創作小説屋

創作小説置き場。BL・R18あるのでご注意を。

BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係14

2019年06月28日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【享吾視点】

 扉の向こうに立っている哲成を見て、ふいに、中学三年生の時のシーンが頭の中によみがえった。

 誰もいない家の中。入院した母のことを思って暗く沈んでいた自分。突然鳴ったインターフォン。そして……

『よ! 高校見学、行こうぜ?』

 ドアの向こう、にこにこしながら立っていた哲成。

 あれは平成2年のはじまりのことだった。その平成も今日で終わる。でも、眼鏡の奥の哲成の瞳は、あの時と少しも変わらない。クルクルした愛しい瞳……


「キョウ、具合大丈夫か?」
「あ……うん」

 後ろ手に扉を閉め、眉を寄せたままこちらにきた哲成に、肯いてみせてから、ゆっくりと上半身を起こした。

(足……まだ無理だな)

 足の感覚はまだ戻っていない。無理に体勢を変えて動かないことに気が付かれたくないので、腰に負担はかかるけれど、布団の中で伸ばしたままにする。

 哲成は、立ったまま部屋を見渡すと、ボソッと呟いた。

「なんか……変だな」
「変?」

 何が?

 聞くと、哲成はなぜか口を尖らせながら言葉を継いだ。

「だって……一人暮らししてた時とほとんど変わんねえじゃん。この部屋」
「ああ……」

 それはそうだろう。ベッドもタンスも机も本棚も、すべて当時と同じものを使っている。
 哲成は引き続き眉を寄せながら言った。

「お前、結婚してるのに、おかしくね?」
「………」
「最近は夫婦別室っていうのもアリなんだろうけど、ここまで一人だけの空間って珍しくね?」
「………」

 それは……

「お互いのプライベートを尊重してるってこと、か?」
「ああ、そう……だな」
「ふーん」

 哲成はなぜか不満そうに肯くと、勢いよくベッドに腰かけてきた。反動でベッドが揺れる。

「歌子さん……良い奥さんだな」
「え」
「こんな風に一人部屋もくれて」
「………」
「お前、大切にされてるんだな」
「………」

 哲成が歌子のことを言及してきたのは、18年半前に結婚して以来、初めてのことだ。今更、何だ? 何を言ってる?

「…………哲成。何が言いたい?」
「…………」

 聞くと、哲成は押し黙ってしまった。視線は本棚のあたりに据えたままだ。そのまま、沈黙が落ちる……と、

「………じゃあな」
「え」

 哲成がいきなり立ち上がった。

「哲成?」

 振り返りもせず、ドアに向かっていく。
 何だ? 何なんだよ……っ

「……っ」
 立ち上がろうとして、自分の足が動かないことを思い知る。鉛みたいな足……

(くそ……っ)
 力任せに腕で足をベッドから出そうとした拍子に、バランスが崩れた。

「!」
 そのまま体全部、床に落ちた。ドサッと結構な音が部屋に響く。打った肩は痛みを感じたけれど、足は少しも痛くない。オレはやっぱりオカシイ……

「キョウ?!」
「………っ」

 すぐ近くで哲成の声が聞こえて、泣きたくなる。

(哲成……)

 また、頭をよぎる中学三年生の記憶。哲成の幼なじみの松浦暁生に殴られたオレに、慌てて駆け寄ってくれた哲成……

「大丈夫か?」

 あの時と同じように、オレを抱えてくれる。オレはあの時、哲成が松浦よりも先にオレの方に駆け寄ってくれたことが嬉しくて嬉しくて……

「前もこんなことあったよな」
「え」

 思わず言ったけれど、キョトンとされてしまった。覚えてないか……。誤魔化すために、腕を掴む。

「悪い。ちょっと手、貸してくれ。今、足の調子が悪くて」
「え……大丈夫なのか?」
「大丈夫」

 心配げな哲成の腕を借りて、なんとか上半身を起こして、ベッドにもたれかかる。

「足って、何が悪いんだ?」
「ああ…………うん」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 答えずにいると、哲成は察してくれたのか、無言でオレの横に座ってくれた。ホッとする………と、哲成は「あ」と言って手を打った。

「『前も』って、もしかしてあれか? 暁生に殴られた時のことか?」
「……当たり」

 思い出してくれたらしい。懐かしい中学時代。
 哲成はまた「あ」と言うと、こちらを振り返った。

「お前あの時、殴られたくせにゲラゲラ笑ってたよな」
「あー…うん」

 そんなことまで覚えていてくれたのか。

「打ちどころが悪くて頭おかしくなったのかと思ったんだよなあオレ」
「……そうか」
「今さらだけど……なんで笑ってたんだ?あれ」

 真面目な顔をして聞かれ、戸惑う。正直に答えていいのか……?

「あれは……」
「うん」
「あれは……」

 見返す、哲成のクルクルした瞳。あの時と、同じ……

「あれは、お前がオレのところに先に来てくれて嬉しかったから、だよ」
「………え」

 するりと本当のことを言ってしまうと、哲成は目を大きく開いて固まってしまった。

(…………まずい)

 慌てて何か誤魔化しの言葉を言おうとした。……けれど、


「嘘だな」

 真面目な顔で断言された。

「あれは『嬉しかった』って笑いじゃなかった」
「…………そんなことはない」
「いいや嘘だ」

 言い切られて、詰まる。そう言われると……

「まあ……松浦に対して『ざまあみろ』って思ったってのも否定はしないけど」
「ざまあみろ?」

 なんだそれ、と言って、ケタケタ笑い出した哲成。楽しそうな声。

(笑ってる……)

 心臓がキュッとなる。オレは、お前の笑顔を見るだけでこんなに幸せになれる。こうしてお前とずっと一緒にいられたら……


 哲成はふっと笑い声を止めると、こちらを見返してきた。

「あれは中三だから、平成2年、だよな?」
「……っ」

 綺麗な瞳にドキッとする。哲成はそんなオレに気が付いた様子もなく、淡々と続けた。

「オレさあ……お前のこと認識したの、中二の終わりだったんだよ」
「え、なんで」

 一緒のクラスになったのは中三の時だ。それよりも前にって何でだ?

「中二の終わりの球技大会でさ、途中で本気だすの止めたお前見て、すっげー腹立ってさ」
「そう……だったんだ」

 だから同じクラスになって早々に、オレに絡んできたのか……。そんな話、今まで一度も聞いたことがない。

「あれが、平成になってすぐの話だろ」
「そうだな……」

 平成が始まったのは、中二の冬だった。

「で、その平成も、今日で終わるわけじゃん?」
「そうだな」
「だから……」
「……っ」

 すっと、重ねられた手。温かい、手……。

「だから、今日はそんな思い出話とか、たくさんしたいと思って…」
「哲成……」
「ずっとお前と一緒にいたいと思って………それで、来た」
「……そうか」

 心が溢れる……
 重ねられた手を握り返す。指を絡めて繋ぎ直す。

「オレも……お前と一緒にいたい」
「……ん」

 ぎゅっと握り合って、微笑みあう。恋人のように。



----------


お読みくださりありがとうございました!
次回火曜日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村

BLランキング

ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!


「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら

「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続々・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係13

2019年06月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係


【哲成視点】



「しばらく享吾君に会わないで……って言ったら、哲成君、どうする?」

 享吾の奥さんである歌子さんに、そう切り出されたのは、3月3週目の金曜日のことだった。先週に引き続き、享吾はバーに現れず、歌子さんが代役ピアニストとしてやってきたのだ。そして、最後のステージが終わった後、控室に呼ばれ、「言おうかどうしようかすごく迷ったんだけど……」という前置きの上で、言われた。

(会わない……)

 それは享吾の希望ということか?

 先週、『体調不良』で休んだ享吾に、「お大事に」というスタンプを送ったところ、すぐに「ありがとう」と返事がきた。だから、『オレに会いたくないから来なかったのか?』という不安には気が付かないフリをして、その後は普通に世間話(侍ジャパンの話とか……)をしていた。この一週間、今まで通り、そんなやり取りを何度かしていたから、大丈夫だと思ったのに……会わないでって何だ?

「……会いたくないって、キョウが言ってるんですか?」

 なんとか言葉を絞り出して聞いてみると、歌子さんはブンブン手を振った。

「ううん。享吾君は、会いたいんだと思う。だけどたぶん、免疫が切れてて……」
「免疫?」

 なんだそれは。

「免疫って……」
「ねえ、哲成君、享吾君に何かしたんじゃない?」
「は?」

 何か?何かってなんだ? っていうか、その前の『免疫』ってなんだ。
 ただでさえ、歌子さんの『妻の雰囲気』でイライラが絶頂にきてるのに、更にイライラが募る。思わず語気を強めてしまった。

「遠回しな言い方やめてくれませんか? 言いたいことがあるならハッキリ言ってください」
「……え」

 歌子さんはビックリした顔をして、口元に手を当てた。

「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんだけど」
「あ」

 謝られて、ハッとする。遠回しにしか言えないことを言わせてるのはオレだ。

「……すみません。でも、何言われてるのか、本当に意味分かんないんですけど」
「うん……そうよね。そう……よね」

 歌子さんは、うーん……と唸った挙句、

「2年前の繰り返しになったら、享吾君が可哀想すぎるから……言っちゃおう、かな」
「………」

 それは……精神的な病気になって会社をやめた、という話か。それならオレも詳しく聞いておきたい。

「あのね……哲成君。もしかしたら、気が付いてるかもしれないんだけど……」
「………はい」

 覚悟を決めて肯くと、歌子さんは、いたって、真面目な……真面目な顔をして、言った。

「実は享吾君、哲成君のことが、好きなのよ」
「…………」
「…………」
「…………え」

 ええと……オレはなんて答えたらいいんだろうか……



***


 歌子さんの話をまとめると、こんな感じだ。

 3年前、オレが海外勤務になり、オレと会えなくなったことで、享吾は病気になってしまった。病院に通ったりして、なんとか持ち直したところに、オレが帰国。オレに対する免疫力が落ちていたのに、急に以前のように会えるようになったため、気持ちがいっぱいいっぱいになってしまった……と。
 歌子さんも全てを享吾から聞いたわけではないので、かなり想像も入っているけれど、たぶん合ってる、とのことだ。

 歌子さんは、「それでね」と口調を改めた。

「哲成君、何か期待もたせるようなこと、言ったりしたりしてない?」
「え……」

 それはもしかして、桜井の話を聞いたことだろうか? それで3年前と同じように、将来を期待したとか? 3年前はそれがキッカケで離れ離れになった。でもそれでなった病気も、オレが帰ってきたから治ったって、あの時……

(………あ)

 そうか。その話をしたピアノの発表会の最中に、思わず、恋人みたいに手を繋いじゃったな……。期待って、それか? なんて思っていたら、

「心当たり、ありそうね?」
「…………っ」

 歌子さんの切れ長の目にジッと見られ、うっと詰まってしまった。戸籍上、歌子さんは享吾の妻だ。オレが享吾と何かあれば、不倫、ということになってしまう。それはマズイ。

「……心当たりなんか、ない、です」

 なんとか否定すると、歌子さんはやんわりと首を振った。

「別に、あってもいいのよ?」
「いいって……」
「哲成君もちゃんと享吾君のこと好きになってくれて、享吾君を恋愛対象として受け入れてくれるんだったら、それでもいいの」
「……え」

 何を言ってる……?

 眉を寄せたオレに、歌子さんは、淡々と、言葉を継いだ。

「でも、そんなつもりないのに期待もたせるようなことするのはやめて?」
「え」
「私、これ以上、享吾君が傷つくの、見たくないのよ」

 これ以上、傷つくって、どういう意味だよ……

「だから……それができないなら、会わないで?」

 歌子さんの強い瞳……

 歌子さん。歌子さんは……

「歌子さん……キョウのこと、大切なんですね」

 思わずつぶやくと、歌子さんはフワリと、やさしく、微笑んだ。

「もちろんよ。だって、人生のパートナーだもの」
「…………」

 その言葉……オレが言えればよかったのに。




【享吾視点】


 3月の2週目と3週目は、哲成に会うのが怖くて、バーにピアノを弾きに行くことができなかった。

『年度末で忙しくて、しばらく聴きにいけなくなる』

と、3週目にオレが行けなかった後に、哲成から連絡が来た時には、何か勘づかれたのではないかと心配になったけれど、でも、ラインのやり取りは変わらず続けてくれているので、そうではない、とホッとしている。

 まあ、やり取り、と言っても、最近はもっぱらゲームの話ばかりだ。勧められてはじめた野球ゲームが、なかなか面白いのだ。

『Sランク出た!』

とか、画像付きで送りあったりしている。ラインのほとんどがゲームの報告と化しているけれど、こうして同じものを楽しめるということが楽しくてしょうがない。

 哲成がバーに来られないと分かったら、バーにも普通に行くことができるようになった。歌子は何も言わないけれど、心配してくれていることは伝わってくるので、申し訳ない。オレは歌子に心配かけてばかりだ。

「無理しないでね」

 歌子はいつもそう言ってくれる。でも、甘えてばかりはいられないので、そろそろ就職活動をしようと思っている。……けれど、なんとなく不安で、まだ踏ん切りがつかない。


***

 2019年4月30日。平成最後の日だ。
 哲成とは結局、3月1日にバーで会って以来、一度も会っていない。

『年度末で忙しい』
『年度初めで忙しい』
『連休前で忙しい』

と、哲成は何だかんだと会えない理由を書いているけれど、さすがに、これはオカシイ、と思いはじめていた。

(オレ……避けられてる?)

 ラインではあいかわらずゲームの話や野球の話がほとんどとはいえ、頻繁にやり取りはしている。でも、ここまで会わないのは……

(どうして……?)

 オレ、何かしただろうか? また、何かしてしまったのだろうか……
 不安が募って、また、足に力が入らなくなった。こんな自分が情けなくてしょうがない……


 平成最後の日も、朝から鬱々となりながら、ベッドにいたのだけれども、インターフォンの音で我に返った。

(連休中なのに、今日もレッスン入れてるのかな?)

 そう思って階下に耳を傾けたけれど、楽器の音はいつまでたっても聞こえてこない。

(宅配だったのかな……でもトラックの音聞こえなかったけどな……)

 なんてボンヤリ考えていたところ……

「キョウ、入るぞ? いいな?」
「え」

 いいとも悪いとも答えるよりも先に、ドアが開き……

「…………哲成」

 そこには、困ったような表情の哲成が立っていた。



----------


お読みくださりありがとうございました!
次回金曜日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村

BLランキング

ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!


「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら

「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続々・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係12

2019年06月21日 19時20分21秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【亨吾視点】

 2019年3月始めの日曜日。
 高校のバスケ部の同窓会に出席した。

 同窓会は、篠原というマメな男のおかげで、毎年のように行われている。オレは「予定が空いていたら行く」というスタンスのため、今まで半分くらいしか参加しておらず、去年と一昨年は気が乗らなかったので行っていない。でも、今回は必ず行こうと思っていた。なぜなら、桜井浩介に会いたかったからだ。桜井が出席に〇をつけたのを確認してすぐに、自分も〇をつけた。

 桜井浩介という男は、地味で真面目で大人しく、いつもニコニコしている、という印象しかない。情報通の荻野夏希によると、成績は常にトップクラスだったらしいけれど(ランキングを貼りだされた中学時代とは違い、高校は本人の点数と順位だけが書かれた紙が本人に配られるため、情報を集めない限り分からないのだ)、それを少しも自慢することなく、ただ穏やかに佇んでいる奴だった。でも、派手な渋谷慶と常に一緒にいたので、「渋谷慶と一番仲が良い奴」という意味で有名人ではあった。

 渋谷慶とは、オレは中学も同じだった。人目を惹く美貌の持ち主で、明るくて人懐こくて友人も多く、常にまわりに人がいる奴だった。でも、高校からは、桜井と二人でいる姿をよく見かけるようになり、桜井と一緒にいる時の渋谷は、攻撃性が弱まって、雰囲気が柔らかいな、とは思っていた。

 だから、実は二人が高校二年生から付き合っていた、という話を3年ほど前に聞かされた時は、妙に納得してしまったのだ。渋谷のあの柔らかさは恋人と一緒にいるからだったのか、と……

 二人は今、一緒に暮らしているそうで、まるで結婚したかのように、お互いの家族とも上手くやっている、と二人をよく知る山崎が言っていた。

(同性なのに、そんなことが本当に有り得るのか……)

 その疑問を持っているのはオレだけではなかったようで、同窓会の席では、主に女性から、桜井に渋谷とのことに関する質問が相次いでいた。渋谷は女子から人気があったので、桜井に言いたいこと聞きたいことがある女性は多いのだろう。

「桜井君と渋谷君って本当に一緒に住んでるの?」
「うん」
「それって、本当に、本当に、付き合ってるってことなの? ルームシェアとかじゃなくて?」
「うん」

 こくりと肯いた桜井の横で、「うわ、マジなんだ」「だから本当だっていったじゃん」なんてことを小さく言い合っている奴らもいる。

「あ!桜井君、指輪してる!渋谷君とお揃い?」
「うん」
「サッチン、気がつくの遅すぎー。前回も前々回もしてたよ。ねー桜井君?」
「うん」
「桜井君がお料理とか全部してるんだよね?」
「うん」
「渋谷君、いつもどんな感じ?優しい?」
「うん」

 女性達に何を言われても、ニコニコと「うん」しか言わない桜井が、なんだかおもしろい。……と思っていたら、幹事の篠原が乱入してきた。

「もー女の子達! 桜井に食いつきすぎだよ!」

 あいかわらず調子の良い篠原。「女の子達」なんてどこにいるんだ。

「うるさい篠原ー」
「だって知りたいじゃん! あ! 桜井君、最近の渋谷君の写真、ないの?」
「えーと……」
「二年くらい前の写真ならあるけど見る?」

 横から口出ししてきたのは、斉藤だ。斉藤は渋谷と桜井と今でも交流があるらしい。

「山崎の結婚式の写真。いいよな?見せて」
「えと……」
「わ! 見せて!」

 桜井が肯くよりも早く、女性達が斉藤のスマホをひったくった。

「山崎君ってあの山崎君? 確か鉄研だった……」
「そうそう」
「うわー奥さん超美人じゃん。ナニコレ」
「けっこう年下じゃない? やるねえ山崎君」
「っていうか、渋谷君の美しさも尋常じゃないんですけど!! これみて!」

 渋谷の写っているところを拡大したらしく、わあっと歓声が上がった。

「渋谷君、一人だけ時間止まってない?」
「ねえ桜井君! 今度渋谷君連れてきてよ!」
「えと……」

 あいかわらずのニコニコ笑顔を張り付けたままの桜井を置いて、女性達は幹事の篠原に詰め寄った。

「篠原君!今度そういう企画してよ!みんなそれぞれパートナー連れてくるっていうさ!」
「えーやだー」

 篠原はぶるぶると首を横に振った。

「せっかく日常忘れてここに来てるのに、どーして奥さん連れてこなくちゃなんないのさー」
「いいじゃないのよっ。篠原君もご自慢の美人の奥さん、連れて来なさいよっ」
「えー絶対やだー」

 わあわあ騒ぎ出した篠原達。桜井は……と思ったら、いつの間にビュッフェ台に移動して、生ハムを皿に取り分けていた。こういうマイペースな感じ、変わってないな……と思う。

「桜井」
 声をかけると、桜井は「村上もサラダいる?」と言って、今取り分けた分の皿をオレに渡してくれた。こういうところも変わってない……

『桜井君がお料理とか全部してるんだよね?』
『うん』

 さっきのセリフが蘇る。綺麗に盛り付けられた皿。料理上手そうだな……。
 桜井、渋谷のために料理してるんだよな…。ぎゅうっと心臓のあたりが苦しくなる。

「……桜井、さっき『うん』しか言ってなかったな」

 自分の分も皿に取り終わった桜井に言うと、桜井は「そうなんだよー」とヘラヘラっとした。

「今日も家を出る時に、絶対に余計なこと言うなよ!って念を押されちゃってさー。でも何が余計で何が余計じゃないかわかんないから、もう、肯くしかないかなって思って」
「…………なるほど」

 家を出る時、か。本当に一緒に暮らしてるんだな……。

「渋谷とは、いつから一緒に暮らしてるんだ?」
「んー……2006年の10月から」
「ふーん……」

 32才、か。考えていたより遅いな、と思う。高校時代からずっと付き合っていたというのなら、就職してすぐに一緒に住もうとはならなかったのだろうか?

「なんで一緒に暮らしはじめたんだ? キッカケは?」
「キッカケ……」

 桜井は、フワリと笑って、当然のことのように言った。

「もう、一日だって一晩だって離れていたくなかったから、だよ」


***

 同窓会が終わった後も、頭の中で桜井の言葉がグルグルと回り続けていた。

『オレはね、慶が大学卒業したらすぐにでも一緒に住みたかったんだけど、慶の職場の都合でそれは叶わなくて……』
『それから色々あって、オレだけケニアに3年間いったりして……』
『もうこれ以上、離れたくないって思って、それで一緒にミャンマーに……』
『日本に帰ってきたのは、4年くらい前だよ。はじめは色々あったけど、今は職場にもご近所さんにも理解してもらえてねえ……』

 すごいな、と思う。オレが……オレ達が選べなかった未来を、二人は生きている。

 二人にあって、オレ達になかったものは、なんなんだろう。

 強さ? 覚悟……?

『もう、一日だって一晩だって離れていたくなかったから、だよ』

 そんなのオレだって……オレだって、哲成とずっと一緒にいたかった。でも、それが出来なかったのは……出来なかったのは?

『オレはもう、オレのせいでお前がお母さんと会えなくなったりするのは嫌だ』

 ふっと蘇る、大学2年生の時に哲成から言われた言葉。

『そんな負い目を感じながら付き合っても、辛くなる。辛くなって、一緒にいられなくなるくらいなら、今のままでいい』

 だから、この日を最後に「好き」とは言わないと決めた。
 哲成の中にある母親コンプレックスは根深い。中学からの付き合いなので、そんなことはよく分かっている。世間の目、という問題点ももちろんあったけれど、それよりも何よりも一番の理由は、母のことだった。

(でも、そんなことも全部振り切って、二人で生きる未来を選んでいたら……)

 オレ達は、渋谷と桜井みたいな、幸せな道を進めていたのかな……


 同窓会のレストランが、最寄り駅の隣だったため、酔い覚ましもかねて、雨の中、延々と家に向かって歩いていた。歩けば歩くほど、哲成との思い出がよみがえってきて、発表会の日に繋いでくれた手の温もりもよみがえってきて、哲成の声が聞きたくて聞きたくて我慢できなくて……酔いによる勢いもあって、気が付いたら、電話をかけていた。夜遅いのに一回コールで出てくれた哲成。

「おー。バスケ部同窓会、楽しかったか?」
「……うん」

 哲成は、3年間離れていたことなんてなかったかのように、この2週間ですっかり以前と同じ調子に戻ってくれた。愛しい愛しい哲成……

「桜井と、話したよ」
「そうか」
「うん」
「…………」
「…………」

 何を?と聞いてこないのはなんでだ? 何を聞いたか分かってるからか? 桜井と渋谷は周囲にも認められて幸せに暮らしているってな。

 ……なんてことは言わない。余計なことを言って、また哲成がどこかに行ってしまったら、オレは……

「……哲成」
「なんだ」
「哲成……」
「うん」
「…………」
「…………」

 雨の音が、聞こえる……

「哲成……」

 会いたい。

 そう、心の中で言ったのが聞こえたかのように、哲成は「キョウ」と優しく呼びかけてくれると、

「今度の金曜日、またピアノ聴きにいくからな?」

と、優しく優しく……蕩けるほど優しく、言ってくれた。


 でも……

 金曜日の朝。オレの足は、2年半前と同じように、鉛みたいに重くなって、動かなくなってしまった。

 なぜなら……

 哲成に会うのが、怖い。

 何かを言って、また、失うのが、怖い。怖くて、怖くて……足が、動かない。




-----------


お読みくださりありがとうございました!
一度失って、また得られたからこそ、また失うことへの恐怖倍増……という。

12時間の遅刻m(__)m
どこのレストランで同窓会したのかな~と調べていたらお腹すきました^^;
次回火曜日更新予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!おかげで何とか書き続けております。本当に本当にありがとうございます!
よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村

BLランキング

ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!


「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら

「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続々・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係11

2019年06月18日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【哲成視点】


 亨吾の手の温もりに、いい歳して泣きそうになってしまった……。それを誤魔化すために、

「緊張してきた! こんなステージに立つ経験なんてないからさ~」

と、明るく亨吾に話したところ、

「何言ってるんだよ。合唱大会でソロまでやったくせに」

と、言われた。何十年前の話をしてるんだ。……ああ、でも、

「そうか。今回も伴奏、お前だな」
「…………そうだな」

 ふっと笑った亨吾。懐かしい中学時代。あの時、亨吾はオレの母と同じ、キラキラした音で弾いてくれた。あの頃のオレ達、いつも一緒にいたよな……

「あの音……聴きたいな」

 思わず言葉に出して言うと、亨吾が「分かった」と、アッサリうなずいて、歌子さんのところに行ってしまった。

「え?」

 分かったって?

 自分で言っておきながら、あわててしまう。
 そんなムチャ振りやらなくていいぞ!と、訂正しようとしたのに、いつの間に本番の時間で、押し出されるようにステージに出されてしまって、訂正できず……

(いきなりそんなことして大丈夫なのか?)

 心配で始まるまでソワソワしてしまった。でも、そんな心配をよそに、約束通り、亨吾はリハーサルの時よりもずっと軽やかでキラキラした音で弾いてくれた。きっと、母が弾いたらこんな弾き方をするだろうなって音。その懐かしさと優しさに胸がいっぱいになる。

 昔からそうだ。亨吾はオレの欲しいものをくれる。オレが落ち込んだ時はいつも支えてくれる。そんな亨吾を手離したくなくて、オレは亨吾を縛り付けて、一緒にい続けて……

(…………キョウ)

 お前のピアノに合わせて叩くと、普通のタンバリンもキラキラした音になるんだな……。


***


 発表会終了後、集合写真撮影の様子を眺めている最中、妹の梨華がオレを肘で押しながら言ってきた。

「テックン、歌子先生の旦那さんと友達ってホント?」
「あー、まあ……」

 合奏終了後、楽屋前のベンチで亨吾と二人で話していたところを、出演者の保護者達に聞かれて、「学生時代からの友人」と答えたのだ。それがママ友繋がりで梨華にまでバレたらしい。

「どのくらい仲良しなの?」
「どのくらいって……」

 そう言われても……

「会うの久しぶり、とか?」
「いや、一昨日の夜も一緒に飲んだ」
「え」

 キョトンとした梨華をますますキョトンとさせたくて、つい本当のことを言ってしまう。

「この3年はオレがタイにいたから全然会ってなかったけど、それまでは、繁忙期以外はほぼ週一で飲んでたよ。時々二人で遊びにも行ってたし」
「超仲良しじゃん!」
「まあ……」

 そうだな。一般的に言って、超仲良し、だ。

「それなのに、奥さんが歌子先生って知らなかったの?」
「いや?」

 梨華の問いに首を振る。

「歌子さんのことは結婚する前から知ってるぞ?」
「でも、プリント見せた時気がつかなかったじゃん!」
「いや……名前からしてそうかなあとは思ったけど確信持てなかったから言わなかっただけだよ。で、先週リハーサルで会って知った」

 正直に言うと、梨華は可愛い顔をムーっとした。

「何言ってんの。うちのわりと近くに住んでて、名前も同じだったら絶対そうに決まってるじゃん」
「……家知らねーし」
「は?」

 梨華が眉間にシワを寄せて、意味わかんない、と言葉を継いだ。

「先生、あそこに家建てたの10年くらい前って言ってたよ? 下のリビングが教室で、二階に旦那さんと住んでるの。毎週会ってて、何で知らないの?」
「あー……」

 どこかに遊びに行くときは、たいてい亨吾が車で送迎してくれたし、飲みはいつも、亨吾がピアニストをしているバーで、帰りは別々だったので、聞かない限りは知りようもなかったのだ。

「変なの!」
「別に変じゃねえよ。男同士はそんなプライベートな話しねえんだよ」

 まあ……住んでる場所まで知らないのはちょっと特殊だろうけど。亨吾と歌子さんの結婚生活を知りたくなくて、故意に聞かなかったところはある。それにこちらも家族の話を全然していない。

『子供の話はしないであげてね?』

 亨吾が結婚して数ヶ月後に、バーで偶然会った亨吾のお母さんにコッソリ言われたのだ。

『亨吾達、子供が出来ないらしいの。亨吾も言われるの辛いみたいで……』

 だから、オレも梨華の話は避けるようにしていた。梨華の話をして、子供のことを思い出して辛くなられるのが嫌だから……というのもあるけれど、それよりも何よりも、

(やっぱり子作り頑張ろう、とか思われるのもな……)

 結婚しているんだから当たり前だけど……享吾が歌子さんと「そういうこと」をしている、と思うと、「わーーー!」と叫びだしたくなる。どうにか割り切ろうと思っても、こればかりは無理だ。だから、臭いものにはふたをしろ。このことは考えないことにした。考えさせないために、梨華の話もしないことにした。ただ、それだけだ。

 亨吾夫婦は時々、ご両親を旅行に連れていったりもしてるそうで、お母さんは「娘が出来たみたいで嬉しい」と幸せそうに言っていた。だからそれで満足してくれ、と思う。

 歌子さんの存在は、お母さんを幸せにしてくれてる。
 歌子さんは、オレ達が毎週のように会うことを許してくれている。

 これで完璧だ。これ以上の環境はない。

 オレ達はただの友達。親友。それ以上をのぞめば、世間の荒波にもまれることになる。家族に迷惑や心配をかけたくないし、自分自身も今の関係を崩してまで、これ以上のことをのぞみたいとは思わない。今の関係が崩れるのがこわい。

 だから……

『オレ達も、こんな未来を選べたら……』

 享吾の切実な声を思い出して、首を振る。これ以上の未来なんて、選べるわけがないんだ。


***

 発表会が終わって2週間の間は、すっかり3年前の状態に戻っていた。
 くだらないことでラインのやり取りをしたり、バーに享吾のピアノを聴きにいったり、週末に遊びにいったり……

 こうやって20年以上毎日楽しく過ごしてたよな?と思い出して、余計にテンション上がっていた。こうして過ごすためにオレ達はこの選択をしたんだ。これで合ってるんだ、と思ってた。

 それなのに……

 3月2回目の金曜日。バーに享吾は現れなかった。

「ちょっと体調崩してて……」

 代わりに来た歌子さんが言いにくそうにいっていたけれど、絶対に違う。いや、違うというか……精神的な体調を崩しているんだと思う。ただ単に、オレに会いたくなかったんだと思う。

 それもこれも全部……また、渋谷と桜井のせいだ。




------------
お読みくださりありがとうございました!
渋谷と桜井、別に何もしてないんですけど^^;濡れ衣だ。八つ当たりだ。
ただ、高校バスケ部の同窓会があっただけです(→ 「~一歩後を行く裏話とおまけ」の後半のおまけの話。安定ラブラブ慶と浩介♪)。

ランキングに参加登録した日にちが2015年6月15日だということに先日気がつきました。気がついたら5年目突入です。ここまで続けて来られたのはひとえにランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方のおかげです。こんな何にもない平平凡凡な日常話にお付き合いくださり本当に本当にありがとうございます!
よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村

BLランキング

ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!


「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら

「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続々・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

BL小説・風のゆくえには~続々・2つの円の位置関係10

2019年06月14日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 続々・2つの円の位置関係

【享吾視点】

 バーのピアノで弾くのと、ホールのピアノで弾くのとでは、まったく勝手が違ったので、本番前に歌子に指導してもらった。

「いつもよりペダル浅めで。響き過ぎてる」
「左のメロディ、モヤモヤしてる。もっとハッキリ」
「広い会場なんだから、遠くに飛ばすつもりで弾いて」

 等等。直して弾いたものが良い出来になっていくのが、なかなか楽しかった。中学一年生の時にピアノ教室を辞めて以来、独学で弾いてきたので、こういう指導を受けるのは本当に久しぶりだ。

「村上歌子音楽教室、オレも入会しようかな……」

 本番が始まる数分前、舞台裏でかなり本気で言ったのに、歌子には「お断りします」と一蹴されてしまった。

「今日はホールで弾くの久しぶりだろうからアレコレ言ったけど、普段の亨吾君に私から言うことは何もないわよ」

 軽く肩をすくめる歌子。首のラインがとても綺麗だ。

「あ、ほら、これ、哲成君じゃない?」
「え」

 モニターに映し出された客席。後ろから二列目に、哲成の姿が写っている。

「いいところに座ってくれてるわね。ここに届けるつもりで、弾いて?」
「……………」

 広い会場なんだから、遠くに飛ばすつもりで……の話か。

「…………分かった」
「手加減なしね? 私も全力で弾く」

 ニッと笑った歌子は、やっぱりとても美人だ。


 舞台での演奏は、想像以上に楽しかった。重なった音の一体感、歌子にリードされながらついていき、時にはこちらがリードして、はね返ってくる音に包まれて、響きを味わって……

 充実した時間の後の、会場の溢れるばかりの拍手に、さらに気持ちがあがる。

(哲成……届いたかな)

 客席に向かって頭を下げ、あげたところで、哲成の方をみたら、目があった。の、だけれども……

(…………哲成?)

 遠くて薄暗いのでよくは見えないけれど、変な顔をしてる感じがする……
 付き合いが長いので、哲成の表情は、機嫌が良いのも悪いのも、雰囲気で分かってしまう。

(なんだろう……)

 何かあったのだろうか……心配だ。

 すぐにそばに行きたかったのに、舞台下手に下がると同時に、待機中の数人の出演者とその保護者に囲まれてしまい、出遅れた。その上、ホワイエに出たところでも、別の女性の軍団に声をかけられ足止めをくらってしまい……
 それもなんとか適当にかわして、ようやく客席後方に近い扉の前まで辿りつき、扉を開けるために曲と曲の合間のタイミングをはかろうとした……のだけれども、

「…………あれ?」

 オレが通ってきた方とは反対側のホワイエの端のソファに、哲成の後ろ姿を見つけた。少し奥まったところに座っているので、気がつけなかったのだ。
 そちら側は全面ガラス張りになっていて、解放感がある。背もたれのない大きめなソファがいくつも置いてあるけれど、今はちょうど、哲成しか座っていない。

(なんだか……寂しそう……?)

 哲成を覆う暗い影に、ますます不安が募っていく。

「哲成?」
「ああ……」

 窓の方を向いている哲成の隣に座り、そっと名前を呼ぶと、哲成は驚いた様子もなく、こちらを向いた。

「お疲れ。連弾、スゲー良かったぞ」
「………………」

 スゲー良かった、という言葉とは真逆に、なんだか不満げだ。
 これはもしかして、連弾をしたことが気に喰わなかったのだろうか……

と、思ったら、今度は哲成がふっと笑った。でもその笑いも、楽しい笑いではなく、苦笑とか苛立ちとかが含まれているので、ますます縮こまってしまう。……と、

「んな、怯えた目、すんなよ」
「え」

 コツンとこめかみのあたりにゲンコツを当てられた。

「オレがイジメてるみたいじゃねーかよ」
「そんなこと……」
「あるだろ。なんなんだよお前、こないだから」
「…………」

 こないだ、というのはいつをさすのだろうか?
 先週、三年ぶりに再会した時のことか? それとも、三年前に「距離を置こう」と言われたときのことか……?

「だから、その目。やめろって」
「!」

 ふいっと顔を近づけられ、ドキッとする。こんな至近距離、久しぶりすぎて……

「……なあ、キョウ」
「………」
「………」
「………」

 キラキラした目。学生のころはよくこうして目と目を合わせてた。我慢できなくて、「つい、なんとなく」と言って、キスをしてた。今も、気を抜いたら、その誘惑に負けてしまいそうだ。最後にキスをしたのは、大学2年の「一生一緒にいるために、好きって言わない」と約束したあの日で……

「哲成……」

 その白皙を手で囲んで、その赤い唇を指で辿って……と妄想が走り、本当にそうしそうになった、その時。

「お前、2年半前に病気になったって、ホント?」
「!」

 甘い気持ちが一気に冷めた。なんでそれを知ってる?! と、頭の中がパニックになっているオレを置いて、哲成は淡々と聞いてくる。

「会社で何かあった?」
「………」
「それとも……オレのせい?」
「………」
「………」
「………」

 それは……

 何も言えず、目を逸らすと、哲成が大きく息を吐いた。

「やっぱり、オレのせいなんだな?」
「…………」
「まだ病院通ってるってのも本当か?」
「………」
「それとも、オレが帰ってきたから、治った?」

 それは……

「それとも……」
「…………っ」

 ソファに置いた手を上からぎゅっと握られて、ドキッと心臓が跳ね上がる。

 普段からオレ達は、普通の友達同士よりはスキンシップは多い、と思う。でもそれはハイタッチだったり、頭を軽く撫でたりする程度の、極軽いものだ。

(こんな風に触れてくるなんて、何年ぶり……)

 戸惑ったまま固まっていると、哲成がポツン、と言った。

「それとも、歌子さんが治してくれるから大丈夫、とか?」
「え?」

 歌子が治す? 何の話だ?
 よく分からないけれど……

「……哲成」

 掴まれた手を上向きにして、握り返す。いわゆる『恋人繋ぎ』でぎゅっぎゅっぎゅっとする。こんな繋ぎ方、何年ぶりだろう。愛しくてたまらない。

「病院、通ってたけど……もう、行かない」
「なんで?」

 きょとん、とした哲成の頭に、コツンと頭をくっつける。

「お前が帰ってきたからもう治った……と思う」
「…………」
「お前がそばにいたらもう大丈夫……だと思う」

 正直に答えると、哲成はしばらくの沈黙の後、

「……ばーか」

 と言って、小さく笑った。




【哲成視点】


 オレは酷い男だ、と思う。
 享吾の前からいなくなって、苦しめて、病気にして……それなのに、それを治せるのはオレだけだと聞いて、喜んでいる。奥さんである歌子さんではなく、オレが、オレこそが、享吾に必要なんだと確認できて、たまらなく嬉しい。

 歪んでいる、と思う。
 享吾の幸せを願う一方で、享吾にオレだけを必要とされたいと思っている。

 オレはただ……愛が欲しいだけなのかもしれない。

 今思えば……中学の時、幼なじみの松浦暁生にあれだけ尽くしていたのは、自分を必要としてほしかったからだ。いつでも明るく、元気でいたのも、みんなに認めてほしかったからだ。いつでも一生懸命、が母の口癖で、いつでも一生懸命することで、母に喜んでもらえていたから。

 でも……享吾はそんなことしなくても、オレの存在を認めてくれた。ボーッと座っているだけのオレに、ピアノを聴かせてくれた。オレと一緒にいることを求めてくれた。愛してくれた。その思いにどれだけ救われたことか……

 でも、オレは享吾との人生は送れない。だから3年間離れた。享吾にはオレができない分、オレの代わりに、母親孝行もしてほしい。

 自分の中にいくつも人格があるようで、困ってしまう。享吾の幸せを願う心。享吾のすべてが欲しい心。享吾の愛を試したい心。そして……



「テックーン!」
「お!花梨!カチューシャいいじゃん!」
「でっしょー?」

 発表会が後半に近づいてきたころ、待ち合わせたホワイエに花梨が連れられてきた。ピンクの花をあしらったカチューシャが、ピンクのヒラヒラのドレスによく似合っている。

「バアバと一緒に作ったんだよ!」
「100均でお花買ったんだよ。ねー?」
「ねー?」

 花梨の後ろ、梨華の隣で悠然とした笑みを浮かべている女性……父の再婚相手。梨華の母親だ。

 梨華が小学生の時に男を作って家を出て行った彼女は、オレがタイにいたこの3年の間に、父と再々婚した。花梨が生まれたことで、行き来が頻繁になったのだけれども、まさかもう一度籍を入れるとは思いもしなかった。

 あいかわらず、派手な女性だ。今年65になるとは見えない。75の父とは相当の歳の差カップルにみえる。

「清美さん、あいかわらずオシャレだね」
「テツ君はあいかわらず地味ねえ。せっかく舞台に立つんだから、もっと派手な服着ればいいのに」
「普通の服でいいって言われたから……」

 水色のシャツとカーキ色のチノパン。これで充分だろう。リハーサルの時点では、みんなオレと似たり寄ったりの格好をしていた。

「あ、カチューシャのお花の残りがあるよ」
「それいい! テックン、かりんとお揃いしよ!」
「え?!カチューシャ?!」
「そんなわけないでしょ。胸ポケにいれるのよ。はい」

 梨華にすっとピンクの花を入れられた。これはまるで……

「いいじゃなーい? 新郎っぽくて」
「新郎っていうより、卒業式の学生って感じ?」
「あ、いえてる。テツ君見た目若いからね」

 梨華と清美さんが口々に言う。この二人、まるで本物の親子みたいだ。

(……本物の親子だけど)

 でも、梨華を育てたのはオレだ。梨華の卒業式も入学式も運動会も授業参観も、懇談会だって個人面談だってPTAの役員だって交通安全の旗振り当番だって、全部やってきたのはオレなのに……

 胸に差された花の重さの分だけ、気持ちもどんどん沈んでいく……

 そんな中、集合時間となった。
 舞台下手に花梨を連れて行くと、もうほとんどのメンバーが集まっていた。母と子だったり、父と子だったり、祖母と子だったり……。伯父と姪、の取り合わせはオレ達だけだろうな……

「……哲成。花梨ちゃん」
「あ」

 ゴチャゴチャした人波の中、享吾が真っ先に気が付いて、こちらに来てくれた。そして目ざとくオレの胸ポケットに気が付くと、

「お揃いの花……いいじゃないか」
「…………そうか?」
「ああ」
「…………」
「…………」
「…………」

 なんだかわからないけど……無性に、享吾に触りたい。触りたい……と思っていたら、

「じゃあ、頑張ってな」

 すいっと、一瞬だけ頬に触れられた。
 なんだか……泣きたくなってしまった。



------------

お読みくださりありがとうございました!
次回、火曜日更新の予定です。

ランキングクリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当にありがとうございます!
こんな真面目な話にご理解いただき、有り難い有り難い…と拝んでおります。
よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へにほんブログ村

BLランキング

ランキングに参加しています。よろしければ上二つのバナーのクリックお願いいたします。してくださった方、ありがとうございました!


「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら

「2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続・2つの円の位置関係」目次 →こちら
「続々・2つの円の位置関係」目次 →こちら
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする