【慶視点】
「おれは……慶と一緒にいられれば、それでいい」
海にプカプカ浮いたまま、ポツンと言った浩介………
「お前……」
本当に、それでいいのか?
そう言いたかったけれど、浩介の声があまりにも優しすぎて儚げで……、おれは結局、繋いだ手に力を込めることしか出来なかった。
***
高校2年生の時につるんでいた、溝部、山崎、斉藤、と、浩介とおれの5人で海に行ったのは、高3の夏休みも残すところあと9日のよく晴れた日曜日のことだった。
「海に行くっていったら、親に反対されるから、鎌倉の天神様に合格祈願のお参りに行くって言う」
という溝部の案に乗ってみたけれど、
「神社にいくのに、なんで水着持ってくのよ?」
と、母に笑われた。そりゃそうだ。でも、特にダメともいわれなかったから、行かせてもらうことにする。たまには息抜きも必要だ。
親が厳しい浩介が行けるのか心配だったけれども、待ち合わせ場所に一番に立っていた浩介は、ニッコリとVサインをしてきた。
「溝部が電話くれた時、ちょうどお父さんの職場の人が遊びにきてて、その人が、気分転換に行ってくれば?って言ってくれて」
「おおっ。じゃあ、オレの電話のタイミングがよかったおかげってことだな~?」
「うん!ありがと~溝部♪」
浩介、ご機嫌だ。でも……空元気なような感じがして………心配。
海水浴場に行く前に、本当に荏柄天神社まで足を伸ばして、5人でお参りをした。天神様にお参りなんて冗談なのかと思っていたら、本気だったらしい。
でも、境内を出た途端、
「オレ、まだ志望校決めてないから、どこでもいいから受からせてください!ってお願いしといた!」
「オレもオレも~」
溝部と斉藤が明るく言っているので、ちょっと笑ってしまう。
「二人とも、適当だな」
「だってまだ8月だろー? これからぐんぐん伸びてもっと上狙えるかもしんねえしさ~」
呑気な溝部のセリフに、浩介が「でも」と首を振った。
「でも、他の人達も伸びるから、みんなと同じようにやってたら、今と変わんないってことになるよね」
「………」
「………」
「…………さーくーらーいーっ」
痛いセリフにシーンとなった後、溝部がグーで浩介の背中を押してきた。
「やる気を削ぐようなことを言うなーっ」
「あ、ごめん……」
「こら、溝部」
シュンとした浩介に代わって、おれが溝部の背中をグーで押しかえしてやる。
「事実を指摘されたからって八つ当たりすんな」
「なんだよ事実ってー」
「………事実だよ」
え?
後ろから冷静な声がしてきて、皆で一斉に振り返る。いつもおとなしい山崎が、珍しく少し強めの口調で言ってきた。
「桜井の言う通りだよ。みんなと同じじゃダメだよな。もっと……もっと頑張らないと」
「………山崎」
ふっと、思い出す。
高2の最後の日、山崎と二人で3年生からのコース別クラスの話をしていた時のこと………
オレと溝部は理系クラス。浩介と斉藤は文系クラス。山崎は国公立クラスに行く、というので、何の気なしに聞いてみた。
「山崎、国語のテスト二度と見たくない、とか言ってたのに、国公立なんだ?」
すると、山崎は笑って言ったのだ。
「うち、母子家庭だし、弟まだ小さいし、本当は大学なんか行ってる場合じゃないんだけど、母親がどうしても行けってウルサイからさ。せめて公立に行きたいんだよね」
あっさりと言った山崎からは、悲壮感は伝わってこなかった。ただ事実を淡々と述べているだけで………
今まで家庭の事情なんて話したことがないので、山崎に小学生の弟がいることは聞いていたけれど、父親がいないことは知らなかった。山崎が妙に大人っぽい……というか、達観しているようなところがあるのは、長男としての責任感からきているのかもしれない……と思う……
「………。じゃあ、国語につまずいた時には、うちの浩介先生を貸し出してやるよ」
「あはは。それは助かる。桜井って本当に教えるの上手だよね」
「だろ?」
自慢気にうなずくと、山崎が「それ、渋谷が自慢する話なんだ?」と笑って……それから何の話をしたっけ……
「まー、そうだな!」
「!」
深刻な雰囲気を解消するためのような溝部の大きな声に、思い出の淵から我に返る。
「大学は良ければ良いほど、良いところに就職できるっていうしなー、他の奴より頑張んないとなー」
「溝部……」
溝部はこういうところ、上手だな、と思う。高2の時もわざとふざけてクラスの空気を変えてくれたりしていた。ただのウルサイだけの奴ではないのだ。……たぶん。
と、明るい話に移行するかと思いきや、
「就職って、さ」
浩介が引き続き真面目な顔で、溝部、斉藤、山崎に問いかけた。
「みんなは将来何になるとか、決めてるの?」
「えー、オレは何も」
あっけらかんと、斉藤が言う。
「オレ、給料が良くて休みがちゃんとある会社だったらどこでもいい」
斉藤、大学もどこでもよければ就職もどこでも良いらしい。楽天家な斉藤らしいといえばらしいか……
「山崎は?」
「オレは……」
「山崎君は、公務員希望です」
浩介の質問に山崎が答えるよりも早く、なぜか溝部が答えている。
「堅実な山崎君は、国立大を出て、横浜市の職員採用試験を受けるそーです」
「わ。そこまで決まってるんだ?」
「そうです。とにかく安定を求めて……」
「あ、いや……」
溝部が肯いたのを、山崎が手を振って止めた。
「それだけじゃなくて……オレ、小学生の頃から公務員になろうかなって漠然と思ってて……」
「え?!」
将来の夢が公務員ってどんな小学生だよ?! と思ったけれど………
「あの……うちさ、両親が離婚したあと、民生委員さんとか区の福祉課の人とかに世話になった時期があって……」
山崎は、言いにくそうに、ボソボソと言葉を継いだ。
「なんとなく、オレもこういう仕事ができたらいいな、とか思ってて………で、いざ、将来のこと考えたらやっぱり公務員かなって……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………やーまーざーきーっ」
シーンとなった後……、溝部が今度は山崎の背中をグーで押しはじめた。
「お前、こないだ話した時そんなこと言わなかっただろ! 安定してるからって言ったくせに!」
「あ、ごめん。引かれるかと思って……」
「引かねえよっ」
溝部は気が済まないようにグリグリと山崎の背中を押し続けながら、ブツブツと言いはじめた。
「あー、なんだこの置いていかれた感! なんか悔しい! オレ何も決まってねえ!」
「いやいや」
斉藤が苦笑しながら手を振った。
「まだ高校生なんだから、決まってない奴の方が多いって」
「でもよー」
「あれ? でも溝部のお父さんって、大工さんじゃなかったっけ?」
溝部の拳骨をようやく避けて、山崎が振り返って言った。
「跡、継がないんだ?」
「継がねえよ」
山崎の問いかけに、溝部が肩をすくめた。
「あいにくオレはかーちゃんに似て大工のセンスまるでないからな。とーちゃんもオレに継がせる気まったくなし!」
「じゃあ……」
「一番弟子のツヨシさんに継がせるって前から言ってる。だからオレはオレでやりたいことを……………って、なんも思いつかねえっ」
「でも理学部希望は希望なんだろ?」
「それはただ単に実験が好きだからで……」
溝部・斉藤・山崎がわあわあと話しながら歩いている中……
「……浩介?」
「………あ」
立ち止まってしまった浩介。
「どうかしたのか?」
「あ、ううん」
促すと歩きだしたので、3人と少し距離を取って2人だけで歩く。
「どうした?」
「あ……うん。みんな色々考えてるんだなあと思って。慶も将来決まってるしね……」
「お前だって、決まってるだろ?」
浩介はずっと、父親の跡を継ぐために弁護士にならないと、と言っている。浩介は苦笑気味に、
「おれのは決まってるというより、決められているというか……」
「…………」
浩介の視線、溝部の頭の上で止まっている……
「…………。写真部の橘先輩は、親の印刷会社を継ぐって言ってたでしょ? どこのうちもそういうもんだと思ってたけど……、溝部みたいな家もあるんだね……」
「まあ、そうだなあ。得意不得意もあるだろうしな……」
「うん………」
浩介はふうっと息をつくと、
「橘先輩は、与えられた場所で力を発揮するのもいいかなって思ったんだって」
「へえ……」
「あと……、それを蹴ってまでやりたいことがない、とも言ってた」
「…………」
それを蹴ってまでやりたいこと……か。
「お前は?」
「え?」
きょとん、とした浩介の腕を軽く叩く。
「それを蹴ってまでやりたいこと、だよ。ないのか?」
「……………」
浩介は、目を大きく開いて……
「そんなこと……」
何か、言いかけたけれども、
「おーい!お前らもっと早く歩け!遊ぶ時間なくなるぞー」
溝部の声に遮られてしまった。
(『そんなこと……』って………)
何を言いかけたんだろう……
***
海は予想通り、ものすごい人だった。
「女の子現地調達しよーぜー」
と、溝部が言い出したけれども、「彼女に怒られるから無理」と斉藤が断って、「自慢かそれっ」と溝部が怒りだして……。結局、男5人で遊泳区域ギリギリの沖まで出ることになった。
「おれ、足つかないとこ怖いから戻るよ」
「手繋いでてやるから大丈夫だって」
なんてやり取りをわざと大きな声でして、3人から少し離れたところで、浩介と2人で一つの小さな浮き輪につかまりながら、手をつないで海に浮かぶ。
「オレ、来年は絶対彼女とくるんだー。そしたらさー……」
溝部が大きな声で妄想話をはじめて、斉藤がちゃちゃを入れ、溝部が言い返して、山崎が仲裁に入って……。そんな平和な声が聞こえてくる。高校2年生の教室に戻ったかのような、穏やかな時間。
「お前さ……」
さっきから気になっていたことを、浩介に小さく問いかける。
「それを蹴ってまでやりたいこと、の話の時、何か言いかけただろ? なんだったんだ?」
「…………」
「本当は……ある、んじゃないか?」
言っていいのか迷いながら、海の解放感に背中を押されて聞いてみる。
以前から気になっていた。浩介は「弁護士になりたい」とは言わない。「弁護士にならないといけない」と言う。そこにお前の意志はあるのか? 親の跡を継がない、といった溝部を、複雑な顔をしながら見ていたのは、それは……
「お前、本当に弁護士……」
「おれの将来は、おれのものじゃないんだよ」
「………え」
見返すと、浩介はふっと笑って目線を落とした。
「でも……慶と一緒にいるっていう未来だけは守りたいな……」
「……?」
何を言ってる……?
「おれは……慶と一緒にいられれば、それでいい」
ポツンと言った浩介………
「お前……」
本当に、それでいいのか?
そう言いたかったけれど、浩介の声があまりにも優しすぎて儚げで……、おれは結局、繋いだ手に力を込めることしか出来なかった。
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お読みくださりありがとうございました!
今年一年間もお世話になり、本当にありがとうございました!
今年最後の話がこんな地味で真面目な話になるとは……このブログらしいといえばらしいですが……
皆様の優しさに感謝感謝の日々でございました。本当にありがとうございました。
よろしければまた来年もどうぞよろしくお願いいたします。
次回更新は通常通り火曜日の予定です。クリスマスも正月も関係ない通常運転でございます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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予備校の教室は学校の教室と同じだ。
休み時間、学校よりは一人で教科書に向かっている人は多いけれど、ほとんどの人があちこちで輪を作って、話の花を咲かせている。
その様子をぼんやり眺めていたら、ふっと自分がブラウン管の中に入り込んだような感覚になってきた。学校や家でも時々なる現象。世界が遠い。手の先がさらに冷たくなって、息苦しくなってくる………
(……………慶)
そんな時、おれはひたすら慶のことを思いだす。
(慶の瞳、慶の声、慶の温かい手………)
……………。
いつもなら、すぐにそのぬくもりに包まれた錯覚に陥って、ブラウン管の中から抜け出せるのに、今日はなかなか抜け出せない。
(夏休み入ってから、一回しか会えてないもんな……)
慶に最後に会ったのはお祭りの時。それからまた5日も会えていない。
(会いたいな……)
でも、予備校が終わってすぐに帰らないと、家庭教師の先生が家にくる時間に間に合わない。寄り道させないための、母の策略だ。
(今の先生は、なんか怖くて余計に嫌だ。あれなら先月までの先生の方が良かったのに……)
うちには、幼稚園の頃から家庭教師の先生が来ている。でも、『馴れ合いにならないように』という母の配慮のせいで、度々担当を替えられているため、家庭教師の先生と過度に仲良くなる、ということはなかった。
唯一、英語を教えてくれた父の友人の奥さんとは長い付き合いになったけれど、彼女は母と繋がっていたので、絶対に本心を言うことはできなかった。
そんな中、初めて信頼できた大人が、小学2年生の3学期だけ担任だった佐藤緑先生だった。
先生が、他の子に意地悪をする子には徹底的に指導してくれたり、さりげない気配りで、班行動が円滑にいくようにしてくれたので、3学期の間だけは、そんなに嫌な思いもせず、無事に過ごすことができた。
だから、2年生の修業式の後、おれは勇気を出して、先生に直談判しに行った。
「3年生でも担任の先生になってくれませんか?」
震える手を押さえてなんとか言ったけれど、
「ごめんね。それは無理」
と、首を振られてしまった。4月からは別の学校に行ってしまうという。
担任どころか、学校からもいなくなってしまうなんて………
絶望で真っ青になったおれの目をまっすぐにのぞきこんで、先生は言った。
「いい?桜井君」
いつも通りのきびきびした声。
「学校やおうちなんて、世の中のほんの一部でしかないの。これが全てだと思わないで。世界は本当に本当に広いの」
「………………」
そんなことを言われても、おれは学校や家から出ていくことはできない………
そのおれの心を読んだかのように、先生はにっこりと笑った。
「大丈夫。今、頑張っていれば、必ず外に出ていけるようになるから」
そう………だろうか………
「私はもう一緒にはいられないけれど、あなたはこれから色々な人に出会える。だから安心して」
色々な人に出会える……
色々な人………
確かに、それから今までに色々な人に出会った。
小さな慶と慶のお姉さんとバスケをしたのは、先生との別れから数ヵ月後のことだったし、おれのことを中学卒業までイジメ抜いた筒井と初めて同じクラスになったのは、5年生の時だった。それを見て見ぬふりをした先生、クラスメート………それらも出会いの一つと言えるのだろうか。
そして……中学3年生の夏の、慶との運命的な遭遇。おかげで公立高校への転校を決意できた。
(あの時、慶の姿を見なかったら………)
そう思うとゾッとする。慶のおかげで今、おれはここにいる。
そして、高校生になって慶と偶然知り合えて、友達になって、親友になって………
(高2で同じクラスになれたのは、上野先生のおかげだったな……)
バスケ部顧問の上野先生。おれの母親に面と向かって意見してくれ、母が学校に来るのを止めさせてくれた先生。バスケ部でもそれとなく気を配ってくれて、高2のクラス替えでは、慶と同じクラスになれるように手を回してくれて………
(あんな先生がいてくれたら、おれももっと違った小学校、中学校生活を送れたのかもしれない……)
先生のせいにしてはいけないけれども、でも、そう思ってしまう。佐藤先生があのまま担任だったら……上野先生があの学校の教師だったら……。
でも、実際は、見て見ぬふりをしたり、いじめた側の味方をする先生ばかりで、クラスに馴染めないおれが悪者で、母もそんなおれを叱り続けて………
(ああ、おれだったら………)
おれだったら絶対、佐藤先生や上野先生みたいな、おれみたいな生徒に寄り添える先生になるのに。
「!」
そこまで思って、はっとする。
(何言ってんだ、おれ………)
おれは、父の跡を継いで弁護士にならなくてはいけないのに……
『今、頑張っていれば、必ず外に出ていけるようになるから』
佐藤先生はそう言ったけれど、おれは大人になったって、外に出ていくことはできないのだ。
「………………」
大きなため息をついてしまう。
最近やたらと佐藤先生のことを思い出すのは、佐藤先生と容姿の似ている真弓先輩に会ったからだろうか。真弓先輩は、周りの目なんか気にしないで、自分の夢を叶えるために突き進んでいる人だった。
(おれは………おれの夢は………)
『お前、先生、向いてるよな』
(慶………)
先週のお祭りの帰り、そう言ってくれた慶の言葉を思い出す。
お祭りの最中に、バスケのコーチをしたときに知り合った加藤君が、お母さんと一緒に挨拶にきてくれて、
『うちの子、桜井コーチのおかげで、みんなの仲間に入れてもらえたってすごく喜んでて。本当にありがとうございます!』
お母さんがそうお礼を言ってくれて、加藤君がニコニコと笑ってくれて。それで、慶が、お前すごいな!って言ってくれて、それで………
(お前、先生、向いてるよなって。………向いてる?)
慶は前から、おれが勉強教えるの上手だって言ってくれてて………おれは慶が「分かった!」って言ってくれるのが嬉しくて………
でも。
おれの将来は、もう「弁護士」って決まってるんだ。
ぶるぶるぶるっと、考えを追い払うために首を振る。
(慶………会いたい)
次会うのは登校日、なんて言っちゃったけど、やっぱり先すぎる。
(慶………)
慶は会いたいなんて思ってくれてないのかな……。
(こないだ安倍とプールに行ったって言ってたな……。慶はおれなんかいなくても楽しく過ごしてるんだろうな……)
勝手にそんなことを思って勝手に落ち込んでくる。ああ、嫌だ。こういう後ろ向きな考えしかできないところ、自分でも本当に嫌になる。
………と、講師の先生が入ってきたため、みんなが席に着きはじめた。
(………集中しよう)
頭を切り替えて、本日最後の講義に集中する。受験対策を中心とした予備校の講義は、少しでも気を抜くと置いていかれるので、集中力が必要なのだ。さすが難関大学コースの講義というべきか。勉強になる。
こうして、緊張感のある時間を過ごして、終わった途端にボーっとした状態になりながら、帰り支度をしていたところ……
「ここって難関コースだよね!?」
他のコースの講義を受けていると思われる女子二人が、興奮したように教室に入ってきた。
「桜井さん!桜井さん!桜井さんって誰ーーー?!」
…………え?
桜井さん、と連呼されたけど……、おれ?
桜井「くん」、じゃなくて、桜井「さん」ってことは女子?
「すっごいカッコいい人が外で待ってんだけどー!」
「………え」
すっごいカッコいい人?
「芸能人みたいな人! 彼氏?! うらやましー!」
「って、だから、桜井さんって誰?! 彼、待ってるよー!」
「………!」
咄嗟に立ち上がる。
その「桜井」は確実におれだっ
芸能人みたいにカッコいい彼氏に待たれる「桜井」なんて、おれしかいない!
(………慶っ)
慌ててカバンをつかんで教室から飛び出した。途中、隣の教室に顔をだして、篠原に「ごめん!先帰る!」と叫んで、返事を聞く前に外に駆け出す。
(慶………!)
眩しい光、ムワッとする暑い空気。
そんな中、街路樹を囲う柵に腰かけて、ジッとこちらを見ている、涼しげな高校生がいて……
「慶……っ!」
「おー。良かった。行き違いにならなくて。今、出てきた女子にお前がいるか聞いて………、え」
「慶っ」
我慢できなくて、衝動的に抱きしめた。慶のぬくもり、慶の匂い……
「何だお前………っ」
「慶……っ」
慶の文句を無視して、その愛しい頭をかき抱いて、耳元で名前を呼び続ける。
「慶、慶、慶……」
「………………」
押し返されるかと思いきや………
慶はふっと息を吐いて………とんとんとん、と背中を撫でるように叩いてくれた。
「浩介」
「………っ」
なんて………なんて優しい声………
「慶……」
「浩介」
温かい手が頬を包んでくれて、コツンとおでこを合わせてくれる。
「浩介………会いたかった」
「うん………」
慶………
慶もちゃんとおれに会いたいって思ってくれてる………。それが切ないほど伝わってきて、泣きたくなるほど嬉しい。
「慶、何かこっちに用事だったの?」
「いや?」
慶は、ちょっと照れたように頬をかくと、
「お前に会いたくて、本屋にいくってことにして出てきた」
「え」
本当に、純粋に、おれに会いにきてくれたのか!
「行き違いにならなくてホント良かったよ。電車賃かけて来たっていうのに、会えなかったらシャレになんねえ」
「慶………」
感動しすぎて言葉がでない。でも………
「お前、かてきょー来るからすぐ帰らないとなんだよな? 一緒帰ろうぜ?」
「………………」
慶の言葉に現実に引き戻された。
せっかく会えたのに………せっかく会いにきてくれたのに………
「……………。ちょっとだけなら時間あるから、なんか飲んだりしよう?」
「おお、そうか?」
慶が嬉しそうに笑ってくれて、胸がきゅっとなる。
(慶………会いに来てくれた)
愛しくて愛しくて、たまらない。
ちょっとだけなんて嫌だ。ずっとずっと一緒にいたい。
別れがたくて、駅のホームのベンチでジュースを飲みながら、ついつい電車を1本、2本……と見送ってしまったため、うちに帰りついたのは、家庭教師の先生との約束の一分前だった。
「浩介、何してたの。あんまり遅いから塾に電話したわよ。受験生なんだから、寄り道なんてする時間は………」
「すみません。これから気を付けます」
お説教を遮って頭を下げる。
母はこの場ではこれ以上何も言わなかったけれど………
翌日の予備校の帰り。門を出て、愕然とした。
「浩介」
前日、慶がいた場所に、日傘をさした母が立っていて……
「一緒に帰りましょう」
にっこりとした母の笑顔に、絶望感を覚える。
おれは、外になんか出ていけない。
------------
お読みくださりありがとうございました!
作中、1992年7月。携帯電話も一般的ではない時代です。
今回長々と浩介君の独白失礼しましたっ
でもちゃんと書きたかった、浩介が先生という職業を考えはじめるってお話なのでした。
お読みくださり本当にありがとうございました。
お時間ありましたら、金曜日もどうぞよろしくお願いいたします。
クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうこざいます!今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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『好きな者同士』
小学生の時、一番嫌いなのはこの言葉だった。
「好きな者同士で組になって」
そんなこと言われても、好きな者なんていない。そして、誰もおれをグループに入れようとはしてくれない。
「誰か桜井君と組んであげて」
先生のその言葉にみんなが「えー」「やだー」と口々に言うあの時間が、本当に本当に苦痛だった。だから、
「遠足の班は先生が決めました」
産休に入った石田先生に代わって、3学期だけ担任になった佐藤緑先生が言った言葉を聞いた時には、覚悟を決めていた苦痛がこないことに戸惑った。
「えー!なんでー!」
「好きな者同士がいいー!」
「石田先生はいつも好きな者同士だったよー!」
一斉にみんな文句を言ったけれど、佐藤先生はパンパンっと手を叩いてみんなを黙らせた。
いつもニコニコしていた石田先生とは違って、いつも無表情な佐藤先生は、言い方もキツイ。
「静かに!学校は社会を学ぶ場所です。仲良しごっこがしたいなら、放課後、勝手にやりなさい!」
「………っ」
あの時、教室がシーンッとなったことに、妙に興奮したことは、今でも良く覚えている。
でも、この件はすぐに保護者の耳に入り、先生は校長先生に怒られたらしい。
当然、おれのハハオヤも誰に聞いたのか、直接先生に文句を言いにきた。
「放課後は仲良しの子と遊びなさいっておっしゃったそうですね? そんな仲間外れを増長させるようなこと言うなんて、先生失格です!」
先生はそんなこと言ってない。曲解しすぎだ。
「うちの子は内気でお友達作りが苦手だって、先日申し上げましたよね? 放課後いつも一人でいるこの子の気持ち、考えたことありますか?!」
………………。この人、何も分かってない。
授業中すら仲間に入れてもらえないおれが、放課後誰かと一緒に遊ぶなんて不可能だ。
おれはそんなことはいいから、せめて授業時間だけでも普通に過ごしたい。
佐藤先生はその願いをせっかく叶えてくれたのに………
「もっと子供のことを考えた指導をしていただかないと………」
延々と続くハハオヤの言葉を先生は神妙な顔つきで聞いていて、最後まで何の反論もしなかった。
(ああ、まただ………)
これでまた、先生に嫌われる。一年生の時の担任の山川先生も、はじめは優しかったのに、ハハオヤが何度も何度も文句をつけるから、次第におれを避けるようになった。石田先生だって同じだった……
ドン底に落とされたまま、翌日学校に行ったのだけれども…………
「おはよう、桜井君」
「おはよう………ございます」
佐藤先生の態度はまったく変わらなくて、拍子抜けしてしまった。そして、遠足の班も変わらなかった。
「どうして好きな者同士じゃダメなの?!」
クラスのリーダー格の子が怒ったように言うと、先生はすっと手をかざし、声を張って話しはじめた。
「先生の仕事は、みんなが大人になったときに必要なことを教えることです」
みんながキョトンとした中、先生は淡々と続ける。
「大人になると、色々な人と接することになります。仲良しの人とだけ一緒にいるってことはありえません」
「………………」
「だから、今のうちから、どんな人とでも上手に付き合っていく方法を身につけて欲しいんです」
「………………」
こないた先生が言ってた「学校は社会を学ぶ場所」のことだ……
先生は真剣な顔で、みんなに問いかけた。
「だから先生は、遠足の班は先生が決めたいと思ってます。………異議のある人」
教室中がシーン……となった。
……けれども、すぐに周りからボソボソと聞こえてきた。
「イギって何?」
「どういう意味?」
……………。異議っていうのは、反対意見、という意味だ。分かるけど、言うとまた「頭良いこと自慢したいのか」とか言われちゃうから言わない。
「……………あ」
いきなり、先生が手で口を覆った。
「ごめんなさい。異議っていうのは、反対っていう意味で……」
「………………」
「ああ、嫌ね」
「え」
ふっと先生が優しく笑ったので、みんなびっくりした。佐藤先生はいつも真面目な顔をしていて笑わないから……
「先生、ずっと6年生ばかり受け持ってたから、つい難しい言葉使っちゃうの。みんなまだ2年生だものね。気を付けないとね」
「え………」
一瞬の間のあと……
「えー!」
「そうだったんだ!」
みんながわあっと笑った。この数日見てきた厳しい顔と、優しい笑顔。先生、ギャップが激し過ぎだ。
これを境に、みんな佐藤先生になつきはじめて、2年生が終わる頃には、みんな先生のことが大好きになっていた。おれもその一人だった。
***
高校3年生の夏休みに入って、5日後。
高校の近くの小学校で行われている夏祭りに、慶と一緒にいった。
「慶ーほんとにほんとに会いたかった会いたかった会いたかったよー」
「わかったわかった」
後ろからギューギュー抱きしめながら歩いても、珍しく慶が「やめろ」と言わず、そのままでいさせてくれるのは、慶も寂しかったからだと思う。思いたい。
夏休みに入ってすぐに、おれは予備校の夏期講習に通い始めたので、ずっと慶に会えずにいたのだ。また会えなくなるので、今のうちに慶を補給しておこう。
必要以上にベタベタくっつきながら、あちこち見て回り、田辺先輩がコーチをしているバスケットボールチームのやっている屋台にたどり着くと、
「あ!桜井コーチだ!」
売り子をしている見知った顔の子達が声をかけてくれた。
「桜井コーチ、だって」
慶にニヤニヤと冷やかされて、くすぐったい。
そんな中、加藤君と加藤君のお母さんにも会えて、嬉しい話も聞かせてもらえて……
「お前、先生、向いてるよな」
お祭りの帰り道、慶がそう言ってくれたことが、これからのおれの人生を大きく変えていくことになる。
-------------
お読みくださりありがとうございました!
こんな真面目な話、誰得?いいの私が読みたいからいいの……とまたいつものように呟きながら書いております。
そんな中、クリックしてくださった方、読みに来てくださった方、本当に本当にありがとうございます!
どれだけ励まされていることか……
お時間ありましたら、火曜日もどうぞよろしくお願いいたします。
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【浩介視点】
あれは高校一年生の5月のこと………
慶のうちに初めて遊びに行って、初めて勉強を教えた時、慶はニコニコで言ってくれた。
「お前教えるの上手だな。本物の先生みたいだ」
言われた瞬間……小学校2年生の時にクラスメートから言わたことを思い出して、全身から血の気が引いてしまった。
『そんなに頭良いこと自慢したいのかよ?』
『お前、ほんと嫌な奴だな』
隣の席の人に聞かれたから答えただけなのに、前に座ってたクラスメートにそう言われて………
『同級生に教えるのは失礼なんだからな』
憎しみのこもった目で睨まれて、身動きがとれなくなったことを、今でも昨日のことのように覚えてる。暗い暗い闇の中に落ちていく………
でも………
「バカじゃねーの」
一刀両断の慶の明るい声が、思い出の暗い闇を切り裂いてくれた。
「誰にそんなこと言われたのか知らねえけど、友達だったら教え合ったり助け合ったりするの当然だろ」
………友達。
友達って言ってくれた。友達って………
あたりがキラキラと輝きはじめる。
いつでもおれを闇から救い出してくれる眩しい光。
慶は、おれの初めての友達。初めての親友。初めての恋人。そして、初めての生徒だった。
慶は優秀な生徒だ。勘がいいから、こちらの意図をすぐに読み取ってくれる。そして何より、分からないことは「分からない」といって、食いついてきてくれることも教える身としては助かっている。
高校2年生の文化祭前に、数人の女子の前で慶に勉強を教えたのをきっかけに、クラスメートから勉強を聞かれる機会が増えたのだけれども、一番困るのは「分かったふり」をされることだと思うようになった。
『桜井君って教え方上手!』
『本物の先生みたい!』
みんなそんな風に言ってくれるのだけれども、それでも、こちらの一度の説明だけでは理解してもらえないこともある。でも、分かっていないのに「分かった」と言う人もいて……。その場に慶がいて、
「分かんねえ。もう一回説明してくれっ」
とかいうと、「分かった」と肯いていた人が、食いつくようにその「もう一回」の説明を聞いていたりするのだ。
(なんで「ふり」をするんだろう……?)
よくよくみんなを観察していて、おれに遠慮して「もう一回」と言えない、とか、みんなが分かったのに自分だけ分からないとは言えない、とか、各々理由があるということに気が付いた。だから、思った。
(おれが「何回聞いても大丈夫」って信頼される人間になればいいんだ)
(「分かったふり」をしていることを、見抜けるようになればいいんだ)
教える人に寄り添って教える。それを心掛けるようにしていたら、勉強のことだけじゃなく、人づきあい自体も少し楽になったように思う。
『そんなに頭良いこと自慢したいのかよ?』
今でも、そう言われたことを思い出して、押しつぶされそうになることがある。でも、
「さすが学年首位!」
慶もみんなも、具体的に示されたその順位を認めてくれて、頼ってくれる。その度に縮こまっていた体が少しずつ自由になっていく。
『同級生に教えるのは失礼なんだからな』
今でも、そう言った小2の時のクラスメートの目を思い出して、ひやっとなることがある。でも、
「分かった!」
慶やみんなの嬉しそうな瞳がその目を埋めつくして見えなくしてくれる。
その瞳が勇気をくれる。慶やみんなが嬉しそうなことが嬉しい。暗い記憶が奥の方に奥の方に押し込められていく。
***
期末テストが終わった直後、元バスケ部キャプテンの田辺先輩から電話があった。
「小学生のバスケットボールチームのコーチをしてほしい」
田辺先輩の母校の小学校が練習場になっているチームで、近隣の小学生がメンバーとなっているらしい。元々、田辺先輩もそこのチーム出身で、大学生になってからコーチをはじめたのだけれども、明日の練習に急に行けなくなってしまったため、代理を探しているそうなのだ。
「後輩指導、お前が一番上手だったからさ」
そんな嬉しいことを言われた上に、自分自身でも、部活で一番楽しかったのは後輩指導の時間だった、という気持ちもあったため、ついつい二つ返事で「行きます」と言ってしまい、後から「慶に何て言おう……」と頭を悩ませることになった。
なぜなら、引退試合終了後、慶に、
「バスケはもう、慶とできればそれでいい」
と言った、ということもあるけれども(もちろんそれは本心なんだけど!)……………それよりも何よりも、田辺先輩の彼女である堀川美幸さんが一緒ということが、大問題、なのだ。
(慶……絶対嫌がるよなあ……)
慶の美幸さんアレルギーは相当なものなのだ。おれが一時期、美幸さんに片思いしていた、ということを、慶は執念深く恨んで?いて、今でも、美幸さんが参加する部活のイベントにおれが行く日には、ものすっごく機嫌が悪くなる。慶はそういうところ、すっごく分かりやすい。
(そんなに嫉妬することないのに……)
もちろん、嫉妬されるということは「愛されてる」ってことで嬉しい。でも……
(慶が行くなって言ったら行けない……)
でも……小学生の指導。してみたい。
部活も引退なので、バスケを指導するという機会はもうない。
『高校からバスケ部なんて無理だと思ってたけど、桜井先輩のおかげで楽しく続けられました』
引退試合の前日、後輩からもらったカードに書かれていたメッセージを思い出して、ますますその思いを募らせてしまう。
(やってみたい。でも………慶に何て言おう)
答えの出ないまま、当日を迎えてしまったため、慶から予定を聞かれたときに、思わず、
「お父さんの用事」
と、咄嗟に嘘をついてしまったのは、おれ的にはもう、どうしようもないことだった。
***
バスケチームのメンバーは男子17名、女子14名。コーチは代表コーチ(メンバーの子のお父さんらしい)が一人と、OBの大学生が3人。
おれに与えられた役割は、3、4年生男女8人の指導だった。高学年の子達の中には確実におれより上手い子達もいたので、中学年担当でホッとした、というのが正直なところだ。
はじめに、ドリブル練習と、一人ずつパス練習もしてみて、実力を測ってから、
「次!僕の言った通りに2人組になってください。清水さんと松山君、加藤君と林君、山本さんと金子さん……」
「えー!!」
名前を言っていくと、予想通り、数人から文句の声が上がった。
「あたし、あやちゃんと一緒がいいー!」
「松山となんてヤダ!」
ブウブウ言う子供達の声に、ふっと昔の記憶がよみがえる。
『静かに!学校は社会を学ぶ場所です。仲良しごっこがしたいなら、放課後、勝手にやりなさい!』
キビキビとした声。佐藤緑先生………小学校2年生の3学期だけ担任だった先生だ。先生が勝手に決めた班に文句を言った生徒をそういって黙らせた。
一緒の班になってくれる人のいなかったおれにとって、その言葉がどれだけ救いになったことか………
(先生…………お言葉、お借りします)
心の中で許可を取ってから「まあまあ」とみんなを宥める。
「ただ仲良しの子と遊びたいだけなら、終わってからにして。僕はここに遊びに来てるわけじゃないんだよ。みんなにバスケを教えにきてるんだから」
「えー……」
ブーッとし続けている子に、真顔で言う。
「じゃあ、君たちはここに何しにきたの? バスケの練習しにきたんじゃないの?」
「…………」
そこまで言うと、みんなモソモソと言われた通りの2人組になってくれた。
パス練習をさせながら、何回か組をチェンジさせたりして、様子をみる。
(リーダー格は、やっぱり松山君と清水さんかな……)
実力と発言力が比例するのは、高校の部活内でも同じだった。みんなが何となく二人の動向を気にかけている感じがする。
そんな中………
(あの子………気になるなあ………)
加藤君、というわりと大柄な男の子。オドオドしている感じがする。まわりとうまくいっていないのかもしれない。小学校中学校時代の自分の姿と重なる………
その予感は、4対4の試合形式の練習時に確信した。加藤君と同じチームの子供たちが、せっかく加藤君がフリーでいても、一切パスを送ろうとしないのだ。
「加藤君にもパス出して!」
こちらの手伝いにきた美幸さんが眉を寄せて声をかけても、「はーい」といいつつ、わざと加藤君には強いパスを出して取りこぼさせたりして…………
「ちょっと、タイム!」
我慢できなくて、タイムをかけた。「やばい」って顔をした子、半笑いになった子、心配げにこちらを見た子……、色々だ。そんな中、当事者の加藤君は困ったような顔をしてこちらをみている。
「さっきも言ったけど!」
わざと語気を強めて言い放つ。
「ただ仲良しの子とだけ遊びたいのなら、この時間以外でして!」
「…………」
「今は、チームとして一人一人の………」
「だからちゃんとパスしたじゃーん」
チームリーダーを任せた松山君が、半笑いでおれの言葉を遮った。
「なのに、あのくらいのパス取れねえ加藤が悪いんじゃん。野澤なら取れてたね!」
「……………」
それがリーダーの言うことか………。大きくため息をついてしまう。
「それは君が、加藤君が取れるパスを出せばよかったんじゃない? 野澤君と加藤君は別人なんだから、パスの強弱変えるなんて当然だよね?」
「当然ってそんな……」
「松山君」
今度はおれが松山君の言葉を遮ってやる。
「チームには色々な人がいる。得意なこと不得意なことも人それぞれ。松山君ならそれを判断して、みんなを活躍させることができるって思ったんだけど」
「は?なんでオレが………」
「見てればわかるよ」
怪訝な顔をした松山君をジッと見つめる。
「君にはそれができる実力がある。そうじゃなかったら、リーダーお願いしないよ」
松山君はしばらくムッとした顔をしてから……
「分かったよ」
と、肯いた。
***
帰りの片付けをしている最中に、美幸さんが転んで足をくじいてしまい、おれが病院まで連れていくことになったんだけど………
「今日の桜井君、すごかったねえ」
「え?」
自転車の後ろに乗っている美幸さんに、あいかわらずぽやんとした感じに言われた。
「松山君、最後にはちゃんと加藤君とパス回せてたし……あんなに楽しそうな加藤君も初めてみた」
「それは……良かったです」
ホッとする。余計なことをしたのでは、と気になっていたので………
美幸さんが呑気な感じに続けてくれる。
「『仲良しの子とだけ遊びたいのなら、この時間以外でして!』ってなかなか思いつかないよ。すごいすごい」
「あ、いえ」
褒めていただけるのは嬉しいけれど、これは残念ながらおれの手柄ではない。
「それは小学校の時の担任の先生が言ってたことで……その先生の真似っこしただけです」
「えー、なーんだ。真似っこかあ」
「はい。真似っこです」
二人で笑ってしまう。
そう、全部、佐藤緑先生の真似っこだ。
-------------
お読みくださりありがとうございました!
こうして、美幸さんと楽しそうにお喋りしているところを、篠原君に目撃され、慶君に知られることになったのでした。
そして、嘘つき浩介君、慶には「バスケは慶としかしないって言ったのに」としかいいませんでしたが、当然、慶が美幸さんのことを嫌がる、ということも、隠した大きな理由となっていたのでした。はい。やっぱりこの人嘘つきなんです。
次回は浩介視点の続き。全然BLじゃない真面目な話で申し訳ないやらなんやら……
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【慶視点】
期末テストが終わり、もうすぐ夏休み。
いつもならば浮かれた雰囲気になる時期なのに、今年はみんな夏期講習の話や大学見学の話ばかりしていて、クラスの空気が重苦しい……。
(あー……、本当に受験生なんだな……)
帰りの学活終了後、そんな当たり前のことを思いながら、浩介を迎えに行こうとしたところ、
「あ!渋谷!」
廊下で篠原に声をかけられた。いや、声をかけられた、なんてもんじゃなくて、「ちょうどよかったー!」と叫ばれた。
「な、なんだよ?」
「ねえ、ねえねえねえねえねえ!!」
興奮気味の篠原。一体何なんだよ……と、引いてしまったのだけれども、続いた言葉に固まってしまった。
「昨日、桜井が美幸さんを自転車の後ろに乗せて走ってるの見たんだけど!」
「……………え?」
美幸さんを、自転車に……?
美幸さんというのは、元女子バスケ部の一つ上の先輩で、浩介の初恋の人で……
「美幸さんって田辺先輩と別れたの? 桜井の略奪?!」
篠原の興奮したような声が廊下に響き渡る。
一年前、浩介は美幸さんと男子バスケ部キャプテンの田辺先輩とを結びつけるキューピットとなった。それから二人はずっと付き合っているはずで……
「桜井に聞いても、誤魔化して教えてくれないしさー、渋谷だったら知ってるんでしょ? おーしーえーてーよー」
(教えてくれない………?)
篠原の言葉が頭の中をグルグルと回っている。
教えてくれないってことは、否定してないってことだ……
「桜井の話か? オレも他の奴から見たって話聞いたぞ」
バスケ部で一緒だった上岡武史が、通りがかりにニヤニヤしながら言ってきた。
「なんかすげー楽しそうだったってさ」
「だっただったー! こっちはこれから塾だっていうのに、女子大生との2ケツ見せつけちゃってさー、もーどういうことー?って思ったんだよー!」
「…………」
バシバシと意味もなく叩かれたけれど、何も反応できなかった。
楽しそうだった……?
女子大生と2ケツ……?
あいつ、昨日、なんて言ってた?
『今日はちょっと用事があって………』
うちで一緒に勉強しよう、と誘ったら、サラリとそう言って断ってきて………
『用事って何だ?』
そう聞いたおれに、
『あの………お父さんの用事』
って、答えた。それこそ、自転車で2ケツ中だったから、どんな顔をしてたのかは見ていない。
(お父さんの用事……)
それが、美幸さんと会うこと?自転車で2ケツ?楽しそう?
(何だよそれ………何だよっ)
怒り……悲しみ……嫉妬……恐怖。ありとあらゆるマイナスの感情が渦巻いて苦しい……苦しい苦しい苦しい苦しい………っ
浩介………っ
「渋谷? どうかしたのか?」
「!」
武史に肩を叩かれ、ビクッとなる。
「あ………」
「渋谷?」
「どしたの?」
「いや………」
ふうっと大きく息を吐き、キョトンとしている武史と篠原に、精一杯のポーカーフェイスを作って、何とか言葉を発した。
「その件はおれの口からは何も言えねえ」
「えー」
「じゃあな」
ブーッとした篠原に手を振って階段を下りる。下りながらも、心臓のドッドッドッて音が聞こえてきてうるさくて耳を塞ぎたくなる。
(楽しそうだったって)
なんで………なんで、浩介………
「あ、慶ー!」
「!」
少し離れた場所から聞こえてきた呑気な声に、はっとして顔を上げる。浩介………っ
「ごめーん、職員室行ってたー。良かった会えて!」
「………………」
いつもと変わらない。今朝だっていつもと同じだった。
おれに嘘をついて美幸さんに会ってたくせに……
「あのね、今、祥子先生に聞いてきたんだけど」
昇降口に向かいながら、機嫌よく話し続ける浩介。
「今朝言ってた、期末に使われた長文、やっぱりK大の入試問題に使われたのと同じ本から出題したんだって」
「……………」
「本貸してもらえたから、参考に読んで……」
「お前さ」
言葉を遮って振り返り、まっすぐ見上げる。
「昨日の用事って何だったんだ?」
「え?」
浩介は笑顔を張り付けたまま、「えと……」と言い淀んだ。
「あの………」
「お父さんの用事、じゃねえよな?」
これ以上嘘を聞きたくなくて、直球で言ってやる。
「美幸さんを自転車の後ろに乗っけて走ることが、お父さんの用事なわけないもんな?」
「………っ」
目を見開いた浩介。
肯定、だ。
「それは……」
「嘘ついてんじゃねーよ!」
カッとなったまま、胸倉を掴み上げた。
「楽しそうに2ケツしてたってなあ? よくそれで平気な顔して、今日の朝おれのこと同じ場所に乗っけられたよな?」
「それは……っ」
そのまま、蒼白になっていく浩介を睨み続けていたけれど、
「…………」
通りがかりの生徒達がチラチラと見ていることに気が付いて、手を離した。浩介がハッとしたようにおれに詰め寄ってくる。
「慶、あの……っ」
「言い訳は聞きたくない。じゃあな」
何か言おうとした浩介を置いて、小走りに校舎を出た。いつもは、出て右の駐輪場に向かうけれど、迷いなく左のバス停側の門を出ると、ちょうどタイミングよくバスが止まっていた。並んでいる人達の波に乗って、バスに乗りこむ。
(追いかけてもこねーのかよっ)
乗りこむ時に学校の方を振り返ったけれども、浩介の姿はなかった。追いかけられたら追いかけられたで、追い返しただろうに、追いかけてこないことにも腹が立ってくる。
(………ふざけんなっ)
腹の奥の方がグツグツと煮えたぎっている。……でも、背中の方はヒヤッとしている。
(………浩介)
ちょうど座れた後部座席でバスの揺れに身を任せていたら、グツグツよりも、ヒヤッの感覚の方が大きくなってきて、次第に腹の奥までゾクゾクとしてきた。頭の中まで冷え切ってくる……
(あいつは、はじめから男を好きだったわけではない……)
今まで何度も何度も思ってきたことに心が支配されていく。その思いはどうしても消えない。ましてや、美幸さんは浩介の初恋の人だ。もし、美幸さんが田辺先輩と別れていて、浩介にチャンスが回ってきたのだとしたら……
(チャンスってなんだよ、チャンスって)
自分で思って泣きたくなってきた。でも、その方が浩介は幸せになれる。友達にも隠さないとならないおれとの関係を続けていくよりも、みんなから祝福してもらえる美幸さんと付き合った方が……
(そうなったら、おれは……)
おれはどうなってしまうんだろう………
沈み込む重い考えに囚われていた時だった。
「わ、あれ、危なくない?」
「うちの生徒だよねー?」
近くに立っている女子生徒の声に我に返った。
「車道出てるって、ほらー」
「わっぶつかりそうっ」
………?
二人が見ている後ろの窓に目をやり……、ギョッとした。
(浩介?!)
必死な顔で自転車を漕いでいる。後続車にクラクションを鳴らされても、気づいていないのか、無視しているのか、バスのすぐ後をついて来ようとしている。
「あの……バカっ!」
思わず叫んで、あわてて降車ボタンを押した。そして、揺れる車内にも構わず、降車ドアに向かった。
***
(事故に合わなくて良かった……)
次のバス停で浩介と合流できて、無事な姿を見られてホッと息をついた。
相当頑張って漕いだのか、ヨロヨロになってはいるけれど、怪我はないようだ。
バス停前の公園の柵に座ると、浩介は真面目な顔をしたままおれの目の前に立ち、深々と頭を下げた。
「ごめん……おれ、嘘ついた」
頭を下げたまま、浩介が言う。
「昨日は、小学生のバスケチームのコーチをしに行ってたんだ。田辺先輩に頼まれて」
「田辺先輩?」
田辺先輩というのは、おれ達の一つ年上の元バスケ部のキャプテンで、美幸さんの彼氏だ。その田辺先輩に頼まれて……?
「うん。一昨日の夜、電話がかかってきて……」
浩介の話によると、田辺先輩と美幸さんは現在、小学生向けのバスケットボールチームのコーチをしているそうだ。でも、田辺先輩のご身内で不幸があって、昨日の練習に行けなくなってしまい、急遽、コーチを頼まれたそうで……
「だったらなんでそう言わなかったんだよ……」
「だって……おれ、もうバスケは慶としかしないって言ったのに……」
「…………」
引退試合の後に言ってた話か……
「そんなの気にしなくていいのに……」
「だって……」
顔をあげた浩介は、まさに「シュンとした顔」をしている。
「……………。まあ、じゃあ、おれはともかく、篠原に聞かれて誤魔化したってのは何なんだよ?」
やっぱり後ろ暗いことがあるんじゃないか? と思ってしまう。……が。
「それは……、田辺先輩、おれにだけ声かけてくれたから。後輩指導、おれが一番上手だったからって言ってくれて」
「へえ」
言葉に得意そうなニュアンスが含まれているのがかわいい……。浩介はプルプルと首を振ると、
「自分には話が来なかったって、篠原が気にしたら悪いな……と思って」
「なるほど……」
確かに。納得はできる。……が。
「だからって、2ケツ……」
「それは……ごめん。美幸さん、足くじいちゃって、駅前の病院に連れていったんだよ」
「……………」
それで駅近くをウロウロしていたから、2人もの人間に目撃されたわけか……
「病院の受付時間が過ぎそうだったから、すぐに送っていって……、でも帰りはおうちの方が迎えにきてくれるっていうから、送るだけ送っておれはすぐに帰ったよ。家庭教師の先生のくる時間だったし」
「……………」
……………。
……………。
ぐうの音も出ない……。怒ったおれがアホみたいだ………。
(いや、いやいやいや!)
それでも、嘘をつかれたことに変わりはない!
そして、美幸さんを自転車の後ろに乗っけたという事実に変わりはない!
「慶………ごめんね」
「………………」
でも………ジッとこちらをのぞきこんでくる瞳に嘘の色はなさそうだ………。
じゃあ………いいんだよな?
おれで、いいんだよな………?
すうっと大きく息を吸い込み………
「約束しろっ」
「え」
立ち上がり、きょとんとした浩介に詰め寄る。
「これからは絶対におれ以外の奴乗せんなよっ」
きつい口調でいってやる。
そこはおれだけの席。おれだけの席だ!
すると、浩介は「はいっ」と大きく返事をして………それからなぜか「えへへへへ……」と笑いだした。
「何笑ってんだよ……」
しかも何か嬉しそうに………
「だって………」
浩介の冷たい指が頬を辿ってくる。
「それって焼きもちだよねー?」
「………………っ」
む………ムカつく!!
バンッと腕を払ってやる。
「うるせーよ!」
ズンズン歩きだすと、浩介が慌てたように自転車を押して追いかけてきた。
「慶、待って! 乗ってよー」
「うるせー!歩いて帰るからいい!」
「乗ってって!」
「乗らないっ」
「じゃあ………叫ぶけど、いい?」
「………は?」
叫ぶ?
何言ってんだ?
振り返って、眉を寄せると………
浩介は車が行き交う大通りの歩道で、いきなり、叫んだ。
「慶ーー!! 大好きーー!!」
「は!?」
な、何を……………っ
「焼きもち焼いた慶、かわいすぎるー!!」
「あ………あほかっ!」
何なんだっ
「大好きーー!!」
「ばかっ黙れ!」
慌てて浩介の方に駆け寄って、口に手を押し付ける。と、
「じゃ、乗って?」
「………………」
手を掴まれ、ちゅっと指にキスをされた。にーっこりと笑われ、どっと体中の力が抜けていく………
「お前、どういう脅しだよ………」
「えへへへへ~~乗って乗って!」
「……………」
しょうがないので、いつものように自転車にまたがる。
「つかまって?」
「……………」
いつものように腰に手を回して、背中に頬を押し付ける。
(浩介の………匂い)
泣きたくなってくる………
「慶のうち、寄ってもいい?」
「………………ん」
「祥子先生が貸してくれた本、一緒に読もう?」
「………おお」
当たり前みたいに「一緒に」と言ってくれる。そのことが何より嬉しい。
(信じて………いいんだよな?)
思わず腰に回した手に力を入れると、
「慶………大好きだよ」
浩介は振り返って、優しく微笑んでくれた。
--------------
お読みくださりありがとうございました!
現役女子高生だった私が書いたエピソードを流用したもので甘さ倍増。めっちゃ恥ずかしい……。今だったら絶対思いつかない……
次回は浩介視点。うってかわって暗いお話になると思われます。
お時間ありましたら、火曜日もどうぞよろしくお願いいたします。
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有り難すぎて、何をどう言ったらよいのやら………本当にありがとうございます!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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