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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 目次・登場人物・あらすじ

2017年09月04日 08時00分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼

(2017年5月19日に書いた記事ですが、カテゴリーで「閉じた翼」のはじめに表示させるために2017年9月4日に投稿日を操作しました)

 

目次

1(浩介視点)
2(浩介視点)
3(浩介視点)
4(浩介視点)
5(浩介視点)
6(浩介視点)
7(慶視点)
8(慶視点)
9(浩介視点)
10-1(浩介視点)
10-2(浩介視点)
11-1(慶視点)
11-2(慶視点)
12-1(浩介視点)
12-2(浩介視点)・完

裏話(泉視点)



人物紹介

桜井浩介(さくらいこうすけ)
28歳。身長177cm。高校教師。国際ボランティア団体所属。
表は明るいが、裏は病んでいて、慶に対する独占欲は相当なもの。両親との確執に苦しんでいる。

渋谷慶(しぶやけい)
28歳。身長164cm。小児科医。浩介の親友兼恋人。
道行く人が振り返るほどの美形。芸能人ばりのオーラの持ち主。だけど本人に自覚ナシ。
憧れの小児科医になったはいいけれども、理想と現実の差に悩んでいる。でも、基本前向き。
病院内では口調も穏やかで笑顔を絶やさないが、本当は口も悪いし手も足もすぐ出る。

一之瀬あかね(いちのせあかね)
28歳。中学校教師。浩介の友人。
人目を引く超美人。恋愛対象は女性。女関係はかなり派手。
大学の時から、浩介の両親の前では、浩介の恋人のふりをしている。
(初出は『自由への道』。名字「木村」でしたが、大学卒業と同時に親が離婚し「一之瀬」になりました)

真木英明(まきひであき)
34歳。慶の勤める病院の系列病院の医師。身長187cm。超イケメンナルシスト。
慶を口説こうとしていたけれど、慶が「バリタチ」だという嘘を信じ諦めた?
性格に難はあるものの、先輩医師としては頼りになる男。
(初出は『その瞳に』)

山田ライト(やまだらいと)
18歳。ケニア人の父と日本人の母を持つハーフ。浩介の日本語教室での教え子だった。
現在は、父と父の奥さんと一緒にアメリカで暮らしている。
(初出は『嘘の嘘の、嘘』)


あらすじ

高校二年生の冬、無事に両想いになり付き合いはじめた慶と浩介。
大学時代、浩介の母親の暴走を止めるため、浩介の両親の前では、表向きは別れたことにしたが、裏では順調に交際は続いており、もうすぐ丸11年。

仕事のため、なかなかゆっくり会えないという不満はあるものの、幸せな日々を送っていたはずの二人。
母親の束縛と真木の出現により、浩介の慶に対する思いが更に歪んだものになっていき……

愛するからこそ、一緒にはいられない。
浩介がそう思い詰めて、一人で日本を離れることになるまでの数ヵ月間の物語。



-------------------------------

お読みくださりありがとうございました!

とりあえず、人物紹介とあらすじだけ、お送りしました。
本編は火曜日から……。安定の暗さの浩介視点ですが、どうぞよろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、見にきてくださった方、本当にありがとうございます!
有り難い~有り難い~と拝んでおります。今後ともよろしければどうぞお願いいたします。

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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼・裏話(泉視点)

2017年09月04日 07時30分11秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼


2003年4月1日。浩介出発前日。

まさか桜井浩介先生が、恋人である渋谷慶さんに、ケニア行きのことを話していない、なんて露程にも思わなかった泉&諒カップル。
なんの他意もなく、慶の勤務先の病院に「明日、桜井先生の見送りに行きたいので、出発時間教えてくださーい」と聞きにいってしまい……

かーらーの、泉君視点。

---



 渋谷さんの病院に行った帰り。タイミングよく並んで座れた電車の中で、

「オレ達……もしかして、とんでもないことしちゃったかな……」

と、諒がボソッといってきた。

「そんなことはない! オレ達は絶対良い事をした!」

 言い切って、腿をさすってやると、諒の頭がコンッとこちらの頭に落ちてきた。

「渋谷さん……どうしたかなあ……」
「そうだな……」

 顔面蒼白になった渋谷さんを思い出し、胸が痛くなってくる……。


 渋谷さんは、桜井が学校を退職したことも知らなかった。
 はじめはオレ達の冗談だと思っている様子だったけれど、昨日、バスケ部で行われたお別れ会での写メ(花束を持っている桜井とバスケ部の子たちの写真だ)を諒が見せると、ようやく本当のことだと信じたらしく、みるみるうちに顔が白くなっていき……。

 でも、廊下の先の何かに気が付いて、ハッと顔を上げた。そして、

「教えてくれてありがとう」

 それだけ言って、すごい勢いで走っていってしまった。

「よしむらっ!当直代わってくれ!」
「えええ?! せっかく帰ろうと思ったのにー」

 廊下の先から聞こえてくる声。カバンを肩にかけた、明らかに帰る雰囲気の女性を呼び止めている。

 それから、渋谷さんはこちらを一度もみることなく行ってしまったので、オレ達も帰ることにしたんだけど……


「桜井先生、どういうつもりだったんだろう? 何も言わないで行こうとするなんて……自然消滅狙ったってことかな」
「そんな無責任なことするタイプじゃないと思ったのになあ……」

 うーん……と唸っているうちに、最寄りの駅に着いた。二人で歩道を並んで歩く。

 いつものように腰に手を回すと(腰に手を回すのは、男同士のスキンシップとしてアリ!としている)、その手を上からぎゅっと握られた。

「諒?」

 いつもは人目を気にして、手を繋ぎたい場合は引っ張りあいをするみたいに繋ぐようにして、こんな風に手を触れることは家まで我慢するのに……

「どうし……」
「オレ達は大丈夫だよね?」
「…………」

 振り仰ぐと、諒の不安そうな目があった。

「やっぱりオレも優真と同じ大学受ければよかった」
「またその話か……」

 この4月から、諒は美容師の専門学校へ、おれは横浜の大学に進学するのだ。小学校・中学校・高校、と12年間同じ学校で、今回初めて違う学校に通うことになるので、諒はこないだからずっと文句を言っている。自分から美容師になるって言い出したくせに………

「だって心配だよ」
「何が」
「優真が浮気したらどうしようって……」
「しねーよ。ばーか」

 少し背伸びして、こん、と頭突きしてやる。

「んなこと言ったら、お前の方がよっぽど危ないだろ。美容師の専門学校って女の方が多いし。女喰いの高瀬の血が騒ぐんじゃないのか?」
「…………なにそれ」

 ムッとしたように、諒は頬を膨らませると、オレの手を腰からはがして、きゅきゅっと絡めるように手を握ってきた。

「おい、諒……」

 夜だから人通りは少ないとはいえ、車はわりとしょっちゅう通り過ぎる。家の近所なのに、誰かに見られたら……

「諒、ちょっと……」
「優真」

 オレの咎めも気にせず、諒は目を三角にすると、

「オレは彼氏いるって宣言するからね」
「へ?」

 彼氏?

「え、彼氏って……」
「わりと理解のある業界だっていうからさ、はじめからカミングアウトしようと思ってるんだ」
「へえ。それは………」

 いい、と言いかけて、はた、と気がつく。それで男から言い寄られたらどうすんだ!

「待て! ダメだ!」

 こんな美少年(青年?)、誰も放っておかないぞ!

「え、なんで?」

 パチパチと瞬きをした諒。可愛すぎるオレの諒。そっちの方が心配だ!

「そっちのがダメだろ!」
「ええ? 女の子寄ってこなくなるし、良い案だと思うんだけど?」
「いやいやいや、女の方が扱い慣れてる分、むしろいい気がする」

 さんざん女遊びしてきたからな、こいつ。でも、男はオレだけだ。

「そんな宣言して、男に強引に来られたりした方が……」

 心配して言ってるのに、諒は呑気に、あはは、と笑うと、

「えー大丈夫だよ。こないこない」
「いや、くる!」
「こないよー」
「だから……っ」

 その呑気さにイラッとする。

「くるっていってんだろっ」
「大丈夫だって。オレ、背高いし……」
「は!?」

 何言ってんだ!

「バカ!背なんか関係ないだろ!」
「え」
「…………あ」

 思わず本気で怒鳴ってしまって、我に返る。
 こんな風に怒鳴るなんて………、まずい。諒、固まってる。こわかったよな、オレ……

 まずい、まずい……

「あの……諒……」

 何とかフォローしようと、諒の腕にそっと触れる………、と、

「優ちゃ~~~ん❤」
「わわわっ」

 諒がいきなり抱きついてきた。語尾にハートがついてる。

「な、なんだよ!」
「だってだって~~」

 ぎゅーぎゅーとしてくる諒。甘えるようにオレの首に鼻をこすりつけてくる仕草、昔から変わらない。諒は引き続き興奮したように言う。

「優真、今、背なんか関係ないって!」
「は?」
「関係ないって言った~❤」
「…………」

 そりゃ言ったけど……

 諒は背が高い。185センチある。オレは結局、175センチで止まってしまった。もしかしたら、これから少しは伸びるかもしれないけれど、185になることはないだろう……

 そんな複雑な思いのオレの耳に諒のはしゃいだ声が聞こえてくる。

「ね?関係ないよね?関係ないよね!?」
「…………」

 関係な…………くはない。
 今でも、出会った頃のように諒よりも背が高くなりたいと思っている自分がいる。

 でも………

「…………そうだな」
「うん!うんうんうん!」

 諒は嬉しそうにうなずくと、オレを引っ張るように歩き出した。付き合いはじめの頃からしている「男同士でも変に思われない手の繋ぎ方」。

 その温もりを感じながら、強く思う。

 男とか、背が高いとか、そんなのは関係ない。諒だから、好き。諒だから、一緒にいたい。それは、ずっとずっと変わらない……

「桜井先生も言ってくれたんだよね」

 諒が、ふと思い出したように言った。

「背の高さは関係無いよって」
「…………そうだったな」

 オレ達に色々なことを教えてくれた桜井。男同士とか、背の違いとか、そんなこと何も問題なく、二人セット、みたいにお似合いだった渋谷さん……

「ホントに別れちゃうのかなあ、あの二人……」
「大人の考えることは分かんないな」
「ね」

 諒が歩みをゆるめたので、今度はオレが引っ張って歩き出す。

「優ちゃん」
「ん?」

 振り返ると、出会った頃と同じ、頼りなげな瞳の諒がいて……

「オレはずっと、ずっと、ずーっと、優ちゃんの後、くっついてくからね?」
「…………」

「だから、ずーっと、手、繋いでてね?」
「…………」

 諒…………

 ぎゅっぎゅっぎゅっと手を握り返す。

「任せとけ。オレについてこい」
「ん」
 
 ふわりと笑った諒……
 ずっと変わらない、オレの大好きな笑顔。

「大好きだよ、諒」
「ん、大好き。優ちゃん」

 我慢できなくて、道端にも関わらず、頬にキスすると、諒はくすぐったそうに笑ってくれた。

 


 それから2週間ほど後。
 バイト先である実家の和菓子屋で、閉店準備をしている最中のことだった。

「ああ、良かった。泉君」
「え……」

 涼やかな声に顔を上げると、こんな古びた店には似合わない涼やかな男性が、立っていた。

「し……ぶやさん」
「前に浩介がここのどら焼き買ってきてくれたことがあって……」

 渋谷さん……柔らかい笑顔……

「どら焼き、ある?」
「あ…………はい」
「2つ、いいかな?」
「あ……りがとうございます」

 いつもはこの時間には売り切れていることの多いどら焼き、今日に限ってちょうど2つ残っていた。なんだか渋谷さんに買われるために残っていたみたいだ。

 お金を受け取った後、無言でどら焼きを包んでいたら、

「こないだはありがとうね」

 聞き取りやすい声が、シンとした店内に響いてきた。

「おかげで、ちゃんと送り出せた」
「………………」

 送り出せた?
 別れた、ではなく、送り出せた……

 余計なこと、と分かっていながらも、思わず聞いてしまう。

「あの……渋谷さんはそれでいいんですか?」
「え」

 綺麗な瞳をパチパチと瞬かせた渋谷さん。
 桜井、どうしてこんな綺麗な人を置いて行っちゃったんだよ……

「桜井先生、一人で行っちゃって……、それでいいんですか?」
「…………」

 ジッと見ていたら………渋谷さんは、ふっと笑顔になって、うなずいた。

「うん。いいんだよ。……お互いね、一人前になりたくて」
「は?」

 一人前??? もう大人なのに???

「だから、少し離れて………それぞれで頑張ることにしたんだ」
「……………」

 意味がわからない………
 一人前も意味わかんないけど、離れる理由がまったく分からない……

「オレは離れるなんて考えられないけどな」

 つい、本音が出てしまう。
 オレは諒と離れるなんて絶対にできない。諒だって、そんな選択だけは絶対にしないだろう。

 すると、渋谷さん、ふっと寂しげな瞳になった。

「………おれも、考えたことなかったよ」
「え………」

 差し出したどら焼きの袋を大切そうに胸に引き寄せながら、渋谷さんはポツリと言った。

「前にこのどら焼き食べた時みたいな幸せな時間が、ずっと続くと思ってた」
「…………」

 確か、桜井がどら焼きを買いに来たのは、去年の今頃……渋谷さんの誕生日だって言ってたな……

「でも、結局のところ……おれがあいつに甘えすぎてたから……」

 甘えすぎ……? 

「自分のことに手一杯で、あいつがそばにいてくれることを当然と思ってて……」
「……………?」

 そばにいるなんて当たり前じゃん……

「あいつが色々考えてたことも、全然気がついてなくて……だから、あいつは何も言わずに行こうとしたんだよ」
「………………」

 まったく意味がわからない……

 黙っていたら、また、渋谷さんがふわりと笑った。

「でも、泉君達のおかげでちゃんと話せたから……。だから、お礼を言いたくて」
「………………」
「本当にありがとう。どら焼きもありがとね」

 渋谷さんはゆっくりと頭を下げ、店の外に向かっていった。

「………………」

 その凛とした後ろ姿……、その横に桜井の姿が見える。

 二人が離れた理由は、まったく、全然、一ミリも理解できないけれども、一つだけ分かったことがある。

 渋谷さんの隣には、今も桜井がいる。きっと、桜井の横にも、渋谷さんがいるんだろう………

「…………渋谷さんっ」

 思わず、呼び止める。キョトンとした渋谷さんに、強めに言い放ってやる。

「渋谷さんと桜井先生、そのうちまた、一緒にいられる日がくると思います!」
「……っ」

 渋谷さんは、ビックリしたように目を見開き……それから、くしゃっと笑った。

「うん。おれもそう信じてる」

 軽く手をあげ、店から出ていく渋谷さん……。どんな気持ちであのどら焼き食べるんだろう……。

 なんだかいたたまれない………


「…………優ちゃん?」
「あ……」

 入れかわるように諒が店に入ってきた。
 進学して会える時間が減ってしまったので、少しでも増やそうと、諒は帰りに店に寄ってくれているのだ。

「今、出ていったの、渋谷さん?」
「ああ」
「なんか言ってた?」
「ああ、あの………」

 さっきの渋谷さんとの会話が頭の中をぐるぐる回りはじめる。

 一緒にいるのが当然。そう思ってはいけないのか? 努力しないと一緒にいられなくなる日がくるのか? それが大人になるということなのか……?

「諒……」

 実際、今、諒はわざわざ店に寄ってくれてる。一緒にいられる時間は確実に減っている……

 オレ達も離れるという選択をする日がくるんだろうか……

 そんなの、嫌だ。

「………詳しくは後で話すよ。帰り、お前のうち行ってもいい?」
「うん。もちろん!」

 うれしそうにうなずいた諒を抱きしめたい気持ちをぐっと押さえて、その愛しい耳にささやく。

「じゃ、部屋いったら、たくさんイチャイチャしような?」
「え」

 バッと赤くなった諒。かわいい。

「だからもうちょっとだけ待っててくれ」
「う……うん」

 店の奥にいるじいちゃん達に見えない角度で耳に唇を落とすと、諒はますます赤くなった。こんなにかわいいお前と離れるなんて、絶対にできない。

(オレは、桜井とは違う)

 なにがあっても一緒にいる道を選ぶ。諒にさっきの渋谷さんみたいな寂しい顔はさせない。

(……早く帰ってこい。桜井)

 早く帰ってきて、渋谷さんを幸せにしろ。

 そんなことを思いながら、諒を見ると、諒がニッコリと笑いかけてくれた。

 その笑顔を守りたい。

 オレはずっとそばにいて、ずっとずっと守ってやるからな?




-------------------------------

お読みくださりありがとうございました!
閉じた翼」最終回あたりの、裏話でございました。泉&諒は「嘘の嘘の、嘘」の主人公です。

クリックしてくださった方、見に来てくださった方、本当に本当にありがとうございます!
もう本当に有り難すぎて毎日拝んでおります。その感謝の気持ちをぎゅーぎゅーこめて!
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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 12-2(浩介視点)・完

2017年07月07日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼

***


 殴られる覚悟で部屋を訪れたけれど、拍子抜けするくらい、慶は冷静だった。お風呂に入ったらしく、髪が濡れている。入浴することで気持ちを落ち着けたのかもしれない。

「でけーカバンだな。もうアパート引き払ったってことか?」
「あ……うん」

 今朝、アパートは引き払った。ケニアでお世話になるシーナさんが、身一つでおいで、と言ってくれているので、必要最低限のものだけカバンにつめたのだけれども、それでもかなりの大きさになってしまった。今日の午後、慶に会っている間は、駅のコインロッカーに預けていて、ファミレスに行くときに引き取ったのだ。

「今日はホテルでも取ってんのか?」
「あ……ううん。ファミレスで時間つぶそうと思ってたから」
「なんだそりゃ」

 慶は、優しい、といえるような表情で笑うと、

「泊まってけよ。風呂沸いてる。入ってこい」

 いつもの調子で言ってくれた。



 浴槽に浸かりながら、なんて切り出そうか考える……

『ケニアで教育指導者として働くことにした』
『日本には戻らない』
『慶は慶の道を進んで』

 本当は明日、出発前にそうメールしようと思っていた。
 直接言うことを避けたのは、慶に「行くな」と言われたら、決心が鈍りそうだったから、ということもあるし、喧嘩をするのが嫌だったから、ということもある。喧嘩をしたのが最後の思い出、なんて、そんなのは嫌だった。

「……上手く言えるかな」
 言えるかな、ではなく、言わなくては。これがおれの選んだ最善の道なのだから……



 風呂から出ると、慶はソファーで膝を抱えて座っていた。いつもの調子だった先ほどまでとは違い、テレビもつけず、ただボーっと……。おれが風呂に入っている間に色々考えてしまったのかもしれない……

「慶……髪乾かしてないでしょ」
「あー……うん」
「乾かすよ」

 いつものように、ドライヤーを持ってきて、乾かしてあげる。少し時間が経っていたのですぐに乾きそうだ。

「お前さ……」
 されるがままにドライヤーの風を当てられている慶が、ポツンといった。

「いつ帰ってくるんだ?」
「それは………」

「帰ってこないつもりなのか?」
「……………」

 いつ帰ってくるか……それは。

(両親が亡くなったら)

 本音はそれだ。それだけだ。でも、そんなこと、慶にはいえない。

「帰って……こないのか?」

 ドライヤーの音にかき消される小さな声……

「分からないけど、たぶん………」

 帰って、こない。

 言うと、慶は息を飲み……、それから大きく息をついた。

「だからお前、今日うちの実家の前の公園にいきたい、なんて言ったんだな」
「…………」

「いきなりなんで?って不思議に思ってたけど……日本を離れる前の、思い出の地巡りってことだったのかと思ったら納得した」
「…………」

「おれ、一人ではしゃいでアホみたいだな」
「慶………」

 ドライヤーをテーブルに置き、慶を後ろから抱きしめる……

「………ごめん」
「どうして……」

 ぎゅっと腕を掴んでくる慶。

「どうして、黙ってたんだよ。そんなの……」
「明日、メールしようと思ってたんだよ」
「………メール?」

 慶はゆっくりとこちらを振り返った。

「こんな大切なこと、なんで直接言わない? だいたい、いつから決まってた話なんだ?」
「うん………」

 ふうっと息を吐きだし、答える。

「12月に事務局長から話もらって……1月末だったかな。引き受けることにして、退職の手続きもして」
「………」

 最近変だったのはそのせいもあったのか……。ボソッと言う慶の言葉に申し訳なさでいっぱいになる。確かにおれは、隠し事をしていることで少し言動がおかしくなっていたと思う。それをひたすら親のせいにしていたのだ。

「3か月もあったのに、なんで言ってくれなかったんだよ?」
「それは……」

 慶の真っ直ぐな視線に耐えきれず、胸に手を当て下を向く。

「慶に行くなって言われたら、決心が揺らいじゃいそうで……」
「は?」

 ピキッていう音が聞こえたような気がした。淡々と話していた慶の口調に怒りの色がにじみはじめる。

「行くなって言われたら、決心が揺らぐって……」
「………」
「それで揺らぐような決心だったら、行くなんて言うなよ」
「それは……」

 詰まってしまう。それはそうなんだけど……っ
 迫ってくる慶。掴まれた腕が痛い。

「なあ、どうしてお前が行く必要がある?」
「………」

 慶の強い光。掴まれた腕からビリビリと伝わってくる。

「お前はお前の生徒やおれを捨てるのか?」
「!」

 捨てるなんて、そんな………っ
 そういうことじゃなくて、そうじゃなくて……っ

 今、ここからいなくならなかったら、おれは……っ

「だから……っ」

 慶の眩しいオーラ、耐えられない。

「だから言いたくなかったんだよ!」

 気がついたら、叫びながら、慶の手を思いきり振り払っていた。

「そうやって慶に言われたらおれ、何もできなくなる!」
「………っ」

 目を瞠った慶。

「なんだよ、それ……」
「だから……っ」

 このまま慶のそばにいたら、独占欲から慶を殺してしまう。
 このまま日本にいたら、母からの束縛で気が狂ってしまう。
 このまま日本にいても、自分の目指した「浩介先生」にはなれない。

 でも、そんな本当のことを全部いうわけにはいかない。

 言えることだけ。言えることだけで、慶を説得しないと……

「………おれ、自分の可能性を試したいんだよ」
「………」

 さっき振り払ってしまった慶の手を両手でギュッと握る。

「そういう風に思えたのは、慶の存在のおかげだよ?」
「………」

「おれ、自分の力だけで立ってみたいんだ」
「………浩介」

 慶が絞り出すように、おれの名を呼んだ。

「じゃあ、おれは? おれはどうすればいい。お前がいなくなったら……」
「………。慶はおれがいなくなっても大丈夫だよ」
「は?!」

 勢いよく振り仰いだ慶の瞳が、目の前で瞬く。

「何が大丈夫だよっ。そんなの……っ」
「本当はね……」

 その瞳の美しさに引きだされるように、本音が出てしまう。

「はじめは、慶が一緒に行ってくれたらって思ったんだよ」
「…………」
「でも、無理だって分かってる。そんなことおれには言えない」

 慶には夢がある。患者にも患者の家族にも寄り添えるような小児科の先生に、一緒に戦う戦友みたいなお医者さんになるって。だから……

「慶は慶の道を進んで」

 その愛しい頬を囲み、コツンとおでこをくっつける。

「だから慶……」


 だから、慶。


「おれのことなんか、忘れていいよ」




***




 翌朝……
 いつまでたっても暗いままだ、と思ったら、雨が降りだした。雨の音を聞きながら、慶の寝顔を見つめる。

(慶……)
 少し苦しそうに見えるのは気のせいじゃないだろう。


『忘れるわけないだろっ』

 怒って手を振り上げてきた慶の腕を掴み、ベッドに連れて行き、そして……この10年の中で、一番無理をさせた、と思う。


「忘れて」
 そう言いながら、腰を打ち付け続け、慶が絶頂を迎えてもやめず、そのまま、その先の絶頂へ無理矢理連れて行き……

「忘れて」
 そう言いながら、強く強く願った。慶の体に入り込み、存在を一番感じさせながら、おれを覚えていてほしい、と……


 慶には、おれなんかよりも、もっとふさわしい人がいる。例えば、仕事の悩みも共有できるような、真木さんとか、吉村さんとか……

(でも、きっと慶は……)

 慶は、ずっとおれのことを好きでいてくれるんじゃないか、なんてことを思ってしまう。そんな期待をしてしまう。


 自分でも、自分の気持ちを持てあましている。

「忘れて」

 そう言いながら……、きっと、慶はおれのことを忘れないだろう、と思う。

(でも……)

 おれなんか忘れて、幸せな人生を送ってほしい、とも、心から願っている。



 その愛しい人の頬にそっと唇をおとし……合鍵をテーブルの上に置いて、おれは静かに部屋をでた。

 慶のいない人生……

 ケニアに行くと決めた日から分かっていたことなのに、体中に穴を開けられたような苦しさが襲ってくる。


「慶……」

 これが最善の道……

 ぐっと手の平を握りしめ、おれは歩きだした。




***



「あれー? ゆみこちゃんの……」
「あ……早坂さん」

 慶の病院の入り口で、その明るい声にホッとして振り返った。看護師の早坂さんがちょうど出勤してきたところだった。
 ゆみこちゃんに問題集と手紙を渡してくれるよう、守衛さんにお願いしようとしていたけれど、早坂さんにお願いできるなら有り難い。声をかけると、二つ返事で了解してくれた。

「お任せください!」
 早坂さんは朝からいつも通り元気いっぱいだ。ついついつられて笑顔になってしまう。

「遠くに行くって、転勤ですか?」
「あ……はい」
「そっかあ……渋谷先生も寂しくなりますね」
「え」

 おれと慶が知り合いであることは、隠していたはずなんだけど……
 戸惑っていると、早坂さんは「あ」と口を押さえた。

「あ、すみません。お二人が高校時代からのお友達だって話、ゆみこちゃんから聞いちゃって」
「あ………そうなんだ」

 早坂さんは信頼できる、という判断だったんだろう。一生懸命な良い看護師さんなのだ。
 その早坂さんがニコニコと言う。

「渋谷先生、ほんとスゴイですよねー。一人一人の患者さんに寄り添った対応を一生懸命考えてて……」
「…………」
「尊敬してます。私」
「…………そっか」

 ふっと心が温かくなる。おれの慶。おれの自慢の恋人……

「じゃあ、よろしくお願いします」
「はーい!」

 深々と頭を下げると、早坂さんは元気に手を振って行ってしまった。その後ろ姿にお願いする。この病院の人、みんなにお願いする。

 おれはもう、一緒にいられないから。

 だから、おれの慶を、おれの愛しい人を、お願いします。



***



 かなり早めに空港についたので、出発までの時間、友人のあかねと、慶の妹の南ちゃんにだけは連絡をした。


『慶君には?』
「一応、話した」
『そう』
「…………」

 こちらの沈黙を汲み取ってそれ以上は追求せず、あかねは茶化すように言ってくれた。

『ま、浩介さん。私達は遠距離恋愛楽しみましょうね』

 あかねは、学生の時からずっと恋人のフリをしてくれているのだ。おそらく今後も母からあかねに連絡がいくこともあるだろう。別れたことにしてくれていいのに、「私とまで連絡取れなくなったら、お母さんおかしくなっちゃうわよ? それで慶君にとばっちりいったらどうすんの」と言ってくれて……。

「ありがとう……あかね」
『だからそういうのいらないから』

 そのうち遊びに行く、と言って、あかねはあっさりと電話を切った。あかねの気遣いが有り難い……。


 一方……

『意味がわかりません』

 南ちゃんには、開口一番不機嫌に言われた。

『それってお兄ちゃんと別れるってこと?』
「まあ……そういうことになるね……」
『意味がわからない』
「ごめん……」

 南ちゃんには数え切れないほどお世話になったのに……

『まあ、いいや。じゃあ、元サヤ妄想発動』

 不機嫌な言い切りに、え?と聞き返したけれど、南ちゃんは抑揚なくぶつぶつと、

『どうせ二人は離れられないから。そのうちまたくっつくことになる』
「…………」

『一度離れて、お互いがお互いをどんなに必要としているか思い知ればいい』
「…………」

『それで再会した時に、ぐっちゃぐちゃのどっろどろに求め合えばいい』
「…………」

 なんか変なこと言っている……。南ちゃんは真面目な声のまま、

『ちなみに昨晩は? それはそれは相当激しくって感じですか?』
「え」
『何回した? って、そもそも浩介さんとお兄ちゃんって、通常だと一回あたり何回するの?』
「………南ちゃん」

 あいかわらずだ南ちゃん……

『まあいいや……。どうせ元サヤになるから、それまで我慢するよ』
「…………」
『じゃあ、気を付けてね』

 南ちゃんも、あっさりと電話を切った。

 あいかわらずの南ちゃん。
 だけど……『元サヤ』はないよ……



 南ちゃんと話したことで、記憶が高校時代に戻されていく。
 初めて慶の家に遊びに行った時に、元気いっぱいに出迎えてくれた南ちゃん。クリスマスイブ前日、慶に告白できたのも、南ちゃんが背中を押してくれたからだった。

(慶………)

 あの時泣いてくれた慶の涙を思い出す。

『おれなんてもう一年以上前からお前のこと好きなんだぞっ』

 怒ったように言ってくれた慶。おれなんかのこと、ずっと好きでいてくれた慶……

(慶………)


 会いたい。


「………あ」

 思わず出てしまった言葉に苦笑する。

(何言ってんだ、おれ……)

 会いたいって。

 自分から別れたくせに。
 自分から会わないって決めたくせに。

(それでも……それでも、慶)

 今すぐ会いたいよ。

 会って、ぎゅうって抱きしめたい。
 その柔らかい髪に顔を埋めたい。
 その力強い腕に抱きしめ返されたい。

「慶………」

 おれは、本当にどうしようもないダメな男だ……



 それからどのくらい時間がたっただろう……

 搭乗時間を知らせるアナウンスで我に返った。ずいぶん時間があるからコーヒーでも、と思っていたのに、結局こうしてベンチに座ったままだった。

「ホント、バカだなおれ……」

 自分自身にツッコミを入れながら立ち上がる。

 さあ、行こう……


 と、振り返った時だった。



「…………え?」

 我が目を、疑う。人の群れの中、まぶしいまぶしい光……

「うそ………」

 見間違うわけがない。どんなに人がたくさんいようと、その輝きは紛れることはない。

「なんで……」

 涙が溢れて視界がにじむ。よろけながらそちらに歩み寄る。

 ツカツカツカとすごい勢いでやってきたその光は……

「浩介発見! 探知機健在だな」
「慶………」

 にっと笑ってくれた。高校の時と同じイタズラそうな笑顔で……。



**



 もう、会えないって……会えないって思ったのに……


「慶……っ」

 こらえきれず、抱きしめた。
 欲しかった温もりに体が震える。欲しかった愛しさが溢れてくる。抱きしめ返してくれる強い腕がここにある……

 喧噪が遠のき、この場にいるのは二人だけ、のような感覚に陥る。

「どうして? どうして……」
「そりゃ、お前……」

 とんとん、と回した手で腰のあたりを叩いてくれる慶。

「昨日の1ON1の賭けの商品、もらい忘れてたからさ」
「賭け……?」

 ああ……そうだ。昨日、バスケで遊んだんだった。もう何年も前のことのようだ。

「何が、欲しい?」
「お前と同じもの」
「え?」

 間髪入れずに返された言葉。同じものって、それ……

 慶は、切ないほど綺麗な瞳で笑うと、おれの頬を手で包み込んでくれた。そして……

「キスして、ほしい」
「慶……」

 そっと合わさる唇……

 初めてキスした時みたいな、触れるだけの、優しい優しいキス。

 愛しくて愛しくて、どうにかなってしまいそうだ……


「慶……」
 湖みたいな瞳がこちらを見上げている。愛しい愛しい瞳……

 もう一度抱きしめようとしたその時、

「………あ」
 無情にも、再び搭乗案内のアナウンスが流れた。

 もう、行かなくてはならない……


「浩介」

 慶が決意したように、おれの胸のあたりに手を置き、体を離した。

「おれ、お前に言われたこと、色々、色々考えた」
「うん……」
「で、決めた」
「え」

 慶の瞳に揺るぎない強い光が灯る。

「おれはおれのやるべきことをここで頑張る」

 昔から変わらない、力強いオーラ。

「だから、お前も頑張ってこい」
「慶………」

 ニッと笑う慶。

「それでいつか……いつか、また会える時がきたら」
「うん」
「その時は……」
「うん」

 そっと唇を合わせ……ぎゅっと抱きしめあう。

(いつか……会える時がきたら)

 そんな日がくるかどうかは分からないけど、でも、でも慶……

「じゃあな」

 慶がすっと体を離した。そして、するりとおれの後ろに回ると、

「行ってこい」
「!」

 とん、と背中をおしてくれた。その衝撃で、一歩踏み出す。

(あ………)

 触れられた背中から、ばさっと何かが広がり、地から足が浮いた気がした。

(翼……)

 ずっと、広がることのなかった翼……
 空に羽ばたけるような感覚……生まれてはじめてだ。こんなに体が軽いなんて……
 
「慶……」

 穏やかな笑みを浮かべ、見送ってくれる、愛しい人。

 慶がいるから、飛び立てる。慶がいるから、翼が広がる……


「行ってきます」
「おお。行ってこい」


 いつの日か、あなたにふさわしい男になれたら、そうしたら……

 あなたとずっとずっと一緒にいたい。


「慶、大好きだよ」


 その日まで……さよなら。



<完>



-----------------------------


お読みくださりありがとうございました!
この後、二人がどうなるか、という話が、「翼を広げて」になります。
「翼を広げて」は、1992年、当時現役女子高生だった私がノートに書いた小説で、私にとって記念すべき、中編程度の小説の完成第一号の作品でした。(それまで、主にファンタジーものを途中まで書いては放置、を繰り返していたので……)

以上を持ちまして、浩介さんの自立話?終了とさせていただきます。
こんな暗い話にお付き合いくださり本当に本当にありがとうございました!!

そして先日お知らせさせていただいた通り、9月10日(浩介43歳の誕生日)まで更新お休みさせていただきます。
その間に、目次ページを少し変えたり、「現実的な話をします」内の慶と浩介のおまけの話をいくつか短編として引っ張り出したり……、と、サイト内を少々お片づけしようかなあと思っております。

今までクリックしてくださった方、読んでくださった方、本当にありがとうございました。励ましていただいたおかげで書ききることができました!ありがとうございます!
次回9月10日もよろしければ、どうぞお願いいたします。

---
すみません。以下私信です。
4月17日に「お話を順番に読みたい」とコメントをくださったHhy様!
もしまだ読んでくださっていたりしたら、とっても有り難いのですが……
とりあえず、この「閉じた翼」「翼を広げて」を通り過ぎたら、あとはもう「あいじょうのかたち」で大丈夫、かと思われます。
今後気まぐれに、色々な時代の短編が出てくる可能性はありますが、二人の関係性に関わるようなお話はもうないので……
なので、「あいじょうのかたち」「たずさえて」「現実的な話をします」の順で、読んでいただけたら嬉しいです。
もし更にお時間があったら、「あいじょうのかたち」の前に「光彩」ですが、「光彩」は慶たち本当に一瞬しか出てこないし、GLだし、どうだろう………って感じです。

よろしければどうぞよろしくお願いいたします。


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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 12-1(浩介視点)

2017年07月04日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼


「やっぱ、お前、先生になって大正解だよな。浩介先生。いいよな」

 慶がそう言ってくれた。綺麗な瞳でこちらをまっすぐ見つめてくれながら。
 おれは、慶の中にいる「浩介先生」でい続けたい。


「君は充分、成しえてきた。たくさんの生徒を育ててきた」

 吉田先生がそう言ってくれた。
 だから、今までの経験は無駄では無かったのだと思いたい。


「浩介先生だったら、あの子達を笑顔にしてあげられると思うんだよ。あの時のオレみたいにさ」

 ライトがそう言ってくれた。
 おれは、そちらに向かって歩きだそうと思う。


 だから、「逃げ出す」のではなく「出発する」のだと思いたい。
 思いたいけれども……、結局のところ、「逃げ出す」という言葉が一番しっくりくるような気がする。



***


 修了式で正式に離任の挨拶をして以降、今の教え子はもちろん、かつての教え子たちも入れ代わり立ち代わり挨拶にきてくれた。

 おれなんか存在感も薄いし、彼らにとっては通過点の一つでしかないのに、こうして訪ねてきてくれる、ということに、驚きと感動を覚える。

(先生、だったんだな……)

 あらためて思う。おれは先生をしていたんだ。自分の求めた先生像とは違ったけれど、確かに先生をしていたんだ……


 勤務最終日である3月31日月曜日、最後のバスケ部の練習を行った。終了後には、花束までくれた子供たち……有り難い、と思う。

「ちゃんとお礼言えよ!」

 みんなから花束を渡す係に任命されたのは、一年生の関口君だった。学業成績不振で一度退部した彼は、その後再入部してきた。

「先生、そのセツはアリガトウゴザイマシタ」

 エヘヘ、と笑う関口君。

「おれは何も。関口君が頑張ったからだよ」

 関口君は、退部させられたあと、親の前で一生懸命勉強している姿を見せたそうだ。母親が味方してくれて、父親を説得した、と聞いている。

「そんなことない。やっぱり先生のおかげなんだよ。あの……」

 コソコソとおれの近くに寄ってきた関口君が、少し言いにくそうに言った。

「お母さんが、おれの味方してくれたっていったじゃん?」
「うん」
「昨日聞いたんだけど、それ、先生のおかげだった」
「え………」

 おれのおかげ? おれの母に似ていた関口君の母親の姿を思い出す。

「先生さ、自分のお母さんのこと、今も大嫌いで憎んでるって言ったんだって?」
「あ……うん」

 退部させる、と言いに来た関口君の母親に、息子を自分の思い通りにしようとする母の姿が重なり、思わず本音を言ってしまったのだ。

「なんかそれが相当衝撃だったらしいよ」
「…………」

 そうだよな……。「母親」だもんな……

「お父さんが部活ダメっていうから、しばらくは辞めなくちゃだったけど、お母さんがお父さんの説得に協力してくれて……んで、先生に言われた通り、ちゃんと勉強してる姿見せてたら、再入部許してもらえた」
「そっか……」
「なんで急にお母さんが味方してくれたのか不思議だったんだけど、そういうことだったんだって」
「……………」

 それは良かった……。
 しかし、おれの母だったら、たとえ「憎まれる」と分かっていても、自分の価値観を押しつけ続けたのではないかと思う。それが「子供のため」と言って……。子供の意思を完全に無視した押しつけは親の自己満足でしかない、と思うけれども、おれは親になったことがないから、親の気持ちは分からない。これからなることも絶対にないので、一生理解できないだろう。

「お母さんに、先生がアフリカ行っちゃうって話したら、喧嘩したまま離れ離れになるのは先生のお母さん辛いだろうねって言ってたよ」
「…………」

 別に母とは喧嘩はしていない。でも、一生分かり合えない。分かり合うつもりもない。

「このお花、お母さんにあげて仲直りしたら?」
「………ありがとう」

 母には会わないで行くつもりだ。今日の夕方、父の事務所に行って、父と庄司さんにだけ報告する予定なのだ。
 庄司さんは、出来損ないの息子であるおれに代わって、父の跡を継いでくれる人で、昔から変わらず、明るく朗らかな人だ。今日の父との面談も庄司さんにお願いして設定してもらった。

(実の父親と会うのに仲介が必要だなんて……)

 破綻してる。もうとっくに、おれと両親との親子関係は破綻している。

「お母さんによろしくね。これからも頑張ってね、関口君」
「はーい」

 楽し気な関口君の返事にホッとする。関口君の母親はおれの母とは違う。きっと今後も彼を守ってくれる、と信じたい。



 帰り際、卒業したばかりの高瀬君と泉君が来てくれた。高瀬君は美容師の専門学校に、泉君は第一志望だった国立大学に合格している。
 幼なじみであり親友であり恋人である2人。2人が恋人になる過程を見守ってきた身としては、今後の二人のことも気になるけれども……

(あいかわらず、仲良いな……)
 心配する必要は一つもない、と思う。寄り添って、くっついて、離れることなんて少しも考えられない。一緒にいることに少しの疑問も抱いていない2人が羨ましい。おれとは違う……


「先生、本当に行っちゃうんだね」
 泉君が、なんだか呆れたように言ってきた。

「渋谷さん、よくOKしてくれましたね?」
 高瀬君の質問に、「うん、まあ……」とあいまいに肯く。

 この2人は、慶のことを知っている。だから口止めしようかとも思ったけれど、藪蛇になる恐れもあるため、あえて何も言わなかった。よほどの偶然でもないかぎり慶と彼らが会うことはないから大丈夫だろう。

(慶には……言わない)

 そう。おれは、慶には何も言わず、出発するつもりなのだ。


***



 約一か月半前、バレンタインの翌日の夜。

「おれが、お前に新しいアザ、つけてやる」

 そう言って、慶は、おれの背中に歯を立てた。

「お前がこれから見るアザは、全部、おれのしるしだ。全部、おれの痕だ」

 その宣言通り、心因的なものから発現していたらしいおれの背中のアザは、この日を境に綺麗になくなった。その代わり、しばらくの間、慶の歯形がくっきりと残っていて……毎日鏡の前で確認しては、泣きたいような笑いたいような気持ちになっていた。子供の頃からずっと苦しめられていた母に付けられたアザ……ようやく本当に消えたのかもしれない。

(慶はいつでもおれを助けてくれる……)

 昔から、ずっと。ずっとだ。
 慶がいたから生きてこられた。慶がいたから今ここにおれはいる。

(『浩介……』)

 慶の優しい声が頭の中で再生されて、胸が痛くなる。

 慶がおれを好きでいてくれることは充分に分かっている。
 おれがアフリカに行くと言ったら、きっと慶は「行くな」というだろう。それを振り切ってまで行ける自信はなかった。

 話し合い、説得……、そんなことをして、喧嘩になってしまうのも嫌だった。綺麗な思い出だけ残して、慶の元から去りたかった。

(慶はおれなんかいなくても大丈夫)

 きっと、おれがいなくなったら、しばらくは寂しく思ってくれるだろうけれど……でもすぐに慣れるだろう。みんなに愛されて、みんなに必要とされている慶には、その寂しさを慰めてくれる人がたくさんいる。

(そう思うと、嫉妬でどうにかなりそうだ……)

 ほら……やっぱり。独占欲から殺意を抱いてしまうような恋人はいらない。慶を傷つけてしまう前に、慶の元からいなくなる。

 それがおれが選べる最善の道だ。


**


 4月1日。出発の前日。
 夕方から当直だという慶と一緒に、久しぶりに慶のうちの近くの公園に行った。

「1ON1で、賭けやろうぜー」

 実家の物置からバスケットボールを取ってきた慶がニヤニヤと言う。

「えーやだよー絶対負けるもん」
「バスケ部顧問が何言ってんだよ!」

 あはは、と笑う慶。高校の時から少しも変わらない。


 高校3年生の時、おれは、この場所で親の意向に反することを決めた。「弁護士ではなく、学校の先生になる」と決心させてくれたのは慶だった。

 その日の夜、

「学校の先生に、なりたいです」

 父の書斎に入り、緊張してそう言ったおれに、父は「勝手にしろ」と冷たく言って、部屋から出て行くよう手で追い払う仕草をした。


 昨日の夕方も似たようなものだった。

「今勤めている学校を辞めて、ケニアに行きます」

 おれがそう言うと、父は「勝手にしろ」と言って、席を立った。

 大きい事務所ではないので、話していた打ち合わせスペースと、父のデスクはそんなに離れていない。話の内容は聞こえるだろう、と判断してくれたらしい庄司さんが、あえて父を引き留めることはせず、話を聞いてくれた。

「母には言わずに行きます」
「ああ……そのほうがいいかもな」

 母の気性を知っている庄司さんは苦笑気味に肯いてくれた。

「今後連絡を取る時には、こちらにお願いしたくて……」

 一応、今後の連絡先を差し出す。

「Kenya……、え、これ、もしかしなくても日本語通じない?」
「はい。英語かスワヒリ語でお願いします」
「うわ……そっか。わかった……」

 わざとだ、ということも、庄司さんには気付かれたかもしれない。
 本当は日本支部を通して連絡してもらうことも可能なのだ。でもそんな連絡先を教えたら、また母がしつこく電話するに決まっている。同じ轍は踏まない。母は海外旅行経験は豊富なくせに、旅先でも父とおれに依存しっぱなしだったので、全く英語が話せないのだ。少しは自分で勉強したらいいのに、とずっと思っていたけれど、まさか今になってそれで助かることになるとは……

「すみません。今後のことよろしくお願いします」
「頑張ってな」

 にっとして肯いてくれた庄司さんに、深々と頭をさげる。頭をあげた時に、チラリと父の方をみたけれど、父がこちらを見ることは一度もなかった。


 事務所から出ると、もうすっかり夜になっていた。ビルの間の夜の空を見上げる。

(……自由だ)

 体中に巻きついていた紐が解かれていく感じがする。空に向かって、両手を伸ばす。
 おれは、ようやく解放される……




 1ON1の勝負の結果は、当然、慶の圧勝だった。高校生の時から一度も勝ったことがない。

「何にしようかな~」
 ニコニコで慶が言う。今まで、何回こうして慶の願い事を聞いてきただろう……

「お前だったら、何にした?」
「そうだなあ……」

 当時と全然変わらない慶の唇をすっとなぞる。

「キスしてほしい」
「………は?」

 ばかじゃねえの、と言いながら赤くなっていく慶。でも、ボソボソっと不機嫌そうに言葉を足した。

「そんなの賭けじゃなくたって、いくらでもする」
「………うん」

 ぐっと、胸がつかまれたように痛くなる。

 そうだね……そうだね、慶……。

「もう少しだけ時間大丈夫? いつもの川べり行きたいな」
「ん……じゃあ、ちょっとだけ行くか」
「うん」

 思い出の川べり。ここでたくさん話した。たくさん笑った。たくさん泣いた。たくさんキスをした。高校時代の慶との思い出が全部つまっている場所……


「浩介」
 土手をおりながら、ふいに慶が振り返った。

「!」
 腕を引っ張られ、傾いだところに、チュッと軽くキスをされて……

「慶……」

 泣きたくなってくる。気持ちが溢れて苦しい……

「……慶、大好きだよ」
「おー」

 慶の照れたような顔。大好きな、大好きな慶……。

 このまま時が止まればいい。慶と離れたくない。慶が欲しい。慶が欲しい。慶の全部、おれにちょうだい。慶、どこにもいかないで。慶、おれだけのものになって。慶、慶……

(苦しい……)

 だから、慶……


 さよなら。



***


 慶とは17時前に病院の前で別れた。その足で、慶の部屋に置いてあった私物を回収して、24時間営業のファミレスに移動した。アパートは今朝引き払ったため、明日までファミレスで時間を潰すつもりなのだ。飛行機の中で寝たいのでちょうどいい。

 でも、夕食を食べ終わり、コーヒーを飲みながら、到着してからの予定の確認している最中………

(…………慶?)

 携帯のディスプレイが慶からの電話であることを知らせている。出発する寸前に慶にメールしようと思っていたので、携帯は明日解約するよう手続きしてあるのだ。

(珍しい……)

 まだ20時過ぎだ。仕事中にかけてくるなんてどうしたんだろう……。

 慶の声を聞きたいという気持ちと、今電話に出てしまったらまた嘘をつかなくてはならないという心苦しさが錯綜する。

 迷った挙句、出ない選択をする。と、しばらくしてから、携帯の震えが止まった。

(慶………)
 ホッとしたような、ガッカリしたような……、と。

(!)

 また鳴りだした。今度も長い……

(慶………)

 なんだろう。何かあったのかな………。

 あまりにも止まらない携帯の震えに、お店の人にもチラチラ見られてしまい……

「…………はい」

 観念して、出入り口近くのスペースに移動して、通話ボタンを押したところ、


『お前、今、どこにいる?』

 慶の声……すごく冷たい感じ。付き合いが長いから分かる。これ、最上級に怒ってる時の声だ……

「えと……ファミレス、だけど……」
『そうか』

 こわい……こわい声……。指先が冷えていく……

 数秒の沈黙の後、慶が言った。

『さっき、泉君と高瀬君が病院にきた』
「!」

 な……っ

『お前、ケニアに行くって……どういうことだ?』

 慶………

『エイプリルフールの冗談にしては、手が込んでるな?』

「あ………」

 声が……出ない。何を……何を言えば……

 黙ってしまったおれに、慶の淡々とした声が聞こえてくる。

『今すぐ、うちに来い』
「え……、でも慶、仕事」

『代わってもらった』
「え……」

『だから、今すぐ。今、すぐに来い』
「…………」

 逆らえない、絶対的命令。

「………わかった」

 肯くしか、選択肢はなかった。




-----------------------------


お読みくださりありがとうございました!

余談ですが。花束はお父さんの事務所に置いてきました。事務員のカコちゃんが花瓶に生けてくれてます。
それから。泉君たちがなぜ慶に会いにいったのかというと。
異変を察知して言いつけにいった……とかでは全然なく、ただ単に、桜井先生の見送りに行きたい!と思ったけど、詳しい出発時間が分からなかったので、慶に聞きにいっただけです。(浩介と泉君たちは親しくしていたとはいえ、教師と生徒の関係のため、個人的連絡先の交換はしていないので……)

そんな泉君たちのお話はこちらでございます。上記の2年ほど前から物語が始まります。→ 嘘の嘘の、嘘

クリックしてくださった方々、見にきてくださった方々、本当に本当に!ありがとうございます!おかげで目標まで辿り着くことができました。ありがとうございました!
次回金曜日が最終回……かもしれないです。よろしくければどうぞお願いいたします!

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BL小説・風のゆくえには~閉じた翼 11-2(慶視点)

2017年06月30日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~  閉じた翼

 バレンタインの夜……

「あれ? 渋谷先生、当直なんだ? 彼女放っておいていいのー?」
「………………」

 真木さんのわざとらしい言い方に苦笑してしまう。近くにいた看護師チームからも笑い声とツッコミが飛んできた。

「ですよねー? 彼女かわいそう~」
「あ、いや、向こうも仕事なんで……」

 本当のことを答える。
 浩介は毎年この期間は勤めている高校の入試があるため、その準備やら採点やらでものすごく忙しいのだ。今年は今日で落ち着くらしいので、明日の夜会うことになっている。

「真木先生は何しにきたんですか?」
 今日も明日も勉強会も研修会もないはず。大阪からわざわざどうしたんだろう?おれが知らない集まりとかあったのかな?と思ったら、ピースサインを返された。

「もちろん、東京の恋人たちのチョコレートを回収しにきたんだよ」
「回収って、キャバクラ行くってことですよね?」

 看護師の早坂さんのツッコミに、みんなクスクス笑っている。
 真木さんはゲイなことを職場では隠している。何もしなくても女性が寄ってくる容姿をしているため、女避けの意味で「キャバクラ好き」を公言しているらしい。

「そうそう。渋谷先生も仕事じゃなければ誘ったのになー」
「やだ先生、彼女いる人誘わないで~」
「渋谷先生、誘われても行っちゃダメだからね!」

 口々に好き勝手言われることにもどこ吹く風、で、真木先生は、

「慶君、ご飯これから? 一緒いこう?」

と、にこにこと言ってきた。聞きたいことがあったからちょうどいい。真木さんはおれと違って医師としての知識も経験値も高く、人脈も広い。性格は変わっているところがあるけれど、医師としては尊敬する人の1人だ。

「すみません、食堂に行ってきます。30分で戻りますけど、何かあったら電話ください」

 看護師さん達に声をかけ、真木さんと並び立つ。その背中に、また冷やかしの声をかけられた。

「真木先生、渋谷先生に変なこと教えないでくださいよー?」
「大丈夫~。役に立つことしか教えないから~」

 真木さん、あはは、と笑って女性陣に手を振っている。でも、エレベーターに乗り込んだ途端、ぽん、とおれの頭に手を置いて、顔をのぞきこんできた。

「なんか悩みありますって顔してるよ? 大丈夫?」
「……………」

 こういうところも、かなわないなあ……と思う。
 おれより6歳年上の真木さん。おれも6年たったらこんな風になれるのだろうか……


***



 次の日の夜……
 前からの約束通り、浩介は最近ネットで評判だというチョコレートケーキを持っておれの部屋に遊びにきてくれた。こうしてバレンタインのチョコを一緒に食べるのも、もう12回目だ。

 この数日、残業続きだった浩介は、まだ少し顔色が冴えない。大変だったんだろうなあ……

「大丈夫か?」
「うん……。3年生の担任よりは全然マシなんだけどね。3年は大学受験あるから、この時期はそのことでも気が休まらないから」
「だよなあ……」

 思えば、高校時代、無謀な医学部受験を言い出したおれは、担任の先生にとって頭の痛い生徒だったろうなあ。

「お前、今2年生だっけ?」
「うん」
「来年度、持ち上がりで3年になったりするのかな? そしたら大変だな」
「ああ……」

 ぼんやりと肯いた浩介。なんとなく、心ここにあらず、だ。受け答えに時差がある。なんだろう?

「浩介? お前、なんか……」
「お風呂入ろ?」
「え?」

 おれの言葉を遮って、浩介が突然立ち上がった。

「慶の体、洗いたい。いいでしょ?」
「は?」
「早く。行こ?」
「???」

 珍しい。まだコーヒー残ってるのに……

「慶、早く」
 少し焦っているようにおれの名前を呼ぶ浩介。なんだろう……やっぱり、変だ。


 脱衣所で、浩介は一瞬躊躇して……それから意を決したように下着に手をかけた。

(やっぱり……ない)

 その背中を見て、心の中で息をつく。

 本人は、自分の背中にアザがあると信じている。それが心因性のものではないか、とまで言っている。でも、違う。アザなんて存在していない。本人にしか見えていないのだ。


**

「幻覚症状は、否定しないのが基本、ですよね?」

 前日、食堂で席につくなり真木さんに聞いたところ、「そうだね」と大きく肯かれた。

「否定は混乱を招くからね。受け入れるのが基本」
「…………」

「患者さん? 何か見えるとか聞こえるとか?」
「あの……今のところ幻視だけみたいなんですけど……」

 どこまで具体的に話すか迷うけれど、話さなければ答えももらえない。

「本人は、自分にはアザがある、と信じていて。でもそんなもの存在していないんです」
「…………」
「これ、本人に、そんなものはない。自分に見えているだけだって言ったら、楽になったり……」
「しないと思うよ」

 アッサリと真木さんは首を振った。

「嘘ついてる、と思われるよ。自分を慰めるために、そんなものはないって言ってるんだって」
「でも、信頼関係があったら……」
「混乱するだけだよ」
「……………」
「もしくは、自分の頭がおかしいんだ、と追い詰められるか」
「……………」

 そうか……そうだよな……。

「ちなみに、真木さんはこういう患者さんの経験……」
「あるよ」

 真木さんの肯きに、あるんだ!と思わずがっついてしまう。

「あのっ、その人は……」
「小学校3年生の女の子だったんだけどね。腕に傷があるのを隠すために長袖しか着ない。体操着も半袖は着たくないって言って、お母さんが困ってて……」
「で?! 先生はどう……」
「薬を出したよ」

 真木さん、涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。

「薬?」
「単なる保湿剤だけどね。寝る前と、朝起きてから、毎日塗ってあげてくださいって、お母さんにお願いした」
「………」
「その子、弟が生まれたばかりでね。お母さんに構ってほしかったんだろうね。そうやって、朝晩の数分だけでも、お母さんを独占できる時間ができたら、自然と幻視もなくなった」
「そう……ですか……」

 薬か……

 でも……

「でも、これは、相手が小学生だからできた方法だよ。今は、自分に処方された薬が何の薬かなんていくらでも調べられる。大人に対してこの方法は難しいと思う」
「………ですよね」

 思わず、ため息をつくと、真木さんはふっと目元を和らげた。

「冷めちゃうよ? 食べたら?」
「はい……」

 カレーを一口食べる。……と、ジーッとこちらをみている真木さんの視線が突き刺さり……

「あの……真木さん夕飯本当にいらないんですか?」
「これから約束があるからそっちで食べるよ」
「え、時間大丈夫ですか?」

 もうすぐ8時だ。
 真木さんは、ニコニコで肯くと、

「大丈夫大丈夫。あーでも少しお腹空いてきたなー」
「おれなんか買ってきましょうか?」

 立ち上がりかけると、いやいや、と手を振られた。

「いいよいいよ。それより、そのカレー一口ちょうだい?」
「え?」

 はい? と言ったおれの目の前で、真木さん、口をあけると、

「はい。あーーーーん」

と、自分の口を指でさしている。この人、やっぱり…………変だ。

「あげませんよ……」
「なんだ。つまらない」

 子供みたいにぷうっと頬を膨らませた真木さん。本当に変な人だな……とおかしくなってくる。

(浩介……)
 ふいに思いだす。先月、鍋の鶏肉、あーんってして食べさせてくれたんだよなあ……


「あの…………真木さん」

 カレーの続きを食べつつ問いかける。

「そのアザ、幼少期の辛い記憶が原因みたいなんですけど……」
「うん」
「そういう辛い記憶を消すには、どうしたら……」

「消すことはできないよ」
「え」

 あっさり断言されて言葉を失ってしまう。
 できないって……

「でもね」

 呆然としたおれに、真木さんが淡々と言う。

「消すことはできなくても、薄めることはできる」
「薄める?」
「そう。例えば、このコーヒー」

 コップを差し出される。残りあと一口の黒い液体。

「これにミルクを入れると……」

 真木さんの長い指がミルクの容器を開けて白い液体をコップに注ぎ込む。ミルクに染まっていくコーヒー……

「ね?」

 にこっとする真木さん。

「白い記憶でいっぱいにすれば、黒い記憶は薄くなっていく」
「………………」
「君が白でいっぱいにしてあげればいいんじゃない?」

 白で…………

「なにしろ君は、白い天使だからねえ。うってつけだよ」
「……は?」

 また意味わかんないこと言い出したぞ、この人……

「今日会う子も、なかなかの天使君なんだけど………、ああ、やっぱり今日、慶君に会いにくるんじゃなかったなあ」

 真木さんは、おれの顔を見てから、はあ……と、大きくため息をついた。会いにくるんじゃなかったって……

「あの……」
「やっぱり君はレベルが高すぎる。君に会っていなければ、チヒロでも満足できたかもしれないのに……」
「チヒロ?」
「君と顔はまあまあ似てるけど、中身は真逆の子」
「?」

 何の話だ? 今日会うという人のことか?
 首を傾げっぱなしでいたら、真木さんは「ああ、ごめん」と手を振ってきた。

「なんでもない。こっちの話。慶くんは、とにかく頑張って」
「え、あ」

 ありがとうございます、という言葉にかぶさるように、真木さんはコーヒーを飲み干し、

「うわ、甘い……」
と、ぶつくさ言いながら行ってしまった。そういえば、真木さん、いったい何しにきたんだろう……。

(ま、いっか……)
 おかげでヒントはもらえた。

『白い記憶でいっぱいにすれば、黒い記憶は薄くなっていく』

 おれが、浩介の黒い記憶を薄く薄く薄く、思い出せないくらい、薄くしてやる。


***



『慶の体、洗いたい』

という宣言通り、浩介は風呂の縁におれを腰かけさせて、優しく優しく体中を洗ってくれた。足の指の一本一本も、耳の後ろの窪みも、全部。

「あのさ……」
「ん?」
「あ……んんっ」

 おれが何か話そうとするたびに、わざとのように(いや、絶対わざとだ)、感じるところを撫で上げたり、キスをしたりして妨害してくる浩介……。いったいなんなんだ! なんか最近、こうやって色々誤魔化されている気がしてならない。

 なし崩しにそのまま風呂で一回抜かれ、上がった後は、温まったのと、疲れているのと疲れたので、朦朧としてきてしまい……、その上、パジャマを着せられ、浩介がいつものように、髪の毛を乾かしてくれたりするから、もう気持ち良すぎて……

「慶?」
 ウトウトしているところに、耳元で優しくささやかれる。

「もう寝ようね? 歯、磨こ?」
「……まだ寝ねーよ」

 しまった。このままではまた、知らない間に寝ていて、知らない間に浩介は帰ってしまう。冗談じゃない。

「でも……」
「お前、やってねえじゃん」
「おれはいいよ……、って、痛っ」

 思いきり腕を引っ張って、浩介をベッドに投げ飛ばす。

「もう、乱暴だなあ……」

 苦笑した浩介に馬乗りになり、手を顔の横について覗き込む。

「なんかモヤモヤすんだよ」
「モヤモヤ?」
「お前、やっぱなんか変だから」
「…………」

 浩介は瞳をそらさず、真っ直ぐにこちらを見てきた。まるで、そらしたら負け、みたいに。

「何が変?」
「何がって……なんとなく変」
「なにそれ」

 ふっと笑った浩介の手が、ツーッとおれの頬を撫でてくる。

「別に変なつもりはないんだけど……変かな?」
「おお。変だぞ」
「うーん……やっぱり変かあ。だから、アザとかできちゃうのかなあ……」

 寂しそうに笑う浩介……。

 もう、こんな顔させたくない。

 …………。よし!やってやる!

「その件について、おれに考えがある!」 
「え?」

 キョトンとした浩介の体を一回引っ張りあげ、力任せにひっくり返してうつ伏せにする。

「え、ちょ、慶!?」
「そのまま!」

 起き上がろうとする浩介の肩を足で押さえつける。

「正直言って、お前のアザ、おれは全然気にならない」
「…………」
「たぶん、温泉とかプールとかで見られたって、他の奴も誰もそんなの気にしねえだろう」
「それ、高校の時も言ってたね」

 小さく笑った浩介。

 そんなこと言ったっけ? 覚えてない。……まあいいか。

 浩介のパジャマの裾をめくりながら言葉を続ける。

「でも、お前が気になるってんならさ」
「…………うん」

 泣きそうな声……。もう、そんな声、出させない。

 浩介の傷一つない綺麗な背中を撫で上げる。

「おれが、お前に新しいアザ、つけてやる」

 他の誰でもない、おれのしるしを、お前の背中に付けてやる。

「お前がこれから見るアザは、全部、おれのしるしだ」
「…………」

 息を飲んだ気配………

「全部、おれの痕だ」

 腹の下に手を回し、背中を少し丸くさせる。滑らかな背中をゆっくりなでる。

「いいな?」
「…………」

 小さくうなずいた浩介……。そっと、背中に唇をあてる。

「痛いって言ってもやめねえからな」
「……………」

 また、無言でうなずいた浩介。枕に顔を埋めているから、どんな顔をしているかは見えない。見えないけど……たぶん泣きそうな顔をしているのだろう。

「よし。覚悟しろ」
「………っ」

 思いきり歯を立てる。と、浩介の体がビクッと震えた。でも、構わず、少し場所をずらしてまた歯を立てる。

「慶……っ」

 こちらに伸ばしてきた手をぎゅっと握り返す。

「浩介………」

 お前の黒い記憶は、おれが白くぬりかえてやる。

 

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お読みくださりありがとうございました!

浩介さん、この時点ではすでに、ケニア行き決定して、学校へ退職願いも出してあります。
でも、慶には言えない。言って「行くな」と言われたら困るから。
でも、会いたい。会ってトロトロに甘やかしたい。甘えたい。
でも、また殺意が芽生えることが怖くて、泊まることはできない……
という複雑な状況です。

残すところあと2回くらい。これが終わったら、9月中旬までお休みをいただこうかと思っております。
真木先生とチヒロの話が書きたくなってきました。ベタ過ぎて面白くないけど、自分が読みたいから書こうかな、と^^;

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次回は火曜日。よろしくければどうぞお願いいたします!

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コメント (6)
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