの!』

 手を叩きながら、子供達の輪の中に割って入る。興奮した子供達から事情を聞いて、壊れた門の様子をみて……

 結局、野性動物の仕業らしい、と結論がでた。それから、子供達を仲直りさせて、他の先生方と門の修理をして……、とあいかわらずの忙しい時間を過ごしていたため、慶のことを聞けたのは、夜になってからだった。


「なんで……慶」

 慶は朝早く、出て行ってしまったという……


 慶、つらそうだった。何かあったことは確かなんだ。
 せっかく会いに来てくれたのに。せっかくおれを頼ってくれたのに。


 慶。慶……会いたいよ。


 ちょうど学校も長期の休みに入る。一度、日本に戻ろう。
 と、密かに思いながら、数日たったころ……

 突然やってきた、<恋人のあかね>が、おれが目を背けていた現実を運んできた。


「あんたのお母さん、慶君がケニアに来たこと知ってたわよ」



***
 


 久しぶりに過呼吸の発作を起こしてしまった……


「ごめん。心の準備してもらってから話すべきだった」
「…………ううん」

 枕元で謝ってくれたあかねに静かに首を振る。比較的すぐに落ち着いたのだけれども、シーナが過剰に心配して、ベッドで休むようにと、無理矢理寝かされてしまったのだ。

「どう言われても、破壊力は同じだよ」
「破壊力、ね……」

 ふっと笑ったあかね。

「まあ……あいかわらずよ。あんたのお母さん」
「…………」
「気持ちがいいくらい、一本筋が通ってる」
「…………」

 その筋がおかしいからおかしなことになっているんだ……

「どうやら、定期的に慶君のことも調べてたみたい」
「え………」

 また、調査会社を使ったのか? なんなんだあの人……

「慶君に遠距離恋愛中の恋人がいるって噂聞いて心配になってたんじゃない? まさか、自分の息子のことじゃないかって」
「…………」
「で、さらに、慶君がケニアに行ったって知って、『あかねさんも行かないと!』って私に言いにきてくれたってわけ」

「………バカじゃないの」
「ね」

 あかねは真面目に肯くと、

「だから、つい『私も来週夏休みなので行くんです~』って言っちゃって」
「………ごめん」

 本当に、昔から変わらない。どうしてあの人は、自分の考えを人に押し付けるんだ……

 でも、あかねは「いや?」と手を振ると、

「今、ストーカーちっくな子につきまとわれてるからちょうどいいの。休み期間中、ここにいさせてよ」
「…………うん」

 ホントかな……おれに気を遣わせないために言ってるんじゃないかな……

 とも思ったけれど、あえて何も言わなかった。それを追求したところで、あかねが認めるわけがない。


「慶のこと……何か知ってる?」
「んー………」

 あかねは頬に手を置いたまま天井を向いた。これは、知ってる、ということだ。なんだかんだで、あかねとも付き合いが長いから、分かる。

「何でもいいから教えて」
「んー……私も慶君とは別の科の子に聞いてるだけだから、そんなに詳しくないんだけどね」

 あかねは顔が広い。慶の病院にもガールフレンドがいるらしい。
 あかねはスッと真面目な顔になると、静かに話し出した。

「慶君の担当の患者さんが亡くなって………それで慶君、ものすごく落ち込んで、仕事もままならなくなっちゃって……」
「……………」
「それで、強制的に休みを取らされたらしい」

 慶………

 思い出す。あれは、慶が働きはじめてすぐの頃……
 真夜中に突然、事前になんの連絡もなく、慶がおれのアパートまでやってきたことがあった。

 窓から差し込む街灯の明かりだけの部屋の中で、

「ぎゅーーって」

 そう、慶は言って、おれに抱きついてきた。
 ずっと後になって、あの日、初めて患者さんの死に立ちあったのだと知った。

(そうだったんだ……)

 こないだ、慶は、おれに「ぎゅーーって」されに来たんだ……

(慶………)

 胸が痛い……
 慶は、やっぱり、ずっと変わらず、おれのことを好きでいてくれて……

(慶……会いたい)

 おれはやっぱり、慶と一緒にいたい……
 

「……おれ、やっぱり日本に帰ろうかな……」
「…………」

 思わず出てしまった言葉に、あかねが目を瞠った。

「帰って、どうするの?」
「慶と一緒にいる」
「………」
「………」
「………」
「………痛ッ」

 グサッと人差し指で額を突き刺された。

「何……」
「ちょっと冷静になりなさいよ」

 あかねの呆れたような声。

「今まだ、お母さんの話ししただけで発作起こしてるような人が、日本で普通に暮らしていけるの?」
「それは……」
「また、同じこと繰り返すんじゃないの?」
「…………」

 同じこと……また慶のことを殺そうとしてしまうかもしれない……?

「それだったら、慶君をこちらに呼びよせた方がまだ現実的だと思うけど」
「そうなんだけど、それはちょっと無理………」

 慶は、憧れの島袋先生みたいな先生になるために、先生のいたあの病院を選んで頑張っている。それを「辞めて」とはとても言えなかった。
 それに………実は、ケニア行きの打診があった際、慶の勤め先がないか確認してみたのだ。でも、一応、年齢経験問わず、と言いつつも、求められているのは、やはりそれなりに経験のある医師で………。当時、大学を卒業してまだ丸3年の慶には無理があった。

「だったらやっぱり、あんたが強くなるしかないじゃないのよ」

 あかねがまた額を突いてくる。

「どうなのよ? 慶君を支えられるくらい強くなれそうなの?」
「それは……」

 そうなるつもりで離れた。そうなるつもりで頑張ってきた。でも結果を出せているのかと問われると……

「……………」
「慶君はね」

 ダメ押し、とでも言うように、もう一度突き刺してから、あかねが言う。

「新・渋谷慶、になったらしいわよ」
「新?」

 なんか10年くらい前にそんな流行語があったような……

「どういうこと?」
「休暇から帰ってきたら、雰囲気がガラッと変わって、大人~~って感じになってたんだってさ。仕事もバリバリこなしてるって」
「え……」

 大人……? なんで……?

「で、女性陣がソワソワしてるらしいんだけど」
「え!?」

 そ、それは……っ
 あわあわしてしまったおれに対し、あかねが軽く肩を叩いてきた。

「でも、あいかわらず、誘いにはまったく乗ってこないっていうから安心しなさい」
「………………」

 それは……嬉しいけど………

「でも……慶、それでいいのかな……」

 不安が広がっていく。

「おれに気を遣って断ってるんだよね……。おれには、慶をそこまでさせる権利はないっていうか……」

 おれのせいで慶が幸せな未来を逃してしまってるんじゃないか? でも、その未来を慶が選んだら、そしたら……

 どーんと暗くなったところで、

「は~~白々しい」

 はあ……とあかねに大きくため息をつかれた。

「もし慶君に本当に恋人ができたりしたら、あんた発狂するでしょ」
「………………」

「なのに、それでいいのかな……なんてイイ人ぶってんじゃないわよ。白々しい」
「…………」

 あかね、鋭い。でも、自分でも分かってる。自分の中で2つの気持ちがせめぎあっているのだ。

 1つは、純粋に慶に幸せになってほしい、と思う気持ち。

 もう1つは……醜い独占欲。


「だいたいさ」

 あかねは引き続き厳しい表情でいう。

「それは慶君が決めることでしょ。あんたがどうこう口出しする話じゃない」
「………」

 それはそうなんだけど……

「慶……大人になったって……なんなんだろう」
「…………」
「それに……なんでおれに何も言わず帰っちゃったのかな……」
「それは……」

 あかねが「んー」と言いながら首を傾げた。

「まあ、何も言わずに帰ったのは、言ったら別れがつらくなるから、かしらね?」
「…………」
「大人になったのは……、何か吹っ切れるものがあった……とか?」
「吹っ切れる……」

 おれのこと吹っ切ってたらどうしよう……

 ヒヤッと背中に冷たいものが落ちる。

 でも、誘いは全部断ってるっていうし……
 でも、本当は、慶のためには、日本で幸せを見つけたほうが……
 でも、そんなことになったら、おれは……

 グルグルと答えの出ない問題が頭の中で回りはじめる。………けれども、

「ま、今後も何か動きがあったら知らせるわよ」
「あかね……」

 有り難いあかねの申し出に、思わず拝んでしまう。

「ありがとうございます。ありがとうございます……」
「拝むな」

 ピシッと手を弾かれた。

「タダとは言わないわよ? とりあえず、今回は、休み明けのテスト作るの手伝って」
「え、仕事持ってきたんだ?」

 あかねは都立中学の英語教師をしている。

「部活忙しいから、休み中に終わらせたいのよ」
「そっか……」

 部活、テスト……たったの一年四ヶ月前のことなのに、ずいぶん昔のことみたいだ。

「これ、ここ数年の高校受験の過去問。ここから中2の一学期までに習う文法の問題を……」
「……………」

 ベッドの上にテキストが並べられていく。中学英語、懐かしい。大学生の時に中学生向けの塾で講師のアルバイトをしていたので、それ以来だ。

『お前が先生してるとこ見るの好き』

 ふいに思い出す、慶の言葉。
 おれは、慶の好きだった『浩介先生』になりたい。そう思ってここにきた。

 慶が、『新・渋谷慶』になって、またお医者さんの仕事を頑張っているというのなら、おれも、新しい自分になって、それで……


「あとさー、女の子紹介してよー」

 おれの思い詰めた顔をゆるめるためか、あかねがおどけたようにいってきた。

「去年来たときは長居できなかったから、こっちの子と少しもお近づきになれなかったのよねー」
「別にいいけど……」

 あかね、あいかわらずの女好き。

「一応、あかねサン、おれの恋人ってことになってるからね? そこのところ……」
「分かってる分かってる。別にどーこーしたいわけじゃなくて、単に遊びたいだけだからー」
「…………」

 そんなこといって、手の早いあかねのことだから、どーこーなるのは目に見えているような……。まあ……いいか。それは本人たちの問題だ。

「じゃ、明日の夜の授業、ちょうどいいから手伝ってよ。女性もいるから」
「だったら喜んで」

 即答っぷりに笑ってしまう。

 こんなに気の許せる異性の友人ができるなんて、昔のおれだったら考えられなかった。
 恋人のふり、なんて妙なことも、こんなに長い間してくれて………

「あかね………色々ありがとね」
「だからホントに、そういうのいらない」

 あかねが心底嫌そうに鼻にシワを寄せたので、ますます笑ってしまった。

(慶………)

 おれ、頑張るよ。早く、慶を迎えに行けるように、少しでも自分に自信がつくように……



***



 でも、その五ヶ月後。
 あかねとの奇妙な「恋人」の関係を、親の前では解消することになった。あかねがおれの母親から「別れてくれ」と言われた、という。

 電話口、暗い声で話してくれた話によると、結婚に踏み切らないおれ達を心配したおれの母親が、あかねの母親に会いにいき、そこであかねが高校時代に「不純同性交遊」で停学処分くらった話を聞いてしまったそうなのだ。それで、「桜井家の嫁にふさわしくないから別れてくれ」と…

「…………ごめん」

 きっと嫌なこといっぱい言われただろう……
 でも、あかねは「何いってんの」と言葉を続けた。

「ごめんはこっちよ。うちの母、娘の不幸が三度の飯より大好きだから。背びれ尾びれつけて、あんたのお母さんがそう言うように仕向けたに決まってる」
「…………」

 あかねとおれの最大の共通点は、親を殺したいほど憎んでいる、ということだ。
 せっかくあかねの母親は長野に住んでいるので、あまり関わらないで暮らしているというのに、おれの母のせいで……申し訳ない。

 あかねが淡々とした調子で宣言した。

「そういうわけだから、私たち、お別れしましょう」
「…………うん」

 思い出す……あかねがおれの『恋人』として、どれだけおれの盾になって両親の間にたってくれたか……

「あかね……今までありがとう」
「こっちこそ。私も職場ではこれ利用してたからお互い様」

 肩をすくめたあかねの姿が見えるようだ。

「これまで通り、電話は時々する。でもそっちに行くのはやめておくわね。私もたぶん、しばらくはあんたのお母さんの見張りがつきそうな気がするし」
「そう……だね」

 あかねの声を聞きながら、どうしようもない怒りが胸の中にたまっていくのを感じる。

 どうしてあの人は、おれの大切な人を傷つけるんだ。どうしてここまでしておれを支配しようとするんだ。こんなに遠く離れたのに。もう2年近くも会っていないのに。いつになったら、おれはこの鎖から自由になれるんだ……

 苦しくて、息ができない……

「この話はこれでおしまい!」

 こちらの様子が見えるかのように、あかねが明るくいってくれた。

「暗い話のあとは、明るい話! 慶君情報、聞きたいでしょ?」
「!」

 途端に、目の前が明るくなる。電話だから見えないのに、うんうんうなずく。

「あのね……」

 あかねから語られる慶の話……

 慶はその頑張りに実力が伴ってきて、看護師の中でも評価が上がっている、らしい。あいかわらず忙しく、休み返上で働いているけれど、体力無尽蔵で、クールなカッコよさは崩れることはなく、みんな感心している、と……


(慶………)

 また、慶は前を歩いてる……

 あかねに頼ったり、母のことを憎んだり、そんなことをしている場合じゃない。
 おれも、頑張らないと……





---------------------------

お読みくださりありがとうございました!
長々とすみません……お疲れ様でございます……

あかねが訪ねてきた、という話は何かの後書きで書いた気がするけど探せなかった……
あかねと浩介が「別れさせられた」の話は、「光彩」6-4であかねが、「あいじょうのかたち」9で浩介が話していた話、なのでした。
なんかどんどん穴埋めが進んでる感じがするっっ。(←めっちゃ自己満足^^;)

次回、金曜日は3年目突入。高校の同窓会。長谷川委員長視点でいこうと思います。

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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・二年目-2

2017年09月19日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

【慶視点】


 おれは、無力だ。

 その小さな命の火が消えた時、おれは自分の無力さを本当の意味で思い知った気がする。


「患者にも患者の家族にも寄り添える医者に」
「一緒に戦う戦友みたいな医者に」

 そんな医者になる、と高校2年生の時に決意して以来、ずっとこの道にかけてきたつもりだった。

「おれはおれのやるべきことをここで頑張る。だから、お前も頑張ってこい」

 最も愛しい人の手を離してまでも、おれはこの道を選んだ。


 浩介がケニアに行くと言ったあの日の朝。

「あたし、渋谷先生が一緒にいてくれるから頑張れるんだ」

 そう、病床のあの子が言ってくれた。

「渋谷先生みたいに一人一人の患者さんに寄り添うことなんて、他の人にはできません」

 そう、看護師の早坂さんが言ってくれた。

「ちゃんと背中押して来なよ。後悔するよ」

 そう、妹の南が言ってくれた。

 だからおれは、見送りにいけた。ちゃんと笑顔で背中を押してこられた。


 あれから一年四か月……
 おれは何も成せていない。ただ、自分の無力さを思い知っただけだ。


***


 役立たずになったおれは、強制的に10日間の休みを取らされた。
 日がな一日ボーっと過ごしている中で、思い出されるのは、あの温かい腕で、あの優しい眼差しで……


「………浩介」


 会いたい。


 一度そう思ってしまったら、もうダメだった。
 堰を切ったように流れ出したその思いは、おれの中を埋め尽くして、息もできなくなって……

 それから後のことは自分でもよく覚えていない。浩介の所属しているNPO法人に問い合わせをして、ケニア支部の住所を教えてもらって、必要最低限の荷物だけもって空港に向かい、それで……気が付いたら、ケニアの地を踏んでいた。

 現実味のないまま、浩介の勤め先である学校に向かって……

「あ………」

 生徒達に囲まれた浩介の姿が目に入った瞬間………果てしない後悔の念にかられた。


 おれは、ここに来てはいけなかったんだ。


**


 その日の夜、浩介のベッドで久しぶりにその温もりを味わった。

「慶……大好きだよ」

 何度も耳元で囁いてくれた。日本にいた時と同じように……
 せめてこの瞬間だけでも、と、すべてを忘れて、その愛に包まれて眠りに落ちた。けれども……

 一時間もたたないうちに目が覚めた。

(浩介……寝てる……)

 浩介は日本にいたころは、不眠症気味だったので、寝顔を見せてくれることがほとんどなかった。それが今はどうだ。こんなに幸せそうな顔をしてグッスリと眠っている……

(ケニアに来て、よかったな?)

 そっと、その柔らかい髪を撫でながら、どうしようもない愛しさと寂しさにとらわれる……



 昼間……浩介は、学校の校庭で、俺の姿を見つけた途端、ものすごい勢いで走ってきて、

「会いたかった! 会いたかったよ! 慶!」

 周りにいた生徒達の目も気にせず、泣きながらおれのことを抱きしめてくれた。
 冷やかすように子供達に何か言われると、照れ笑いをしながら、現地の言葉で何か言い返していて……

(ああ……お前は居場所を見つけたんだな)

 すーっと落ちていくような感覚……

 お前の先生してる姿を見るの、あんなに好きだったのに……

 今は、直視できない。

 思い知らされる。
 おれは、この場に必要のない人間だ……



 浩介の下宿先のシーナさんは、ケニア支部の代表というから、どんなやり手の人かと思ったら、感じの良い、そこら辺にいる普通のオバサンで安心した。
 反対に、その娘のアマラは、気の強そうなツンケンした女の子だった。なぜか知らないけれど、おれに対して当たりが強くて……

 でも、その理由は、浩介が大人向けに行われている夜の授業に行っている間、アマラと二人で話しているうちに気がついた。

(この子、浩介のこと好きなんだ……)

 恋愛感情としてかどうかは分からない。でも、浩介にここにいてほしいと思っていることは痛いほど伝わってきた。

『あなたが浩介の本当の恋人よね?』

 ズバリと言われ、詰まってしまうと、『やっぱりね』とアマラはうなずいた。

 前に来た〈恋人のあかね〉の時と、浩介の態度が全然違う、らしい。

『浩介を連れて帰ろうとしてるんでしょ?!』

 生徒達も村の人もみんな、彼のことを頼っている。みんなから彼を取り上げるなんて許さない。

 アマラから立ち上る怒りのオーラに圧倒される。

 ああ、浩介。お前はすごいな。こんなに求められて……

『そんなことはしないよ』

 アマラにゆっくりと首をふってみせる。

 おれにはそんな資格はない……



 空が白く染まり始めた頃、おれは静かにベッドから抜け出した。無邪気な笑みを浮かべたまま眠っている愛おしいその人の顔を見下ろす……

「……浩介」

 小さく一度だけ呼んでみる。そのすっかり肌も黒くなり、以前よりも少しやせた顔を、じっと見つめる……

 大好きな、大好きな、大好きな浩介。ずっと、ずっと、大好きだった。これからも変わらない。

 でも……

(一緒には、いられない……)

 お前の邪魔になりたくない。

 その愛しい額に口づけをし、音を立てないようにそっと部屋を出た。


 朝焼けのケニア。浩介が毎日通っているであろう道の風景。全部覚えておこう、と思った。広い空を見上げながら思った。

 お前はここで翼を広げたのか……


**


 日本に帰国してきてからの残りの休日は、ほとんど寝て過ごした。

『慶って大人ね』

 あの朝、アマラに言われた言葉が、頭から離れない。


 あの朝………母屋のシーナとアマラに別れの挨拶に行った際、アマラに言われたのだ。

 浩介には何も言わず帰国する、と言うと、

『後悔しない?』

 眉を寄せて尋ねられた。夜話した時は『一人でさっさと帰れ』みたいなことを言っていたのに……本当は優しい子なんだろう。

 後悔なら、ここに着いた時からずっとしてるよ。

 そんな本音も言えず黙っていると、アマラはますます眉を寄せた。

『浩介がさみしがるわ』
『………そんなことないよ』

 ゆっくりと首を振る。

『浩介には、君もシーナも、生徒達も、村の人もいる』
『…………』

 しばらくの沈黙のあと、アマラがふっと笑った。

『慶って大人ね』
「え?」

 大人? そりゃもう30だし………

『我慢することが大人になるってことなら、私は大人になんかなりたくないわ』
「…………」

 アマラの黒曜石のような瞳に見つめられ、いたたまれなくて視線をそらしてしまった。


 我慢することが大人……

 確かに、昔のおれだったら、ただただ「一緒にいたい」という思いだけを叶えようとしただろう。

 離れる前までは、どんな形でもいいから一緒にいたいと思っていた。一緒にいることが当然だと思っていた。

 でも……それはおれの押し付けでしかない、ということに気がついた。


 一年四ヶ月前……

「だから言いたくなかったんだよ! そうやって慶に言われたらおれ、何もできなくなる!」

 ケニア行きを反対したおれに言い返した時の、悲鳴のような浩介の声が今でも胸に刺さっている。

「おれ、自分の可能性を試したいんだよ」

 そう、真摯な瞳で言った浩介………

 だから、おれは、お前の背中を押して……

 だから、だから、だから………


「お前、もっと大人になれ」

 ふいに、先輩医師である峰先生の説教が頭の中に響き渡った。

「客観的に物事を見ろ」

 大人? 客観的……?


(おれは、どうすればいい……?)

 布団の中にもぐりこみながら、浩介の、アマラの、峰先生の、そして……いなくなってしまった小さな女の子の言葉を、何度も何度も思い返した。




----------------------------

お読みくださりありがとうございました!

今回、高校時代に書いた文章をコピペしつつ付け足していったので、いつもより更にシツコイ……
あ、ちなみに、アマラと慶の会話は全部英語です。慶君、日常会話程度の英会話はできます。

これから10年ほど後の話、「あいじょうのかたち」の6で「医者の慶は冷たいくらい冷静」と浩介が言っていましたが、慶がそうなっていくのは、上記がきっかけなのでした。

次回、金曜日は2年目の続き……引き続き真面目な話……

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BL小説・風のゆくえには~翼を広げて・二年目-1

2017年09月15日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  翼を広げて

2004年夏


【早坂さん視点】


 ある入院患者が亡くなった。
 彼女は健気に戦い、そして穏やかな最期を迎えた。誰のせいでもない。そういう運命だった、と、皆が言った。彼女の両親でさえ、深い悲しみの中でその運命を受け入れようとしていた。

 でも、渋谷先生は………
 渋谷先生は、ひたすら自分を責め続けていた。一週間経っても、日常業務に支障をきたすほど、様子がおかしかった。


「あれだけ忠告したのに……」
 自動販売機のコーナーの前を通りかかった時に、峰先生が苦々しく言っているのが聞こえてきて、思わず立ち止まってしまった。

「お前、患者に近づきすぎなんだよ」
「……………すみません」

 小さな声。相手は渋谷先生だ……

「お前はやるべきことはすべてやった。充分、役目は果たした」
「…………でも」

 渋谷先生の消え入るような声……

「おれじゃなくて、峰先生が担当医だったら……」
「同じだ、バカ」

 バシッと叩かれたような音。

「医者が何でもできると思うなよ。だいたいなあ……」

 峰先生の愛のお説教はまだまだ続きそう……

 一緒に立ち聞きしていた同僚の1人が、その場を離れてから「あのー」と声をかけてきた。

「渋谷先生って、患者さん亡くなった経験、初めてなんですか?」

 聞いてきたのは、先月小児科に配属されたばかりの橋本さん。即座にベテランの大貫さんが首を振った。

「そんなことはないんだけど……、先生が自分一人で受け持った担当患者からは、初めて……なんだよね。付き合いも深かったし……」
「ああ………」

 みんなで胸に手を当てて、渋谷先生の気持ちを慮る。
 渋谷先生は、はたから見ていても、やりすぎじゃないか、というくらい、患者さんに寄り添おうとしていた。先輩医師の峰先生にそれを何度か注意されていたのもみんな知っている。

「渋谷先生はまだ若いから張り切ってるんだよね。いいじゃないのよねえ」

 なんて、看護師の間では峰先生の注意が笑い話になっていたけれど……、こうなってしまっては、峰先生の忠告こそが正しかった、と思えた。どこかで線を引かなければ、精神的にやられてしまう。それで仕事ができなくなるのでは本末転倒だ。

 でも……気持ちはわかる。

「あとで発表になるけど……、渋谷先生にはしばらく休みを取ってもらうって」

 大貫さんが「まだ内緒よ」と口に指をあてながらいった。

「ちょうど夏休み期間だしね……。頭切り換えてきてくれるといいんだけど……」
「でも………」

 思わず言葉が出てしまう。

「そのまま辞めちゃったり………」
「…………」
「…………」

 みんなで顔を見合わせ……首を振った。

 渋谷先生……カッコ良くて優しくて、みんなのアイドルだったのに……

 どうか乗り越えて帰ってきてくれますように…………



 そんなみんなの願いが通じたのか、渋谷先生は10日間の休みのあと、ちゃんと復帰してきた。

「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げた渋谷先生。

「今後ともよろしくお願いします」
「…………っ」

 その眼差しに、女性陣から「きゃあっ」みたいな声が上がった。きゅんとさせられるような瞳……

「なんかますますかっこよくなったね~」
「一皮むけていい感じ~」

 挨拶の後、みんなはそんな話をしていたけれど………

(…………違う)

 私は、違和感を感じていた。

(渋谷先生……人形みたい……)

 今までのオーラが情熱の赤、だったとしたら、今は……透明に近い青……

 もう大人なんだから、こう言うのは変なのかもしれないけど、「大人っぽくなった」という言葉が一番当てはまるかもしれない。

 少年のようにキラキラしていた瞳は、落ち着いた透明感のある光に変わっていて………完璧に整った容姿はそのままなのに、まるで雰囲気が違う……

(先生、大丈夫………?)

 儚げ……ともいえる雰囲気に心配が募る。

 先生はこの休みの間に、遠距離恋愛中の彼女に会いにいった、という噂だ。そこでも何か大きな変化があったのだろう。そうでなかったら、こんなに変わるわけがない。

 別れた……のかな……

(先生………)

 遠くにいる彼女より、近くにいる私の方が、先生を支えてあげられる……

(私が、支えます)

 勝手な決意を胸に、ぎゅっと両手を握りしめた。





【浩介視点】


 ケニアに来てから、夢を見る回数が減った。不眠症だったのが嘘のように、気がついたら寝ている、という毎日を過ごしていた。それだけ疲れているのだろう。

 それでも、数少ない夢の中に出てくるのは、当然慶の姿で………。日中も、ふとしたときに、すぐ近くに慶がいるような感覚に陥って、しめつけられるような愛しさと寂しさにとらわれていた。


 そんな中……、本当に、本物の慶が会いに来てくれた。

 1年4ヶ月ぶりに触れる慶の頬………

 あらためて思い知る。こんなにもいとおしい。こんなにも愛してる……


「急に夏休みが取れたから遊びに来た」

 慶はそう言ったけれど、何かあったことは明白だった。慶、やつれてる………

 シーナとアマラのいる母屋では、気丈に明るくふるまっていた慶。離れのおれの部屋に入った途端、ふうっと大きくため息をついた。

「お前はすごいな……」

 狭いおれの部屋の中に、慶の良く通る声が小さく響く。

「生徒だけじゃなくて、村の人にまで頼られて……」

 慶は自分の手のひらをジッと見つめてから、ポツリ、とつぶやいた。

「それに比べて…………おれは、無力だ」
「そんなこと……」

 何があったのかは分からない。でも、痛いほど、辛い、ということだけは伝わってくる……

 何を言えばいいんだろう……

「………おれがこの国に来る勇気を持てたのは慶のおかげだよ?」

 迷った末にそれだけ言うと、慶は目を伏せて……

「………浩介」

 ぎゅっと抱きついてきた。愛しい感触……

「慶……」

 そのまま、狭いベッドになだれ込み、1年4ヶ月分のキスをした。

**

 さすがになんの用意もなく最後まですることは躊躇われたので、初めての時のように、お互いを高めあ……………ったのは、いいんだけど……二人して、あっという間に達してしまって……

「ご、ごめん、久しぶりすぎて……」
「おれも……」

 あまりにも早すぎだし、半端ない量が出るしで、思わず、顔を見合わせ、笑いだしてしまった。

「あー……おかしい」
「だねー……久しぶりだとこんな風になるんだね」

 慶もおれと離れてからは、自分で抜くこともほとんどしていなかったそうだ。おれも同じだ。なんかそんな気分にならなくて……

 笑いながらまた唇を合わせる。

「慶、大好き」
「うん」
「大好きだよ」
「ん」

 ぎゅうっと抱きしめながら、何度も何度も囁いていたら、慶がすーっと眠りに落ちた気配がした。愛しい慶……

(慶……)

 何があったのかは分からないけれど…

『しばらくこちらにいます』

 シーナに『いつまでいるの?』と聞かれ、慶はそう答えていたので、まだ時間はあるということだ。そのうち教えてくれるかな……

 と、いうか、

(しばらく、じゃなくて、ずっとここにいればいい)

 そんな辛い顔をさせる日本なんかさっさと棄てて、ここにいればいい。おれと一緒にいればいい。

 もしかして、慶もそのつもりで来たのではないだろうか……

「慶……」

 そっとその額にキスをすると、おれも安心したからか急激な睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまった。

 そして、朝が来て………

 慶がいなくなっていることに気がついた。

 慶はおれには何も言わず、日本に帰ってしまったのだ。



----------------------------


お読みくださりありがとうございました!
峰先生の「患者に近づきすぎるな」。これから10年以上後のお話になる『たずさえて』でも、そう言って戸田先生に説教しておりました。あのセリフの下地には、上記の慶の一件もあったのでした……

次回は9月19日(火)更新予定です。よろしくお願いいたします。


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おかげで続きを書くことができております。暗い話が続きますが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします…

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