【溝部視点】
2017年2月20日(月)
『溝部、すぐうちに来て』
夕方4時半近く、鈴木の携帯から電話があった。かけてきたのは陽太で、コソコソした声が切迫感を伝えてくる。
『お父さんとおばあちゃんがこれから来るって』
「え……」
『それで、オレのこと引き取りたいって言ってるって、お母さんがおばあちゃんと話してて……』
何だと?!
『なんか、弁護士さん?も一緒とか言ってて』
「何時に?!」
『5時には家にいてって言われたから、たぶん5時……』
「…………」
速攻でパソコンで電車の時間を調べる。34分に乗れば16分に着く。そこから徒歩15分。走れば……
「5時20分過ぎには着く。待ってろ」
『分かった』
オレが慌てて電話を切ったのを隣で見ていた後輩の須賀が「溝部さん」と手を挙げてくれた。
「なんかわからないけど、どうぞ行ってください。あと、僕やっておきます」
「悪い。助かる」
手短にざっくりな指示だけだして「細かい事は電車の中からメールする!」と叫んでそのまま飛びだした。
「鈴木……っ」
陽太のことを一番に考えたい、と言っていた鈴木。そんな母親から息子を奪うなんて、そんなことはあってはならない。ならないっ。
***
鈴木のうちに着いてインターフォンを鳴らすと、陽太が転がるように出てきてくれた。
「良かった、溝部! 早く……っ」
「陽……、わわ」
靴を脱ぐ間も与えてくれないほどの勢いで、陽太に腕を引っ張られながらリビングに入り……
「………鈴木」
まず目に入ったのが鈴木。青ざめた顔でこちらを見返している……
それから、ソファーに座った上品な感じのおばあさん。それに、高校の日本史教師だった山元によく似た背の高いイケメン。それから、厳しい雰囲気の眼鏡の初老の男性……
「おばあちゃん、これ、溝部!」
陽太が慌てたようにオレを「これ」呼ばわりしながら突きだして、祖母に向かって叫ぶように言った。
「溝部、金持ちだから! さっき言ってたこと全部、溝部がいるから大丈夫だから!」
「え……」
「だからオレ、お母さんといるから! そっちにはいかないから!」
「…………」
陽太の必死の声……オレの腕を掴んでいる手が少し震えている……。
察するに、金銭面を盾に、陽太の引き取りを要求してきた、ということらしい。オレが到着するまでのわずか20分の間で、相当激しいやり取りがあったことがうかがえる。
元旦那はムッとしたように腕を組んでいて、その母親らしき女性は目を三角にしたまま、オレと陽太を見比べると、
「陽ちゃん、そんな血の繋がりもないような人……」
「溝部はオレを息子にしたいって言ってるっ」
ぎゅうっと掴まれた腕に力が込められ、陽太の切ないような思いが伝わってくる……
でも、陽太の祖母は、呆れたように言った。
「そんなの、有希さんの気をひくために決まってるでしょ。陽ちゃんは利用されてるのよ」
「は?!」
うわ、なんだこのババア。初対面で挨拶すらしてないのにその失礼なセリフ、ありえねえ。
「あの……っ」
ババアに言い返そうとしたところを、
「そんなの、オレだって溝部のこと利用してるしっ」
「え?」
陽太の思わぬ言葉に遮られた。
利用してる?
「溝部、金出してくれるって。そしたら、お母さん、ライターの仕事続けられるっ」
「………」
「それに溝部は野球の練習も付き合ってくれるっ。みんなのお父さんみたいに、お父さんコーチだってできるっ。大きい車あるから、試合のとこまでみんなを連れてくことだってできる!」
「………陽太」
やっぱり他のお父さんのこと羨ましかったんだ……と、鈴木がつぶやいた。陽太は今までどれだけのことを言わずに我慢してきたのだろう……
「でも、陽ちゃん、それはしょうがないでしょう?」
ババアが宥めるように言う。
「陽ちゃんのお父さんは、土曜も日曜もお仕事のこと多いから、練習にいったりするのは難しいのよ」
「でも、オレ、一回観に行ってやったことあるよな?」
イケメン元旦那が妙に偉そうに言った。
「試合だっていうから、何とか休みもらって、それで……」
「お父さん」
陽太が冷たいと言えるような口調で父親の言葉を遮った。
「お父さんはさ、オレのチームの仲間の名前、一人でもいいから言える?」
「へ?」
きょとん、とした元旦那。
「そんなの、一回しか行ってないんだから……」
「溝部も一回しか来てないけど、でも知ってるよ」
「え……」
陽太は淡々と言葉を続ける。
「お父さんはさ、観に来たっていったって、試合中ずっと携帯いじってたもんね? オレの打席の時だって全然みてなかったよね?」
「それは……」
「溝部はさ、ずーっと見てて、それで終わったあとウザイくらい、色々アドバイスくれたよ」
「それはっ」
元旦那、慌てたように手を振った。
「ほら、お父さんは野球とかあんまり詳しくないから……」
「じゃあ、オレの一緒のクラスだった友達の名前、誰か知ってる?」
「え………」
陽太は淡々と、淡々としている。
「溝部はさ、オレのクラスで一番可愛い子の名前だって知ってるよ」
「…………」
陽太……
「それは……」
「お母さんはさ、溝部と一緒にいると、ゲラゲラ笑うんだよ。お父さん、そんなお母さん見たことある?」
「…………」
鈴木は口元を手で押さえながら、ジッと陽太のことを見つめている。
「お母さんさ、溝部のこと蹴ったりぶったり、ピーナツの殻ぶつけたりするんだよ」
「…………」
「お母さん、いっつも楽しそうだよ」
陽太は、ふうっと大きく息を吐いた。
「だからさ、オレ、お母さんはお父さんとじゃなくて、溝部と結婚すれば良かったのにって言ったんだよ」
「陽太」
「そしたらさ」
陽太は、泣きそうな顔で、無理矢理、ニッと口の端をあげた。
「溝部、それはダメだって言ったんだよ。そうしたら、オレが生まれなくなっちゃうから、そんなの嫌だって」
「…………」
「溝部はさ、オレのこと、必要だって……」
「陽太……」
「オレとキャッチボールしたいって……」
「…………」
たまらなくなって、陽太を抱き寄せた。
6年生に間違えられるくらい背も高くて、大人っぽい陽太。でも、まだ10歳で。まだまだ、たくさんの愛が必要な10歳の男の子で……
沈黙の中、鈴木がすっと静かにオレの横に立った。静かな、強い意志を持った瞳で。
(ああ……綺麗だな)
四半世紀前、後夜祭の炎に照らされた横顔を思い出す。あの時、頬を伝っていた涙の美しさにオレは惹かれた。でも、今は、その何者にも屈しない強い瞳に心が揺さぶられる。なんて綺麗な、気高い光。
「陽太は、私が育てます」
鈴木が元旦那と元姑に静かに告げた。
そして……一つ息をついてから、言葉を重ねた。
「……溝部さんと一緒に」
「!?」
え? えええ!?
その言葉に、思わずすごい勢いで鈴木を振り返ってしまった。
今、溝部さんと一緒にって言った? 言ったよな?! 空耳じゃないよな?! 言ったよな?!
「は………。あっそう……」
オレの戸惑いなんて知るわけもない元姑のババアが、苦笑いを浮かべている。
「じゃあ、養育費は……」
「いりません」
オレの腕の中にいる陽太の頭を撫でながら、鈴木がオレを真っ直ぐ見返してくる。
「いらない、よね?」
「おお」
力強く、肯く。
いらない。養育費なんて全然いらない。オレと鈴木で養育するから。だから、
「陽太、お前、オレの息子になるよな?」
腕の中の陽太に聞くと、陽太はゴンゴンっとオレの胸に額を打ち付けてから、顔をあげた。鼻に皺を寄せた変な顔をしている。
「だからなるって前から言ってんじゃん」
「だな」
ひひひ、と笑い合う。そうだな。前から言ってくれてたよな。
だから……
鈴木と肯き合い、それから陽太の血縁上の父親に向かって宣言した。
「陽太君と、養子縁組させてもらいます」
***
帰り際、弁護士の先生が言ってくれた。
「私には、溝部さんと陽太君は親子にしか見えないよ」
厳しい雰囲気の人だけれども、眼鏡の向こうの瞳は優しく微笑んでいた。
祖父の遠い親戚にあたる人、だそうで、今回の同行は、陽太を引き取るために相談に乗ってもらった、という程度で、正式な依頼の上での同行ではなかったらしい。
「まあ、こちらのことは任せて。親子三人、お幸せに」
「………ありがとうございます」
玄関先で三人揃って頭を下げ……弁護士先生の背中が曲がり角を曲がった時点で、「あ~~~」と大きなため息と共に、鈴木がしゃがみこんだ。
「うわ、大丈夫か?」
「やー、プロだねあの弁護士。全然別人じゃん……さっきはあんなに怖かったのに」
「だなー」
陽太までも、気が抜けたように、ははは、と乾いた笑いを浮かべている。
「すごかったよなー。息してないんじゃないかってくらい、ダダダダダダって」
「マシンガントークってああいうこと言うんだよね。これから先、陽太にどのくらいお金がかかるのかとか、そういうこと、うわーって言われてさあ……」
「わ……そうだったんだ」
オレがいない20分の間に銃撃戦があったらしい……
「まーでも、溝部間に合って良かったよー」
「あれ? そういえば、なんで溝部きたの?」
「なんでって!!」
鈴木さん?!
「陽太が呼んでくれたんだよっ」
「あ、そうだったんだ。仕事は?」
「今から戻る」
「わ、ごめんねー」
鈴木は立ち上がり、手を合わせて、申し訳なさそうに笑っている。
えーと……えーと、ええと?
さっき、陽太を一緒に育てるって宣言したよな? 夢じゃないよな? なんか、全然……
「あの……鈴木?」
「うん」
疲れたような笑顔の鈴木に、手を挙げて確認をする。
「さっきの話、オレとの結婚オッケーってことで、いいん……」
「わーーーやめてーーーっ」
「えっ」
途端に耳を塞いで、再びしゃがみこんでしまった鈴木。えええ?!
「ちょ、鈴木?! いい……」
「だからやめてって! 確認しないで!」
「え」
「確認されたら、『やだ』って言いたくなるでしょーーー!」
「…………」
…………。やなのかよ………。
「もうさーその場の勢いっていうか、売り言葉に買い言葉っていうか……」
「…………ほー」
「でも言った言葉は取り消せないしーっ」
「…………」
陽太と顔を見合わせ……
「うん。もう、取り消せないよな?」
「うん。取り消せない。決定!」
「けってーい!」
いえーい、とハイタッチをする。陽太、嬉しそうだ。
「いつする? いつする? 今日? 明日?!」
「春休みがいいんじゃないか? お前、名字変わるの新学期からの方がキリいいだろ」
「おお。そうだな。えーと……溝部陽太?」
「そうそう。出席番号、結構後ろの方だから」
「わ、そうだなあ。田中の時よりももっと後ろかあ」
二人で盛り上がっていたら、鈴木が、盛大にため息をつきながら、オレに向かって、追い払うような仕草をした。
「ほら、会社戻るんでしょ?」
「おー、そうだった。でもその前に何か飲ませてくれ」
「いいぞ! オレ、用意する!何がいい?」
「第一希望、コーヒー」
「オッケー。任せろ~」
陽太が元気いっぱいに家の中に戻っていく。その後ろ姿に二人でゆっくりついていく。
「……溝部」
「ん?」
玄関に入ったところで、鈴木があらたまったようにオレを呼び止めた。
「何だ?」
「あの………」
真っ直ぐ視線を向けられる。
「……ありがとう」
「…………」
その瞳はとても綺麗で……
「鈴木………」
「………」
吸い込まれるように、顔を寄せ……
「んがっ」
ゴッとあごのあたりを手で押し返され、変な声がでてしまった。
…………。
だよな。そんな簡単にさせてくれないよな……。
「…………約束」
「はいはい。分かってます。分かってます……」
いいって言うまでは手は出さない……。したよ。そんな約束、しちゃったよ……
落ち込んだオレを置いて、鈴木はさっさと靴を脱ぐと、上にあがってスリッパを履いた。そして振り返り、オレを見下ろしながら、また、あらたまったように言った。
「本当にありがとね」
「………。なんだよ? 別にオレなんもしてねえぞ」
「……してるよ」
ふっと笑った鈴木……
「してるよ?」
「なんだよ、その………、っ!」
言いかけて、息を飲んだ。
(…………え?)
今…………、頬骨のあたり、ふわっとした優しい感触……柔らかい髪もくすぐったくて……
「すず……」
「……………名前でいい」
「え…………」
ふいっと鈴木は背を向けると、パタパタと音をたてて中に入っていってしまった。
「………………有希」
カアッと体が熱くなる。
(ほっぺにチューとか、名前呼ぶとか、そんくらいでこのドキドキ、中学生かよ……っ)
は、恥ずかしすぎる……っ
「みーぞべー!コーヒーできたー!」
「お、おお……」
陽太の声に引き寄せられ、中に入る。
ダイニングテーブルにコーヒー。鈴木と陽太が二人で箱に入ったクッキーを皿に並べていて……
(これからは、これがオレの日常になる……)
幸せ過ぎて………鼻血がでそうだ。
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お読みくださりありがとうございました!
あとはゆっくり愛を育んでいって~(*^-^)
続きまして今日のオマケ☆
溝部達の同級生・新婚の山崎君視点。
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☆今日のオマケ・山崎視点
2017年2月23日(木)
溝部が鈴木と結婚すると言う。
そのラインを読んだときには、どうせ溝部が勝手に先走っているのだろうと思ったけれど、どうやら本当にそうらしくて……
それで、新居について相談があるそうで、木曜の仕事帰りに集合をかけられた。場所はいつもの、桜井と渋谷のマンション。
桜井と渋谷は、高校2年の冬からずっと付き合っていて、今は一緒に住んでいる同性カップルだ。同性なので、こちらも気兼ねがなくて、ついつい甘えて二人の家に入り浸ってしまっている。どちらかが女性だったら、こうまでたまり場にはならなかっただろう。
「あれ? 新婚山崎、こんなとこ来てていいのか?」
「委員長!」
着いたなり、長谷川委員長がいて驚いた。委員長まで誘っていたのか。
「あ、うん。彼女、毎週木曜は行くところがあって……。って、昨年は結婚式来てくれてありがとうございました」
会うのは自分の結婚式以来なので、そんな挨拶をしたりしていたら、溝部が「桜井ー、もう食べよーぜー」と騒いでいるのが聞こえてきた。
「溝部、本当に結婚するのかな……」
「らしいぞ?」
委員長は肩をすくめて、少し笑った。
「これで、2年10組内で3カップル目だな」
「…………だね」
長谷川委員長と川本沙織。桜井と渋谷。そして、溝部と鈴木。
同じ教室で過ごしてから、もう25年……。人生を共にする仲間がいるなんて、すごく……すごく不思議な感じだ。
***
「……で、陽太の学校のことを考えたら、I駅付近ってことは決定なわけだよ。でも、Iを終の住処にしたいわけじゃないから、とりあえず陽太が中学卒業するまでは賃貸って思ってて」
「なるほど」
渋谷は遅くなるというので、残りのメンバーで先に食べはじめながら、溝部の相談とやらを聞いている。桜井の作る料理はあいかわらずの美味しさで、箸も進むし話もはずむ。
「で、長谷川委員長にお聞きしたい!」
「おお。なんだ」
溝部が箸を持ったまま、真剣に委員長に問いかけた。
「いつエッチしてんの?」
「…………………」
「…………………」
「……………………は?」
な、なんだっその質問は……っ
オレも桜井もぎょっとしてしまう。でも、長谷川委員長は、
「いつっていうのは、時間帯の話か?」
全然動じてない。真面目に返している。さすがだ……。溝部もいたって真面目に聞いている。
「そうそう。時間帯の話。夜中、子供が寝てからだよな? でもマンションだと、同じ階なわけだし、いつ起き出すかヒヤヒヤして集中できなくね? 幼児ならともかく、小学生じゃ誤魔化せないだろ?」
「まあ、そうだな。できないな」
「じゃあ、どうしてんだ?」
「ちょっと溝部……」
そんなプライベートな話……と、たしなめようとしたけれど、長谷川委員長は躊躇なくあっさりと答えた。
「朝だよ。上の子が8時前には小学校いくし、下の子の幼稚園バスは8時15分にマンションの下までくるからな」
「で……」
「オレはフレックスだから、一番遅くて10時半出社ができる。そうすると、まあ、9時半に出てけばいいから……」
「一時間……」
「ってことだ」
「……………」
「……………」
「なーるーほーどー」
溝部がポンと手を打った。
「いや、マンションが厳しいようなら、山崎のとこみたいなテラスハウス、とも思ってたんだけど、朝とはなあ」
なるほど。すっげー参考になった。サンキュー、と溝部はニコニコしている。
「わ………鈴木とそんな話してんだ……?」
想像できない……って、でも、結婚するんだから当然か……。と思いきや、
「いや? いいって言うまで手出さないって約束だから、全然そんな話してねーぞ?」
「え!?」
な、なにそれ!?
「まだ、ほっぺにチュー止まりでさー」
「えええええ!?」
「うわなにそれっ」
「小学生かよ………」
一斉のツッコミに、「だよな~~」と溝部は肯くと、
「で、次の段階は、やっぱり、普通にキス、だよな? はい、桜井君。君たちどのタイミングで初めてキスした?」
「え!?うち!?」
急な指名に、桜井は、わわわ、と言いつつも、ちょっと嬉しそうに、
「うちはさ~~付き合う前だったんだよねえ~~」
「付き合う前?どういうことだ?」
あのねえ……と、これでもかというくらいデレデレの顔になっている桜井……
「高2の後夜祭の時にさ~~こう、なんていうの? どちらからともなく自然に……」
「雰囲気に流されたってことだな?」
「う………なんかその言い方やだ……」
委員長のツッコミに桜井が文句を言っているそばで、溝部は「げー、後夜祭ってあの時かよー……」と何かぶつくさ言っていたけれども、「はい次」とオレを箸で指してきた。
「次、山崎君と菜美子ちゃん」
「え……」
詰まってしまう。えーと、キス? キスは………
「ご両親に挨拶に行った日の夜だったような……」
「うわなんだそれ!真面目か!」
「今時めずらし過ぎな真面目さだな……」
「紳士的ー」
さすが山崎。さすが役人。と意味の分からないことを言われ、ちょっと気まずい。
いや、確かにキスはそのタイミングだけど、最後までしたのは付き合う前……なんてことは絶対に言わない。
「委員長は?」
「うちは、オレの誕生日だったかな……」
「おお~なんかいいなあ」
確か、委員長と川本沙織は、卒業後にクラスの有志で行ったスキー旅行の時に委員長が告白して付き合うことになった……と聞いている。オレはその旅行に参加していないから詳しくは知らないのだけれども……
「委員長って誕生日いつ?」
「4月20日」
「じゃあ付き合って1ヶ月くらいか……」
なるほどな……と溝部。
「オレ来月誕生日なんだよな~。プレゼントそれお願いしようかなあ……」
「え、それ?」
「42でそれか……」
「うわあ。なんかピュアな感じでいいねえ」
口々に言うと、溝部は「まあさあ……」とふっと遠くを見る目になった。
「ここまでくるのに25年かかったわけだからさ。いいんだよ。ゆっくりで」
今まで見たことないような穏やかな瞳……
「結婚するって、一生一緒にいるってことだろ? 時間たっぷりあるもんな」
「溝部………」
うわ……なんか………
「溝部かっこいい……」
思わず、といった感じに桜井がつぶやくと、
「え、そうか!?」
途端にいつもの溝部に戻ってしまった。
「よし。じゃあ今度口説く時に使ってみよう」
「口説くって……」
「婚約したのに、まだ口説いてるって、面白いよな……」
「ねえ、本当に、結婚オーケーしてくれたの? 溝部の勘違いじゃない? 大丈夫?」
「なんだと桜井!失礼だな!信じろよ!」
わあわあ騒いでいる中、
「ただいまー」
ひょいっと、あいかわらずのキラキライケメン渋谷が部屋に入ってきた。途端に、パアッと桜井の顔が明るくなる。
「お帰りなさい!お疲れ様~~」
「お疲れー」
「お邪魔してます」
「雰囲気に流されて後夜祭の最中にキスしちゃった渋谷君、おかえりー」
溝部……………。
あ、渋谷、固まってる……。
「わあああっ溝部!何でそういうこと言うの! 慶、怒らないでー!」
桜井が叫んだけれど、溝部は全然動じない。
「あー、オレが灰色の高校生活送ってた間、お前らが陰でイチャイチャしてたかと思うとホント腹立つわー」
「そ、そんなこと言われてもっ」
「あの後夜祭でだって、一人寂しく過ごした奴がどれだけいると……」
「……言いたいことは色々あるが」
「え」
ボソっといった渋谷の声に、溝部が押し黙った。美形の真顔はこわいのだ。さすがの溝部もビビり気味に渋谷を見かえしている。
「溝部……」
「な、なんだよ……」
上擦った声の溝部を、渋谷はジッと見つめると……
「婚約おめでとう」
そういって、ふっと笑った。
「…………」
「…………」
「…………」
そういえば、そのセリフ、誰も言ってない……。
「うわー……なんか負けた気しかしねえ……」
ガッカリとした溝部。「なんだそりゃ」と渋谷は苦笑気味に言ってから、あ、そうそう、と言葉を継いだ。
「夫婦で出かけたい、とかあったら、陽太君のこと預かるから言えよ?」
「え、いいのか?」
「もちろん。なあ? 浩介」
「うん」
桜井はコックリと肯くと、ぐっと溝部にガッツポーズをしてみせた。
「だから溝部も頑張って、せめてキスくらいさせてもらえるようになってね」
「う………」
「キスくらいって何の話だ?」
「それがさ……」
桜井が渋谷の食事の用意のために立ち上がり、渋谷もネクタイを緩めながらその後をついていく。
あいかわらず2人一緒にいることが当然、のような桜井と渋谷。オレ達は25年以上前にもこの光景をみていた。
「あー……オレもがんばろ」
「おお。がんばれ」
溝部の言葉に、委員長も笑った。考えてみたら委員長も川本とずっと一緒にいるんだよな……
そんなに長い年月を共に過ごすって、どういう感じなんだろう。
(その答えは25年後にしか分からないわけだけれども……)
きっとこんな風に、自然に一緒にいて、見つめ合って、笑っていられると思う。
溝部と鈴木も。オレと菜美子さんも。
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山崎たちが25年経った時には、慶と浩介は50年経ってますね……
毎週火曜日と金曜日の朝7時21分頃に更新する予定です。
次回は5月2日火曜日、どうぞよろしくお願いいたします!
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