登場人物
渋谷慶:高校1年生。天使のような容姿だが性格は男らしい。親友浩介に密かに健気に片想い中。
桜井浩介:高校1年生。表はニコニコ裏はものすごい後ろ向き。人生初の友人である慶と、ずっと親友でいられることを願っている。
浩介と慶、まだ高校1年生の初めてのバレンタインのお話。
時系列的には「遭逢」と「片恋」の間。
「初バレンタイン(浩介視点)」を先にお読みいただけると嬉しいです。
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【慶視点】
2月に入ってすぐの日曜日、昨年結婚して家を出た姉がうちに遊びにきた。毎年恒例のバレンタインの手作りケーキを持って。
「慶は、お目当ての子から本命チョコもらえそうなの?」
姉にニコニコと聞かれ、「あー……」と詰まってしまう。姉はおれが片想いしていることは知っているけれど、まさかその相手が親友である男子高校生だとは思っていない……
「それは……無理だと思う」
「欲しいって言ってみたら?」
「…………」
言ったらあいつ、どんな顔するかな……
『チョコ食べたいの?何がいい?』
なんて言いながら、普通に買ってくれそうな気もする。
…………。
そんなんでもらっても全然嬉しくないから絶対言わない。
「いいよ。言わない」
「でも……」
「えーなになに?」
何か言おうとした姉の声が、妹・南の声に打ち消された。
「お兄ちゃんの恋愛話ー?聞きたい聞きたい!」
「ちげーよ!」
速攻で否定する。何が面白くて妹にそんな話しなくちゃなんねーんだ!
「あれだよあれっ。友達から聞いた話……だよっ。本命の相手からはチョコもらえないとかそういう……」
「ふーん……あっそ」
粘られるかと思いきや、南はあっさりと引き下がると、
「じゃあ、その友達に言ってあげて? とりあえず、他の人からのチョコは受け取らないようにって」
「は?」
意味が分からない。
南の真面目な顔に眉が寄ってしまう。
「何でだよ?」
「あったりまえでしょ。本命さんに勘違いされたらどうするのよ。ねえ、お姉ちゃん」
「そうねえ」
姉にまでおっとりと肯かれ、ますます眉が寄ってしまう。勘違いってなんだ?
「意味分かんねえ……」
「お兄ちゃんも今年はもらうのやめなよ?」
「は?」
何の話だ。
「やめなって言われても、おれが今年チョコもらえるかなんて……」
「もらえるでしょ」
バシリと南に言い切られた。
「お兄ちゃん、毎年二桁は必ずもらうじゃないの」
「それは……」
「それで、毎年お姉ちゃんにお返し買ってきてもらってたじゃないの」
「……………」
「それが今年からいきなりゼロってことはないでしょ」
「……………」
南の指摘に詰まってしまう。
そうだ。昨年まではお返しは姉に買ってきてもらえていたけれど、今年からは頼るわけにはいかない……
「あー………」
「買ってきてって言うなら買ってきてもいいけどね?」
姉はにっこりと言いながら、「でも」と、強めに言葉を継いだ。
「もう高校生なんだし、期待もたせるようなことはやめた方がいいんじゃない?」
「…………」
「それに何より」
姉はまたにっこりとした。
「本命さんに、他の子のこと好きだって勘違いされたら嫌じゃない?」
「あー…………」
勘違いってそういうことか……。
そうだよな……。
おれの心は浩介にしかないわけだし、勘違いされるのも嫌だし、他の人からの思いを受け取るのは、相手に対しても、浩介に対しても、裏切り行為だよな……
「分かった。全部断る。……って、その友達に言っとく!」
コックリとうなずいてから、慌てて付け足した。けれども。
「あ!でも!」
南がパチンと手をたたいた。
「受け取って、ヤキモチ焼かせるって戦法もありかも?」
「は?」
また南が変なこと言いだした……と思いきや、姉までも「確かにそれも戦法としてはありだけど……」なんて言い出して、女二人であーでもないこーでもないと盛り上がりはじめた。
(………めんどくせー)
何か色々面倒くさい。
とにかく、今年からはチョコは受け取らないことにした。浩介からの以外は。
……って、浩介からもらえるわけないけどさ。
…………。考えるだけ虚しくなってきた……。
なんてことがあった翌週の日曜日。
浩介のバスケ部の試合を観に行ったところ、浩介の目の前で、知らない女子にチョコレートを渡されそうになったので、
「悪いけど、おれ、今年は誰からも受け取らないって決めてるから」
ビシッとバシッと断ってみせた。
おれの気持ちは浩介にしかない!
けれども………
「本当に、いいの?」
あとから浩介に、恐る恐るといった感じに言われた。
「もらってあげればいいのに。女の子たちかわいそう」
…………。
…………。
…………。
お前が言うなーーー!!
っつーか、椿姉も南も適当なこと言うな!
勘違いどころか、もらうこと推奨されたじゃねえかよ!
ヤキモチなんか一個も焼かねえじゃねーかよ!
「いいんだよ。うるせーな!」
思わず、浩介の腿のあたりに蹴りを入れてしまったことくらいは許してほしい。
***
バレンタイン当日、浩介は「女子バスケットボール部一同」というチョコをもらった。
「おれ、チョコもらうの初めて!」
と、ものすごく喜んでいるのをみて、義理チョコだと分かっていても、内心面白くない。……が、救いは、本命チョコをもらわなかったことと、お返しを自分で買いにいかないこと、だ。
「お返しは、篠原がまとめて買ってきてくれるって」
「………そりゃ楽でいいな」
篠原……。部活内で浩介と組むことが多いのはムカつくけど、無類の女好きで、女子と関わりを持つことに命をかけているところは、いい。
「慶は本当に誰からも受け取らなかったの?」
「…………」
学校帰り、一緒に勉強するためにうちにきた浩介から、あらためて聞かれて、ムッとしてしまう。
「…………まあな」
「ふーん……」
…………。
ふーんってなんだ!ふーんって!
数学の教科書をペラペラめくっている浩介の横顔を恨みがましく見てしまう。
ふーんってどういう意味だよ?……なんて聞けるわけもない。
ああ、バレンタインなんて大嫌いだ。
今日も、クラスの女子から受け取るのを断って泣かれたりして、本当に面倒くさかった。バレンタインなんて面倒くさいだけだ。
あームカつくムカつくムカつく。
ぐるぐるぐるぐる頭の中で「ムカつく」って文字が回っていたけれど……
「慶?」
「!」
ふいに顔をのぞきこまれて心臓が止まりそうになった。不意打ちでアップは止めろ……っ。
「な、なんだ」
「慶のクラス、ここまで進んでる?」
「え、あ、え?」
指し示されたのは数学の教科書……
「ああ……うん。昨日やった」
「そっか。うちはまだだけど……、やっぱり、ここもおさえないとだね」
「…………」
浩介…………
浩介の頭の中はもう、期末テストのことでいっぱいのようだ。「ふーん」の「ふーん」はもう興味がない、の「ふーん」ってことか。
(………それはいい)
うん。バレンタインのことなんて、浩介の頭の中から無くなってしまえ!
「おお!横井センセー意地悪いから、この終わり間際の単元からこそ、めちゃめちゃ出しそうだもんな!」
「だよね。前回もギリギリにやったとこから結構でたもんね」
うんうんと二人してうなずき、問題集を広げる。
「数学って時間配分難しいよね……」
「これは後で!って飛ばす勇気が必要だよな」
「おれ、飛ばすと飛ばした問題が気になっちゃってダメなんだよねえ……」
サラサラサラ……とノートに問題を書き写していく浩介。
「慶はそういうの得意そうだね」
「そうだな。わりと切り替え早いかもな」
「切り替えかあ……」
おれ苦手だーという浩介が何だか可愛くて、顔がにやけてきてしまう。
あらためて、思う。
(勉強の切り替えは得意だけど……)
お前への気持ちは切り替えらんねえな。
「…………浩介」
「ん?」
ふいっとこちらを見た浩介の頭をポンポンと撫でてやる。
「テスト終わったら、遊び行こうな?」
「うん!」
にこにことうなずいた浩介が可愛くて可愛くてしょうがない。
バレンタインのチョコはもらえないけれど……ヤキモチも焼いてもらえないけれど……
こうして一緒にいられれば、それでいい。
「じゃー頑張るかー」
「うん!」
こんな日々が続けばいい。
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お読みくださりありがとうございました!
3月が終わる前になんとか更新!
モテモテ慶君、大変です。もらい慣れていたから、自分が渡すって発想はまったくなかったんでしょうね………
と、いうことで、ずっと前から書きたかったバレンタインのお話、終了です。
慶君、翌年は、浩介から高級チョコもらえるよ!!
次は、たまにはガッツリR18書きたい!ということで、「2つの円の位置関係」の二人の、初めての……の話を書きたい!とか思っております。
時間がなくてなかなか書きだすことができないのですが、頭の中ではものすごい妄想しております。R18というより、下ネタ、という言葉が合うかも……うん。
当然、ちょこっとだけ、慶と浩介も出てきます。
と、言う感じで……
すっかり月1更新しかできていないのにも関わらず、ランキングクリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当にありがとうございます!
心の底から全身全霊こめて感謝申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。