目次↓
R18・読切は、本編中の出来事ではありますが、読まなくても大丈夫です。ご参考までに載せてみました。
R18 『風のゆくえには~R18・聖夜に啼く』
あいじょうのかたち1(浩介視点)
あいじょうのかたち2(樹理亜視点)
あいじょうのかたち3(慶視点)
あいじょうのかたち4(浩介視点)
あいじょうのかたち5(樹理亜視点)
あいじょうのかたち6(慶視点)
R18 『風のゆくえには~R18・負傷中の…』
R18 『風のゆくえには~R18・リベンジ』
あいじょうのかたち7(浩介視点)
あいじょうのかたち8-1(南視点)
あいじょうのかたち8-2(南視点)
あいじょうのかたち9(慶視点)
あいじょうのかたち10(浩介視点)
R18 『風のゆくえには~R18・黒い翼』
あいじょうのかたち11(慶視点)
あいじょうのかたち12(浩介視点)
あいじょうのかたち13(樹理亜視点)
あいじょうのかたち14(慶視点)
あいじょうのかたち15(浩介視点)
読切 『風のゆくえには~あいのしるし』
あいじょうのかたち16(樹理亜視点)
あいじょうのかたち17(慶視点)
あいじょうのかたち18-1(浩介視点)
あいじょうのかたち18-2(浩介視点)
あいじょうのかたち19(戸田先生視点)
あいじょうのかたち20(浩介視点)
あいじょうのかたち21(慶視点)
あいじょうのかたち22(谷口さん視点)
あいじょうのかたち23(浩介視点)
R18 『風のゆくえには~R18・嫉妬と苦痛と快楽と』
あいじょうのかたち24(慶視点)
あいじょうのかたち25(樹理亜視点)
あいじょうのかたち26(浩介視点)
あいじょうのかたち27(慶視点)
読切 『風のゆくえには~カミングアウト・同窓会編』
あいじょうのかたち28-1(浩介視点)
あいじょうのかたち28-2(浩介視点)
あいじょうのかたち29(慶視点)
あいじょうのかたち30-1(浩介視点)
あいじょうのかたち30-2(浩介視点)
あいじょうのかたち31(慶視点)
あいじょうのかたち32(浩介視点)
あいじょうのかたち33(慶視点)
あいじょうのかたち34(浩介視点)
あいじょうのかたち35(慶視点)
あいじょうのかたち36(浩介視点)
あいじょうのかたち37(慶視点)
あいじょうのかたち38(浩介視点)
あいじょうのかたち39(慶視点)
あいじょうのかたち40-1(浩介視点)
あいじょうのかたち40-2(完)(浩介視点)
あらすじ↓
高校時代からの恋人、桜井浩介と渋谷慶。
約8年間、東南アジア某国で暮らしていたけれど、訳あって帰国。
浩介の両親との長きにわたる確執にとうとう向き合うことになる。
人それぞれの「あいのかたち」を追求しました。
私の一番お気に入りの話は、「あいじょうのかたち15」です。慶がねーもーねー……
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クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!!
今朝も画面二度見して、うおえ?!という意味不明な声をあげてしまいました。
20年前は、一人でこっそりノートに書き綴り(誰にも読んでもらったことありません)、
読み返してはただ自己満足に浸っていたわけですが(いまだにその感覚で、よく自分の書いたものを読み返してはニヤニヤしてます)…
そうして生まれでた慶と浩介の行く末を、こうして見ず知らずの方にも読んでいただけるなんて……なんて幸せなんでしょうか。夢にも思いませんでした。本当に本当にありがとうございます。
彼らは私の中にリアルに存在しているという感覚なので、特別にものすごい事件が起こったりはしません。。
なので、読みに来てくださる方がつまんないかな退屈かな……と悩んだりもしたのですが……。
でも!これまで通り、日常を綴らせていただきます。引き続き、二人が幸せになれるようお見守りいただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします!
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してくださった方、ありがとうございました!
「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
写真撮影の3日前。
慶と二人で陶子さんのバーを訪れた。このバーは普段は女性専用なのだけれども、偶数月の最終土曜日のみ、男性のカップルも入店が許されるのだ。
「フォトウェディングっていうんでしょ?」
「そうそう。流行ってるわよね」
偶然来ていたおれの友人、一之瀬あかねが、カウンターの中でリンゴを切っている目黒樹理亜に向かってうなずいている。あかねによると、今回のおれ達のように、結婚式はせずに写真だけ残すカップルは今多いらしい。
「いいなあ。見に行きたーい」
「ねー。私も行きたーい」
「ダメ」
一刀両断に断ってやる。
「なんで?!」
「まず、目黒さんは絶対に慶とのツーショット写真撮ろうとするからダメ」
「ぶー」
ぶーぶー言う樹理亜を前に、おれの右に座っているあかねが「私は?私は?」と聞いてくる。まったく何言ってんだ。
「あかねはおれの元カノでしょ。元カノが元彼のウェディングにきてどーすんの」
「えーいいじゃないの」
「え、元カノ?!」
樹理亜がげげげっとツッコんできた。
「そうなの? え、2人そうだったの?!」
「そうよー。大学2年の終わりから10年くらい?」
「だね」
「うそー!」
きゃーと悲鳴をあげる樹理亜に、おれの左に座っている慶が面白くなさそうに言う。
「ウソだよ。親の手前、恋人のフリしてただけ………だよなあ?」
「痛っ」
カウンターの下で足を蹴られた。
「もー当たり前でしょっ。なんでおれがあかねなんかと」
「なんかとは何よっ」
「痛っ」
反対側からも蹴られた。
「もー!二人とも!暴力反対! だいたい、恋人のフリする計画持ってきたの二人でしょー!」
「おお。そうだったな」
「懐かしいわね~」
おれを挟んで2人が「ねー?」と笑い合っている。この2人、親しいのか親しくないのかイマイチわからない。
と、そこへ
「ちょっと……いいかしら」
静かな落ちついた声がカウンターの中から聞こえてきた。クレオパトラみたいな髪型をした、このバーのママの陶子さんだ。
「ララのことなんだけど……」
「…………」
ララ、というのは陶子さんの姪の三好羅々のことだ。おれに睡眠薬を飲ませて、おれと性行為をしているように見える写真を撮った女の子。おれはその写真を見たことがないのだが(トラウマになるから、と慶がおれには絶対に見せないようにしてくれている)、見てしまった慶はその後しばらく様子がおかしくなってしまった。
それ以降、おれ達の間では禁句になっている三好羅々の名前に、慶がピクリと眉を寄せた。
そのことに気がついたであろう陶子さんは、慶には視線を向けず、おれとあかねに向かって話しはじめた。
「ララ、休学してた専門学校に復学したの」
「え!」
思わず叫んでしまう。
引きこもりから脱却したのか!
「それは良かったです。でも……」
なぜ急に………。
おれの言葉に、陶子さんがなぜかさみしげに微笑んだ。
「浩介先生のお母様の言葉が響いたらしくて」
「僕の母、ですか?」
訳が分からない。あの人なにか言ったっけ?
先月、父が退院するときに、羅々が突然現れ、おれの両親と少し話したは話した。でも何も心に響くようなことは言っていなかったけど………
陶子さんは引き続き寂しげに、小さく言った。
「お母様に言われたんですって。『お嫁に行くときにこんな写真が出回ったら大変よ』って」
「…………え」
それ?
「お嫁さんって、当然のように言われて嬉しかったんですって。女の子として認められてる感じがして」
「…………はあ」
そんなことで? 女の子の気持ちはよく分からない………。
「それに『他に相手なんていくらでもいる』って言ってもらえて、うちにとじ込もっているのがもったいないって思えるようになったって」
「…………」
意味が分からない……
似たようなことは陶子さんだって何度も言ってきただろうに……
陶子さんの寂しげな表情はそこからきてるのだろうか。今まで自分が言っても駄目だったのに、一度しか会ったことのない他人の一言で心動かされてしまったことに対するやるせなさというか……
陶子さんは心を読まれたくないように、下をむいたままカクテル作りをしている。
「まあ……さ」
あかねがぽつりと言った。
「言われるタイミングもあるわよね。同じセリフでも、もっと前に言われてたら受け入れられなかったかもしれないし。何がきっかけになるかはわからないわ。……ねえ、陶子さん」
カクテルを差し出した陶子さんの手をふいに掴んだあかね。
「それを受け入れられる下地作りをしたのは、間違いなく陶子さんだよ?」
あかねはにっこりとすると、両手で陶子さんの手を包み込んだ。
「だからそんな顔しないで。ララにとっての今のお母さんは間違いなく陶子さんなんだから」
「……あかね」
一瞬泣きそうな顔になった陶子さんだが、すぐにいつものクールさを取り戻すと、すっと手をひっこめた。そして、からかう調子で言う。
「今さら口説いてもなびかないわよ?」
「あら。ダメだったか」
あかねも笑って言うと、グラスを片手に立ち上がった。
「そろそろお邪魔虫は退散しまーす。樹理もおいで?」
「あ、うん」
一生懸命リンゴの皮剥きをしていた樹理亜が、切り終えたものをタッパーにつめながら慶を振り仰いだ。
「慶先生、写真できたら見せてね?」
「わかった」
慶が肯いている。あいかわらず慶と樹理亜、仲が良くてムカつく。
「じゃ、二人とも撮影頑張ってね」
「うん。紹介ありがとね」
テーブル席に移動するあかねに手を振り、振り返ったところで、
「色々とご迷惑をおかけして、本当にごめんなさいね」
陶子さんがあらたまった感じに、おれ達に頭をさげてきた。
慶が今度は、いえいえ、と対応すると、陶子さんは伏し目がちに話を続けた。
「ララね、カウンセリングにも通わせはじめたの」
「あ……そうなんですか」
「今、猫も杓子もカウンセリングって感じで、正直ちょっと抵抗あったんだけどね。他人の力を借りるなんて……って思って」
「…………」
言いたいことはわかる気がする。
「でも……猫も杓子も、だからこそ、行ってもいいかもって逆に思ったりして」
「なるほど」
それもわかる。
陶子さんは目を伏せたまま、言葉を続けた。
「お二人には迷惑かけて申し訳なかったけれど、ようやく一歩進めた気がするの」
「……はい」
「本当に、ありがとうございました」
陶子さん、深々と頭を下げながら、碧くて綺麗なカクテルを差し出してきた。
「これはお詫びとお礼と、ウェディングのお祝いね」
「わあ。綺麗……」
カクテルに見惚れていたら、現れた時同様、陶子さんはすうっといなくなってしまった。あいかわらず不思議な人だ。
(……大丈夫)
あの陶子さんがクールな仮面をかぶり切れずに心配するくらい母として愛しているのだから、羅々はきっと大丈夫な気がする。
おれはもう関われないので、せめて、遠くから幸せを祈っていよう。
「甘くておいしい」
慶が一口飲んで、感嘆の声をあげた。そして、世間話の一つというさりげなさで言葉を継いだ。
「お前のお母さんって、良い意味でも悪い意味でも、すごい正直なんだよな。だから言われた方はその言葉が心に響いてくる」
「…………」
おれには悪い意味しかなかったけど……
「美幸さんも……」
「え」
慶が毛嫌いしている、おれの初恋の相手、美幸さんの名前を慶が口にしたのでビックリした。
「お前の母さんに『大丈夫』って言われて、気持ちが楽になったっていってただろ」
「………うん」
以前、美幸さんの息子さんを遊ばせていた母の姿を思い出す……
「それってすごいことだよな。お前の母さん、ただ者じゃねえよ」
「なにそれ」
笑ってしまう。
でも慶は、真面目な顔で慎重に言葉を選びながら先を続けた。
「まあ、だから、なんだ。良い事は受け止めて、そうじゃないことは流せるようになればいいんだろうな」
「あ………うん」
慶はたぶん、これを言うのに、今まで色々悩んでくれてたんだろうな……。
そう思ったら、今すぐ抱きしめたくなってきた。けど、我慢我慢……。
「あとな……」
「うん」
慶が迷ったように言う。
「お前の父さんと、こないだ二人だけで話したんだけど……」
「えええ?!」
あの、恐ろしい父と二人きりで?! 慶と父のツーショット……想像できない。でも慶は、毎週火曜日に父の送迎をしてくれていたので、そんな時間があってもおかしくはない。
おれの驚きを置いて、慶がポツポツと続ける。
「養子縁組とか考えてるのかって聞かれたから、それはないって答えたんだよ。そしたら、遺言書を作っておいたほうがいいって……」
「へえ……」
あの人がそんなことを……
「お前の父さん、どうも、お前とどう接していいのかわからないって感じがする」
「え」
どう接していいか?
「お父さん、あまり自分のお父さんと仲が良くなかったんだってな。だから余計に父親と息子の距離感が分からないというか……」
「そう……なんだ」
祖父はおれが小さい頃に亡くなったからほとんど覚えていないのだけれども、とても厳しい人だったという話はきいたことがある。
それにしても、あの父が慶とそんな個人的な話をするなんて……
慶が、「だからな」と言葉を継いだ。
「せっかくこれだけ時間も空いたことだしさ、お前とお父さんは、大人と大人として新たな関係を築いていけたらいいなって思うんだよ」
「新たな……関係」
そんなことが可能なんだろうか……
想像しただけで今までの恐怖心がよみがえってきて、ぞわぞわしてくる。……が。
「浩介」
沈み込んだおれを拾いあげるかのように、慶の優しい手がおれの左手に絡めてつないでくれた。
「大丈夫。おれがついてる。一緒に歩み寄っていこう」
「………慶」
ぎゅっと握り返す。慶の温かい気持ちが本当に嬉しい。
でも……。あの父と歩み寄れるものだろうか。あっちも歩み寄る気などないだろう。写真撮影も来ないって言ってたし……。
と、思っていたのに。
「……お父さん」
写真撮影当日……。来るはずないと思っていた父が、やる気満々(!?)でモーニングなんか着ているから、本当に驚いた。
「来て、くださったんですね……」
「ああ……渋谷君に言われてな……」
不承不承、という顔をした父。この父を引っ張りだすなんて、慶はどんな魔法を使ったんだろう。
「先にお母様方、よろしいですか~?」
「あ、はい。じゃ、行ってますね」
「ああ」
スタッフの声に、母がカメラの前に行くのを見送りながら、父が言葉を続ける。
「………俺ももう80を過ぎた。順番から言って、佐和子より俺が先に逝くだろう」
「…………」
何を急に………
「俺がいなくなったあと、この写真を見返した時に、俺が写っていなかったら佐和子がさみしく思うだろう、と渋谷君が言ってな」
「…………」
…………慶。
「だから、今日はお前のためにではなく、佐和子のために来たんだ」
「………」
父が不貞腐れたように続けた。
「お前………俺がいなくなった後、佐和子のこと頼んだぞ」
「あ………はい」
父が母のことをそんな風に大事に思っていたなんて意外だ。
父はムッとしたまま言葉を継ぐ。
「俺はお前と渋谷君のことは理解できない。だが、お前がこの道しか選べないというなら、もう何も言わん」
「……お父さん」
驚いた。事実上の容認だ。父がそんなこと言ってくれるなんて……。
「ただ、将来のことはちゃんと考えろ。金のことはきちんとしておけ」
父はこちらを見ようともしない。
『大人と大人として新たな関係を……』
慶の言葉を思いだし、ぐっと腹に力を入れる。
「お父さん」
「……なんだ」
相変わらずの冷たい目にひるみそうになったけれど、その奥底に戸惑いが見えて思い直す。この人だって戸惑っているんだ……
「近いうちに、遺言書を作成したいと思っています。相談にのっていただいてもよろしいでしょうか?」
「…………。相談料とるからな」
「…………」
ちょっと照れてる? 父は心なしか少し赤くなりながらおれの前を通りすぎ、慶と慶の父親のところへ行ってしまった。
こうやって少しずつでいいから歩み寄っていけるだろうか……
慶のおかげで父の愛の形が少しだけわかった今、昔とは違う気持ちで父と向き合える気がする。
「え……うわ……」
撮影の場所を見ると、母と慶の母が並んで椅子に座りながら、裾の位置を直してもらったりしていた。その様子をみて思わず驚きの声をあげてしまう。何か小さく言い合い、クスクス笑っていたりする二人。20年ほど前、大げんかをしたらしい二人と同じとは思えない穏やかさだ。
「女なんてそんなものよ。どんなに腸煮えくり返っていても、笑顔で話せちゃう」
「……南ちゃん」
おれの心を読んだかのように南ちゃんがいい、パシャリと二人の姿を写真に撮った。そして、あら、と気が付いたように言う。
「浩介さんのお母さん、3月に見た時よりもずっと表情が柔らかくなったね」
「………そうだね」
母の行動にはさんざん悩まされ続けたけれども、これからは少しはマシになっていくのかな。……いや、マシになっていなくても、おれはもう逃げない。逃げないで向き合う。母の重すぎる愛に。自分勝手すぎる愛に。それが母の愛の形なのだから。
慶が一緒にいてくれるから、向き合っていける気がする。
「では、新郎様方、お父様方もこちらへ」
「はい。じゃ、南ちゃん」
「はーい。プロとは違う視線からとるから楽しみにしててー」
南ちゃんがニコニコと手を振ってくれる。
南ちゃんがおれ達を撮りはじめてからもう何年になるだろう。高校卒業の時に門の前で撮ってくれた慶とのツーショット写真は、今でもお気に入りで寝室にコッソリと飾ってある。南ちゃんの写真には愛がある。
6人での写真にはじまり、両親と息子だけの写真とか、母とツーショットの写真とか、丁寧に色々な取り合わせで撮ってくれ、かなりの時間を要したけれども、とりあえず、両親との写真撮影は終了した。
疲れ切った様子の父と、興奮した様子で頬を赤らめている母が、着替えのために退出していく。その寄り添う姿……感慨深いものがある。おれが日本にいない間に、両親の距離はずいぶんと縮まったようだ。それだけの年月が経っている。この年月は無駄ではなかったのだと思いたい。
「では、お二人の写真撮りますので」
カメラマンに呼ばれ、慶と二人でカメラの前に立つ。「目線こちら」だの「あっちを見て」だの「見つめあって」だの様々な要求をこなしていたが、
「あとはお二人の自然な感じを撮りたいので適当に話してください」
「え」
いきなりそんなことを言われて、顔を見合わせてしまうおれ達……
後ろのスクリーンはいつのまに教会から砂浜に変わっている。
「適当に話せと言われても……」
「あ、さっき、父に遺言書の話したよ」
「そうか。じゃあ、近いうちにお願いしような。どうせ書くならちゃんとした紙に書きたいから……」
「こらー二人ともー!」
苦笑しているカメラマンさんの横で、南ちゃんが手を振り上げ怒っている。
「なんの話してるのよ! ちゃんとロマンティックな話しなさーい!」
「ロマンティックって」
再び顔を見合わせ、笑ってしまう。でも、カメラマンにも促され、
「えーと……」
顔を近くによせ、声をひそめた。たぶんこの音量ならカメラマンにも南ちゃんにも聞こえないだろう。
あらためて、慶に思いを打ち明ける。
「慶、今まで本当にありがとうね」
「何が?」
小首をかしげる慶。……かわいい。
「ずっとずっと支えてくれて。おかげで両親とこんな写真まで撮れて」
「写真、撮ることにして良かったよな」
慶がふっと優しく笑った。
「おれも親にちょっとだけ恩返しができた気がする」
「うん………」
慶の両親は、今日も終始楽しそうだった。慶と慶の両親のような適度な距離感が羨ましい。おれもこうなれたらいいな……
「これからもたくさんよろしくね?」
「ああ」
慶と見つめ合う。ああ、今日の慶はいつもにも増して完璧だ。美しくて格好良くて。おれみたいな平凡な男が隣にいるのは申し訳ない……
「お前さ」
そんなおれの気持ちを読んでいるかのように、慶の視線が真っ直ぐに向かってきて、ドギマギしてしまう。慶がふっといたずらっぽく笑った。
「実はそういう格好似合うのな。いいじゃん。王子っぽくて」
「ええええっ」
そんな完璧王子の人に言われても、全然素直に受け取れないんですけどっ。
言うと慶は肩をすくめた。
「何言ってんだよ。おれにとってお前は、唯一無二の王子様だよ」
「…………え」
途端に自分が赤面したのが分かった。
でも、慶、ニヤニヤしてる。これは……
「慶……からかってるでしょ」
「いや、そんなことねえよ。本心本心」
いやいや、その顔、絶対からかってる! おれを照れさせて動揺させる気だなっ。それなら……
「慶……」
真面目な顔を作って慶を見下ろす。
「これからもずっとずっと一緒にいてね?」
「当たり前だろ?」
「うん………」
半笑いのままの慶の耳元に唇を寄せて、カメラマンと南ちゃんからは見えない角度でその白い耳に口づける。
「………大好きだよ」
「……………」
慶、ちょっと笑った。
ああ、愛しい慶……
「あー……」
じっと見つめていたら、慶がいきなり大きくため息をついた。
「どうしたの?」
聞くと、慶はボソボソと、
「あー今、すげー言いたい言葉がある」
「何? ………わっ」
聞き返すのと同時に腕を捕まれ、引っ張られた。頬が触れ合うくらい近くに顔が寄せられ、心臓が跳ね上がる。
「慶?」
名前を呼んだその時………耳元で優しい優しい声がした。
「………愛してる」
「え」
今、なんて………
慶がゆっくり頬を離し、正面からおれを見上げ、柔らかく微笑んだ。
「浩介……愛してるよ」
「!」
うわ……っ
驚きのあまり息が止まりそうになる。
愛してる、なんて、初めて………初めてだ。24年もあったのに初めて言われた。
「慶……」
呆けたおれに、慶が少し笑った。
「………言葉にするとなんか嘘っぽいな」
「いやいやいやいやっ」
思いきり首を振る。
「そんなことない。そんなことないよ」
「そうか?」
微笑んだ慶。愛しい愛しい慶……。
「愛には色々な形があるって戸田先生が言ってたけど………」
慶が静かに言う。
「おれは戸田先生みたいに一緒にいるだけ、なんて無理」
「うん………」
「愛したい。愛されたい。守りたい。そばにいたい。求めたい。求められたい。離れたくない。離さない」
「慶……」
慶の強い目の光。なんて綺麗なんだろう。
「だから、ずっと一緒にいような?」
「うん……」
手を繋ぎ、おでこを合わせる。
「慶……愛してるよ」
「……ん」
気持ちが溢れて、止まらない。愛してる。愛してる……
「はい! ありがとうございました!」
「!」
「!!」
はっとして慌てて飛び離れる。
撮影中だということ、すっかり忘れてたーーーー!!
「ちょっと二人ともーー!」
きゃーっという南ちゃんの声。
「すっごい良い写真撮れちゃった! やっぱり売ってもいい?!」
「売るなっ」
はしゃいだ南ちゃんに、慶が真っ赤になって怒鳴り返している。
ああ、昔から変わらないなあ……
「お前も何とか言えっ」
「んー……」
ムキになっている慶にニッコリという。
「モデル料は売値の80%でどうかな」
「あほかっ」
ガシッと蹴られた。
慶……昔から変わらない。そしてこれからも変わらない……
「慶、大好きだよっ」
「人前で言うなっ」
真っ赤になった慶に怒られる。
ねえ、慶。おれ達、ずっと、ずっと一緒にいよう。一緒に生きよう。求め合おう。愛し合おう。
それがおれの愛の形。
おれ達の愛の形。
<完>
----------------
以上です。
最後までお読みくださりありがとうございました!
最終回やっぱり長くなりました。
あれもこれも書かないとと思ったら案の定……
元々、この「あいじょうのかたち」は浩介救済のためにはじめた話でした。
で、慶に「愛してる」と言わせることが最終目標でした。
だってこの人、この24年で一度も言ったことないんだよ!!
ようやく言いました。ああ無事に言ってくれてよかった。
一年前に再開した慶と浩介の物語ですが、今回書いているうちにどうしても、一番最初の物語も書きたくなってきました。
私が高校生の時は、慶視点のみで書いていたのですが、浩介視点で書いたらそれはまた趣向が変わっていいかな、なんて思ったりして…
もうくっつくことが分かっている二人の話、面白くもなんともないけど、私が読みたいので書きます(`ω´)キリッ
高校生の私が考えた話なので、今よりも更に本当に日常物語で面白くもなんともないけど、私が読みたいから書きます(`ω´)キリッ
この度は、こんな真面目な物語にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
こうして書いてこられたのも皆様のおかげです。
おかげさまでどうにか浩介が両親と再交流できるようになり、安心しました。
これからまた色々なことがあると思いますが、二人の揺るぎない愛は変わらないので、何があっても乗り越えていってくれると思います。
私、今日はちょうど、これから代官山に用事があって出かけます。
彼らが今住んでいる、都立大学を通り過ぎるとき、ますます感慨深い気持ちになるんだろうな。
今日は二人とも休みだから、二人でジムにでも行くのかな。寒いから行きたくないーという浩介を慶が無理矢理引っ張っていくんだろうな。
なんて思いながら……
皆様本当にありがとうございました!!
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「あいじょうのかたち」目次 → こちら
慶と初めてキスをしたのは、高校二年生の11月3日。文化祭の最終日の、後夜祭の最中のことだった。
キャンプファイヤーの火を遠目に見ながら、校庭の隅っこに座って話をしていたのだけれど、
(綺麗だな……)
慶の横顔にみとれていたら、その視線に気がついた慶がこちらを振り返って。そうしたら、その唇がとてつもなく魅力的で、ほとんど無意識に唇を重ねてしまって……
それから、おれはようやく、慶への気持ちに気がついたのだ。友達としてだけではなく、特別な存在だと思っているということに………
あれからちょうど24年……
「何ジロジロ見てんだよ」
「え、あ、うん。綺麗だな、と思って」
「何が?」
眉間にシワを寄せた慶にそっと口づける。
「慶の横顔が」
「なんだそりゃ」
苦笑する慶。正装をしている上に、髪の毛もプロの人にセットしてもらって、薄く化粧までしているせいか、いつもにも増して芸能人オーラを放出しまくっている。この人絶対芸能人になれる。……あ、でも照れ屋だから演技とか歌とかできないし、写真撮られるの嫌いだからモデルにもなれないし、やっぱり無理だな。いや、無理でいいんだけど。芸能人なんかになられたら困るし……
「ご準備、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
カーテンの向こうから声をかけられ、返事をする。
今日は、かねてからの計画通り、写真館へ撮影をしにきているのだ。
慶が結婚式はどうしても嫌、百歩譲って写真撮影だけ、というので、その話を友人のあかねにしたところ、同性カップルの写真撮影を請け負ってくれる写真館を紹介してくれたのだ。あかねは顔が広く友人が多い。結婚指輪もあかねの友人が働く店で買ったが、この写真館も彼女の友人がカメラマンとして働いている店なのだ。
カーテンが開くなり、スタッフの女性陣がきゃあっと声を上げた。そりゃ、この慶を見たら誰でもきゃあっていうよな。
でも、残念でした。お前らがいくら騒いでも、慶はおれ一人のものなんだよ。
純白のタキシードを着た慶。用意されていた靴を履くと、あれ?と首をかしげた。
「これ、もしかしてシークレットシューズですか? いつもより目線が……」
慶が言うと、スタッフの女の子がニコニコと、
「シークレットってほどではないですけど、5センチほどヒールが入ってます」
「お~~これが170センチの視界かあ~~」
いや、正確には169でしょ、というツッコミはやめておく。慶、やたらと嬉しそうだ。
「おれもせめてこのくらいは身長欲しかったなー。いいなー。おれこの靴買おうかなー」
「歩きにくくないの?」
「いや?別に……ととっ」
慶は歩き出そうとして前につんのめり、おれの腕にとっさにつかまった。
「くそー。やっぱり歩きにくいなー」
「そう考えると、女の人ってあんな高いヒールよく履けてるよね」
「だよな……って、お前ももしかして履いてる? 差がいつもと変わんねえ……」
「ん? どうなんだろう?」
靴底を見たりしていたところに、別のスタッフが入ってきた。
「ご両親様のお支度も整いましたので、どうぞスタジオへいらしてください」
「はーい………、おっと」
やはりおれもヒールが入っていたようで、気をつけないと前につんのめりそうになる。二人して用心して歩いていたら、何だかおかしくなってきた。
「明日変なとこ筋肉痛になってそう」
「いや、おれ、もうだいぶ掴んできたぞ。マジで買おうかな、この靴……」
「え」
これで慶に背まで高くなられたら、もう本当に弱点ナシじゃないか。ますます女性に目をつけられるじゃないかっ。
「170センチ~」
「…………」
慶、ご機嫌だ……。
う……慶の身長コンプレックスを知っているだけに反対できない……。
「これ、いくらぐらいすんだろうな。やっぱ普通の靴より高いのかな」
「え、あ、そうだね……」
本気で慶が購入を考えはじめてる。どうしよう……と思っていたところに救いの声がかかった。
「やめた方がいいと思うよ」
「南ちゃん!」
いつの間に、慶の妹の南ちゃんが真面目な顔をして立っていた。
「今持ってるズボン、履けなくなるよ? スーツとか全部作り直しだよ」
「………。そりゃ面倒くせえな」
「だいたい、普段履きの靴はともかく、フォーマルの革靴は3センチくらいヒールあるでしょ。それでいいじゃん」
「……だな。やっぱやめた」
あっさりと慶が諦めてくれて、ほっとする。それから、あれ? と思う。
「南ちゃんも来てくれたんだ」
「うん。でも写真には写らないよ」
確かに、南ちゃんラフな格好してる。
「聞いたら、こっちでも写真撮っていいって言うから、今日はカメラマンとして来ました~」
「お前、まさかその写真……」
「参考資料として使わせていただきます。売らないから安心して」
「当たり前だっ」
南ちゃんは小説家をしている。その作品は男が手に取りにくいものばかりだったりする。そして、南ちゃんはおれ達の写真を隠し撮りして売っていた過去もある……。
南ちゃんは、にーっこりと笑うと、
「今日はおめでとうございます、だね。今日にしたのは、初キス記念日だから?」
「み………っ」
ケロリといった南ちゃんのセリフに血の気が引く。
南ちゃん、それは言わない約束だったでしょっ! って、24年も前の約束って無効なのか?!
24年前、キスしたことで慶とギクシャクしてしまい、それを南ちゃんに相談したのだ。南ちゃんバッチリ覚えていたようだ。
「なんで知ってる!? ってお前かっ」
慶が南ちゃんにつめよりかけて、はっとおれを振り仰いだ。
「お前が喋ったってことだな?!」
「ごめんごめんっ。でも24年も前のことだよーっ」
「お前、他に何喋った?!」
「喋ってない喋ってないっ」
色々喋ってるけど、とてもじゃないけどそんなこと言えない!
慶はプリプリ怒りながらおれの額にぐりぐりと人差し指をつきつけてきた。
「前々から言おうと思ってたけどな、お前南に……」
「桜井さん、渋谷さん」
そこへ、苦笑気味にスタッフの女性から声をかけられた。
「皆様お待ちですので、こちらへどうぞ」
「あ……すみません」
慶と顔を見合わせる。慶はイーッという顔をすると先にスタスタ言ってしまった。
変わってないよなあ……ホントに。慶はあのころと同じ、可愛いままだ。
思わずその後ろ姿に見惚れていたところ、背中をバシバシ叩かれた。
「ごめーん、浩介さん。内緒だったんだっけ」
「南ちゃん……ホント、これ以上バラすのやめて」
「ごめんごめん」
全然反省してない様子の南ちゃん。おれの横にそそっと寄ってくると、
「で、さあ、こないだから聞きたかったんだけど……」
「…………なに?」
嫌な予感がする……。南ちゃん、いたって真面目な顔でいった。
「二人って、受攻変更したの?」
「は?!」
何の話?!
「半年くらい前だっけ。浩介さん、お兄ちゃんのこと亭主関白だって言ってたじゃない? それって精神的な話ってこと? それともあっちの話が変更に……」
「みーなーみーちゃん?」
そんな突っ込んだ下ネタ、こんな場所でやめてくれっ。
「いいじゃん。教えてよー」
「教えるもなにも、昔から何も変わってないよっ」
「あ、そうなの?」
小首をかしげた南ちゃんにビシッと指をさす。
「そう。おれ達は、昔から、なーんにも、変わってない、の」
初めてキスした24年前から。ずっとずっと、おれ達は何も変わっていない。
扉をあけると、天井からたくさんのライトがつるされた部屋に出た。明るい光の下でスタッフの女性と何か話している慶。やっぱり慶は光輝いてる……。
(昔から変わらない。愛しいおれの光……)
吸い寄せられるようにそちらに行こうとしたのだが、
「浩介」
遠慮がちな声に立ち止まった。振り返ると、黒留め袖姿の母がいた。こちらで着付けとヘアーセットもお願いしてあったので、とても綺麗に髪も結い上がっている。
母はいつものように手を揉み絞りながら、うんうんと肯き、
「ああ、やっぱりその色にして正解だったわ。良く似合ってる」
「………ありがとうございます」
今回、事前の衣装選びは母にも付き合ってもらった。そうしろ、と慶にうるさく言われたからだ。
カタログを見ながら散々悩んだ結果、色違いのタキシードにした。慶は白、おれはシルバー。それは母の見立てだった。
感動した様子の母の姿に、慶の言う通りにして良かったな……と思いながら、母に頭を軽くさげる。
「お母さん、今日は遠いところを……」
「あなた。そんなところにいらっしゃらないで」
「え」
おれの言葉を遮って、母が声をかけた先には……
「……お父さん」
茶番に付き合う気はないって言ってたのに……
きっちりとモーニングを着こなした父が、仏頂面をして立っていた。
----------------
以上です。
終わる終わる詐欺ですみません。終わりませんでした……。
お読みくださりありがとうございました!
私、話は大筋だけで、あとは登場人物が勝手に動くので、それを書くだけなんですが、
今回も慶が勝手にシークレットシューズに食いついてしまったため、
シークレットシューズについて色々と調べてたら、すごい時間を取られてしまいまして^^;
そうこうしているうちに3500字超えてしまったので、一度ここで切ることにしました。
次こそは、最終回。(……たぶん)
次回もよろしければ、お願いいたします!
そして、クリックしてくださった方々、本当にありがとうございます!
こんな真面目な話にご理解くださる方がいらっしゃること、なんて心強いことか……
一人一人にお会いして、お礼申し上げたい気持ちでいっぱいです。
よろしければ、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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『あいじょうのかたち』、慶視点での最終回です。
次回、浩介視点での最終回が本当の最終回になります。
----------------
浩介が発作を起こした。
浩介の父親が怪我をしたことをきっかけに、両親と会うようになってから約一か月。
最近の浩介は、妙に甘えてきたり、それでいて夜は妙に攻撃的だったり、とにかく不安定だった。なので、やっぱり……というのが正直な感想だ。やはり少しペースが速すぎたのだと思う。浩介の中でいっぱいいっぱいになってしまったのだろう。
「お前、今日うちの病院くるか?」
「……え、でも」
今日は木曜日。浩介は休みを取って父親の通院の送迎をする予定にしていた。
発作はおさまったとはいえ、このまま家に一人にしておきたくない。
「今日、ちょうど戸田先生くる日だしな。予約ないけど診てもらえないか聞いてみるよ」
「………いいの?」
不安気な浩介の頭をぐちゃぐちゃとかき混ぜてやると、浩介は下を向いたままぼそぼそと言葉をついだ。
「ごめんね。おれ、大丈夫だと思ったのに……もう大丈夫だって……」
「そんなに急ぐな」
頭をかき抱き、耳元にささやく。
「ゆっくりでいいから。おれがついてるから。一緒にいるから」
「…………うん」
ようやく体の力を抜いた浩介に、そっと口づけて、そして………なんて時間はない。
「じゃ、あと5分で出るぞ。さっさと支度しろ」
「うわわ。ちょっと待って!」
浩介がバタバタと用意している間に、浩介の母親に連絡した。体調不良、とだけ伝えたが、何か感じることがあったかもしれない。
40年の溝を埋めるには、まだまだ時間がかかるだろう。でも、大丈夫。ゆっくり、一緒に歩んで行こう。
***
心療内科は午前中は予約でいっぱいで、午後に少しだけ空きがあるという。浩介には午前中は近くのファミレスと本屋で時間を潰させて、おれも昼休みを調整してその時間の診療に立ち会うことにした。
「少し日にちが空いてしまいましたね」
戸田先生、若干渋い顔をしている。浩介の父親が怪我をして、その通院の送迎をすることになって以来、浩介は定期的に通っていた心療内科クリニックに行けなくなってしまったため、戸田先生に会うのも約一か月ぶりなのだ。
「あの………」
浩介が遠慮がちに口を開いた。
「僕、ずっとこのままなんでしょうか? これ、治らないんですか?」
「そんなことは」
「もう、大丈夫だと思ったんですよ。もう、ほとんど普通に話せてるし、あっちの威圧感も半減してるし、これならもう、怖くないって。それなのに……」
浩介は祈るように組んだ手を、ぐっと強く額に押しつけた。
「今朝、これから父を迎えに行くんだって思った途端、急に足が震えてきて、指先が冷たくなって、息が……」
「…………」
戸田先生に目線で許可を取ってから、浩介の背中をゆっくりなでてやる。
しばらくの沈黙のあと、戸田先生が穏やかに語りはじめた。
「給水と排水のバランスの問題ですよ。今回は、急にたくさんの水が注がれて、排水が間に合わなくてあふれ出てしまったってことです」
「給水と排水……」
うまいことを言う。
でも、浩介はうつむいたままだ。
「あの……本人いる前で言いにくいんですけど……」
「ん?」
本人っておれのことか。
「おれ出てた方がいいか?」
「ううん。もう、今さら………」
ぼそぼそと言う浩介。戸田先生にも軽く首を振られたので、立ち上がりかけた腰を再びおろす。浩介が下を向いたまま続ける。
「あの……、こんな風に彼に迷惑をかけて、彼の負担になるのもつらいです」
「はああ? ……あ、はい」
思いきり言い返そうとしたところを、戸田先生に手で制され、途中で止める。
こいつは、またそんな馬鹿みたいなことを……っ
ムカムカしながら座っていたら、戸田先生が苦笑気味に「桜井さん」と改めて浩介の名前を呼んだ。
「以前もお話ししましたが、渋谷さんの愛情の根本は『保護欲』なんですよ? なので、渋谷さん、迷惑どころか、今、内心意欲に満ち溢れてると思います」
(なんだそりゃ……)
まあ、満ち溢れてるかどうかはさておき、迷惑に思っていないことは確かだ。
「愛情には色々な形があるんです」
戸田先生は、口元に人差し指をあて、ニッコリと笑った。
「渋谷さんは、守りたいっていう愛。桜井さんは、寄り添いたいっていう愛。お二人は、お互いの個を認めた上での愛なので、お互いがお互いに悪影響を及ぼすってことはないと思います」
「…………」
思わず顔を見合わせてしまう。そういわれると、くすぐったい。
「でも、それって結構難しいことなんですよ。相手を支配しようとDVに走ったりする人、多いですから」
「……」
「そして、親と子の関係だと、さらに難しい」
浩介の手がピクリと震える。
「桜井さんのご両親は桜井さんを愛しているがゆえに、自分達が良いと思う方向に無理に進めようとしてしまった。その愛の形が桜井さんには合わなかったんですよね。でも、親というのはとかく子供を自分の思い通りにしようとしてしまうものですから……」
「でも、彼の両親は全然そんなことないです。二人とも愛情はあるのに一歩引いてるというか……」
「え」
いきなりうちの両親のことを言い出すので驚いてしまう。
「うちもこうだったらいいのにって、昔からずっと思ってました」
「では……」
戸田先生がゆっくりと瞬きをした。
「ご両親と良い距離感がとれるよう、話し合っていきましょうね」
「…………」
「大丈夫ですよ。桜井さんには渋谷さんがついてますから」
あっさりと言われ、少し笑ってしまう。なんかおれ、すごい信頼されてるな。
浩介が真面目な顔をしてこちらを振り返り、頭を下げてきた。
「今後とも、よろしくお願いします」
「………あほか」
ごちんとこめかみのあたりを軽く小突いてやる。
「当たり前だ」
「………慶」
泣き笑いの浩介を抱き寄せたいのを、ぐっと我慢する。
そう。おれがついてる。おれが守る。
(確かに意欲に満ち溢れてるかも……)
戸田先生を見返すと、おれの内心を読んだかのように、にーっこりと笑い返された。
やっぱり心理士ってこわい。
***
診療時間が終わりに近づいてきたころ、なぜか、院長である峰先生がきている、と戸田先生が裏に呼ばれた。
「渋谷の彼氏が来てるって噂聞いてよ~」
楽しそうに笑っている峰先生の声がしきりの向こうから聞こえてくる……
「で、わざわざいらっしゃったんですか? 院長、暇なんですか?」
戸田先生が呆れたように言う。戸田先生と峰先生が仲が良いという噂は聞いたことがあったけれど、本当に仲良さそうだ。
「暇じゃねーよ。でも、一回会ってみたかったんだよ。渋谷の完璧彼女」
「彼女じゃないですけど」
完璧彼女、というのは、まだ20代の頃、峰先生に浩介の話を「彼女」としてしていた時に、仕事に理解があり、我儘も言わず、料理も上手なおれの「彼女」を、峰先生が「完璧すぎる」と言っていたことからきているのだと思われる。
裏から顔を出してきた峰先生に苦笑しつつ、紹介する手振りをすると、浩介が深々と頭をさげた。
「桜井浩介です。いつもお世話になっております」
「わーすっげー。ホントに男なんだなー」
「なんすか、それ……」
峰先生、正直すぎる……。
峰先生は嬉しそうに浩介に笑いかけた。
「これからも渋谷のことよろしくな。こいつはうちの稼ぎ頭のイケメンだからさ。イケメンが崩れないように食事の管理とかな」
「あ、はい」
浩介、真面目に肯かなくていいぞ?
峰先生は機嫌よくパチンと手を合わせた。
「今日の夜、空いてるか? 飲みいこうぜ? 戸田ちゃんも」
「はあ?」
むっとする戸田先生。
「なんだよ? 戸田、空いてねえのか?」
「いえ、空いてますけど、空いてる前提で誘ってきたことに腹立っただけです」
「はーそうですか。女心は難しいねえ」
峰先生は軽く肩をすくめると、こちらに向き直った。
「で、渋谷たちは?」
「空いてますけど、今日車で来ちゃったからなあ」
「あ、車戻してくるよ?」
すかさず浩介が言うと、峰先生が、おおっと大袈裟に驚きの声をあげる。
「お、さすが完璧彼女。気がきく~」
「だから彼女じゃないって」
ホントに、峰先生は昔から少しも変わらない。調子がよくて、でも温かくて。
変わらないのは、もっと昔かららしい。
今回、一緒に飲みに行って知ったのだが、峰先生と戸田先生は親同士が仲が良いため、昔からの知り合いなのだそうだ。20歳も歳が離れているのに妙に仲が良いのはそのためらしい。
そして、今回はじめて教えてもらった。以前、おれたちの同級生である溝部と山崎と、戸田先生とその友達で合コンをした際、結局そこでは誰も結びつかなかったのだが、後日、メンバーを増やして合コンをした結果、溝部の同僚と戸田先生の友達が結婚を前提に付き合いはじめたそうだ。
「で、結局、菜美子には彼氏できなかった、と」
「うるさいなあ」
むっとした顔をしている戸田先生はいつもの落ちついた感じと違って、とても可愛らしい。
峰先生とのやり取りは、仲のよい年の離れた兄妹のようだ。
「あの……戸田先生?」
峰先生が席を立ったと同時に、なぜかずっとソワソワしていた浩介が戸田先生の顔を覗き込んだ。
「もしかして、戸田先生の初恋の人って……」
「え?」
初恋?
「……あー、そっか。桜井さんには話したことあったんでしたっけね」
戸田先生が軽く肩をすくめる。
「そうですよー。まあ、奴も知ってることですけどね」
「え………」
戸田先生の初恋が……峰先生?
「恋心自覚したころには、もう結婚すること決まってたので、何もかも手遅れでしたけど」
「え……」
峰先生が結婚したのは36歳の時だと聞いたことがある。ということは、戸田先生は当時16歳。
「でも、それから必死に勉強して一浪したけど医学部入って医者になって」
「そばにいるために?」
「そうです」
戸田先生が意志の強い目で肯く。
「これが私の愛の形です。彼女や奥さんとしてそばにいられなくても、仕事上のパートナーとしてそばにいられればいい、と」
「………」
「ああ……酔っぱらってますね、私」
苦笑した戸田先生。
「今の話、内緒ですよー。言うと奴、調子に乗るから」
「誰が何だって?」
戻ってきた峰先生が、ポンポンと戸田先生の頭をたたく。戸田先生、一瞬泣きそうな、嬉しそうな、複雑な顔をしてから、バシッとその手を振りはらった。
「院長がですよ。そうやって調子にのって女性の頭を触るのやめてください。セクハラで訴えますよ」
「何言ってんだよ。ガキの頃さんざん抱っこしたりオンブしたり肩車したりしてやったのに」
「いつの話してるんですかっ」
もーっという戸田先生は、やっぱり嬉しそうで、でも泣きそうで……
見ているこっちが切なくなってしまう。
「ねえ、渋谷先生、他の同級生も紹介してくださいよー。私も早く結婚したーい」
「おう、渋谷、頼むよ。菜美子が結婚してくれないと、おれも安心して引退できないからな」
まさかの引退発言に、戸田先生もおれもむせてしまう。
「なんで私の結婚と院長の引退が関係あるんですかっ」
「っていうか、まだ引退を考える歳じゃないですよね? 先生、今53でしょ?」
「55定年考えてるんだけど」
「バカなこと言わないでっ」
ケロリと言った峰先生の言葉に、戸田先生の顔が一気に青ざめた。
「許しませんよ。そんなの。まだ……院長の下で働きたいです」
「分かった分かった。なーにマジになってんだよ。だいたいお前、週2しか来ねえだろーそんなムキになる話かよー」
ぐりぐりと戸田先生の頭をなでる峰先生……残酷だ。
戸田先生はそばにいられればいい、と言った。それは切なくてとてもつらい選択だ。
でも、それが戸田先生の愛の形。それは誰にも止められない。
***
久しぶりに浩介と二人で日付が変わった後の電車に乗り、駅前のスーパー(なんと25時までやっている)で買い物をしてから帰路についた。
浩介がニコリとこちらに手を差し出してくる。
「手、つなご」
「………………。まあ、いっか」
差し出された手を握り返す。もうこの時間なので歩いている人はほとんどいない。住宅街の中の遊歩道の並木道はとても雰囲気が良い。
「戸田先生………すごいよね」
「そうだな」
おれも同じことを考えていた。
彼女の選択は切なすぎる……切ないほどまっすぐな愛の形。
「でも、高2の時、おれも同じ覚悟で慶に告白したよ?」
「覚悟?」
見上げると、まぶしそうにこちらを見かえした浩介。
「どんな形であってもそばにいたいって」
「…………そんなことは」
握っている手に力をこめる。
「そんなこと、おれの方がその1年以上前からずっと思ってた」
「じゃあ、おれが告白しなかったら、慶、ずっと友達のままでいるつもりだったの?」
浩介が小首を傾げる。
「……どうだろうな」
そんな仮定の話、考えたこともなかった。
あの時、浩介が告白してくれなかったら……
「我慢できなくて、そのうち襲ってたかもな」
「わ~、それはそれでいいね~」
「なんだそりゃ」
クスクスと笑い合う。
「おれ達……こうして一緒に歩けるのって、すごい幸せなことだね」
「そうだな」
繋がった手が温かい。隣を歩く浩介を見上げれば、優しい微笑みが返ってくる。
「一緒の家に帰れるっていうのも、告白したあの時は想像もできなかったなあ」
「そうだな……」
あの時はひたすら、気持ちが通じ合ったことが嬉しくて嬉しくて……
浩介がこちらをのぞきこみ、切実な感じに言ってくる。
「慶、これからもずっとずっと一緒にいてね?」
「当たり前だ」
繋いでいる手をぐっと下にひっぱり、斜めに傾いてきた浩介の頬に素早くキスをする。びっくりしたような顔をしたあと、この上もなく幸せそうな表情になった浩介。
「慶」
お返し、とばかりに、軽く唇を重ねてくる。
ああ……失いたくない。こいつを。この時を。この瞬間を。共に歩く未来を……
「一緒に、生きていこうな?」
「うん」
嬉しそうに肯く浩介の手をもう一度ぎゅっと握り直し、再び歩きだす。
おれが守る。必ず守る。だからずっと一緒にいよう。
それがおれの愛の形。
----------------
以上です。
なんだかものすっごく時間がかかりました……
慶パート最後だからと思ったら、これも書きたいこれも書きたい、と収拾がつかなくなり……
でも、はじめに題名を「あいじょうのかたち」と決めたときからあった、
「おれが守る。それがおれの愛の形」
というラストに繋がることができて、そこは何とかよかったな、と。
峰先生と戸田ちゃんの話も、ようやく出せました。
いつか書きたいと思いながら最終回前になってようやく……
単なる自己満足なんですが、実は作中の別々の回で峰先生と戸田ちゃん、同じ仕草をしてるんです。
仲良しだからお互い似ちゃったんだろうなあ、ということで。
男女の恋愛であっても結ばれない人は結ばれない……
峰先生も戸田ちゃんのこと可愛がってはいたけれど、当時まだ10代なので恋愛対象として見てはいけないという自制が働き……
今の奥さんと出会ってなくて、あと5年ほど独身でいてくれたら、戸田ちゃんにもチャンスはあったんだろうなあ……
戸田ちゃんには、峰先生を忘れさせてくれるくらい素敵な男性が現れてくれることを祈ります。
さて。次回は本当に最終回です。
……ってまだ書いてないので、一回で終わるのかは謎なんですが。
次回もよろしければ、お願いいたします。
---
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「浩介、渋谷君と結婚式がしたいんですって」
と、母が父に言ってくれた。でも、父は眉間に皺をよせて、昔と変わらない冷たい目で言い切った。
「馬鹿馬鹿しい。俺はそんな茶番につきあう気はないからな」
「…………」
やっぱりこの人変わってないんだなあ、とガッカリしたような、心のどこかで安心したような、不思議な気持ちがした。
その威圧的な眼光は変わらないのに、昔のように恐怖で身が竦むという現象が起きないのは、おれが大人になったからなのか、父が体も二回り小さくなり、軽々とおれにオンブされてしまうくらいになってしまったからなのか……いや、
(一番大きいのは、慶がいてくれるから、だな)
帰国して8か月半。色々なことがあったけれど、一番の収穫は慶の本当の愛を知ることができたことだと思う。慶がいてくれれば、おれは何も恐くない。恐怖の対象でしかなかった父とも、母とも、真正面から向き合………うのは、正直まだ怖いときもあるので、慶に一緒にいてもらうことが多いけど。
9月10日。くしくもおれの誕生日。
木曜日はおれも慶も午後から休みを取りやすいので、父の退院日はこの日にしてもらった。引き続き入院も可能なのだが、父がどうしても帰りたいと言ったらしい。まあ、神経質な父が相部屋に耐えられるはずがない。
「車近くまで回してくる」
駐車場への出口に向かっている最中に、慶が颯爽と駐車場に向かって先に走っていった。慶は今日、勤務先の病院へ車で行き、午後休みを取ってそのまま車でこちらの病院へきてくれたのだ。慶がいてくれることは精神的にも心強いけれど、人手としても有り難い。
慶が車を取りにいってくれている間に、母が結婚式の話をし、
「俺はそんな茶番につきあう気はない」
と、父に言われ、母が「そうですか……」とシュンとなり、気まずい雰囲気が流れ………
沈黙の中、慶が駐車場口の近くまで車を寄せてくれたのを確認して、捻挫が完治していない父を支えながら再び歩きはじめたのだが……
「!」
柱の陰から飛びだしてきた人影に驚いて足を止めた。
「浩介先生」
「………え」
そこには、ここにいるはずもない人物の姿が……
「三好、さん」
約二か月ぶりに見る、三好羅々、だった。
**
「どうしてここに……」
「先生のあと、つけてきたの」
二か月前と少しも変わらない三好羅々。小柄で不健康に痩せこけていて目がギョロッとしている。か細い声が言葉を続ける。
「今日、先生誕生日でしょ? だから会いたくて学校の前で待ってたら、先生、午後すぐ出てきたから」
「………」
今日の午後は休みをもらって、そのまま電車で病院まできたのだ。
「浩介? こちらは……教え子さん?」
「いや……」
「恋人、です」
母の問いかけに、羅々がキッパリと答える。
「恋人、です。私、浩介先生と付き合ってます。これが証拠の写真です」
おもむろに携帯の画面を母につきだす羅々。
「何の写真……」
「見るなっ」
「!」
慶の鋭い声にビクッとなって、覗き込もうとしていたのをやめる。
「慶?」
「浩介、お前は絶対に見るな」
「あ………うん」
「どういうことだ?」
慶が羅々に詰め寄る。
「写真は陶子さんが全部削除したって……」
「消される前に、前使ってた携帯にデータコピーしておいたんだよ。こんな記念の写真、消すなんてもったいないでしょ」
「………っ」
卑屈な笑顔を浮かべた羅々……
彼女は3か月前に、おれに睡眠薬を飲ませ、おれと性行為をしているように見える写真を撮って、慶にメールで送りつけたのだ。おれは見ていないので知らないが、相当衝撃的な写真だったそうで、慶はその写真のせいでしばらく様子がおかしくなってしまった……。
羅々が明るい口調で父と母に向き直る。
「浩介先生のお父さん、お母さんですよね? 初めまして。私、三好羅々っていいます。浩介先生とは恋人で……」
「三好さんっ」
「これが証拠です。違うっていうなら、訴えますよ?」
「………」
父がおれから手を離し、羅々に向かって「見せなさい」と手を伸ばした。慶が止めようとしたけれど父に目で制され黙ってしまう。
「はい。どうぞ」
羅々が、嬉しそうに父に携帯の画面を見せる。母がすぐに老眼鏡を父に渡し、二人で携帯の画面を見ていたが……
「ああ、残念だわ……」
「え」
母が非常に残念そうにため息をついた。
「お母さん、残念って……」
「だって浩介、前に、自分は渋谷君以外の人とは……、あの、できないって言ってたじゃない?」
「あ……うん」
前回の母との合同カウンセリングの際、母があまりにも「結婚」とか「子供」とか言うので、頭にきて「おれは慶以外の人間には勃たないんだよ!」と叫んでしまったのだ。
母は頬に手をあてたままブツブツと、
「それじゃあ、しょうがないのかも……でも本当にそうなのかしら……って思ってたんだけど」
「え」
女ともできるんじゃないか、と言いたいのか? でもその写真は………っ
「お母さん、違うんですっ」
「そうなのねえ……」
「違うんです、その写真は……っ」
「やっぱり、本当に、渋谷君以外の人とはできないのねえ、あなた」
「睡眠や………、え?」
ほうっとため息をついた母……。今なんて……?
「あああ。残念だわあ。一瞬、孫の誕生を期待したのに。やっぱりダメなのねえ……」
「え、え?」
何だかあいかわらず失礼なことを言っているけれども、それはこの際、置いておいて。
「お母さん、その写真……」
「浩介、これ意識ないでしょう? 寝てるところを無理矢理手を回したりして撮られたのね?」
「なんで……」
「息子の寝顔なんて小さい頃からずっと見てきたんだから、寝てるかどうかなんてちゃんと分かるわよ」
お母さん……
ちょっと感動してしまったおれをよそに、母はまた大きくため息をついた。
「こんな若いお嬢さんに抱きつかれても寝てるなんて、ホントにダメなのねえ……」
「………」
「あの、違うんですっ」
羅々が慌てたように言い繕う。
「それは、終わった直後に先生寝ちゃって、それで……」
「君は先ほど、訴える、と言ったが何を訴える気だ?」
「え」
鋭く響く父の声に、羅々がビクっとなる。父の声、80歳過ぎてもまだ健在だ。
「それはその……」
「これが睡眠中に撮られたものだとしても、意識があったとしても、この写真はすべて君が自分の意思で撮ったということは明白」
「あの……」
「この写真の君が微笑んでいることや『恋人』と宣言していることからも、強姦等で訴えるということはありえない」
「…………」
「自由恋愛に法的な責任は生じない。婚約破棄での慰謝料請求ということなら、まず、婚約状態にあったという証拠と、男側に非があったという証拠を提出しなさい」
「え………」
さすが父だ。立て板に水の正論の洪水。
「三好さん」
呆然と立ち尽くしている羅々に冷静に声をかける。
「おれの父、弁護士だから。そういう脅し、まったく効果ないから」
「…………」
父は「ふん」と鼻で息をして、老眼鏡を母に渡すと「行くぞ」と言って、おれの腕に掴まった。
母は、あらあらまあまあ、と言いながらバッグに老眼鏡をしまい、羅々を振り返る。
「三好さん、は、浩介のことが好きなのね?」
「…………」
羅々は唇を噛んでうつむいたままだ。気にせず母が続ける。
「残念だわ。私もねえ、普通の女の子がお嫁に来てくれたらどんなにありがたいか……」
「お母さん?」
ホントにこの人は……っ。怒鳴ってやろうかと思ったところで、
「でもね」
静かに母がつぶやくようにいった。
「浩介、渋谷くんじゃないとダメなんですって」
「!」
驚きのあまり、心臓が止まるかと思った。
母は淡々と羅々に語りかけている。
「残念だけどあきらめてね。あなたまだ若いんだから、他に相手なんていくらでもいるでしょう」
「…………」
「それにこんな写真、どうやって撮ったか知らないけど……こんなの残ってたら自分が傷つくわよ?」
「…………」
「すぐ消しなさい。お嫁に行くときにこんなの出回ったら大変よ」
羅々は携帯を握りしめたまま俯いている……。
「浩介」
慶の声に振り返ると、慶が車の鍵をつきだしていた。
「おれ、電車で三好さんのこと送っていくから」
「あ……うん」
鍵を渡すときに一瞬ぎゅっと手を握ってくれた慶。握り返したかったけれど、親の目があるからかサッと離されてしまった。でも、充分、愛おしさが伝わってきた。
「渋谷君、それじゃ、火曜日よろしくね」
「はい」
慶が母の呼びかけに軽く肯く。平日休みのないおれとは違い、慶は毎週火曜日が休みなので、父の次回の診察を火曜日にして、慶に送迎をしてもらうことになったのだ。
「じゃあ……慶、ごめんね」
「ん」
慶が手をひらひら振ってくれる。その横で三好羅々は地面を見ながらまだじっと固まっていた。
***
結局、実家で夕飯を食べてから帰宅することになった。
慶は「おれは陶子さんと話があるから」と言って戻って来なかったので、両親と3人だけで食べた。誕生日に親子3人で食卓を囲むなんて、何年振りだろう。高校卒業以来じゃないだろうか。
母は事前にケーキを買ってきてくれていた。ちゃんと慶の分もあったことが、とても嬉しい。
父はあいかわらず黙々と食べていたけれども、以前は自分が食べ終わるとさっさと席を立ってしまう人だったのに、今回は食後もずっと座っていた。ただ単に、誰かの手を借りないと二階に行くことができないから座っていただけなのかもしれないけれど、ポツリポツリとおれに今の仕事について聞いてきたりして……。
「隙があるから付け込まれるんだ。人との距離感をきちんと考えて行動しろ」
「………はい」
三好羅々の件について説明すると、淡々と説教された。不思議と怖くはなかった。
「今日はありがとうございました」
頭を下げると、父はまた面白くなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした上で、
「もし、また何か言ってきたらこっちに回せ。あんなのはどうとでもなる」
「………助かります」
頼もしい、と思った。
父に対してそんなことを思える自分に驚いた。
「お父さん、ちょっと変わりましたよね」
食事の後片付けを手伝いながら母に言うと、
「そうね……庄司さんと喧嘩して、事務所に行かなくなってから、少し柔らかくなったかも」
庄司さん、というのは父の下でずっと働いていて、父の事務所を継いだ人だ。父が引退後も干渉しすぎたことが原因で、今はまったく連絡を取っていないらしい。
「あなたも帰ってきたことだし、庄司さんには今度のお正月は来てくれるようお願いしようと思って」
「そうですね。僕も今度、事務所に挨拶に行こうと思ってます」
「あらそう? じゃあ、一緒に……」
「いえ、一人で大丈夫です」
即答で断ると、母は「でも」と言いかけてから、ふうっと大きくため息をついた。
「こういうところがダメなのよね……」
「え?」
母は洗い物の手を休めることなく言葉を続けた。
「先生に言われたの。息子さんはもう大人なんだから、過保護になりすぎてはいけないって。頼ってきた時だけ力を貸してあげなさいって」
「…………」
母は現在、メンタルクリニックに通院している。おれの担当は戸田先生という30代の女性だが、母の担当は白い長いヒゲが印象的な初老の先生だ。
母は下を向いたままぽつりといった。
「だから、何か困ったことがあったときはちゃんと言ってね?」
「…………はい」
今困っていることは、両親との関係。その本人にそんなこと言われても……とひねくれたことを思わないでもないけれど……でも。
ちょっと、嬉しかった。
**
帰宅後、すぐに慶にケーキを出してあげた。
「おしゃれなケーキだなー」
嬉しそうに食べてくれる慶。こちらまで幸せになる笑顔。
「これどこのだ?」
「うちの近くのショッピングセンターに入ってるケーキ屋だって」
「へ~こんな店あったっけなあ」
今度行ってみような?と言ってくれる慶がとてつもなく愛おしい。
食べ終わり、コーヒーを持って二人でソファに移動したところで、慶があらたまった様子でおれを見上げた。
「浩介」
「は、はい」
そんな、あらためて名前を呼ばれると緊張してしまう。なんだろう、と次の言葉を待っていたら、
「誕生日、おめでとう」
「はい?」
あ、それ?
「あいかわらず、プレゼント何もない。何が欲しい?」
「えーと……」
この会話、毎年してる。もうかれこれ何回目、何十回目だろう。
悩んでいたら、慶がポンと膝をたたいてきた。
「こないだ、結婚式、とか変なこと言ってたな?」
「あー……うん」
でも、慶はそういうの嫌だよね……?
言うと、慶は腕組みをして、うんうん唸っていたが、
「まあ……いいぞ。式は遠慮したいけど、写真くらいなら……」
「え?!ホントに?!」
「でも、おれ、ドレスは着ないぞ?」
「当たり前でしょ!!」
何言ってんの! ビックリして叫ぶと、慶は苦笑しつつ、
「お前、昔っから、おれが女扱いされるのすっげー嫌がるよな? なんで?」
「なんでって……」
そりゃあ、慶は中性的でとても綺麗な顔をしているので、女性の格好をして本格的にメイクなんかしたら、見た目だけはものすごい美女になるだろう。同級生達もよく「渋谷が女だったらいいのに」っていっていたくらいだ。
でも、慶が女顔なことや背が低めなことにコンプレックスを持っていることはよく知ってる。だから言葉遣いも悪いんだと思う。そんな慶に、女の格好なんて絶対にさせたくない。
それに何より、おれの慶は、男の中の男。一本筋が通っていて真っ直ぐで、揺るぎなくて……
「慶は男!だもん。女の格好なんてしたら絶対浮くよ。似合わないよ」
「……だよな」
慶は嬉しそうに笑い、おれの頭を引き寄せると、コツンとおでこをくっつけた。そして、つぶやくように言った。
「おれ、お前のそういうとこ、すげー好き」
「え!?」
え、何その嬉しい発言!
「おれのことちゃんと見てくれてるんだなーって思う。ちゃんと見てるから、おれのこと分かるんだろ」
「うん。見てる。分かる」
軽く頬にキスをすると、慶が笑いをこらえながら言った。
「お前もドレス着なくていいからな?」
「……当たり前でしょ」
どちらかがドレスを着なくちゃいけないって発想が間違ってるんだ。女装趣味のある人や女性になりたい人ならともかく、男同士なら男同士で、そのままでいいじゃないか。何かおかしい? おかしくないだろ。
「んー、じゃあ、いつにしようか? 記念日に合わせたいな~」
「記念日?」
「直近の記念日は……初めてキスした記念日」
「は?」
慶がきょとんとする。
慶ってホントこういうこと覚えてないよなあ。って、おれが覚えすぎ? おれが乙女なのか?そうなのか?
「それ、いつ?」
「………覚えてないの?」
「ああ? え? うーんと……」
天井を見上げる慶……
「高2の文化祭の後夜祭の時だから……」
「あ、それは覚えてるんだ?」
「そりゃ覚えてるだろ」
それは嬉しい。
「10月末くらいか?」
「おしい。11月3日だよ」
「あーそうだっけ?」
慶が頬をかきながら、ぶつぶつという。
「お前、ホントそういうのいっぱい覚えてるよな」
「うん。ちなみに今日も記念日です」
人差し指をたてると、慶が首を傾げた。
「そりゃ、お前の誕生日だろ?」
「じゃなくて、あることを初めてした記念日です」
「あああ? なんだよ?」
慶、眉間にシワが寄ってる。全然わからないらしい。そうかあ。わからないか……
「いや、わからないならいいです」
「なんだよ! 気になるだろ! 教えろよ!」
「えー」
「ヒント、ヒント!」
慶に詰め寄られ、んーと唸る。
「ヒントは……あることを慶が初めておれにしてくれた記念日です」
「あること? 初めて?」
「おれが大学一年で、慶が浪人生の時でー」
「浪人の時……」
「場所は、いつも行ってたー」
「わああああっ」
思いだした、らしい。慌てた様子の慶に口を押さえられた。
「わかった。みなまで言うな。つか、そんなこと覚えてるなっ忘れろっ」
「やだよっあんな可愛い慶、忘れられるわけないでしょっ」
「可愛い言うなっ」
あいかわらず可愛い慶が言う。こうなるとからかいたくてしょうがなくなる。
「あー、じゃ、決めた。とりあえずの誕生日プレゼントはその時と同じでお願いします」
「その時と同じ?」
「うん。慶の精……」
「わあああああっ」
再び口を押さえつけられる。
「お前ホントいい加減にしろよ? いい歳した大人が恥ずかしいっ」
「別にいいじゃん。誰も聞いてないんだから」
「おれが聞いてる。おれが恥ずかしいっ」
慶、真っ赤になってしまった。本当に、可愛すぎる人だ。
「それじゃあ、言わない。言わないけど、ください」
「…………」
言うと、慶は「ばかじゃねーの」とあきれたようにつぶやいてから、かみつくようなキスを返してくれた。
今日は本当に本当に、幸せな誕生日だ。
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以上です。
最後までお読みくださりありがとうございました!
書きたいことがありすぎて、またまた長々と長くなってしまいました。
最後のクイズの答えは、「R18・初めてのF」のことでした。
はい。単なる下ネタです。
次回がおそらく「あいじょうのかたち」は最終回になります。
(まだ書いてないので本当に最終回になるかは???ですが)
どうぞよろしくお願いいたします!
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