【哲成視点】
享吾のことが『好き』
そんな単純なことに気がついたのは、大学一年の夏の終わりのことだった。
(今さら?)
とも思った。今さら気がつくなんて遅すぎる。たぶん、もっとずっと前から『好き』だったのに、ずっと気が付くことができなかったのだ。
実際、中学三年生の時に、享吾に告白された時も、『オレも好きなんだろうなあ』と思った記憶はある。享吾が西本ななえと仲良くしているのをムカムカしながら見ていた記憶もある。
でも、これが『恋愛』の『好き』なのかと聞かれると、どうしても『よく分からない』という結論に至ってしまって………そうして何年も過ぎて、ようやくだ。ようやく、気が付いた。いや、気が付いた、というより、『自覚した』と言う方が正しいのかもしれない。
その笑顔を、ぬくもりを、独り占めしたい。愛しくてたまらない。ずっと一緒にいたい。くっついていたい。誰にも触らせたくない。
そこまで思うことを『好き』と言わなくて、何を『好き』というだろう。
享吾のことが『好き』。友情なんか、とっくに超えてる。
(これ……享吾に伝えるべき、だよな)
……とも思ったけれど、結局、できなかった。
亨吾がそれを望んでいるかどうかも分からない。伝えることで、今の心地の良い関係が壊れるのも怖い。
(だから、今のままでも……)
そうグズグズと躊躇して、伝えられずにいた。
でも、それで正解だったのだ、と、10月の2週目の土曜日の夜に、気がついた。
***
10月の2週目の土曜日の夜……
「もしかして………村上君?」
「え、あ!」
亨吾のアルバイト先のレストランから出てきた中年の夫婦に話しかけられて、驚きのあまり叫んでしまった。
「キョウのお母さん!」
「まあ嬉しい。覚えててくれたのね」
ニッコリとした亨吾のお母さんは、中学の時に会った時よりも、ずっとずっと元気そうだった。少し太ったのかもしれない。
「享吾とまだ仲良くしてくれてるのね。ありがとう」
「いえいえ、そんな……っ。享吾君にはいつもお世話になってて……」
言いながらも、心の中は「うわーうわー!」と大興奮だった。
享吾からは、中3の終わりにお母さんが精神を病んで入院してからは、一切会っていないと聞いていたけれど、今、店から出てきたってことは、会えたってことだよな?!
しかも、お母さんとっても元気そうだ。横にいる享吾のお父さんらしき人に、「中学三年生の時に同じクラスだった村上君。うちに遊びにきてくれたこともあるのよ」と嬉しそうにオレを紹介してくれている。享吾のお父さんも穏やかな笑みを浮かべていて……夫婦仲良さそうだ。
「あ、そうだ村上君!」
お母さんがパチンと手を打った。
「村上君は知ってる? 歌子さんのこと」
「え、あ、はい」
歌子さんとは、亨吾のバイト先の店長の娘さんで、亨吾と同じくこの店でピアニストをしている音大生だ。にこやかにお母さんは続けた。
「歌子さん、享吾とすごく仲良さそうだったの。もしかしてお付き合いしてるの?」
「え、いや」
「あの二人が結婚したら、すごい音楽的才能を持った子供がうまれてきそうって話してたのよ」
「あー、なるほど……」
なんとも返答のしようがない……
だって、享吾が『好き』なのはオレで……だから、歌子さんとどうこうなんて……
「でも、音楽の道で生きていくのは難しいから、享吾は普通の会社に勤めてもらわないとね」
「あー……」
「それで、歌子さんはピアノの先生になればいいのよ。今、私達が住んでる家の一階を改築してお教室にしたら、私が孫の面倒みてあげられるし……」
「気が早いよ」
お父さんが苦笑して、お母さんの興奮したような言葉を止めた。
「まだ大学生なんだからそんな先のこと……」
「あら、こういうことは早め早めによ。お兄ちゃんだって……」
「うんうん。そうだね」
慣れた調子でお父さんは受け流すと、「村上君はこれから行くの?」とこちらを向いた。
「あ、はい……」
「そう。じゃあまたね」
はい………
頭を下げた先でも、お母さんはまだ「結婚式をこのレストランでしてもいいわね」と、お父さんに話してて………
(……………)
二人の背中を見送っていたけれど、視界がどんどん白くなっていって、見えなくなってしまった………
(キョウはあのとき言ってた……)
10ヶ月ほど前の記憶を呼び戻す。
『オレの母親はオレが人と違うことをすることを怖れてて……』
だから、目立つことはしないようにしてきた、と。普通に、平々凡々に過ごすようにしてきた、と…………
(そうだとしたら………)
もし、今、オレが亨吾に本当の気持ちを言って、亨吾がそれにこたえようとしたら………
(結婚………孫…………)
そんな『普通』の将来を手放すことになる。
そして、せっかく再交流できたお母さんと、また会えなくなってしまう。またオレのせいで会えなくなる。
(せっかく会えるのに)
オレとは違って、お母さん、生きているのに。
店に入ると、いつもの席に案内された。
出てきたのは、オレンジジュース。濃い綺麗な色……。ぼんやり見とれていたら、頭をポンポンとされた。
ふりあおぐと、亨吾が柔らかな視線をこちらに向けていた。ドキッとする……
「どうした? ボーッとして」
「あ……いや」
軽く首をふって、なるべく普通の顔をして、報告する。
「店の前でキョウのお父さんとお母さんに会ったぞ? お母さん、元気そうだった」
「ああ……うん」
「良かったな」
良かったな。心からそう言う。
亨吾が戸惑ったような表情をしているので、ポンッと腕を叩いてやる。
「今日も、ちゃちゃーちゃー聴きたい!」
「ドビュッシーの月の光、な?」
少し笑って、オレの頭を再びポンポン、としてから、ピアノに向かって行った亨吾……
(…………キョウ)
いつものように、静かに弾き始める。スーツ姿がさまになってる。本当にかっこいい……
(キョウ……)
泣きたくなるほど温かい音……包まれる。丸く、丸く、包まれる……
(オレは……愛されてる)
そう、思う。
でも……でも、周りが悲しむような関係にはなるべきじゃない。そんなことをして得ても……
(いつか破綻する)
ゾッとする。そんなのは嫌だ。亨吾と一緒にいられなくなるくらいなら……
それなら………
それなら、今のままでいい。
***
そして、大学2年生の6月……
中学3年生の時の同窓会で再会した西本ななえは、同窓会終了後、オレを強引に居酒屋に押し込んだ途端、すごく不機嫌そうに、
「彼女のこと、本当に好きなの? 恋愛とか、分かるようになったの?」
と、オレが森元真奈と付き合っていることを問い詰めてきた。だから、答えてやった。
「当たり前だろ。そんなの分かってる。もう中学生じゃないんだからな」
そんなの、とっくに分かってる。
すると、西本は「ふーーーーーーん」と長く「ふー」を言ってから、「何飲む?」とメニュー表を見せてきた。アルコールのページだったので速攻で首を振る。
「オレまだ19だから飲まないぞ」
「えー付き合ってよー」
「嫌だ」
オレは決めてるんだ。
「初めての酒は、キョウと一緒に飲む」
「…………」
すると、西本は目をパチパチとさせて、ジーッとこちらをみてから、
「テツ君さあ……」
真剣な顔をして、言った。
「亨吾君のこと、好きだよね?」
「え」
いきなり真実を言われて戸惑う。でも、「好き」って友達としての「好き」って意味もあるから、そういう方向で誤魔化そう……と思ったのに、
「もしかして『恋愛分かった』って、亨吾君のことを好きって気がついたってこと?」
「!」
カアッと赤くなったのが自分でも分かった。何で……っ
「正解、だよね?」
「…………」
「…………」
「…………」
そんなハッキリと言い当てられてしまっては、誤魔化すこともできない……
答えに迷っていると、西本は、ふうっと息を吐いてから、驚くべきことを言った。
「さっき、亨吾君から『中学の卒業式の日に告白したけど、それからもずっと友達してる』って話は聞いたよ」
「え」
亨吾、そんなこと西本に話したんだ……
考えてみたら、オレは西本に「恋愛が分からない」なんて話したことないんだから、これも亨吾から西本に伝わった話ってことだ。
(ムカつく……)
やっぱり、亨吾と西本、仲良いんだよな……
「せっかく両想いなのに、なんで付き合わないの?」
「…………」
「ねえ?」
「それは……色々あるんだよ」
「色々って?」
「…………」
亨吾は話したんだよな……と思ったら、オレだって話してもいいよな?って思って……
それで、促されるまま、高校生になってからのことを、色々と話してしまった(もちろん、プールの話と泊まりのトイレの話はしなかったけど)。
西本ななえは、しばらくの沈黙のあと、
「なるほどねえ……」
と、ため息をつきながら言った。
誰にも話さないつもりだった気持ちを打ち明けてしまったのは、やっぱり誰かに聞いてもらいたい、と、心のどこかで思っていたから、というのもあるかもしれない。
「…………そこまでは、よく分かった。一緒にいられなくなるなら言わないってテツ君の気持ち、よく分かる」
「うん………」
西本はそうとう酒に強いのか、さっきから結構な量を飲んでいるのに、少しも顔色が変わらない。でも、中学の頃よりも強引なのは酒のせいもあるかもしれない。
「分からないのは、何で、彼女を作ったのかってこと」
「あー……」
「彼女もかわいそうじゃない?」
「あー……それはお互いさまというか……」
「は? 何それ?」
「あー……」
言い淀んでいたら、西本に「『あー』ばっかり言ってんじゃないわよ!」と睨まれた。やっぱり酔ってる……
**
森元真奈と付き合うことになったのは、なりゆき、みたいなものだった。
森元真奈とは学部は違うけれど、同じ大学だったので、時々顔を合わせることはあり、時間が合えば昼を一緒に食べる程度の付きあいは続けていた。でも、夏休み明けから、アルバイト先が同じになって、会う頻度が少し増えて……
そして、昨年の10月。亨吾の両親に会ってしまった数日後……
まだ落ち込み気味だったオレは、アルバイト先で大きなミスをしてしまい、さらに落ち込んでボンヤリと帰ったため、翌日のゼミで使う資料の入った袋をアルバイト先に忘れてきてしまった。それを森元真奈がわざわざうちに届けてくれたのだ。
オレは忘れたことにも気付かず、いつものように、本屋に寄って時間を潰してから帰ったため、森元真奈の方が先に家に着いていて……
「テツ君!真奈ちゃん待ってるわよ~」
と、義母にニコニコで出迎えられて、メチャクチャ驚いた。こんな風に話してくれるのは久しぶりだった。
その後も、いつもは関わらせてくれない妹の梨華とも遊ばせてくれるし、一体何なんだ?と不思議でたまらなかったけれど、理由は、アッサリ判明した。義母が悪びれもせず、言ったのだ。
「テツ君、ロリコンじゃなかったのねー。すっかり勘違いしてたわー」
と……。
義母がオレを避け始めたのは、雑誌に書かれていた小児性愛者の記事を読んだのがきっかけだったらしい。
女と付き合ったこともなく、好きな女がいる風でもなく、男とばかりつるんでいるオレが、やたらと梨華の面倒を見たがるのは、幼女に興味があるからなんじゃないか。このままでは、梨華が危ない……という、とんでもない結論を導きだしていたらしく………
「こんなに可愛い彼女がいるなら、ちゃんと紹介してくれれば良かったのにー」
森元真奈が『一年くらい前からずっと仲良くさせてもらってます』と言ったのを、『付き合っている』と勝手に勘違いしたらしい義母は、勝手に盛り上がっていて、とても訂正できる雰囲気ではなかった。でも、森元も適当に話を合わせてくれて……助かった、と思った。なぜなら、
(これで家に帰りやすくなる……)
亨吾とは少し距離を取った方がいいと思って、泊まり掛けで遊びにいくのはなるべく控えているのだ。だから毎日家に帰らなくてはいけなくて、それが相当のプレッシャーとなっていた。このまま義母が勘違いしてくれれば……と、ずるいことを思う。それに、
「テックン、テックン!」
「…………梨華」
抱っこをせがんできた梨華を抱きあげて、その愛しさをあらためて思い知る。
義母がこのまま勘違いしてくれれば、可愛い妹との時間を取り上げられないですむのだ。
最近よく、母が生きていた頃に『妹が欲しい』とねだったことを思い出していた。
母も『女の子がうまれたら可愛いお洋服着せたりしたいわ』なんていって、二人で『もし妹がうまれたら』の妄想を繰り広げていた。
正直、梨華と本当に血がつながっているのかどうかはまだ疑問に思っているけれど、それでも、この家に念願の小さな女の子がいるという事実は事実としてあって。
(妹がうまれたら……)
母と一緒にした妄想を現実にしたい、と思ってしまう。
「この勘違い、本当のことにしよう?」
そう持ちかけてきたのは、森元真奈の方だった。
「真奈もね、今、とっても彼氏が欲しいの」
「なんだよ、それ」
笑って聞くと、森元は真剣そのものに言ったのだ。
「ママが、真奈とパパが仲良くするのを邪魔するの。だからパパも遠慮して真奈とお出かけとかしてくれなくなっちゃって」
「???」
「真奈は、ママからパパを奪還しないといけないのに」
「なんだそれ?」
「だからー……」
森元が、サラリと語ったことによると、森元と父親は、血縁関係はないらしい。
父親は、元々は森元の小学校の時の担任の先生で、森元の『初恋の人』だったそうだ。それが森元が小学校を卒業するのと同時に、母親と再婚してしまったそうで……
「彼氏を作れって二人ともウルサイの。だから安心させて、油断させようと思って」
「なるほど」
森元はまだ、父親となってしまった『初恋の人』を諦めたわけではないらしい。クリスマスにオレを紹介したのも、父親に焼きもちを焼かせようとした作戦だったらしいけれど、その作戦は失敗に終わったそうで……
森元真奈は、父親以外の男はみんな『嫌い』らしい。でも、父親によく似ているオレにだけは、拒否反応がでないそうだ。
「テツ君のロリコン疑惑を完全に払拭できるまででいいから。ね?」
「あー……」
うなりながらも……享吾のためにもそれがいいのかもしれない、とも思った。
享吾はオレのために、ずっと彼女を作らないでくれている。このままだと、享吾はお母さんの願っている『結婚』や『孫』の夢を叶えることができない。
オレに彼女ができたら、享吾もそういうこと考えるようになるんじゃないだろうか。
でも……享吾が『好き』なのはオレ。オレだ。それに正直いうと、享吾がオレ以外を『好き』になるのは嫌だ。
でも、享吾とお母さんはせっかく再会できたのに……
でも、でも、でも……………
延々と、答えのでない問題を考え続ける。
そして、考えに考えに考えた結果……
「オレ、森元と付き合うことにした」
と、享吾に報告をした。すると、享吾は拍子抜けするくらいアッサリと、
「良かったな」
と言った。それ以来、今日まで一度もキスはしていない。中学時代の関係に戻った感じだ。
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でも……でも。でも。
この話をした後、西本ななえに散々説教されて、オレは今日だけ、自分の信念を曲げることを決めた。
今日だけ……今日だけ、享吾に本当のことを言おう。
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……長っ!でも、どうしても、ここまで書きたかったのです。
長文お読みくださり本当にありがとうございました!
今回のお話は
「続・2つの円の位置関係」の5(享吾視点) の後半の哲成視点でした。
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おかげさまでここまでくることができました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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